第一章:散財-16

 

 ──フィリドール帝国。


 建国から数千年の歴史を持ち、我が国ティリーザラ王国の独立元となった大国だ。


 ティリーザラ王国とは違い、魔導士や魔術師ではなく、剣士や戦士、騎士等を主な戦力として抱える人族が成す三国の内の一つである。


 土地柄か民族柄なのかは分からないが、帝国には比較的剣等の才能に恵まれた者が多く輩出する傾向にあるらしい。王国に魔法に長けた者が多く輩出されるのと同じだ。


 この事から王国と帝国間では定期的に人材交換が行われる事もあり、それが両国の関係を良好な物へと成している。


 ──私達はその後何事もなく関所を脱出し、そんな帝国内に漸く足を踏み入れた。


 無駄な時間を浪費した感は否めない事に若干腹が立つが、まああんな雑な話題逸らしに乗ってくれた事は僥倖だ。


 私達が馬車に乗り込む様子を疲れたように溜め息を吐きながらルークと役員が見送りにくる。


「良いか? 今回は私の非礼に免じて不問とした。だが仮にこの後何か問題を起こしてみろ? 私達を欺いたとして相応の対応をせざるを得なくなるからな」


 その視線は厳しいものであり、私達に対する疑念が増した事を有り有りと見せ付けてくる。


「はい。ご心配なく。私達はあくまで単なる学生と保護者の一団……。帝国に危害を加えるような事、微塵もありません」


 未踏破の遺跡に向かい魔物退治と精霊との契約。これ等が帝国にとって具合いの良くないものでなければその限りではないがな。


「私の名は「ルーク・キャッスルバリエ」。帝国騎士団〝支配隊〟隊長補佐だ。この名を覚えておきなさい」


「……はい」


 ルークは私からの簡素な返事を聞いた後、踵を返して関所内に戻っていった。


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「ほ、本当に宜しかったのですかっ!?」


 関所に戻るや否やルークに声を掛けたのは、先程クラウン達と一悶着あった中年の役員。彼は不安げな顔を露わにしながらルークに今回の一件について訊ねた。


「奴等が何かしでかさなければ問題は無いだろう……。それに身元はハッキリしているようだしな」


 ルークは役員が持っていたクラウン達の簡単な素性が書かれた資料を受け取り、眺める。


「五人中四人が魔法魔術学院の生徒。もう一人はその従者……。学生証も提示したのだろう?」


「は、はいっ。スキルアイテムで確認した結果、偽造等の類でないのは判明しています。それと──」


 役員は資料に書かれたある一点を指差す。そこにはクラウンの素性の横に特記事項として記された一文があった。


「王国最高位魔導師フラクタル・キャピタレウスの弟子……」


「はい。こちらもそれを証明出来る物を確認した結果、本物であると判明しております」


「なるほど……」


 ルークは少しだけ考えを巡らせてから資料を役員へと返し、そのまま歩き出す。そんな彼に役員は慌てて歩調を合わせ、並行して質問をぶつける。


「し、信用しても大丈夫なのでしょうか?」


「彼等の提示した物が偽りの物でないのならば問題ないだろう。フラクタル・キャピタレウスなんて大物の名前までわざわざ出しているくらいだ。信用する他あるまい」


「そ、そうですね……。……それにしても、本当に助かりましたっ! ルーク様が丁度いいタイミングでいらしてくれたのは不幸中の幸いですっ!」


「……幸い、か……」


 ルークは進めていた歩みをその場で急に止める。役員はそんな彼に少し驚きながらも同様に止まり、ルークの様子を伺う。


「あの……ルーク様?」


「……正直に言えばな」


「……はい?」


 ルークは少し俯き、小さく溜め息を吐きながら役員に向き直る。役員はそんなルークその表情を見て、僅かに曇っているのを見付ける。


「仮に彼等──いや、〝彼〟が何か悪さをして捕らえなければならなくなった時……。彼を叩き伏せる自信が……私には無い」


 そんな弱気なルークの言葉に目を丸くした役員が反論しようと口を開き掛けるが、ルークはそれを軽く手で制止し、続きを口にする。


「私達騎士団に入団している者には、必ず習得しなければならないスキルが幾つかある。その内の一つに《戦力看破》という、感覚的に相手の力量を理解出来るスキルがあるのだが……」


「……」


「私が彼をそのスキルで見た時、一瞬だが背中に悪寒が走ったよ。本来もう少し物腰柔らかく話すつもりだったのだが、思わず表情が強張ってしまった……」


「そ、それほどなのですかっ!? あの少年が……」


「ああ。……正直な話、私は彼が何かしでかさないで欲しいと心から祈っているよ……。きっと、死なないよう努力するので精一杯になるからね……」


「る、ルーク様……」


「さあ、それよりも頭を切り替えて仕事だ。簡単で構わないから職場を一通り見せてくれ。一応視察……だからな」


「は、はいっ! ではまず、あそこから……」


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「ああ〜……なんか変に疲れたなぁ……」


 馬車を走らせて直ぐ、ティールが背もたれに体重を預けながら天を仰いでそう呟いた。


「……お前は別段何かしたわけじゃ無いだろう」


「そうだけどよぉ……。なんつうかぁ、空気? なんだか息が詰まってなぁ……」


 そう愚痴るティールは水筒に口を付ける。


「ふむ。まあいい。この先は真っ直ぐ帝都ヴィルヘルムに向かう。帝都で一日やる事やってから目的地の遺跡に向かうぞ」


 帝都では念の為遺跡についての情報収集と簡単な準備を整える予定だ。


 ギルド「赤狼の咆哮」でも聞いたが、あの遺跡は「高危険区域」に指定されている場所。相当数の魔物が生息しているというその場所に行くのだ。例え私が強くなっていたのだとしても、油断は出来ない。


「やる事……ねえ」


「……なんだ? 何か不満か?」


 私がそう問い質すとティールは少し慌てたように首を振る。


「違う違うっ。やる事つったて一日じゃ限られるだろ? それに帝都なんて初めて行くんだ。そう上手く事が運ぶのか?」


「……まあそうだな。一理ある」


「だろ? なら一日なんて言わず、パージンの時みたいに二日三日とか時間を取っても──」


 ふむ……。言われてみたら、そうかもな。


 遺跡に行き、早く魔物の素材と新たな使い魔ファミリアを手に入れる事に気が急いてしまっていたのかもしれない……。


 ここはティールの意見を採用し、帝都で二日……いや三日程は──


「駄目です」


 そうピシャリと言い放ったのは私の横に座るロリーナ。


 私がロリーナに「何故だ?」という素直な顔を向けると、少し呆れたように小さく溜め息を吐く。


「クラウンさん。帝都にいかれたら、お買い物もしますよね?」


「ん? ああそうだな……。情報収集を最優先にするが、可能であれば色々と見たい気持ちはある。特にスクロール屋なんかは──」


「それです」


「それ?」


「クラウンさん。パージンでの買い物で、いくら使ったか把握していますか?」


 パージンの買い物? 話の流れからしてスクロールの事か……。ならば。


「確か金貨十枚と銀貨銅貨を数枚……。だったか?」


「はあっ!? 金貨十枚っ!? あの短い時間でかっ!?」


 そう声を荒げ、前屈みになったティールは目を大きく開き、信じられないモノを見るような視線を私に向ける。


 その横では声には出さないものの、同様に驚愕に表情を染めるユウナが、口を開け固まっていた。


「……なんだ」


「なんだじゃねぇよっ!! 使い過ぎだろっ!!」


「使い過ぎも何も、スクロールは大体みな高額だろう? スクロール屋で買い物をすればそれくらいは普通に行く」


 なんせ才能や能力が手に入る羊皮紙だ。高額である事など常識。複数枚買えばそりゃあ金貨十枚程度……。


「そんなん知ってるわっ! 俺が言いたいのはよくそんな躊躇なくポンポン金貨単位で買い物出来るなって話だっ!!」


「──? 普通だろ」


「普通だったらこんなリアクションしてねぇよっ!! そんな買い物のしかた貴族でもあんましないわっ!! なんだよ数時間で金貨十枚ってっ!! 平民の数年単位の年収だろうがっ!!」


「……いや、そんな一般的な金銭の話をされてもな……。この金は私が自ら作った金だ。誰に何を言われようと知った事では──」


「私には知った事です」


 再び横に座るロリーナがそう口を挟み私の言葉を遮る。


 しかも今度は何か言葉が力強い。


「今のアナタの発言を聞いて改めて決意しました。アナタのお財布は私がキッチリ管理します。勝手な買い物は許しません」


 な……え?


「ろ、ロリーナ……しかしだな……」


「しかしも何もありません。もうお忘れですか? 私にお財布を預けて二人で買い物をした時を……」


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