第一章:散財-17

 

 それはパージンの街でロリーナと二人で買い物をしていた時の事。


 市場や薬剤屋などで食材やポーション作りに使えそうな物を買い込み、商店を回れるだけ回った最後。私が一番時間を費やすであろうスクロール屋に足を踏み入れた。


「いらっしゃい……ってなんだ、君か」


「はい。私です」


 挨拶を交わした店主の言葉通り、このスクロール屋の店主とは最早顔馴染みになっている。


 そもそもスクロールは高額な買い物で、私の様に頻繁に店を訪れる……いわゆる常連になれる人物は殆ど居ないだろう。


「ん? なんだ、今日は従者じゃなく女の子連れてんのか」


「はい。買い物に付き合って貰っているんです」


 私がそう言うと、ロリーナは私の横に並び軽く頭を下げる。


 店主もそれにつられて頭を下げると、ロリーナを軽く見回す。


「ふーん。そいつは羨ましい事で……。おじさんももう少し若けりゃ、もっと遊び歩いたんだけどねぇ……」


 そう呟く店主だが、自身でおじさんと言うわりには結構若く見える。目測で大体三十代前半かもう少し。一度老齢を経験した私からすればまだまだ若い。


「んで? 今日も見てくのかい? 新しく入荷したスクロール」


「はい。それと以前約束した〝秘蔵品〟も見せて下さい」


 秘蔵品とはそのままの意味。このスクロール屋の店の奥に眠る厳重に管理された通常は出回らないような物で、その分当然値段も桁違いだったりする。


「チッ。覚えていやがったか……」


「それはもう……。「常連は君くらいのもんだ」と仰っていましたよね?」


「そこまで……。はあ……、へいへい。ちょっと待ってな」


 店主はそう言って店の奥に消えて行く。


 以前この店に来た時、店主は何を思ったのか私に先程の様な約束をしてくれた。


 勿論私に断る理由など無いので二つ返事をしたのだが……。店主のあの反応……後悔でもしているのだろうか?


 ……まあ、私には関係ないが。


 その後店主が入荷したばかりのスクロールと秘蔵品を用意する間、私とロリーナは店内を軽く物色する事にした。


「……スクロールって本当に高いんですね」


 棚に丸めて並べられたスクロールにぶら下がる値札を見上げるロリーナが、思わずといった様子でそう呟く。


「そうだな。安くても銀貨五枚は下回らないだろう。一般的な高額品になると金貨十枚以上はするな」


 例えば《解析鑑定》。


 かつて私がこの《解析鑑定》を手に入れた時の金額が丁度金貨五十枚……。前世日本円に単純換算すれば大体五十万円以上。


 正直な感想を言えば高々文字と印が刻まれた羊皮紙一枚に五十万円と聞くと馬鹿馬鹿しく聞こえるが、その実こいつの恩恵はわざわざ語るまでも無く計り知れない。


 しかし後程カーネリアでスクロール屋を営んでいるメルラから聞いた話じゃ、エクストラスキルの中じゃ《解析鑑定》は比較的安い方らしい。


 元々滅多に出回らない上に凄まじい恩恵を得られるエクストラスキルが封じられたスクロールは軒並み高額になるのだが、《解析鑑定》の場合、その習得率の低さがネックとなり、価格に下方修正が入ってしまっていたとか……。


 まあ、それでも羊皮紙一枚に金貨十枚は高額なのだが……。


「……まさか今日、そんな高額な物を?」


「うーむ……。場合によるな」


「場合に?」


「ああ。エクストラスキルといっても千差万別だ。強力は強力でも、それを活かせるかどうかは別の話……。私は今自分に一番必要な物を優先するつもりだ」


 特に今欲しいのはなんと言っても諜報や情報収集に特化したスキル。


 金貨十枚で使えないエクストラスキルのスクロールを一枚買うより、金貨十枚分の有用なスキルのスクロール数枚を買った方が良いに決まっている。


「そうですか。理解しました」


「ふむ……。しかし品揃え自体は余り変わり映えしないな。私が欲しい諜報や情報収集に向いたものは既に私が持っている物ばかり……」


「へえへえ、そりゃ申し訳ありませんねぇっ」


 その声に振り返ってみれば、店の奥から店主が複数枚のスクロールと細長い木箱を抱えながらこちらを睥睨へいげいしていた。


「君はバンバンスクロール買ってるみたいだから分からないと思うけどねぇっ。スクロールってのはそもそも数が多い代物じゃないんだよっ」


「……存じていますよ。スクロールには大半、罪人から剥ぎ取ったスキルが封じられています。たまに金銭目的でスキルを売却する人も居るみたいですが……。殆どは犯罪者から賄っている」


「そうそう。そりゃあ、世の中悪い奴は一杯居るけどよ。だからって無限に湧いて来るわけじゃないんだ。犯罪者材料にしてるスクロールにだって限りもある」


 店主は店内に設けられた見本台に抱えていたスクロールを広げて私達を手引きする。


「まあ、そんなわけだから。新しく入荷したって枚数少ないわけだよ。今月だけでここにある五枚だけだ」


「五枚……ですか。ふむ……」


 私は《解析鑑定》でその五枚のスクロールにどんなスキルが封じられているかを手早く確認する。すると──


「店長」


「ん? 何か気になるのがあったか?」


「この四枚目のスクロール……。これは……」


「……ああ。《遠隔視覚》ってスキルだな。こいつは自身に強い結び付きがある存在の視界を任意に覗けるスキルだ」


「ほうほう……」


「ただまあ、ネックなのがこの〝強い結び付きがある存在〟って部分だ。単に知り合いや友人関係ってんじゃ発動しねぇって聞くし。正直使い勝手は良くねぇな」


 強い結び付き……。これは恐らく広義的な意味を表しているのだろう。私で言えば使い魔ファミリアがそれに当たるし、〝眷属〟なんかも含まれるのではないだろうか?だとすれば……。


「買います」


「……え?」


「この《遠隔視覚》を下さい。おいくらですか?」


「ぎ、銀貨五枚と銅貨七枚だが……」


「成る程。ロリーナ」


 私がロリーナに呼び掛けると、ロリーナは私が渡した財布を開き、店主が言った金額を手渡した。


「まいどあり……。って俺が言うのも何だが本当に良いのか? さっきも言ったと思うが──」


「はい、承知しています。問題ありません」


「んー……。なら構わねぇが……」


 店主が《遠隔視覚》のスクロールを丸めると、紐で結んで私に手渡す。


 ふふっ……。今夜の楽しみが一つ増えたな……。


 で、だ。


「ところで店主。秘蔵品の方は……」


「ん? ……ああっ、秘蔵品な……」


 すると店主は抱えていた木箱を見本台に乗せ、封を解いて箱を開ける。中に入っていたのは風化して所々に虫食い穴が空いている、今にも崩れてしまいそうな丸められたスクロール。


 店主はそれを白い手袋をした後に慎重な手付きで取り出す。


「……これは?」


「コイツはエクストラスキル《千里眼》が封じられたスクロールだ」


 ……《千里眼》。

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