第一章:散財-18

 

 ……ちょっと待て。


 確か《千里眼》の権能って……。


「……店主」


「なんだ?」


「私の勘違いでなければなんですが……。《千里眼》は遥か遠方を視認出来るスキルだと思うのですが……」


「君、良く知ってるな……。そう。このエクストラスキル《千里眼》は、何万キロの先をも見通せる──」


「そうっ! そこですよっ!」


「な、なんだよっ……」


 私が先程買った《遠隔視界》。その権能は先程確認したばかりだ。


 手段は違うがこれも遥か遠方を視認出来るもの……。つまりは──


「私が先程購入した《遠隔視界》と権能がだだ被りじゃないですかっ」


 私が店主にそうにじり寄ると、店主は素っ頓狂な表情で驚愕をあらわにする。


「だ……だからなんだよ……」


「まさか店主……。私にこのスクロールを買われる事を懸念して、敢えて先に《遠隔視界》のスクロールを見せて買わせたんじゃないですよね?」


「なっ!? ……い、言い掛かりだっ! そんなもんっ……」


「……本当にそうですか?」


「あ、ああ……。第一、権能が被ってるって言うがな。君が買った《遠隔視界》と《千里眼》は厳密には権能にキッチリ差異があるんだよっ!!」


 ほう……。ならばそれを説明して貰わねばな。


「ではその差異とは?」


「え、《遠隔視界》はさっきも言ったように、強い繋がりがある存在の視界を覗けるスキルだ。その存在が例え何処に居ようと発動すれば必ず覗ける……。距離の概念はねぇ」


 ふむ。改めて聞いてもかなり有用な権能だな。


「欠点としちゃ、やっぱり強い繋がりっつう曖昧な条件と、あくまで見えるのはその繋がってる相手の視界だけって事だな」


「それでも使い勝手は良いと思いますけどね」


「んで《千里眼》は自身を中心に周囲を見通すスキルだ。その距離は熟練度に応じて伸び、最大で数万キロ先すら視認出来る」


 数万キロ……。実際に活用出来れば凄まじい距離だが……。


「欠点は距離に限界がある事と、能力を発動する際は動けないって点だな。最大性能を発揮出来りゃスゲェ能力だが、熟練度を鍛えなきゃそれも意味がねぇ。動けないってのも戦闘向きじゃねぇしな」


 ふむ……。


 以前私がラービッツと戦った時、戦闘中にこの《千里眼》を私は使わせた。


 奴を砂煙に巻いて、《千里眼》発動に注視している隙を突いた形で勝利を収めたが、その時は《千里眼》の詳しい権能を調べられていなかったから「発動中は動けない」という制約があったのを知らなかった。


 あの時アッサリ奴の背後を取れたのは、そんな要因もあったのかもしれないな……。


 ……これは、少し反省せねばな。


 と、思考が逸れたな……。にしても──


「《千里眼》も万能では無いか……。それぞれに利点も欠点もある……。だがこれを上手く使い熟せれば……」


「……クラウンさん?」


 私から不穏な何かを感じ取ったのか、ロリーナが少し不安気な表情を僅かに見せ、まるで何かを確かめるように私を呼ぶ。


 ふふっ。多分ロリーナの不安は、ある意味で当たっているかもしれないな。


「このスクロールはいくらですか?」


「えっ。か、買うつもりか?」


「いくらですか、と聞いているんです」


「……金貨二十枚だ」


「ほう。所々に虫食いがあり、見た目はあまり状態が良くなさそうに見えますね? これで金貨二十枚なんですか?」


 いつもならマルガレンの《真実の晴眼》を駆使して色々やったりするのだが、今回は独力でなんとかするしかない。


「……十七──」


「手袋を付けてかなり慎重に扱われていましたが、そうしなければならない程の状態なんですよね? そんな状態で本当にこのスクロールからスキルを習得出来るんですか? 保証出来ますか?」


「……うぅ〜ん……。十三……」


「習得率の方はどうでしょう。仮にこの状態でも習得可能だとしても、習得率に影響しているのでは? 習得率次第ではスクロールの価格にも影響する……。ですよね?」


「……あ゛ぁぁぁぁったくもうっ!! 分かったよ分かった金貨十枚だっ!! これ以上はまけられんからなっ!? 今回だけだからなっ!?」


「……ありがとうございます」


 私は笑顔で、金貨十枚を店主に支払った。


 __

 ____

 ______


 ……うん。大体こんな感じだったな。


「ああそうだな。よく覚えている」


「そうですか。覚えていて、先程の発言ですか……」


 ロリーナがそう口にすると、私以外の三人が揃って溜め息を吐く。


「スクロール二枚って……。いや金貨十枚使うってのが既にアレなんだが、それでも十枚二十枚とか買った合計金額なら、まだ理解出来た。出来たんだがなぁ……」


「何を言う。私は必要だと判断し、価値に見合うと確信して二枚のスクロールにそれだけの金額を払ったんだ。何が間違っている?」


「金はもっと大切に使うもんだろっ! 貴族の俺に言わせんなっ!」


「──?」


 金が、大切? 意味が分からない。


 そりゃあ、金があればそれだけ多くの物を享受出来るだろう。


 美味い食い物に美人との一時、新たな武器防具に胸を躍らせ、趣味を熟せる道具だって手に入る。権力者とのパイプにもなれば、貧しい子供に恵みを与えられるし、歴戦の強者に教えを乞うたり、また複数人の弟子だって抱えられる。


 金があればあるだけ人生には彩りが加わり、より豊かな時間を堪能させてくれるだろう。


 ……だがそれは、金が大切な物である証明にはならない。


 金はあくまで手段であり、それそのものに代替出来る価値など無いのだ。


「金は決して、かけがえの無い物ではない。所詮金など、欲しい物を手に入れる為の手段でしか無いんだ。それを大切などと……」


「……あ、ああ……いやまあ……。そうなんだけどな……」


「お金が無ければいざ本当に欲しい物と出会った時、手に入らなくなるんじゃ……」


「ああそうだ。だから財布をロリーナに管理してくれるように頼んだんだ。私が暴走しないようにな」


 まあ、本音を言ってしまえば、金の管理が面倒臭いのもあるんだがな。ロリーナには申し訳ないが、あんな物に時間や頭を割くのが馬鹿馬鹿しくて仕方がない。


「……兎に角」


 少し俯き気味だったロリーナがそう口にすると、私の顔……厳密に言えば目を真っ直ぐ見据え、改めて決意を口にする。


「クラウンさんが稼いだお金をどうこううるさく言いたくはありません。ですがこれ以上スクロールを買うのは控えて下さい。少なくとも次の収入……。今から向かう遺跡の魔物の素材で出来るお金が手元に来るまでは」


 ……お、おお……。ロリーナがこんな長文を喋ったのを初めて見た……。それだけ本気……なのだろうな……。ふむ……。


「……分かった。約束しよう。スクロールは次に金が入るまでは買わない」


「……誓いますか?」


「ああ誓う。君に嫌われたくはないからな」


「それなら……私も分かりました」


 ふふっ……。こういうのも、なんだか良いな……。──と、そうだ。


「スクロールは買わないが別の物が欲しい。そこには寄って、買っても構わないか?」


「……スクロールの様に高額でなければ」


「ああ、そこまで高くは無い筈だ。金貨二、三枚行くか行かないか……」


「それでも金貨なんだな……。一体何買うんだよ?」


「少しな……。使った事の無い武器をいくつか」


「……え?」

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