第一章:散財-19
その後馬車を走らせ、小さな村を何箇所か通り過ぎながら十時間余り。時刻は既に午後九時を回っているが、なんとか帝都ヴィルヘルムに到着した。
帝都に入るにも身分提示やら荷物検査やらがあったが、それらも難無くクリアし、門番に安全に泊まれる宿屋を教えて貰ってから宿に直行した。
宿はやはりというか、安全=高級宿というのが常にらしく、旅中の貴族や豪商が泊まるような立派な物で、それに伴い中々の金額を払う事になった。
まあ、金で安全が買えるなら安い物ではあるのだがな……。
それから夕食を済ませ、その宿で一晩を明かした翌日に、カーラットを除いた四人で帝都の街に繰り出した。
帝都はなんというか……いわゆる都会だ。
勿論前世の東京なんかと比べてしまったら情緒溢れる街並みとなってしまうのだが、カーネリアやパージン……王都セルブなんかと比べてしまうと、活気や人口密度がまるで違う。
帝国は王国と比べて内陸に位置し、数多くの山脈や肥えた広大な大地が広がる帝国は、主に農業や林業、鉱山業を中心に発展した国であり、王国よりも進んだ貿易技術により、国を豊かにしている。
そんな帝国の中枢であり貿易の中心であるこの帝都ヴィルヘルムが栄えているのは当然だろう。
私達はそんな賑やかな帝都の商業区画を、丸々一日掛けて見て回った。
王国ではあまり出回らない野菜や果物を販売する数々の青果店。
値段の割に大きく鮮度が良い精肉を売る精肉店や、それらの臭みや香り付けの為の豊富な香草を売る店。
様々な素材や焼き方で色鮮やかな配色やデザインの皿等の食器を数多く揃えている食器屋に、同じく様々な素材を使った椅子や机を取り扱う家具屋。
壁にまでビッシリ嵌っている本棚に所狭しと書籍や図鑑を並べられた本屋に、曰く付きの呪物やスキルが封じられたスキルアイテム、眉唾物の効果を持つアクセサリー等の怪しい物を取り扱う雑貨屋、骨董品店。
大きく広い通りの左右をそれら店舗で埋め尽くされた商業区画を時間も気にせず見て回っていた結果、気が付けば既に夕方を過ぎていた。
ロリーナは薬草や香草の店。ティールは様々な画材や道具を売っていた文具屋。ユウナは王国では見掛けない本が多く売られた本屋と豊富な種類の豆を取り揃えたコーヒー豆の直売所、と。各々興味を惹かれる店舗を訪れる度に結構な時間を費やしていたのが主にこんな時間まで買い物をしてしまっている原因になるのだが、肝心の店舗にはまだ入っていない。
それは私がこの街に来て買う事を決めていた武器防具屋。今日はそこで未だ使った事の無い武器を数点購入する予定であった。
本音を言えば今直ぐにでもスクロール屋に駆け込みたい衝動に駆られているのだが……まあ、ロリーナとの約束だ。ここは必死に抑えよう。
そうして徐々に商業区画の店舗が店仕舞いを始めだしたそんなタイミングで、私達は最後に武器防具屋を訪れた。
「おや? いらっしゃい……。こんな遅くにお客さんとは驚いたね」
店内に入ると、私達を出迎えたのは膨よかな体型の気の良さそうな女性の店員。一般的に武器屋なんかの店員は男の方が多い傾向にある為、こういう人が店員をやっているのを見ると少し新鮮だ。
「それにまあ四人揃ってお若い事ぉ。失礼承知で聞くけど、アンタらお金払えんのかい? ウチの店、質が良いから割と高いよ?」
「あ、アンタ!? おいそれが客に対する──」
「止めろ」
ティールが彼女の態度に文句を付けそうになったのを止め、少しティールを下がらせる。
こういう所はちゃんと貴族っぽいんだなコイツ……。まあ、気持ちは分からなくも無いが、これはある種の彼女なりの気遣いだ。
ああいう言い方をしているが、これは私達に無駄な買い物をさせない為の忠告……そして店の為の牽制なのだろう。
武器というのは割とその人物との相性があるし、変に凝った物を使ってしまうと変な癖や感覚に慣れてしまうという傾向にある。
それに彼女が言うように質が良いという事は、それ相応に値段も吊り上がるという事。決して安く済む買い物では無いのだ。
向こうはそれで文句を言われ、店や看板に傷が付き、悪い噂が流れてしまうのを懸念してもいるんだろう。ロリーナやユウナは兎も角、私とティールはそれなりの服装をしているからな。彼女は私達を「それなりの所の奴」と見て、帰せるなら帰したいと思っているんじゃなかろうか。
故に私達を見た彼女は、下手な買い物ならさせないと、暗に断りを入れている。面倒事は避けたいのだろう。
無闇に人に物を売らない……。これも帝都という栄えた街故の処世術かもしれないな。
だが今はそんな物に付き合っている時では無い。
「安心して下さい。お金は十分にありますし、こう見えて割と経験豊富なので武器の扱いも問題ありません。そちらの不備でも無い限り文句も言いませんので」
「おぉ、そうかい? ……んー、なら見てくだけ見てきな。と言っても閉店までの一時間だけどね」
「はい。ありがとうございます」
それから漸く、私達は店内を物色する。
先程の彼女の態度に腑に落ちないティールに、彼女の真意について説明しながら狭くない店内を見て回る。
私が今回探しているのは今まで使って来なかった武器を数点。用途は勿論戦闘に使う為だ。
私が今所持している武器種は大雑把に言えば、剣、ナイフ、ハンマーの三種類。普通に考えればこれだけ使えているならば十分という所だろうが、私はこれで満足はしない。
折角様々な技術系スキルを会得し、使えるのならばそれに応じた武器を一通りは揃えたいじゃないか。集める事はそのものが私の人生目標だが、スキルは活用してこそ意味がある。使えるならば使いたい。
それに近々丁度良い腕慣らしの場に赴くのだ。このタイミングで新たな武器を試すのが望ましい。
と、そんな考えで武器を一通り見て回り、《物品鑑定》などのスキルを発動しながら購入する目星を付け終わり、先程の女性店員を呼ぶ。
「なんだいもう決まったのかい?」
「はい。お店に来る前に何を買うか漠然とは決めていたので」
「そうかい。で、何買うんだい? 言ってってくれりゃあアタシがカウンターまで運ぶよ」
「ありがとうございます。ではまず──」
私が最初に向かったのは大小様々な剣が並べられたコーナー。ナイフから細剣、大剣まで様々な剣が壁に飾られている。
「この細剣と大剣を下さい」
そうして指差した細剣と大剣に、女性店員は目を丸くして驚愕する。
「これってアンタ……。ウチで一番高い奴じゃないかいっ!!」
「ええ。存じていますよ?」
「存じていますって……。アンタ本当に分かってんのかいっ!? この細剣に使われてんのはパス合金って言って、しなやかさと鋭さに特化した物で、こっちの大剣には
「だから、はい。存じています」
「払えんのかいっ!? 合わせて金貨五十枚はするよっ!?」
「はい」
私はロリーナに目配せする。
するとロリーナは不満気な表情を見せながら「これではスクロールを買うのと変わらないじゃないですか……」とぼやきながらも預けていた金貨のみが入った革袋を私に手渡してくれる。
ふむ……。正直もっと抵抗されてしまうかと思ったが……。彼女なりのラインがあるのだろうか?
……まあいい。
私はその革袋をそのまま女性店員に手渡す。
「この革袋に丁度金貨百枚入っています」
「き、金貨百枚っ!?」
「君そんなもん持ち歩いてんのかっ!?」
最初に女性店員が驚き、その後にティールが後ろから喧しい叫び声を上げる。
「クラウンさんに渡されているのはあの袋三つともう少し大きい袋が一つです。全額じゃありません?」
「えっ……。つまりロリーナ、君今まで金貨三百枚以上を持ち歩いて──」
「クラウンさんとこうして一緒に買い物をする時だけですよ。それ以外はクラウンさんがポケットディメンションにしまっています」
「ん? ならクラウンが勝手に金使えるんじゃないか?」
「買い物をする前に簡単に残金は一応確認しています。私が頼まれたのはお金の管理……ですから」
本当、面倒この上ない事をよくぞ引き受けてくれたと感謝しているよ。ロリーナは本当に良い子だ。
「あ、アンタ……。アタシは金貨五十枚って」
お、彼女が漸く現実に戻って来たか。
「ああ。もう数点買うので取り敢えず一旦まとめてお渡ししただけですよ。あ、勿論、足りなくなれば追加をお渡ししますのでご安心下さい」
「ま、まだ買うってのかいっ!?」
「ええ。では早速ですが次はアレを──」
私は次に斧やハンマー、槍などの長物が並ぶコーナーを指差した。
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