第五章:正義の味方と四天王-14

 

「さあ、ロセッティ君はみんなの所で休んで来て。今度は僕の番だから」


「……」


 ヴァイスが優しくそう言うと、ロセッティは無言で頷いてから立ち上がり、よろよろと頼りない足取りで三人が待つ場所に向かう。


 その後ろ姿を見守り終えると、ヴァイスは鋭い視線で目の前に立つ飄々とした態度のクラウンを睨み付けた。


「君は、女性に対しても容赦しないんだな。男として恥ずかしくないのか?」


 その言葉を受けたクラウンは、何を言っているのか分からないといった具合に首を少しだけかしげ、問い返す。


「この御時世に女尊男卑の精神か? 悪いとは言わないが、時と場合をわきまえなさい。戦う相手に優しさを晒すのは侮辱よりタチが悪いぞ?」


 それに対しヴァイスは深い溜め息を吐いた後、直剣の切っ先をクラウンに向け突き付け「それでもだ」とだけ返した。


「……まあいい。それよりお前は直剣それで私に立ち向かうという事で間違いないな?」


「なんだい改まって。真剣での勝負に自信が無い……とでも言うつもりかい? 僕は魔法勝負だけでも構わないが……どうする?」


 そんな露骨な煽り文句に対し、クラウンは面食らったような表情をすると、表情が見えないよう俯いて──


「……ふ、ふふ……」


「……?」


「ふふ、ふふふふふふ……」


「……何が、おかしいんだい?」


 小さく笑い続けたクラウンはその笑い声を止めると顔を上げ、今日一番の凶悪な笑みを浮かべる。


おごるなよ小僧」


 瞬間、クラウンは両手を広げると、右手から砕骨さいこつを、左手から間断あわいだちを出現させ、砕骨をそのまま肩に担ぐ。


「骨の一本や二本で済むよう、精々頑張る事だ」


 暗黄色に鈍く輝く禍々しい砕骨さいこつと、対極するように陽光をマジョーラに反射させる美しい間断あわいだちを前に、ヴァイスは思わず息を呑んだ。






「何……アレ……」


 ロセッティが三人と合流した直後、ヘリアーテがヴァイスとクラウンの方──より正確にはクラウンが出現させた禍々しいハンマーと美しい短剣を見て絶句しながら呟いた。


 グラッド、ディズレー、そして戻ったばかりのロセッティもまた、同じように中々言葉が見付からずただその様子を眺めていた。


「そっかそっか……。あーんな物騒なモン隠し持ってたのか、あの人……」


「それもただのハンマーと短剣じゃねぇ……。武器に詳しくねぇ俺でも、アレが見掛け倒しじゃねぇってわかるくれぇに存在感あるぜ」


「私達の相手、本当に本気じゃなかったんだ……。頭で「実は結構必死だったんじゃないか」って自分を慰めてたけど、これじゃあもう明らかじゃない……」


「これが……蝶のエンブレムに相応しいレベル……なの?」


「そんなわけ無かろうが」


 突如割り込んで来た何となく聞き覚えのあるしわがれた声に四人が振り返れば、そこにはゆったりとしたローブに身を包んだ老人が困り顔で立っていた。


「ふ、ふ……」


「フラクタル……」


「キャピタレウス……様っ!?」


 その正体を頭で漸く理解出来た四人は咄嗟に身なりを直し、キャピタレウスの前に綺麗に横並びになり居住まいを正した。


「そう堅くなるでない。アヤツが君等に何かすると聞いていたからな。雑事を終わらせて顔を見せに来たんじゃが……」


 そう言葉を切ってから四人の顔を見回し、既に四人共にキッチリ心を折られている事を察すると、彼は深い溜め息を吐く。


「本当に容赦無いのぉアヤツは……。入学式直後にする事じゃなかろうて……」


「……あ、あの……」


 頭を抱えたキャピタレウスに、ロセッティが遠慮がちに手を挙げながら話し掛けると、キャピタレウスは一瞥いちべつした後に「なんじゃ?」と続きを促した。


「さ、先程おっしゃっていた「そんなわけ無い」……というのは、どういう……」


「ああ、それかい。……言葉通りじゃよ」


 キャピタレウスはクラウンの方を見ると、若干だが呆れたように、けれども何処か嬉しそうな表情を浮かべ、続きを口にする。


「蝶のエンブレムはアヤツのレベルを想定してはおらんという意味じゃ。ただ蝶よりも上に位がないだけ……。本来ならアヤツは蝶のエンブレム程度に収まる器じゃないわい」


「そ、そんなに凄いんですか? あの人……」


「魔法は言わずもがな、武器術に関してもこの国でアヤツに並ぶ者は少ないのぉ。まあ、教えた相手が相手じゃったからもありなんじゃろうて」


「相手、というのは?」


 ヘリアーテの問いに、キャピタレウスは不思議そうな顔をする。


「なんじゃ? 気付いとらんのか? アヤツのファミリーネームは入学式で聞いとったじゃろ?」


「は、はい。確かぁ……」


「確か、キャッツ……じゃあなかったか?」


「ああそうそうっ。クラウン・チェーシャル・キャッツ──」


「ああっ!!」


 突如、ヘリアーテが目を見開き何かに気が付いたように口を開けたままキャピタレウスに視線を移す。


「キャッツってまさか……。現王国剣術団団長のガーベラ・チェーシャル・キャッツの……身内、ですか?」


 その名を聞きロセッティも気が付いたのか驚愕するようにヘリアーテを見ながら目で「本当にっ!?」と訴え掛け、ヘリアーテはそれに頷いて返す。


 しかし残るグラッドとディズレーは未だにピンと来ていないのか、二人が何故そこまで驚いているのか分からず困惑の表情を浮かべる。


「……誰だよ、それ」


「剣術団団長ってのは凄いって分かるけど……。そんな有名?」


「アンタ達知らないのっ!? 今この国で一番憧れる女性として名高いガーベラさんをっ!!」


「剣術団に入って僅か数年でその才覚を発揮してあっという間に団長の座に着いた強き女性の代表格だよっ!?」


「凄まじい剣術に誰もが振り返る美貌っ!! それに加えて優しく豪快で清々しい性格と女性らしさを残した低めの声音っ……」


「彼女が剣を振るう様はまるで優雅に踊っているよう……。真っ赤なロングヘアーが棚引たなびく姿がその様子に拍車を掛けてまた美しい……」


「付いた呼び名が紅蓮の剣──ああ、これもう古いんだっけ?」


「うん。今は「真紅の剣女王クイーンオブクリムゾン」って巷で話題になってるっ」


「そうそうっ!! そんな女性の憧れの最先端であるガーベラさんを知らないなんてねぇ……」


「うん。流石にちょっとどうかと……」


 津波の如く怒濤に披露されたガーベラに関する情報にひたすら困惑するばかりのグラッドとディズレーに、キャピタレウスはただ同情の眼差しを送る。


「いや、ボクの出身田舎だから……」


「お、俺も他国の端っこだから、そんな詳しくわ……」


「それにしたって……ねぇ?」


「ちょっと……ねぇ?」


「オヌシ等」


 いつまでも終わりそうにない四人に業を煮やしたキャピタレウスが強めの口調で呼び掛けると、四人はハッとした表情を表して改めて居住まいを正す。


「話は逸れたが、アヤツ──クラウンはその話題のガーベラの実の弟じゃ。それもかなり溺愛された、のぉ」


「あの……ガーベラさんの……」


「物心ついた頃から姉に直接剣技を教わり高い実力を身に付けておる。そしてアヤツは器用な事に、その剣術を基盤とし様々な武器術すら体得してみせた。故に剣術は勿論、今奴が扱っとる大槌や短剣も、並以上には使い熟せる……と、ワシは本人から聞いた」


「え……。あの、貴方様も直接見たりしたのでは?」


「いいや。ワシが見た事あるのは直剣とナイフを使った戦いだけ。他の武器に関してはオヌシ等と同じで今回が初めてじゃ」


 そこまで一旦区切ると、顎をしゃくって彼等四人の背後を見るよう促す。


 そうして四人が振り返ってみれば、クラウンとヴァイスの戦いは既に始まっており、けたたましい金属のぶつかる音が響いていた。


「い、いつの間に……」


「ほっほっ。アレに気付かん程にワシに注目するとは……。存外ワシも捨てたモンじゃないのぉ。……さて、取り敢えずはアヤツ等の戦いを見守るとしようかの、オヌシ等」


「「「「はいっ!!」」」」


「……とは言っても、今のクラウンアヤツに勝てるとは、流石に思っとらんが、の……」


 キャピタレウスはそう呟くと、密かにヴァイスの無事を祈るのだった。






「くっ……!!」


「ほらほらっ、腰が引けているぞ?」


 クラウンの振るう砕骨さいこつの重い一撃が、直剣を盾にしたヴァイスに叩き付けられ地面を滑る。


 振り抜かれた砕骨さいこつはそのままクラウンに大きな隙を作るが、今のヴァイスにその隙を狙える程の余裕は無く、体勢を立て直すだけで精一杯であった。


「……ふむ」


 そんな様子のヴァイスを見たクラウンは少しだけ思案すると、右手に持っていた砕骨さいこつを収納し、左手に持っていた間断あわいだちを右手に移す。


「な、なんの、つもりだい……?」


「いや、少し大人気なかったと思ってな。乗せられて砕骨さいこつまで出してしまったが、これでは余りに一方的で詰まらん」


「……手加減、するって? 随分舐められた──」


「勘違いするな」


 息を荒げながら直剣を構え直すヴァイスの言葉を、クラウンは平坦な声音で遮る。


「私は最初からずっと手加減している。自分を慰めるのは勝手だが、現実はちゃんと受け止めなさい」


「……」


 クラウンの言葉に歯噛みしたヴァイスは、直剣を握る手に力を込めると魔力を集中させていく。


「……なら僕も」


「んん?」


「取っておきを、披露しようかっ!!」


 そう言い放った瞬間、ヴァイスの直剣を握る手が眩く光を放ち始め、クラウンは思わず目を細める。


 光はそのまま流れるように直剣に移っていくと刀身全体にまで広がり、光り輝く刃を完成させる。


「……《光魔法》を刀身にまとわせたか」


「それから──」


 そこで言葉を切ると、クラウンの目の前にいたヴァイスは忽然とその姿を消す。


「……」


 クラウンは無造作にうなじに間断を持って行くと、直後間断あわいだちの刀身に強烈に何がぶつかり激しい金属音が鳴り響く。


「凄いな。これをこんなアッサリ避けられたのは初めてだ」


 目でだけで振り返って見れば、そこには何の容赦もなくクラウンの首目掛けて光り輝く刃を振るったヴァイスの姿がそこにはあり、苦笑いを浮かべている。


「……《空間魔法》で背後に回ったか」


「正解だ。どうだい? 少しは驚いて──」


「はぁ……」


 それは、とても大きな溜め息だった。


 熱狂した場を一瞬で凍り付かせる様な冷たく重いその溜め息は、ヴァイスの背筋に悪寒を走らせた。


「確かに、《光魔法》による剣の強化も、《空間魔法》による機動性ある動きも、本来なら素晴らしい技術だ。他四人に比べれば魔法による知識も技能も優れ、戦闘センスもある。人並み以上に努力をし、研鑽し、積み上げて来たその技術は、万人が称賛するにあたうものなのだろう。……だが──」


 すると今度はクラウンの姿が一瞬にして搔き消え、直剣に体重を乗せていたヴァイスは少しだけよろめくと、慌てた様に辺りを見回す。


 と、その時、背後から静かな声がした。


「四人の中で、お前が一番つまらない」


 その声に振り返りクラウンに向け構え直そうとするが、構え終わる前にまた姿を消して別の場所に姿を現し、見回して見付けてはまた姿を消す。


 目紛めまぐるしく転移を繰り返すクラウンに目が追い付けなくなり奥歯を噛み締めるヴァイス。


 しかしそれでも彼は諦めず、彼が持ついくつかのスキルを駆使してなんとか高速で転移を繰り返すクラウンを捉えようとする。


「──っ!?」


 ふと、何か光るものが目端に引っ掛かりヴァイスは自身の勘を信じてそちらの方へ直剣を盾にして構える。


 直後刀身に衝撃が走り、当たった何かにヴァイスが目を向けると、それは先程クラウンが手にしていた間断あわいだちであり、それが直剣に弾かれて宙を舞っていた。


(武器を投げたのかっ!? だが、これで彼は武器を持たず素手に──)


 思考をそこまでめぐらせ、チャンスとばかりにクラウンを探そうとするヴァイスだったが、またも目端に光るものが映り、咄嗟にそちらに直剣を構えるとまたも刀身に衝撃が走る。


「なっ!?」


 困惑する中再び弾かれたものに目を移せば、そこには先程と同じように間断あわいだちが宙を待っている様があり、ヴァイスは目を見開く。


(馬鹿なっ!? 確かに彼は短剣を一本しか持っていなかった筈だっ!! それなのになんで弾かれた直後にまた飛んで来るっ!?)


 疑問が渦巻く脳内だったが、それを整理させまいと次の一撃が飛んで来る。


 ヴァイスは半ば反射的に直剣を構え防ごうとするが、今度は直剣を擦り抜けてしまい彼の右肩を掠めて切り裂く。


「くっ……!」


 痛みに顔を歪ませるヴァイスだが、間断は間を置かずまた彼を目掛け投擲され、息を整える隙もなく彼はそちらに直剣を構え、また擦り抜けてしまうと今度は左肩を掠めた。


(なんだっ!? なんなんだこの攻撃はっ!? ……まさか短剣を《空間魔法》で回収しているのかっ!? だが、そんな事……)


 《空間魔法》は空間にある座標を魔力を用いて書き換え、別の場所と入れ替える事でテレポーテーションによる転移を可能にしている。


 だがこの転移も万能ではなく、〝動いている物〟の転移はかなりの困難を極めるのだ。


 動いている物は当然常に空間を移動している為に座標が定まっておらず、座標を書き換え終える頃にはとっくに転移させたい物のある座標は変わってしまっている。


 故に仮に動いている物を転移させたい場合は、あらかじめ転移させたい物が通る空間の座標を書き換えておき、物が通る瞬間に書き換え終える、という周りクドイ手段が必要になるのだ。


(この短時間でそんな芸当……いくらなんでも彼にだって不可能だっ!!)


 そう。クラウンにですら、これだけ間を置かずに動いている物を連続で転移させるのは非常に難しく、こんな不安要素まみれの手法を戦闘に用いるなど、クラウンならば決してしない。


 だがクラウンの持つ間断は、それを完全にクリアしている。


 間断あわいだちに使われているポイントニウムは特殊金属であり、どんな空間にあろうとも〝それ自体に〟独自の座標が固定されている。


 つまりはどれだけ高速に動いていようが、例え何処に存在していようが、その座標を記憶し手元の座標と書き換えれば容易に手元に間断あわいだちが戻ってくる。


 クラウンはこれを利用し、投擲しヴァイスに当たるか弾かれた直後に間断あわいだちを手元に戻しつは投擲を繰り返し、ヴァイスへの連続投擲を可能にしている。


 だがそれを、ヴァイスが知る術はない。


 尚も続く間断あわいだちの投擲に苦心するヴァイスは、解決しない問題を取り敢えず頭の隅に置き、この八方塞がりな状況の打開を模索する。


(こうなれば、僕もテレポーテーションを……)


 ヴァイスも《空間魔法》を使えはするが、クラウンのように息をする様にまでは行使出来ない。


 下手をすれば寧ろ隙を作ってしまい状況が悪化する可能性はあるが、ヴァイスに残されている選択肢は少ない。


(やるしか……ないっ!)


 意を決して間断あわいだちを防ぎながら座標を算出始め、書き換える作業を開始する。


 数秒という短い時間が何分にも感じる程の緊張感を伴いながら間断あわいだちによる攻撃を見極め、座標の書き換えを極限の集中力でこなして行くヴァイス。


 そして間断が頬を掠めた直後──


(出来たっ!! 行けるっ!!)


 転移後も油断しないよう心構えを改め、ヴァイスはテレポーテーションを発動。


 今の居る場所から少し離れた位置に転移すると、クラウンを探す為直剣を構える。


「さあ、次は僕の──」


欠伸あくびが出るな……」


 瞬間、構えた直剣に間断あわいだちぶつかる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る