第二章:嬉々として連戦-19

 

 ガタイの良い男が脂汗を流し、受付嬢はとうとう顔面を真っ青に染め上げてしまっている。


 その意味は私がこのカーネリアの街の領主の息子である事に気が付き、そしてこの決して褒められない接客対応が二回目であった事の二つに対する反応だろう。


 では次に彼等が取る行動は勿論──


「す、すみませんでしたっ!!」


「すみませんっ!! まさかキャッツ家の坊ちゃんだとは気が付かず……。それも以前にも同じような非礼を……。本当に申し訳ありませんッ!!」


「ありませんっ!!」


 ふむ……。まあ別に私はそこまで非礼にも感じていないし謝って欲しかったわけでも無いんだがな……。と、いうか、


「アレから三年経っているとはいえ、私の顔とこの特徴的な髪色を見て気が付かないのは、流石にどうなんですかね」


 彼等とてカーネリアに長いこと住んでいる住人だ。その住人が三年経っているとはいえ領主の息子の顔が分からないのはちょっと問題だな。


 しかも私の髪色は黒を下地にした赤のまばらなメッシュだぞ?こんな髪色をした奴なんて他に居ない。それを忘れるとは……。


「いや、あのっ!! ……俺はそういったのに単純にうといというか、忘れっぽいというか……」


「わ、わわ、私は……。あま、余り、お客さんの顔とか……見ないようにしていて……」


 ……大丈夫かこのギルド。……まあいい。


「はあ……。もういいですよ。別に父には報告しませんから、さっきの質問に答えて下さい」


「お、おおっ、ありがとうございます! ……えっと、確かガーレンに用事ぃ……でしたよね?」


 ガタイの良い男は何やら苦笑いを浮かべながら目を泳がせている。


 ガーレンとは三年前に私が初めて討伐した狼の魔物ハウンドドッグを数匹解体して貰ったイヌ科の見た目をした獣人族の男である。


 口調は粗暴で荒々しい人柄だが、仕事に関しては一流で決してを抜いたり間違いを犯さないまさに職人気質の男である。


 そんなガーレンなのだが……。なんだ?何かあったのか?


「何かあったんですか?」


「あ、いや……。奴は元気ですよ、多分はい……」


「多分てなんです? もっと詳しく」


「……引き篭っちまってるんですよ」


 ……引き篭ってる?


「自分も聞いたってだけなんでアレなんですが……。どうも前に同船した船の乗組員とちょっとイザコザがあったみたいで……そんで……」


「それで「こんな奴等と一緒に仕事させんなら俺ぁ二度と解体なんざしねぇからなっ!!」と啖呵を切って解体部屋に引き篭ってしまったんですよ……」


 と、そんな渋い凛とした声音の先に視線を移せば、ギルド二階に上がる為の階段からまるで燕尾服のようなスーツを着こなした白髪のダンディな男がゆっくり降りて来る。


「ガーレンは腕の良い解体職人です。出来れば復帰して欲しいのですが、我々の言葉に彼は今耳を貸しません……」


 そう続けた男は振り返った私の前まで到達すると、深々と頭を下げて一枚の紙を取り出し、差し出して来る。


「申し遅れました。私当ギルド「翠緑の草狐」のギルドマスターを務めさせて頂いておりますフレン・ベルフラウと申します。以後御見知りおきを……」


 差し出された紙を受け取り書いてある文字を読むと、そこには先程紹介した自身の名前と所属ギルド。それとギルドでの立ち位置等が書かれている。いわゆる名刺だ。


 この世界で名刺など使っている者が居るとはな。現代日本に比べて紙や羊皮紙だって決して安くは無いだろうに。


 だがまあそれで顔と名前を印象付けられるならば安い物か……。覚えて貰うというのは商売に於いて基本中の基本であり最重要事項でもある。実際私だってもうこのフレンの顔は忘れないだろう。


 と、そんな事よりだ。


「初めまして。私はクラウン・チェーシャル・キャッツ。ここカーネリアの領主、ジェイドの息子です」


「はい。存じ上げております。前回の御訪問及び今回の御訪問ではこちらの不手際で不快な思いをさせてしまい申し訳ありません」


「いえ。それはもう構いません。……それにしてもガーレンが……」


 引き篭もってるか……。まったく。夕方までには帰るつもりでいたのにこのままじゃ日が暮れるじゃ済まない。


 はあ……。面倒な。


「ガーレンは解体部屋でしたよね?」


「え。……はい」


「私が話します。フレンさんも付いて来て下さい」


「よろしいのですか?」


「時間が勿体ないんで……。それと説得して無理ならこじ開けます。良いですね?」


「は、はいっ!!」


 それから私はフレンを連れ地下にある解体場へと向かう。


 暗く湿った空気が少し心地良く感じる階段を降りた先にある扉を前に、フレンは数回ノックをしてから声を掛ける。


「ガーレンっ!! お前にお客様がお見えになっているぞっ!!」


「あ゛ぁ? 帰ぇれ帰ぇれッ!! 俺ぁあんな連中とつるむつもりなんてねぇからなぁッ!!」


「今回は違うっ!! 違うお客様だっ!!」


「だぁからなんだってんだッ!! 俺をまた船に乗せる気なら他の仕事だって受けねぇからなぁッ!!」


 ふむ。取り付く島もないな。というか。


「なんでこんなにヘソを曲げているんですか?」


「詳しい事は私にも……。ですがガーレンが同船した漁業ギルドのギルドマスターが謝罪にいらしたので、非は向こうにあるのは確かなのです。しかし今後の事も考えるとガーレンだけ漁に同行しないというのは正直厳しいのも確か……。なのでガーレンには今回の事は飲み込んで欲しいのですが……」


「……はあ」


 私は扉を正面にしてから握り拳を作り、《強力化パワー》等のバフ系スキルを発動させ鉄製の扉を思い切り殴り付ける。


 ──ドオォォンッッッ!!


 大きな鐘が鳴るような音を辺りに響かせながら打ち付けられた鉄製の扉は吹き飛びこそしなかったものの、殴り付けた箇所は大きくひしゃげた。


 この行動にその場に静寂が広がるが、そんな事はどうでもいい。


 私は突き立てたままの拳を退かしてからひしゃげて出来た扉の隙間に手を突っ込み、無理矢理扉を開ける。


 すると解体部屋の真ん中のテーブルに酒とグラスを転がし、イヌ科獣人特有の三角耳をピンと立てながら目を見開くガーレンがこちらを凝視していた。


「……お久しぶりです。ガーレンさん」


「お……おま……」


「取り敢えず私の話を聞いて下さい。異論は認めません」


 私は手近にあった椅子を引っ掴み、ガーレンの近くまで持って行くとそこに座り、ワザとらしく腕と脚を組む。


「仕事……していないそうですね」


「な、なんですかい、藪から棒に……」


「正直な話どうでもいいんですよ。貴方達のゴタゴタとか。時間があれば手早く解決するのもやぶさかではないんですがね。今は人を待たせているんですよ」


「……仕事の依頼ですかい」


「はいそうです。魔物を持って来たんでそれの解体をお願いしたいんです」


「……」


 ガーレンはそこで黙ると酒の入った酒瓶を掴み、それをそのままあおろうとするのを、私はガーレンの腕を掴んで止める。


「ドワーフならばまだしも、獣人である貴方がこれ以上酒を飲んで仕事に支障をきたすのは宜しくないですね」


「……離してくれやせんかね。俺は例え兄さんの依頼だろうと仕事する気はないんで……」


「そう言っていられますかね?」


「はい?」


 私はガーレンの腕を離すと、解体用の巨大な台の前まで歩み寄り、ポケットディメンションを開いて中に収納されていたシュトロームシュッペカルプェンをその台の上に放り出す。


 台の上に投げ出されたシュトロームシュッペカルプェンの死骸はその体表のヌメリにより僅かに滑り、まるでガーレンを睨むような位置で静止する。


「こ、コイツは……」


「少し遠くまで行きましてね。鯉の魔物で名前をシュトロームシュッペカルプェンというそうです。体長は十数メートル、体重は──」


「んなこたイイんだよッ!! ……に、兄さん。コイツを俺に解体させる為に?」


「はい。海水魚と淡水魚じゃ多少違うかもしれませんが、身体の構造は概ね同じでしょう? ならこのギルドの……貴方が適任だ」


 海洋の魔物を幾度か解体している筈のガーレンなら、魚タイプの魔物を解体するのにうってつけだろう。それに──


「貴方は職人だ。以前解体を依頼した時から知っています。だから分かるんですよ……」


 私はシュトロームシュッペカルプェンの鱗を一枚剥がし、それをガーレンに投げ渡す。


「職人の貴方が、こんな滅多にお目に掛かれない大物を目の前にして名指しまでされているのに黙っているなんて……。出来るワケないですよね?」


「……」


 ガーレンは私の言葉を受け無言のまま鱗を撫でたり光に翳したりした後、シュトロームシュッペカルプェンに近付き優しく触れる。


「……ありがてぇなぁ……」


「はい?」


「兄さんは俺を、ちゃぁんと職人として見てくれんだな……。しかもこんな大物を任してくれるってんだろ?」


「そうですね。私はコイツを貴方に解体して貰う為に、わざわざこのギルドを三年振りに訪ねました。貴方にお願いしたいんです」


「……分かった」


 ガーレンは振り返ると作業机まで歩き引き出しから一枚の羊皮紙と羽ペンを取り出していくつかそれに記入した後、それを持って私に近付きその羊皮紙を差し出して来る。


「ホレ。依頼書だ。俺の分は書いたから後は兄さんが適当に書いてあそこで棒立ちしてるギルドマスターに渡してく……渡しといて下さい」


「ありがとうございます。ああ、それと。喋り辛いなら敬語でなくて構いませんよ。私は気にしないので」


「そ、そうか? ……ありがてぇ」


 ガーレンはそうボソッと呟くと今度は様々な解体道具が並べられた道具置き場まで足を運び、必要になるであろういくつかを近くに置いてあったワゴンに載せていく。


 私も受け取った依頼書に一旦ザッと目を通した後に自身が記入する項目に必要なものを書いて行き、一通り書き終わってから未だに呆然としているフレンの元へ向かい依頼書を手渡す。


「はい、どうぞ」


「あ、ああ……はい。承ります……。しかしあの気難しいガーレンをああもアッサリ──」


「勘違いすんじゃねぇぞッ!!」


 フレンの言葉を遮るように離れた位置から背を向けたままガーレンが怒号のような声を上げる。


「俺ぁ兄さんの依頼を受けるんであって、他の仕事はやらねぇからなぁッ!! あの馬鹿共が床に頭擦り付けるまでぜっっってぇ他の仕事は受けねぇぞッ!!」


 その言葉を受けフレンは心底疲れたと言わんばかりに深い深い溜め息を吐き頭を抱える。


「本当に頑固だ……。あの、教えてくれませんか? どうしたらガーレンが〝やる気〟を出してくれるのか……」


 やる気ねぇ……。そもそもその時点で分かっていないって話で、それが分からん内はどう足掻いたってガーレンは動いてはくれんだろう。


 正直わざわざ教えてやる義理は無いんだが……。このままじゃガーレンがこのギルドにいられなくなるかもしれんからな。あの貴重な人材を見失なうのは、私としても痛手だ。


 ……致し方無い。


「彼は職人です。やる気が無いのではなく、寧ろ自身の仕事を誇りに思っています」


「え、ええ……」


「詳細は知りませんが、あの拗ね方から察するに、同船した奴に仕事の事でアレコレ言われて我慢ならなかったんでしょう」


「な、成る程」


「だから貴方達もガーレンを一人の職人としてもっと尊重してあげれば、少なくとも今よりは態度も軟化するんじゃないですかね?」

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