第二章:嬉々として連戦-18

 

「ああぁ……。だりぃ……」


「何度も何度も口にするな喧しい」


「だってよぉ……。幾ら何でも多過ぎるだろぉがッ!!」


 私とティールは今、湖底を中腰の状態で泥を掻き分けながら歩き回っている。


 というのも予想より遥かにあの鯉の魔物……シュトロームシュッペカルプェンが強敵であったが為に手加減が出来なかった弊害……。盛大に周囲に散らばってしまった頑強で美しい鱗を拾い集めているからだ。


 あの鯉の鱗はスキルの権能があったこそすれ、かなりの硬度を誇る貴重な素材だ。手に取るにも苦労する程細かい破片は無しにしても、四分の一以上形が残っているのなら割れていても拾い集める。私とティールはそんな地道な作業をしているのだ。


「そもそもあんな馬鹿デカイ鯉から幾らでも取れるだろ鱗なんてよっ!? こんなちっさいのまで泥掘って拾う必要あるのかよっ!?」


「……お前が今拾ったその破片」


「えぇっ?」


「具体的なのはギルドによるだろうが、最低でもその破片だけで銅貨数枚するな」


「……え?」


「《究明の導き》で見た結果、コイツは粉末に加工すると喘息を抑制する薬になるらしい。流石に治るまでは無いが、喘息を患っている貴族の嫡子の親は大枚を叩くだろうな」


「な、成る程……」


「それに単純にこの硬さを武器や防具として加工すれば勿論頑強な物が作れるな。そんじょそこらの金属鎧なんかは目じゃないだろう」


「う、うぅーん」


「更に言えば、だっ」


 私はティールの側にまで寄ってティールの手に持つ破片を掻っ攫う。


「コイツ、良いぃ〜顔料になるらしい」


「が、顔料っ!?」


「ああ……。お前メインは彫刻だが、絵画も嗜むだろ? 興味は無いか?」


「あ、ああ……」


「朱色の箇所は鮮やかな、黒の場所は洗練された発色を持つこの鱗の顔料はそうそう目にしないし買える物でも無い……」


「……」


「拾い集めた破片の半分は売るが残り半分は顔料に加工してお前にやろう。……後は分かるな?」


「……はあ……」


 ティールは分かり易い溜め息を漏らすと私から踵を返して中腰に戻り、無言のまま泥さらいを再開する。


「ふふっ。正直で宜しい」


 そうして私も《精霊魔法》で泥を掻き分け鱗の破片を改めて探し始める。


 実を言えば後は今日はもうこの鱗拾いだけで終わりにして四匹目の魔物はまた明日に回す予定にしている。


 先程も述べた様にシュトロームシュッペカルプェンが予想を越えて強敵で苦戦をさせられた。それ故かなり時間を費やしてしまったし、私以外の三人も最早ボロボロだ。


 私についても今日はとうとう二十四時間のクールタイムが必要な強力なエクストラスキル《峻厳》を使ってしまっている。私が現状で切り札の一つとして持っている《峻厳》が切れた状態で次の魔物に挑むのは、正直危険だ。


 残りの二体が最初のヒルシュフェルスホルン程度の相手ならばまだマシなのだが、これがシュピンネギフトファーデンや先程のシュトロームシュッペカルプェンの様な多少でも苦戦する相手なら甘くは見れない。


 こちらでどうとでも状況を調整出来る以上、万全の状態を作れるならば作るに限る。基本中の基本だがけだしそれが肝要だろう。


 因みにシュトロームシュッペカルプェンの死体はとっくに回収し、魔力溜まりも解消済み。湖の水は鱗拾いが終わり次第、さっさと戻すつもりだ。


 大精霊にもコロニーに帰る直前に釘を刺されたからな。そこはキッチリやる。


 ロリーナとユウナはいつも通り先に野営地に戻ってもらい、休憩を十分に取ってもらってから昼食の準備をお願いしている。


 まあ、今日のメインは今日狩ったシュトロームシュッペカルプェンだと伝えてあるから下準備をしてもらう程度なのだがな。


 …………さて。


「よし。このくらいで良いだろう。ティールっ! 湖底から出るぞっ!!」


「お、おおやっとか……。痛っ……、腰が……」


「先に野営地に戻してやるからテントで寝ていろ。あ、泥を落としてからだぞ? テントを泥だらけにされたらたまったものではない」


「お前俺が貴族だって忘れてるだろっ?! 入らねぇよ泥だらけでテントにっ!!」


「分かった分かった……。私は水を戻してから帰る。ロリーナ達にもそう伝えておいてくれ」


「あ、ああ……」






「い、いらっしゃい……ませ……」


 私は今、カーネリアに戻って来ている。精霊の森のコロニーにある湖の水を全て戻した後、野営地に戻り泥だらけの服を着替えて直ぐに《空間魔法》で転移して来た。


 用件は別に実家に顔を出しに来た、というワケではなく、とあるギルドに顔を出す為だ。


 そう、カーネリアの魔物討伐ギルド「翠緑の草狐」に。


 ……それにしても……。


 私は目の前で顔を赤くして目を泳がせる受付嬢を見る。受付嬢はそんな私に戸惑いを隠せないようで今度は露骨に顔を逸らし、何か言い訳になる仕事はないかと忙しなく手を動かし出した。


 ……声が小さいのは、まあ大目に見るとして客相手に目線逸らして仕事するフリとは……。約三年振りに来てみれば、まだ慣れてないのかこの受付嬢。接客業としてどうなんだ?


 私は今にも口から洩れそうな溜め息を飲み込み、真っ直ぐ受付に向かうと容赦無く受付嬢に声を掛ける。


「宜しいですか?」


「ひぇっ!? ひゃ、ひゃいっ!!」


「魔物を狩って来たので解体をお願いしたいのですが……」


「ま、魔物っ!? 解体……ですかっ!?」


「──? ええ、はい」


 受付嬢は私の言葉がまるで信じられないというような声音で驚愕すると余計にあたふたと慌てだし、意味の無い行動を意味も無く繰り返す。


「え、ええと……ですね……。い、今は、今はちょっとそのっ! ……えっと」


「要領を得ないな。何かタイミングが悪いのですか?」


「い、いやそうじゃなく……。わ、私は、その、えっと……」


「……」


 いや、何を慌てているんだ? 魔物の解体の依頼だろう? 三年前ならば兎も角、ここカーネリアだって魔物はたまに出没するだろうに……。


 貿易都市でもある我がカーネリアは、港が敷設された漁港が盛んな街。名産品も勿論海で獲れる魚介類であり、国中からそんな魚の買い付けに商人や料理人が訪れる。


 そんなカーネリアではここ数年、漁獲量が減少している事が問題視されている。


 原因は先程も言ったように魔物が出没する頻度が増した事。海洋に度々魚の魔物が顔を出すようになってしまっているのだ。


 頻出する要因は今のところ不明で、噂では魔力溜まりが海に出来てしまったのではないか?と父上が漁業関係者各位と会議していた事をカーラットから聞いた。


 だがそれを聞いて私は、海洋に魔力溜まりが自然に出来た線は薄いと考えている。何故なら海洋は地上と違い、圧倒的に魔力溜まりが生まれ辛い環境であるからだ。


 魔力は確かに目には見えず、触れる事も出来ない物質だが、全く環境から影響を受けないワケではない。


 風や水流、気圧なんかで魔力は流れ、一箇所に留まり集まる事など滅多に無いのだ。


 それこそ洞窟なんかの遮蔽物がある場所や森などの木が密集した場所。環境の変化が乏しい場所で無ければ魔力溜まりは生まれない。


 それを踏まえると海洋はとてもじゃないが魔力溜まりが生まれるには厳しい環境と言える。それこそ岩礁でも無い限り、海洋に魔力溜まりが生まれる事は地上に比べ圧倒的に確率が低い。


 それに精霊の話じゃそんな魔力溜まりですら精霊達が解消するようバランスを取っているという話だ。余計に有り得ないだろう。


 一つ、ある事を除いて……。


 ……と、話が逸れた。


 つまり言いたいのは魔物が頻出するようになったカーネリアでは魔物討伐ギルドは大忙しの筈なのだ。漁に出る船には必ず十分に戦闘を行えるギルド職員を複数人乗せて出航し、魔物が出現し次第追い払うか狩るかして対処している。


 それが現状出来ている対策だと、カーラットは言っていた。


 そんな最早解体程度で驚かれる状況ではない筈なんだがな……。


 一体何を驚いて……ん?


 いつまでも話が進まない中、私の背後で木が軋む音が聞こえた。


 その音は古い木製の椅子に座るなり立つなりする時に鳴る様な音で、次に私の側にまで歩み寄って来るような足音がする。


 数秒すると私の隣にガタイの良い男が立ち、片手を受付の机に付けると私の横顔を覗きながら振り返って口を開く。


「よぉ兄ちゃん。そんな質問責めは止めてやれや。この子は根っからのあがり症で、初めての客にゃめっぽう弱いんだ」


 ……なんだか懐かしいな。


「それに魔物の解体の依頼と言うが、それは兄ちゃんが狩ったのか? 悪ぃけどそうは見えねぇなぁ……。来る場所、間違えてねぇか?」


 ふむ……。なんだか三年前にも似たような事を言われた気もするが……。


 私が男に振り向くと、そこには三年前にもまるで私から受付嬢を守るように話に割って入って来て今の様にアレコレ言って来た男が眉を潜めながら私を睥睨へいげいしていた。


 これは懐かしい。というか三年経った今でも同じような事しているのか……。そりゃ受付嬢の接客も上達しないわけだ。


「間違えていませんよ。私は間違い無く、魔物を手づから狩って、その解体を依頼しに来たのです」


「ほぉう……。じゃあ一体何を狩って来たのか見せてみな。ちっこい虫か? それとも小っさいネズミかなんかか? ん?」


「ギルド関係者でない貴方に、何故見せなければならないんですか? 私は魔物討伐ギルドで解体を依頼したいんです。貴方には関係無い」


「ああ? 兄ちゃんなんで俺がギルド関係者じゃねぇって……」


「二回目だからですよ」


 私は懐から蝶のエンブレムが施された魔法魔術学院の学生証を突き付ける。


「魔法魔術学院の……学生証?」


「分かりますか。ならエンブレムの下に刻まれた私の名前も読めますね?」


 男はそう私に言われると目を細めながら学生証の蝶のエンブレム下に刻まれた私の名前を凝視する。


「く、クラウン……チェーシャル……キャッ──ッ!?」


 男はそこまで読み上げるとそのまま目をカッと見開いて瞠目し、脂汗を額からながしながら私に目線をゆっくり移す。


「お、おま……いや、貴方様は……」


「三年振りですね。それで? 解体士のガーレンは何処ですか?」

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