第二章:嬉々として連戦-20

 

 ──翌日。


「いやー。昨日の鯉の鍋は美味かったなぁ。鯉の身なのに泥臭くないし、寧ろ魚の旨味がギュッと詰まったみたいな濃厚な味だった……」


「それに加えてクラウンさんが作ったスープも絶妙だったなぁ。一体何を使ったらあんな濃厚だけどしつこくないサッパリした味になるんだろうなぁ」


「それと一緒に入ってた具材も良かったよなぁ。森で直接採った山菜盛り沢山な上色んな香りのキノコ……。アレ等を鯉の身と一緒に口にすると、もう手が止まらなかった……」


「本当に、美味しかったなぁ……」


「ああ。美味かったなぁ……」


「……」


 私の料理をべた褒めしてくれるのは正直悪い気はしないが、だからといってそんな露骨な現実逃避する事があるか?


「現実を見ましょう。やらねばならないのですから」


 ロリーナのいつもの平静さに現実に引き戻されたティールとユウナは辺りをザッと見回し、今日何度目か分からない溜め息を盛大に吐く。


「……本当にやるのか?」


「そうだ。やるんだ」


「無茶じゃないですか?」


「無茶ではない。大精霊が居ればな」


 私達は現在、木々が生茂る森のど真ん中で立ち尽くしている。


 ただこれは別に道に迷ったなどではなく、キチンと大精霊が案内した四つ目の魔力溜まりがあるであろう一帯に居る……らしい。


 らしい。などという中途半端な言葉を使っている理由はいくつかあり、その内の一つが──


「いや無茶だろっ!! この森ん中で木に擬態してる樹木の魔物を探せだぁっ!? 無理だよ無理無理っ!!」


 そう。ここら辺一帯に生茂る木々の内、どれかが樹木の魔物であり、今回討伐する対象なのだ。


 魔物と一括りにしてしまうと基本的には動物を先行してイメージしがちだが、生き物である以上植物もまた魔物化する可能性がある。


 ただ植物自体に明確な意思が無いからなのか、動物よりもその可能性は圧倒的に低く、魔物研究ギルドなんかは日夜植物魔物に対する研究が行われているらしい。


 魔物討伐ギルドなんかじゃ普通の動物の魔物よりレアな上、基本的に森の中に生息して見付ける事が至難の業だという認識で、もし見付ける事が出来たら当たり千金、というのが常識化している。


 ただまあ、これが普通の植物魔物であったなら、はっきり言って問題は無いのだ。


 森の中の一本を探すとはいえ大精霊が指定した一帯には必ず居るし、私のスキルを駆使すれば例え木だろうと見分けるのに苦労はそこまでしない。


 では何故、ティールとユウナがあんな露骨な現実逃避をするような事態になっているのかと言えば──


「やはり分かりませんか? クラウンさんのスキルでも……」


「……ああ。正直お手上げだな」


 私の感知系スキルや《千里眼》などの遠視出来るスキル。《天声の導き》による警戒網でも引っ掛からない。


 ましてや見た目での区別など付くわけがなく、だからといって《解析鑑定》を木一本一本に発動していくなど流石に手間が掛かり過ぎてしまう。


 今の私でもってしてコレなのだ。それだけでこの樹木魔物がどんな魔物であるのか理解出来るだろう。


「最強の秘匿スキルを所持する樹木魔物ですか……。でも、樹木の魔物って何か悪さするんですか? 見た所森としては十分平和に見えますけど……」


 そう辺りを見回すユウナ。確かにこの森は見た目だけで判断するなら平和に見えるだろう。


 だが、樹木魔物の恐ろしさはその外見では分からない所に孕んでいる。


「樹木魔物の危険性はその侵食性と毒性にあるが、大抵は周囲の樹木と同じ性質を引き継いでいる。ここの森の樹木から察せる筈だが」


 私は周りにある樹木に《解析鑑定》を発動し、その樹木の正体を理解する。


癒瘡木ゆうそうぼく──リグナムバイタか……。チッ、よりにもよってか……。いや、だが素材として見るならばコレは……」


「おい。一人で納得するなよっ」


「……リグナムバイタは数ある樹木の種類の中でも最も〝硬い〟と言われている程の硬度を誇る樹木だ。……まあ一般的な木の中での話だが」


 この世界と前世じゃ共通している動植物が有ったり無かったりするから余り前世のこういった知識はあてになるならない。


 前世では最硬だったリグナムバイタより硬い木なんていくらでもあるかもしれないからな。エルフの国に行ったらあるかもしれん。森精皇国、というだけあるのだし。是非欲しい所だ。


 エイスと計画している〝アレ〟の製作に必ず役立つだろう。


 ……と、思考が大分逸れたな。兎に角。


「そんな硬いと評判のリグナムバイタが魔物化しているんだ。生半な硬さではないだろうな。更にリグナムバイタの特性も強化されている筈だ。厄介この上ないだろう」


「と、特性って?」


「リグナムバイタは百度を超える温度で熱すると中から樹脂が出てくるんだ。……まあこれが魔物化してどうなるんだという話だが、樹脂とか自在に飛ばして来たら凶悪だろ?」


「きょ、凶悪か? それ……」


「ようは油だぞ? 油ぶっかけられてまともに動けると思うのか? それにどういう性質に変化しているかも解らんのだ。下手したら樹木魔物に共通して備わっている毒性を帯びている可能性だってある。それに凶悪なのは樹脂や毒性だけではない」


 樹木が魔物化した際に共通して備わるのはさっきも言ったように主に二種。侵食性と毒性の付加及び強化だ。


 毒性に関しては雑な言い方になるが、大体の分泌物に麻痺毒なんかの中毒症状を引き起こす毒が含まれるようになったりする。


 が、そんな毒性より厄介なのは──


「樹木魔物の最大の特徴はその侵食性にある」


「侵食性……」


「ああ。周りの樹木に半寄生するようにして根を伸ばし、そのまま侵食するんだ。そして徐々にその寄生した樹木を自身と同じ様に魔物化し、自身の分身とする……」


「えぇ……。なんか怖いですねぇ」


「さっきユウナが森が平和に見えると言ったが、侵食されている樹木も本体同様基本的に見分けが付かない。秘匿スキルを持っているなら尚更だ。故に……」


 私は適当に周りをぐるりと見回すと、皆が釣られるように一緒になって辺りの木々を見渡し、そして察する。


「ま、まさか……」


「こ、ここ、ここにある木、全部……」


「樹木魔物に侵食された分身……」


 ティールとユウナの顔面が真っ青に染まり、ロリーナの表情も強張る。


 ……だが、まあ。


 私はポケットディメンションから大斧を取り出し、軽く振り被ってから目の前樹木に振り下ろす。


 すると大斧の刃が樹木に僅かに食い込み、その刃を止めてしまう。


「お、おい馬鹿ッ!!」


「いい、いきなり攻撃なんて一体何考えてんですかッ!!」


 二人はそう叫ぶなり頭を抱えながらうずくり硬く目を瞑る。


「そうだぞお前ッ!! もし襲われでもしたらぁ──アレ?」


「まったく何考えてぇ──あれ?」


 力一杯閉じて身を固めていたティールとユウナの二人だが、その後に訪れると思っていた強襲が来ない事に違和感を覚えたのか素っ頓狂な声を上げる。


 そして恐る恐る抱えた頭をゆっくり持ち上げ、周りを改めて確認する二人だが、その周りは何の変化も無い。


「え……え?」


「し、侵食されて……るんじゃ?」


「誰がそんな事を言った?」


 私のこの言葉に更に、二人は更に間抜けな顔になる。


「第一なぁ。ここは大精霊が案内した場所だぞ? 魔力の均衡を司る精霊のまとめ役である大精霊なら魔力の流れを感じられる。そんな奴が魔物化した樹木の側に私達を案内するわけないだろう」


 更なる私の言葉に目を見開いた二人は揃って宙を漂っている大精霊に視線を移す。


 それを受け大精霊は暖色に色を発光させながら二人に近付く。


『皆様には魔力溜まりの解決をして貰っていますから、危険地帯の真ん中には案内致しません』


「「……はぁ〜〜〜〜〜……」」


 ティールとユウナは二人して盛大に溜め息を吐くと、足元の雑草を尻に敷きながらその場に座り込み、安心と落胆を感じさせるように項垂れる。


 と、そこでティールが何かに気が付いたかのように勢いよく顔を上げ、大精霊に疑問を投げる。


「え。というか魔力の流れが分かるなら、大精霊ならどれが普通の木でどれが魔物か分かるんじゃ……」


『──? 分からなければ案内出来ませんが……。何故?』


 そんな大精霊の言葉に、ティールは絶句するような表情を浮かべた後勢いよく立ち上がり私に詰め寄る。


「何故ってお前っ!! ならこの場で見分けつかねぇとかいう話してる意味はっ!? クラウンが「お手上げだな」とかボヤいてた意味はっ!?」


「私は「私には出来ない」という意味でボヤいたのであって「探せない」という意味でボヤいたんじゃないんだがな」


「そ、それはっ!! ……そうだけど。だけどお前さっきここら辺一帯に魔物化した樹木が居て、しかも侵食してるって……」


「ああ言ったな。だが魔物化しているとはいえ樹木の成長スピードはかなり遅いぞ? 魔物化したのが何十年前だろうが、森の一帯全部を侵食出来るわけないだろう」


「え、ええ……」


「それに私は一言だって「私達で探す」なんて言っていないぞ? 最初から大精霊に案内させるつもりでいた」


「あ、あれ?」


「まさかお前。見分けが付かないと散々説明していたにも関わらず私達で探すと思っていたのか? お前も言っていただろう。無理だ、と。私のスキルで探せないのに君等にどう探せるんだ」


 私の言葉に、ワナワナと震えるティール。


「え……。じゃあなんでこの場に留まって」


「いつも通りの作戦会議だろう。だから奴の特徴や生態を説明していたんだ」


「あ……ふーん……」


 そう呟くティールはハッと気付いてユウナに振り返る。するとまるでユウナは最初から分かっていましたとばかりに素知らぬ顔をして意味もなく木の葉っぱを摘んで遊んでいた。


「お前ぇ……」


「ほら。もういいだろ? 作戦会議を始めるぞ」


 私はティールの少し恨みの篭った眼差しを遮りながら三人を呼び集め、改めて言う。


「今回の相手は樹木の魔物だ。リグナムバイタという非常に硬い樹木が魔物化している可能性が高く、一筋縄じゃいかないだろう。それを踏まえて今から攻略会議をする。大丈夫か?」


「クラウンさん」


「ん? なんだロリーナ」


「魔物の名前は分かっていますか? 呼称出来た方が話し易いので」


「ああそうだな。帝都で調べた中で最も可能性が高いのは……。「エロズィオンエールバウム」。森を支配する怪樹だ」

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