第二章:嬉々として連戦-21

 

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 エロズィオンエールバウム。


 帝国内で稀に見られる樹木の魔物の総称であり、一体居ればそれが根を張る一帯の木々は全てエロズィオンエールバウムにより侵食され分身として支配下に置いてしまうと言われている怪樹。


 奴に支配下に置かれた森はその時点でまるで巨大な胃袋のように機能し始め、森に侵入したあらゆる動物をその毒性を帯びた花粉で麻痺させ、樹木としては驚異的といえるスピードで根を麻痺した獲物に突き刺し、栄養を得る。


 得た栄養の大半はエロズィオンエールバウム本体へと送られ、その栄養を糧に更に根を伸ばし葉を広げ、そうして際限なく成長し続ける魔物である。


 更にエロズィオンエールバウムが持つ最も厄介極まる性質はその侵食性でも毒性でもない。その秘匿性にこそある。


 個体によって多少の差は生まれるものの、エロズィオンエールバウムとして魔物化した樹木の大半は自身のあらゆる魔物としての特徴を内包している数々の秘匿系スキルによって徹底的に秘匿し、自身を完全に平凡な樹木であると偽装する事が可能なのだ。


 特に樹齢が長ければ長い程、侵食している樹木が多ければ多い程その練度は増していき。精霊のコロニーがあるこの森のエロズィオンエールバウムの秘匿性は一般的なヤツに比べ遥かにレベルが高くなっていた。


 それは先程クラウンが試したように、あらゆる人物、魔物や、果てには魔王のスキルまでも体得してきた彼でさえその正体を暴けないでいた。


 そんな秘匿性を得ているエロズィオンエールバウムによる被害は数知れず。森に生息していた動物は勿論、上空を飛ぶ鳥などをすら自身が持つ花粉で森の中へ引き込み、捕食してしまえており。偶然立ち入ってしまった冒険者や旅人の犠牲も少なくない。


 大精霊の案内のもと、クラウン達は口元にマスク代わりの布を巻き付けた状態で辺りを警戒しながらエロズィオンエールバウムの元へ向かう。


 マスク代わりの布をしているのは事前に帝都で得ていた毒性の花粉や樹脂などを警戒しての物。


 クラウンとしてはこんな布などではなく、しっかりしたマスクを欲してはいたのだが、この時代には現代日本のような高性能なマスクなど無く、泣く泣くなるべく目の細かい布地を見繕い、マスク代わりとしている状態だ。


 解毒ポーションもいくつか種類を揃えてはいるものの、毒の成分次第では下手をすれば役に立たない可能性もある。故に悪足掻きとばかりにしているマスクだが、これがどこまで役に立つかは定かではない。が、何もしないより遥かにマシとクラウンは全員に着用をさせている。






 不安が残る状況の中、道無き道を歩く事十数分。案内役の大精霊が突如としてその動きを止め、それを見たクラウン達もその場で止まる。


「どうした?」


『わたくしの前方にある二本の木。そこを境に魔物のテリトリーに入ります』


「ほう。つまりはその二本はもう……」


『はい。侵食を受け魔物化した分身です』


 そんな大精霊の言葉に三人に動揺が走り、クラウンは訝しんだ目を向ける。


「……ふむ。やはり分からんな。これだけ至近距離で……しかもたかが分身相手だというのに感知系スキルどころか《解析鑑定》すら欺いてくる」


「はい。それだけ本体のスキルが強力なのでしょう。大精霊さんが居なければ探す手間だけでどれだけ掛かっていたか」


「ああ。……だが──」


 そう呟くとクラウンはポケットディメンションから先程同様に大斧を取り出し臨戦態勢に入る。


「これだけ巧妙に自身を秘匿出来るスキル……。ふふ、ふふふふっ……。是非とも欲しい所だな」


 エルフとの戦争が控えている現状、劣勢に立たされているティリーザラ王国が逆転するには地道な自国の立て直しと濃密で緻密な情報が必要になって来る。


 それら二つをなんとしてでも成し遂げるつもりでいるクラウンにとって、クラウン自身が自国、エルフの国である森聖皇国アールヴの両国で暗躍紛いの事が可能になるスキルが必要になってくる。


 それを踏まえると、今回討伐するエロズィオンエールバウムからスキルを得る事は、今まで以上に重要な意味を持つ。


 だが現状はままならないもので……。


(まあ、今回に限っては十中八九今まで通りにスキルの《継承》でスキルを得るのは無理だろうな。魔物化しているとはいえ相手はあくまで〝木〟だ。恐怖なんかの感情どころか自意識があるのかすら疑わしい。そこを考えると、奴に対しては《強欲》の内包スキルのコンボをまたやるしかないな)


 そう心中で溜め息を吐くクラウンは後ろを振り返り三人に声を掛ける。


「こっからはいつ何をして来るか分からん。念の為本体の前までは私の《空間魔法》の隔離空間で毒性花粉は防いで行くが、だからといって油断はするなよ」


「大丈夫なのですか? 《空間魔法》を移動しながら行使し続けるのはかなり魔力を消耗するのでは?」


「ああそれなりにな。だがそれでも毒を食らうよりは何倍もマシだ。それに魔力なら回復する手段はいくらでもある。そこは心配するな」


(まあ、緊急を要するようなら《暴食》で奴を食ってでも魔力を回復するつもりだがな。本当は素材が勿体無いから出来る限り避けたいが……。背に腹は変えられん)


 そうしてクラウンは《空間魔法》の隔離空間を発動。大精霊を含む全員を隔離された空間で囲い、空気などの最低限のもの以外を切り離す。


「よし……。大精霊、奴の所まで後どれくらいで辿り着く」


『そう遠くはありません。先程歩いて来た時間の半分以下程で辿り着きます』


「分かった。じゃあ、森林伐採といこうじゃないか」





 更に歩き数分後。辿り着いたのはおあつらえ向きに出来たかのような少し広めの空き地を前に一同は唐突に立ち止まる。


『居ました。アレが件の魔物化した木……。貴方方が言うエロズィオンエールバウム本体です』


「……いや、何にも無ぇんだけど」


 そうボヤくように言ったティール。だがそんなボヤきも当然。クラウンを含めた四人共が、大精霊が案内した空間にそれを発見する事が出来ないでいた。


『──? 見えないのですか?』


「えっ……マジであんの?」


「どうやらそうらしいが……ふむ」


 そう口にしたクラウンは三度目のスキル発動を試みる。が、それでも尚、その姿を拝むどころか何も気配すら感じられない。


「やはり駄目だな。だが居ることは確かなのだろう?」


『はい。皆様の目の前に堂々とそびえております』


 そう語る大精霊だが、それでもやはりクラウン達の目には見えないし肌にも感じられない。


 闘う当人達がそんな状態では打つ手などないが……。


「ふむ。ならば……」


 クラウンは唐突にそう呟くと片手を大精霊が示した方向に突き出し、手の平に魔力を練り上げる。


「クラウンさん何を……」


「ああいった身を潜めるタイプのスキルっていうのは、大抵が何かしら別の行動に移ると露見するものだ。それならば……」


 練り上げた魔力は次第に高熱を帯び始め、赤々と揺らめく炎を体現させると爆発的にその大きさを増して行き猛々しく燃え盛る。


「動きたくないというのなら、動きたくさせてやれば良い」


 クラウンは手の平の火炎球をそのまま解き放つと、火炎球は凄まじい速さで真っ直ぐエロズィオンエールバウムが居るであろう場所まで迫る。


『──ッ!? 何をッ!! 先程の会議で炎は使わないでくれと言った筈ですッ!!』


 大精霊の今までにない様な叫び声を無視し、放たれた火炎球が真っ直ぐ何も無い場所に差し掛かると、突如として火炎球が何かにぶつかった様に弾けて散乱し、その何かに燃え移る。


 それは次第に広がって行くと、燃え移った火炎が徐々に何かの形を形成していき、今まで隠れていた透明な何かが露わになる。


「……ほう、成る程。確かに他の木よりデカイな」


 それは他の物より太さや高さが一線をかくしており、目の前にすると威圧感すら感じられた。


 その威風堂々たる姿は風格すら感じられ、場所が場所なら神聖さすら感じたかもしれない。


 露わになったそれは正に、樹木を支配下に置く木と呼べる物だった。


 そんなエロズィオンエールバウムだという樹木に再度感知系スキルや《解析鑑定》などを使って正体を探ろうと試みるクラウンだが、相変わらず感知系には何も引っ掛からず、《解析鑑定》にはただの樹木としての情報しか表示されない。


(ここまで接近し、攻撃してさえ欺き通すとは……。状況が状況なら道案内させた者を疑いだす所だが、案内しているのは大精霊だからな。そこは疑わん。疑わんが……)


 クラウンは大精霊に視線だけを移し、表情に出さぬよう心中で訝しみながら今までの魔物達を思い出す。


 何故か魔法陣という技術を持っていたヒルシュフェルスホルン。


 住処として都合の良い形にくり抜かれたような洞穴に巣食っていたシュピンネギフトファーデン。


 何十年も食に有り付け無かったにも関わらず生存し続け、また無駄にも関わらず餌を求めて泳ぎ回っていたシュトロームシュッペカルプェン。


 そして最硬、最重量の木々を支配下に置き、あまつさえ樹脂を操るという他の樹木では得られない能力を得ているであろうエロズィオンエールバウム。


 今まで出会った四体の魔物、それぞれが何かしらの都合の良い状況に置かれている。


(これは本当に偶然か? 大精霊……。と、今はそれどころじゃ無いな……ん?)


 疑念が湧く中、その思考は中断させたクラウンは地面が僅かに震えるのを感じ取った。


 それは非常に小さい物であったが、《危機感知》が反応した瞬間、クラウンは三人に引っ掴むと有無を言わせずテレポーテーションで転移。


 エロズィオンエールバウムが視界内に収まる別の場所に出現すると、驚愕する三人の中でティールが代表するかのように叫ぶ。


「ど、どうしたんだよ急にっ!?」


「さっき私達が居た場所を見ろ」


 ティールはそう言われるまま先程までいた場所に視線を移すと、その後数秒としない間に地面がヒビ割れ盛り上がり、地中からまるで槍のような鋭さを持った木の根が天高く、そして凄まじい勢いで突き上がる。


「なっ!?」


「木の根っこっ!?」


「ふん。どう察知しているのかは知らないが、兎に角もう始まっているぞっ!!」


 そう言うとクラウンは大斧を肩に担いでエロズィオンエールバウムに駆け出し、残された三人は少し遅れて作戦通りに魔術を練っていく。


 クラウンはバフ系スキルを軒並み発動させエロズィオンエールバウムの目前に到着すると勢い良く飛び上がり、担いでいた大斧を重力と腕力に任せて一気に振り下ろす。


 が、その一撃が食い込む瞬間、エロズィオンエールバウムの足元から左右それぞれ根が突き出し、まるで攻撃を防ぐようにしてクラウンの大斧の一撃を受け止める。


「チッ。意外に機敏だな。だがそれだけ動いたのならもう見えるだろう?」


 そう言ってクラウンは四度目の正直とばかりに《解析鑑定》を発動。


 そして四度目の権能はクラウンにエロズィオンエールバウムの本性を教えてくれる。


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 種族:エロズィオンエールバウム(リグナムバイタ種)

 状態:

 所持スキル

 魔法系:《地魔法》《風魔法》

 技術系:《槍術・初》《槍術・熟》《棍術・初》《棍術・熟》《棒術・初》《棒術・熟》《鞭術・初》《鞭術・熟》《投擲術・初》《投擲術・熟》《隠密術・初》《隠密術・熟》《隠密術・極》《調合術・初》《栽培術・初》《栽培術・熟》《麻痺刺突パラライトラスト》《猛毒刺突ポイズントラスト》《弱点刺突ウィークトラスト》《双刺突ツイントラスト》《螺旋突スピントラスト》《八雨突レインエイト》《襲槍撃オーバーランス》《四連突クアドロポーク》《六連突ヘキサポーク》《空衝突スカイアッパー》《猛毒打ちヴェノムウィップ》《麻痺打ちパラライウィップ》《百烈打ちハンドレッドウィップ》《狙い澄まし》《風景一体》《意識逸らし》《弱体偽装》《存在隠し》《毒調合理解》《土壌理解》《環境理解》《強力化パワー》《防御化ガード》《鉄壁化ディフェンス》《伸縮化コントラクション》《消音化サイレント》《影纏シャドウスキン》《瞑想法》《無動の静粛》


 補助系:《体力補正・I》《体力補正・II》《魔力補正・I》《魔力補正・II》《防御補正・I》《防御補正・II》《抵抗補正・I》《抵抗補正・II》《命中補正・I》《打撃強化》《刺突強化》《貫通強化》《衝撃強化》《外皮強化》《柔軟性強化》《体幹強化》《自然回復力強化》《免疫力強化》《吸収力強化》《環境順応力強化》《侵食性強化》《統率力強化》《光合成強化》《葉緑素強化》《隠匿》《隠蔽》《極秘》《人払い》《魔力精密操作》《気配感知》《気配遮断》《魔力感知》《魔力遮断》《動体感知》《動体遮断》《空間感知》《空間遮断》《精神感知》《精神遮断》《熱源感知》《熱源遮断》《遮音》《剛体》《迷彩》《変色》《半透明化》《透明化》《低温化》《鋭葉》《堅皮》《毒合成》《崩落》《解毒》《疾風》《嶄巌》《侵食》《激震》《麻痺》《猛毒耐性・小》《猛毒耐性・中》《痛覚耐性・小》《痛覚耐性・中》《疲労耐性・小》《睡眠耐性・小》《気絶耐性・小》《混乱耐性・小》《恐慌耐性・小》《打撃耐性・小》《斬撃耐性・小》《刺突耐性・小》《衝撃耐性・小》《貫通耐性・小》《破壊耐性・小》《地魔法適性》《風魔法適性》


 概要:「暴食の魔王」から滲み出た魔力により形成された魔力溜まりに順応した魔物。その巨体を維持する為、現在分身を増産している。


 リグナムバイタが元になった事で通常種より堅牢な外皮と高温で毒性を含んだ樹脂を精製できるようになっており、その花弁から放たれる花粉にも毒性が付与されている。


 通常のリグナムバイタはその硬さと重さから柔軟性に欠け、加工し辛い面を持っているが、このエロズィオンエールバウムの性質は更なる頑強さを得た事に加え柔軟性を獲得しており、様々な木製素材として加工する事が可能。

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 クラウンはそれを前に、口元を大きく歪ませた。

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