第二章:嬉々として連戦-5

 

「……はぁ〜〜〜〜っ……」


 巨大な溜め息を吐いてその場にへたり込んだユウナはそのままの勢いで乾いた地面に寝転がる。


「倒した……で良いんだよな?」


 そんな惚けた事を言うティールに呆れつつ、首が両断されたヒルシュフェルスホルンの首の断面から流れ続ける血をポケットディメンションから取り出した樽に回収していく。


「この様でまだ生きてるような生き物は最早鹿じゃないだろ」


「つっても魔物だろ? そういうのが一匹くらい居ても……」


「……まあ否定はせんが、少なくともコイツじゃあない。心配のし過ぎだ」


 私がそこまで言うと、ティールもユウナ同様全身の力が抜けるようにその場に座り込む。


 まったく……。まだ五匹居る内の一匹目だぞ?こんなんで大丈夫なのかこの二人…。


「クラウンさん」


 その声に振り返るとそこには二人と違ってシャンと背筋を伸ばしたロリーナが私の作業の様子を覗き込んでいた。


「……余り見ていて気持ちの良いものじゃないぞ?」


「はい。ですが私達が奪った命ですから。見届けるくらいは……」


「律儀だな。……気分が悪くなったら止めるんだぞ?」


「はい……」


 そうして暫く私が血の採集をしているのを眺めていたロリーナだったが、やはり気分が悪くなったのか、途中で目を逸らしてしまう。


「大丈夫か?」


「あ、いえ。そうではなくて、ですね。」


「ん? ならどうしたんだ?」


 見届けると口にしたのはロリーナ自身。彼女は自分の言葉を簡単に覆す様な子ではないから何か理由があるのだろう。


「ふと気が付いたんです。地面の跡が、何かの紋様に見えるな……と」


 ロリーナが指し示した場所は、先程までヒルシュフェルスホルンが炎に巻かれながら暴れ回り、形が若干変形すらしている地面。見ようによってはロリーナの言う通り紋様にも見える。


「なんだ。ロリーナも気が付いたか」


「クラウンさんも……。……そう言えば途中で飛ばした指示にこの魔物の動きを妨害するような内容のものがありましたが……」


「ああ。奴の動きが妙に感じたんでな。確証は無かったが、邪魔をするに越した事はないと判断した。結果的には正解だったみたいだな」


 普通生物が火に巻かれたのならば、その場でただ暴れ回るだけでなく地面に身体を擦るなんかしてなんとか消そうとする筈。《炎熱耐性》が無いのならば尚の事だ。


 にも関わらず奴はそれをせずただその場で暴れ回った。それも地面を強く踏み締めながら、まるで踊るように……。私はそこに違和感を感じ、それを邪魔するよう指示を出したのだ。


 現に奴が暴れた地面には、読めはしないがまるで文字や記号を使った魔法陣にも似た跡が散見出来る。これに何の意味があるかは分からないが恐らく……。


「コイツは《地魔法》を使えた。恐らくこの魔法陣らしき物で魔術を使おうとしたのだろうな」


「まさか…。魔物が魔法を使うのは何となく分かりますが、魔法陣を使った魔術なんて……」


 そう。普通は有り得ない。


 魔法陣は魔術を発動する際にする詠唱の内容を文字や記号にして記し、詠唱無しで詠唱時と同じだけの威力や再現度の発揮を可能とする技術だ。


 通常は羊皮紙などにあらかじめ魔法陣を描いておき、いざという時にその羊皮紙を消費して使うのが一般的。かつて私がグレーテルとの戦いの最中に魔法で即席の魔法陣を描いたりしたが、アレはこれの応用と言えるだろう。まあ、師匠くらいならアッサリやりそうだが……。兎も角。


「だが実際コイツはこうして目に見えて意味が有るような跡を炎を消すより優先して描こうとした……。とても理性的じゃないか? 魔物のクセに」


 だからこそ私は念の為と称してこのヒルシュフェルスホルンにスキルを渡すかどうかの二択を迫ったのだが、結果私の言葉も意思も伝わらなかった。


「理性的……というより、知っていた…という方が近い気もします」


「ほう。つまりは?」


「……何者かが、この魔物に魔法陣を教えた……。そう調教した……?」


 自然界で魔物が魔法陣という理知的で文明的な物を会得する事は有り得ない。だが使えるならばそれを会得出来る機会があったという事。教える者が、居たという事は……。


「何か作為的な匂いがするな」


 これがコイツだけならばスルーしても問題は無いかもしれない。時間も限られているしな。だがこんな得体の知れないものが他四体の魔物にも関わっていたら……。ふむ。ちょっと厄介だな。


 まあ取り敢えずだ。


「今は考えても詮無い事だ。兎も角コイツの処理を終えて、魔力溜まりを解決しなくてはな」


「そう、ですね。……私に何かお手伝い出来る事はありますか?」


「んん、そうだな」


 私は少し考えてからポケットディメンションを開くと、中から水筒を二つ取り出してロリーナに渡す。


「あのバテてる二人にそいつを飲ませてやれ。中にはアイスティーが入ってる。ロリーナもいるか?」


「私はまだ大丈夫です。それでは渡して来ます」


「ああ。ついでに二人に何が欲しいが聞いて来てくれ。多少の事なら叶えてやろう」


「はい」


 ロリーナはそう返事をした後、精気が抜け茫然とただ空を見上げているティールとユウナの元に向かった。


 するとロリーナと入れ替わるようにして何処かに避難していた大精霊がゆっくりとこっちに漂って来る。


『お疲れ様でございます。流石ですね。豪語されただけはあります』


「出来ない事は口にせんよ」


『左様ですか。……その魔物の血はどうされるのですか?』


 大精霊は私の血を採集する作業を覗き込むように私に並ぶ。


「正直何に使えるかは分からん。だがただこのまま垂れ流すのも勿体無いだろ?動物の血なら兎も角、魔物の血だからな。それにこの巨体分の血が地面に染み込めば環境にも悪いだろう」


 まあ正確に言えば分からなくは無い。《究明の導き》によれば少量……ほんの一滴程度であれば滋養強壮効果があるらしいがこの量だからな……。既に樽三つ分だ。


 それに魔物の血を摂取し続ければどんな悪影響があるかは既に実証済みだ。下手な使い方は出来ないし、市場にも流せない。これは私の研究用だな。


『成る程。素晴らしい考え方です。ところで──』


 大精霊はそう言いながら辺りを軽く浮遊して回り、再び私の元に戻って来る。


『魔力溜まりがまだ残っているようですが……。どう処理されるおつもりですか?』


「ああ、それか」


 このヒルシュフェルスホルンの処理を一通り終えてから行うつもりだったが、ただこうして血を採集し続けるのを監視しているのも暇だ。時間節約の為にももう一つ作業を始めてしまおうか。


「まあ見ていろ」


 そうして私はスキル《収縮結晶化》を発動。以前に暴走したユウナの魔法の魔力を結晶化した物を《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》から取り出し、魔力溜まりに存在する魔力の回収を始める。


 目には見えないが《魔力感知》によって感じられるこの場にある魔力は膨大。流石は魔物を生み出す程に濃厚な魔力が溜まった魔力溜まりなだけはある。


 そんな魔力溜まりの魔力が、《収縮結晶化》によって正八面体の容器に収縮していく。


『これは……っ!!』


「精霊のお前には見えるのか? まあなんだって構わないが、これがアレば魔力溜まりなんてあっという間だ」


 そう言っている間にもみるみる容器内に魔力が貯まり続ける。それも以前のユウナの時とは違い貯まる量が桁違いだ。


 量もそうなのだろうが恐らくは濃度も高い事が原因だろう。そのお陰であの時回収した量などあっという間に超え、既に容器には五分の一程貯まっている。


『成る程……。これならば魔力溜まりなど目ではないですね』


「期待していろと言っただろう?まあこれは私にも存分にメリットのある物だ。善意だけでやっているわけではない」


 とは言うがこの結晶が何に使えるのか……そもそもこれが厳密には何なのかは分かってはいないのだがな。だが魔力をここまで集め凝縮した物が有用で無ければ嘘だろう。


『そうだとしても、わたくし達のコロニーの大きな問題の解決が見えました。これが成されればわたくし達も本来の役割を全う出来ます』


「役割……。魔力の制御か?」


『はい。それがわたくし達精霊の使命……天命で御座いますから』


 ……考えてみれば、世界中の魔力の制御なんて想像を絶する様な役割をコイツらは担っているんだよな……。正直そう説明されても一介の人間でしかない私には現実味がないんだが……。ふむ。ちょっと雑談するか。


「さっき使命と言ったが、つまりは誰かからそう命令されたという事か?それも世界を俯瞰しているような……神、とか」


 私が知る限りでは神……今は懐かしき転生神はある程度世界に干渉している。私を意識、自我をそのままに転生させたのだってその一環だろう。まあ奴は私の件は異例中の異例のような口ぶりで言っていたが、そう言っていただけでどうだが真偽は分からん。


 そういった神々が精霊にそんな役割を担わせていたって不思議じゃない。というか順当に考えればそうだろう──


『いいえ。わたくし達精霊に使命を与えたのは神々では御座いません』


「……何?」


 神々ではない?ならば一体何者だと言うんだ……? 世界の魔力の制御などという大それた事を使命として課せるような存在が神以外に居るというのか?


「何者なんだ? その使命を精霊に与えた存在というのは……」


『貴方様は知らないのですか? この世界を……命を守護する、あの方々を……』


「あの……方々?」


『……その様子では本当にご存知無いのですね。それはとても……悲しい事です』


 大精霊はそう言うと、その輝きを暖色から寒色へと変化させ光量を弱める。リアクション的には本当に悲しんでいるらしいが今はそれより。


「詳しく教えろ。なんなんだその存在はっ」


 私の本能……〝強欲〟が叫んでいる。知らなければならないと。


 何故だかは理解出来ない。今まで神々の下に世界を管理する存在が居た事すら知らなかった筈なのに、それを知らなければならないと魂で叫んでいる。


 そして……いつか会わねばならないと……。


『その存在……それは……』


「……それは?」


『世界の理を統べる龍。九柱からなる〝創生龍〟。その方々です』

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