第二章:嬉々として連戦-4

 

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「……よし。やるぞ」


 クラウンの合図と共に、四人で一斉に魔術を唱える。


 やる事は元「暴食の魔王」グレーテルを討伐した時の初手と同じ。ヒルシュフェルスホルンが眠っている間に開幕一発の魔術をぶつける先制攻撃を開始した。


「逆巻け旋風。揺蕩う風を鋭利な刃に変え、荒々しく邪なる者を切り刻め……」


「ふ、震える怒涛のいわおは超重量の鉄槌と化し、割れんばかりに轟音響かせ今振り下ろされんっ!!」


「え、えーっと……。え、鋭利な石……よ?今目の前の敵を穿て……」


「火勢荒ぶる無形の太刀。盛るは紫炎の刃なり……。断つ者ことごとくを灰塵に帰せん……」


 それぞれの詠唱により魔術が形成され、魔力が乾いた大地に渦巻く中、ヒルシュフェルスホルンが唐突に目を覚まして半身を起こす。


 ヒルシュフェルスホルンはその身に備わる《魔力感知》や《危機感知》により詠唱するクラウンに気付いて目覚めたのだろう。危機感覚が優れた草食動物なだけはある。


 ヒルシュフェルスホルンは魔術を詠唱しているクラウン達に目をやり鋭く睨みつけ、高らかに天を仰ぐと、


「ひゅあああああああああああぁぁぁぁぁぁッッッ!!」


 耳をつんざく様な高音と低音の爆音が混ざった絶叫の様な鳴き声を上げ、枯れ果てた土地に盛大に響かせ、空気を震わせた。


 その絶叫はクラウン達の鼓膜を容赦無く震わせ、最早音というより脳に直接不快感を浴びせられたかのような錯覚に陥いらせる。


 クラウンとロリーナはそんな想像を絶するような叫び声に意地で魔術を練り続けたが、ティールとユウナは耐え切れずに思わず魔術を中断し耳を塞いでしまう。


(チッ……。まあ致し方ない……。取り敢えず二人には──)


「お前等っ!! 詠唱は簡単で構わんから魔法で防御を張れっ!! 今すぐだっ!!」


 クラウンがそう背後の二人に叫ぶのと同時にヒルシュフェルスホルンはその巨体を起こして角を構え、突き出すように前傾姿勢になりクラウン達を一層睨み付ける。


 その頭部に根差す角は私達が知る鹿の角とは一線を画する程に禍々しく。それはまるで磨き上げられた鉱石で出来た一本の樹木。一つ一つの先端は鋭利に尖り、並の鎧など容易に貫ける程だろう。


 全身を覆う光沢感ある焦げ茶の剛毛は、空からの日差しに照らされて反射し、金属の様な風貌を漂わせ。そんな毛皮に覆われているにも関わらず隆起する全身の筋肉は凶悪さすら感じさせる。


 そんな脅威の塊の様なヒルシュフェルスホルンが頭部にある二本の角を真っ直ぐ今クラウン達に照準を合わせ、今にも襲い掛かって来そうな気配だ。


 あの巨体から生み出されるであろう膂力りょりょくによる角を使った突進は並大抵の威力ではないのは火を見るより明らか。


 下手をすればクラウンが全力を注いで作る魔術の壁ですら貫かれるだろう。ヒルシュフェルスホルンはそれほどまでの力を感じさせる魔物である。油断など出来ない。


(ティールとユウナには魔法で防御しろとは言ったが、アレを防げるかは疑問が残る。この場合の最善手は……)


「シセラっ!!」


 クラウンの呼び掛けと共に赤黒い猫の姿でクラウンの胸中から飛び出して来るシセラはそのまま臨戦態勢を取る。


「はいっ!!」


「あの鹿の気を逸らせっ! それと絶対にあの角には近づくなっ! それと背後にも注意しろっ! いいなっ!?」


「はいっ!! 了解しましたっ!!」


 クラウンの言葉にシセラは全身を震わせながらその大きさを変化させていく。


 体長は猫形態の約三倍。可愛らしかった表情は一変して牙を剥き出しにした肉食獣の獰猛な物に変わり、体は破裂せんばかりに膨れ上がった筋肉に身を包んだ。


 全身を血に染めた虎の如き姿になったシセラはその身に黒炎を纏うと全力で大地を踏み締め目にも止まらぬ速度で疾走する。


 シセラはそのままヒルシュフェルスホルンの胴体に一直線に向かい、勢いに任せて闇属性が付与された《豪炎爪ファイアクロー》で切り裂く。


 が、ヒルシュフェルスホルンの《毛皮強化》、《剛毛》により強化されたその金属質の毛皮はシセラの《豪炎爪ファイアクロー》を僅かにだけ傷付け後は弾かれてしまう。


 しかしそれでも本来の目的である気を逸らす事には成功し、クラウン達を睨んでいたヒルシュフェルスホルンは自分を僅かにでも傷付けたシセラに視線を移し、低く唸り声を上げる。


(よし、これならば……)


「ロリーナッ!」


「はいっ!」


 クラウンはロリーナの合図と共に、目一杯に魔力を込めた魔術を発動させる。


「フウァールウインドブレイドッ!!」


紫炎の太刀バイオレットスラッシャーッ!!」


 ロリーナから放たれたのは風の刃。可視化出来る程にまで圧縮された空気の剣は真っ直ぐヒルシュフェルスホルンに迫り、首元にその一撃が炸裂。同時に風は無数の刃を作り出して更なる斬撃となってヒルシュフェルスホルンを襲った。


 そして振り下ろされるのは紫に輝く巨大な刃。刀身を紫炎に包まれた苛烈な炎の太刀は周囲の空気を焼きながらロリーナの魔術とぶつかるとその威力を存分に増し、ヒルシュフェルスホルンを旋風と紫炎の檻に閉じ込める。


 無数の旋風により《毛皮強化》と《剛毛》による分厚い防御層は徐々に削られて行き、《炎熱耐性》のスキルを持たないヒルシュフェルスホルンはその紫炎による熱で削られ防御が薄くなった箇所を容赦無く焼かれる。


「ひゅあああああああああああぁぁぁぁぁぁッッッ!!」


 炎に巻かれながら再び叫声を上げるヒルシュフェルスホルンはその場で跳ねる様に暴れ回り、立ち枯れていた樹々を容易にへし折りながらなんとか火を消そうと身悶える。


 これだけの威力の魔術を浴びれば《炎熱耐性》を持たない魔物ならばかなりのダメージを受ける事になるだろう。


 戦局としては終局にも見えなくはないが……。


「上手くはいったが……」


 クラウンはヒルシュフェルスホルンから僅かに違和感を感じた。


 確かにヒルシュフェルスホルンはその身を襲う紫炎を必死になって消そうとはしているが、その暴れ方はどこか規則性がある様にも見える。


「……まさか」


 クラウンは振り返ると背後で防御を固めていたティールとユウナ、それとロリーナに指令を出す。


「お前等っ!!」


「こ、今度はなんだよっ!!」


「奴の足元に適当で構わんから魔法を放ち続けろっ。魔法はなんでも構わんっ!! 兎に角奴のあの動きを妨害しろっ!!」


「はぁっ? んー、わ、分かったよ分かったっ!!」


「ロリーナは《風魔法》で奴に纏っている紫炎を煽ってくれ。魔術自体の威力は二の次でいい」


「はい。分かりました」


「それとシセラっ!!」


「はいっ!!」


「ロリーナが付けた傷に追撃しろっ!! 《魔炎》で闇属性を付与するのを忘れるなよっ!!」


「了解しましたっ」


 そこまで言い終わるとクラウンはポケットディメンションから帝都の武器屋で購入した大剣を取り出し《強力化パワー》などのバフ系スキルを一通り発動させてから一気に駆け出す。


(本当なら《峻厳》も併用したい所だが……)


 エクストラスキル《峻厳》はその権能自体はかなり強力な物ではあるが、《強力化パワー》などの技術系スキルとは違い発動している間は相応の魔力を消費し続ける。


 消費自体の量は《超速再生》程ではないが、それが長時間となると話は違って来る。後残り四体の魔物を討伐する予定のクラウンからすれば峻厳を使うのは得策とは言えない。


(強力なスキルばかりにも頼っていられん。こういう時こそ工夫しなければ。それより──)


 クラウンは暴れ回るヒルシュフェルスホルンの眼前まで飛躍するとその凶悪な角に敢えて大剣による《剛衝斬ショックブレイク》をぶつける。


 七防鉱しちぼうこう製の頑強な大剣が角に強烈にぶつかると、相手の角から生物由来の物とは考えられない様な甲高い金属音が辺に盛大に響き渡る。


 クラウンの手には金属同士が激しくぶつかり合った時の激しい痺れが走り、思わず大剣を手放してしまいそうになるが、それを必死で堪える。


「クッソ……。だがこれで……」


 大剣と角の一時のぶつかりの影響で、ヒルシュフェルスホルンは一瞬だけその動きを止めた。


 その隙を突くようにロリーナは更なる《風魔法》で追撃を加えつつヒルシュフェルスホルンに纏わり付く紫炎を逆巻かせる。


 ティールとユウナによる《地魔法》と《水魔法》による妨害は足元にぬかるみを作り、ヒルシュフェルスホルンのバランスを崩し、転倒する。


 そこにシセラが《魔炎》を纏い傷付いたヒルシュフェルスホルンの毛皮を的確に抉って行き、確実なダメージを与えて行く。


「ひゅあああああぁぁぁッ!!」


「よし……。じゃあここからは実験だ」


 クラウンは地面に着地すると大剣を構え、かつてブロードソードに《炎魔法》を纏わせた時のように大剣に魔法を纏わせるよう集中する。


 使う魔法は《重力魔法》。グレーテルとの戦いで手に入れ、これまでの忙しない日々の中で僅かな時間を縫ってでしか訓練出来ていない上位魔法である。


(上位魔法は適性スキルを持っていたとしても扱いの難しい魔法……。この馬車旅の中で夜通し訓練をしてはみたがまだ納得いく出来ではない……。だがここでっ!)


 構えた大剣にクラウンは徐々に魔力を流し込む。


 大剣全体に魔力が馴染んでいくのを確認したクラウンは、そこに《重力魔法》を乗せていく。


 すると大剣はギチギチと軋んだような音を立て始め、ただでさえ重い大剣が重力により更にその重量を増していく。


(クッ……。重いだけではダメだ。重力の操作ならば軽量も出来なければ。)


 更に集中力を高めながら魔力に微調整を加え、その性質に少しずつ手を加えていく。


 上位魔法とは。基礎五属性の魔法と中位魔法の組み合わせによって全く別の魔法へと昇華させた次の次元の魔法である。


 二つ以上の要素が組み合わさった事により様々な現象の再現を更に可能とする上位魔法だが、その分組み合わさった要素の数だけ制御は難しくなる。


 世間一般では上位魔法は魔術士、魔導士からすれば己の魔法技術の終着点の一つであり、通常ならばその生涯を掛けて学び、一芸を極めるが如く習熟させていく。


 王国が誇る最高位魔導師フラクタル・キャピタレウスはそんな上位魔法を複数習得しているが、それは限られた才能を持つ者のみ。それほどまでに上位魔法は難度が高い。


 今回クラウンが発動している《重力魔法》は《地魔法》と《空間魔法》の二つの魔法が組み合わさった魔法であり、その二つ分の制御を要求されている。


 《魔力緻密操作》までを習得し、大抵の魔法であれば容易に使い熟せるまでになったクラウンだが、それでも上位魔法には集中力を限界まで発揮させなければならない。


 ロリーナやシセラ、ティールにユウナによるヒルシュフェルスホルンに対する執拗な妨害、追撃により十分な集中力を発揮出来る時間を稼いだクラウンは、納得行くだけの形にまで《重力魔法》を仕上げ、大剣に纏わせていく。そして……。


「ふぅーーっ……。……よし」


 《重力魔法》の力によりその重量を自在に変化出来る権能を得た大剣は、ほんの少しだけ刀身の周囲に空間の揺らぎを発生させている。


 クラウンはその大剣を肩に担ぎ、数々の妨害を受けながらもなんとか立ち上がろうとするヒルシュフェルスホルンの元へ歩み寄り、大剣を突き付ける。


「ひょぁぁぁっ……」


「燃え続けるのも辛いだろう?紫炎は温度こそ百度程度だが、延焼に特化し消え難い性質を持つ。例えお前が《毛皮強化》や《剛毛》で多少熱に強くとも、《炎熱耐性》でもなければ無傷とはいかん」


「ひょぁぁっ……」


「念の為聞いてやる。選べ。このまま炎に巻かれ恐怖しながら苦しんで死ぬか、私に全てのスキルを渡して楽に死ぬか……」


「ひょ……ぁぁぁ……」


「……ふむ。あの時の様にはいかんか? ならば致し方ない」


 クラウンは大剣を一旦下ろすとスキル《恐慌のオーラ》を発動。ヒルシュフェルスホルンに確かな恐怖を植え付ける。


「ひょぁぁぁっ! ひょぁぁぁっ!」


「鳴いても無駄だ。《強奪》」


 恐怖に染まり、心が屈服したヒルシュフェルスホルンから《強奪》によりスキルを一つ奪い取る。


『確認しました。補助系スキル《毛皮強化》を獲得しました』


 更に……。


「《貪欲》発動……。お前から更にスキルを奪う」


 エクストラスキル《貪欲》は、十分以内に発動した「スキルを習得、獲得する」権能を持つスキルを発動し、成功した場合、更に追加でスキルを一つから二つ獲得出来るスキル。


 《貪欲》によりクラウンはヒルシュフェルスホルンから更にスキルを奪い取る。


『確認しました。補助系スキル《角強化》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《剛毛》を獲得しました』


「更にだ。私は容赦せんぞ?」


 クラウンは燈狼とうろうを取り出し、ヒルシュフェルスホルンを一度斬り付け《劫掠》によりスキルを一つ更に奪う。


『確認しました。補助系スキル《脚力強化》を獲得しました』


「そして……だ」


 もう一度貪欲を発動。スキルを更に更に奪う。


『確認しました。補助系スキル《堅角》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《剛脚》を獲得しました』


「ふむ。こんなものか……」


「ひょぁぁぁ……」


「まだ獲得し切れてはいないが……。まあここら辺が妥協点だろう。では」


 クラウンはヒルシュフェルスホルンの首元に大剣を振り上げる。


 《毛皮強化》と《剛毛》が奪われ、その防御力が下がったヒルシュフェルスホルンにとってその大剣の一撃は、間違いなく命を断つ一撃となるだろう。


「短い間だったが、色々勉強になった。礼を言おう。ではな」


 大剣を振り下ろす瞬間、《重力魔法》による超重力を得た大剣は目にも留まらぬ速度で振り下ろされ、あっさりとその首を両断した。


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