第二章:嬉々として連戦-3

 

「……はあ……」


『本当……申し訳ありません……』


「いや……。まあこれも致し方ない事だ。文句は言うまい」


『はい。助かります……』


 私達は今、大精霊の案内の下、森の中を歩いている。


 それも先程のような獣道などではなく雑草が好き放題生え栄え狭い木々の隙間を縫うような道とは到底呼べない所をだ。


 さっきから体に雑草やら枝やらがチクチクと肌を刺激してこそばゆいったらない。


 こうなった経緯……。それは今から数十分前にまで遡る……。


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『今から貴様等に回ってもらう魔力溜まりの場所は全部で五つ。それぞれが魔物の縄張りとなっており、中には強力な個体も混じっている』


「五つもか……。よくもまあそれだけの魔力溜まりが在るにも関わらず外に魔物が出て行かないな」


『それに関しては我等が常に監視し、魔物達を森の外へ出さぬようスキルで誘導しておるからだ』


「ほう。成る程……」


『逆に言えばそれが今現在の限界……。口惜しい話だ』


 主精霊はその体色を若干色褪せた物に変えると、周りの精霊達が主精霊を励ますように忙しなく動き始める。


 こんな状況でなければ普通に綺麗な光景なのだがな。なんというか……縦横無尽に動き回るイルミネーションのようで、時と場所次第では十分ロマンチックだ。


『……話が逸れたな。そこでだ。貴様等が一つ一つ魔力溜まりに向かうにあたって道案内を務めるものを同行させる。来なさい』


 主精霊がそう呼び掛けると、いくつか居る精霊の中でも主精霊の次に大きく鮮やかな色に発光した精霊が私達の前に現れる。


此奴こやつはこのコロニーの大精霊だ。この森の魔力溜まりとそこに巣食う魔物の監視を担当しておる』


『今回皆様に同行させて頂く大精霊です。どうぞお見知りおきを……』


 大精霊はそう恭しい挨拶をすると頭を下げているポーズなのか、自身を短く上下させる。


「ほう。お前が来るわけでは無いんだな」


『我はこのコロニーの主精霊だ。例え短い刻でもこの場を離れるわけにはいかぬ』


『ご安心下さい。主精霊様程では御座いませんが、わたくしも長く生きる大精霊です。他のものよりはお役に立てると思います』


 ふむ。別に主精霊だろうが大精霊だろうがどちらでも私は構わんのだが……。まあいいだろう。


「ならば早速一つ目の魔力溜まりに案内して貰おうか」


『ご準備等はよろしいので?』


「そんなものとっくに済んでいる。心配するな」


『左様ですか。ならばわたくしに付いて来て下さい。こちらです……』


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 と、そんな大精霊の後を付いて来た結果がこれである。


 こんなちゃんと進めているのかもよく分からない場所を通らされる事を知っていたら最初から迂回になろうとも獣道を進んだものを……。


 まあ、今更言った所で後の祭りだが……。


「な、なあ……本当に大丈夫なのか?」


 背後から弱々しい声で訊ねて来たのはティール。振り返ってみればその表情にはまるで遭難者のように陰っていて非常に辛気臭い。


 私はそんなティールに若干辟易しながらも安心させる為に適当に言葉を掛ける。


「精霊達が私達を騙すメリットなどないのだから安心しろ。これは単純に……この大精霊が最短距離を移動しているだけだ」


 その最短距離が精霊基準なのが問題なだけで、一応は進んでいる。……まあもう少し配慮して欲しい所だが。


「そうは言うけどよぉ……」


「……はあ。一応成人扱いされる年なんだからもう少しシャンとしろ。この程度で嘆いていたら将来色々と苦労するぞ」


「うぅーん……。俺一応貴族なんだけどなぁ……」


「そんなもの関係あるか」


 と、口で厳しい事を言いはしているが、実際ティールは良くやっている方だと思う。


 戦闘向けの魔術の才能が乏しく、体力も人並みなコイツからしたら私に付き合うというのは中々に大変な事だろうに、それを文句を言いながらも付いて来るのだからな。そこを鑑みれば褒めてやるのも悪くはない。


 まあそれを本人に言って調子に乗られては何だから言いはしないが……。暇があれば何か褒美くらいやっても──ん?


 そんな事を考えている時、天声の警戒網の端に反応が現れる。そしてそれは中々に大きく、それだけで言えば約十メートルはありそうである。


「おい大精霊」


『はい? なんでございましょうか?』


「この先に大きな反応がある。魔力溜まりはもうそろそろなのか?」


『流石、解決なさると豪語されただけはありますね。確かに魔力溜まりはもう間も無くです。その証拠に……』


 大精霊がそこまで言うのと同時、目の前には想像を絶する光景が広がった。


「嘘……何これ……」


 私達が今まで歩いて来た森は、唐突に消えていた。


 まるでハッキリとそこに境界線でもあるかのように栄えていた雑草は消え去り、乾いた地面だけが露出している。


 密集するように生えていた木々は全て痩せ細り立ち枯れ、空を覆っていた生茂る葉はことごとくをむしられ、真上近くに位置する太陽が私達を久々に照らす。


 それが目の前に一杯に広がり、いつ間にか別の場所に飛ばされたんじゃないかと錯覚を起こしてしまいそうになる。


 そこはまるで……。


「ま、まるで荒野だな……」


「ああ……気味が悪い……」


 ただでさえ動物の声や気配が一切なかった不気味な森に、とうとう植物までもが消え果てたこの場を支配しているのは乾いた風のみ。


 生命が枯れ、死だけが残る景色からは、先程の陰っていた木々の下より、何故だかこの荒野の方が肌寒く感じる。


 本当に気持ちが悪い。


「……この先に居るんだよな?」


『はい。この凄惨な光景を作り出したのもその魔物の仕業です』


「ふむ……」


 私は一番近くにあった木の枝端に欠片程残った枯れ葉を摘み取り三人に見せるようにしながら観察して見る。


 そこには自然に枯れたような痕ではなく、何か齧り取られたような歯形が残っており、これらが喰われた痕である事を示していた。


「食われ……てんのか?」


「ああ……。これが魔物の仕業って事はだ……」


「その魔物は……草食……という事でしょうか?」


「そうだな。それも……」


 改めて目の前に広がる荒野を見回す。


 見渡す限りの枯れ果てた大地は私の《視力強化》をもってしても果てにあるであろう木々はその目に映らない。


「これだけの自然を食い尽すような化け物だ。帝都で集めた魔物の情報に照らし合わせるなら……」


 体長は約十〜十五メートル……。草食であり森を食い尽くす程の大食漢……。帝国内で確認されているここ等一体に生息し得る魔物は……。


「……ヒルシュフェルスホルンか……」


「あ……何。ひる?」


「ヒルシュフェルスホルン……。棲む環境によって質が変わる鉱石の二角を持つ巨大な鹿の魔物だ」


「し、鹿っ!?」


「ああ鹿だ。言っておくが鹿は歴とした害獣だぞ?」


 鹿は非常に多種多様な植物を食べ漁り野菜や果実、穀物に至るまで節操がない。


 自身の背の高さ以上の草木は勿論、それらが無くなれば落ち葉すら口にし表土すら出来なくなる。


 更には樹皮すら剥がして食してしまい挙句にはその角を樹木に擦り付けやがて木そのものを枯らす。


 それがどれほどの害悪か。最早説明しなくとも理解出来よう。


「ましてや相手は魔物だ。草食だからと侮るマネは絶対にするんじゃないぞ」


 魔物であるヒルシュフェルスホルンが発生したその昔。百メートル級の豊かな緑の山を僅か数日で茶色く変貌させ、その山の生態系を破壊したとされている。正真正銘の化け物だ。


「いや侮っちゃいねぇよっ! 十五メートルの魔物とか普通に怖ぇわっ!!」


「ああそうしろ。だがしかし……」


 それにしてはまだ森が残っているだけマシだな。これはつまり……。


「被害が森全体に広がりきっていないのはお前達がそれを抑制しているからか」


『はい。魔物は魔力の濃い場所を好む傾向にありますから、わたくし達で意図的に魔力の濃度を操作して最小限の被害で済むよう努力いたしました。ですがそれでも森はこの有様です……』


「ふむ……。しかしヒルシュフェルスホルンは繁殖力が高い魔物と聞いている。だがこの森のハゲ具合と私の警戒網に一つしか反応が無いことを鑑みると……」


『ご明察です。今この森には雄のヒルシュフェルスホルンが一頭のみ棲息しています。雌は居りません』


「理由があるのか?」


『単純で御座います。他の縄張りを支配する魔物に捕食されてしまったのですよ。この森の捕食対象といったら他の縄張りの魔物だけですから』


「成る程な……。だがそのお陰でこの森の食害はこの程度で済んでいるわけか。まったく滅茶苦茶だな」


『仰る通りで……』


 まあ何にせよこのまま放っておけばいずれ必ず森は枯れ果て無残な乾いた死んだ土地しか残らなくなるだろう。弱肉強食が成立せずヒエラルキーが欠けた生態系など直ぐに崩壊する。この森はその一歩手前……崖っ淵だ。


「魔物の正体も分かった。後は歩きながら対策を話し合って奴を見付けて狩るぞ。幸か不幸かさっきよりかなり歩き易くなっているからな。少しペースを上げる」


「えっ。ち、因みに大体後どれくらいで……」


「そうだな。大体十数分程度だ。今から覚悟決めておけよ?」


 顔色を真っ青にするティールを尻目に、私達は前へと進んだ。






「……居たぞ」


 十数分後。


 立ち枯れた木々の隙間を歩き、乾いた地面を踏みしめながら歩いていた私達の目の前にはそんな枯れた木々すら無い半径三十メートル以上はある拓けた土地。


 その土地の中央に、ヒルシュフェルスホルンが身体を器用に丸めて眠りに入っている。


「あ、あれか……」


「聞いた話通りですね。見た感じ角の形や色が鉱石に近い物を感じますし、大きさも概ね十五〜十七メートルくらいはありそうです」


「ふふっ。寝ているならば好都合だ。今の内に準備と覚悟を整えておけ。初手に一気に先手を仕掛ける。いいな?」


「お、おう……」


「はい」


「はいぃ……」


 よし。ではまずは奴を調べ上げようか。


 そうして私はヒルシュフェルスホルンに《解析鑑定》を発動させる。すると……、



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 種族:ヒルシュフェルスホルン

 状態:睡眠、空腹

 所持スキル

 魔法系:《地魔法》

 技術系:《槍術・初》《槍術・熟》《棍術・初》《双刺突ツイントラスト》《螺旋突スピントラスト》《二連突ツインポーク》《角昇墜ホーンダウンブレイク》《強力化パワー》《剛力化ストレングス》《高速化ハイスピード》《俊敏化ダッシュ》《飛躍化ハイジャンプ》《消音化サイレント》《見切り》《緊急回避》《羽根の歩法》《脱兎の俊足》

 補助系:《体力補正・I》《体力補正・II》《筋力補正・I》《筋力補正・II》《防御補正・I》《敏捷補正・I》《敏捷補正・II》《敏捷補正・III》《集中補正・I》《打撃強化》《刺突強化》《貫通強化》《聴覚強化》《嗅覚強化》《味覚強化》《跳躍強化》《咬合力強化》《角強化》《爪強化》《声帯強化》《体幹強化》《毛皮強化》《脚力強化》《瞬発力強化》《持久力強化》《消化力強化》《吸収力強化》《新陳代謝強化》《統率力強化》《繁殖力強化》《視野角拡大》《胃腸拡大》《気配感知》《魔力感知》《動体感知》《危機感知》《剛体》《威圧》《剛毛》《堅角》《剛脚》《嶄巌》《崩落》《激震》《猛毒耐性・小》《猛毒耐性・中》《疲労耐性・小》《疲労耐性・中》《睡眠耐性・小》《斬撃耐性・小》《打撃耐性・小》《地魔法適性》


 概要:「暴食の魔王」の滲み出た魔力により形成された魔力溜まりに順応し生まれた魔物。番いを他の魔物により捕食されてしまい現在は一匹で活動している。


 その角は個体が今まで捕食した植物の質や量、環境により千差万別に変化し、質が良ければ良い程、量が多ければ多いほど硬度や品質等が向上していく。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ふむ……。スキルが豊富は豊富だが流石に見慣れた物が並んでしまうな……。とはいえ中にはまだ未獲得のものもチラホラ散見出来る。狙い目はそれだな。


 一匹しか居ないという話だから殺して剥製として蒐集家の万物博物館ワールドミュージアムに飾るのは断念し、素材を優先して狩ろう。剥製はまたの機会だ。


 さて。それじゃあ《解析鑑定》の結果を皆に伝えて簡単に話し合ったら始まりだ。


 ふふふふふふっ……。

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