第二章:嬉々として連戦-2

 

 シセラはこの地の精霊のコロニーで一番大きい光球である主精霊に私達のこれまでの経緯を説明した。


 エルフの森……今はもう人族の領地になっている私の屋敷裏にある森に存在するシセラが居たコロニーの主精霊が何者かに殺されてしまった事。


 次に主精霊があの地に生まれるのがいつになるか分からず、このままでは世界の魔力の均衡が乱れあの森に魔力溜まりが発生してしまい、いずれ大惨事になってしまう事。


 それを防ぐ為、シセラは私と〝魂の契約〟を交わし、使い魔ファミリアとなって行動を共にし、世界に点在する精霊のコロニーに赴いて霊力を微精霊に注いで貰い、新たな主精霊を誕生させる事。


 それらを一通り話し終え、大体の事情を知ったこの地の主精霊は、シセラからの要請を快く受け入れた。


『これは我等精霊全体の問題でもある。その申し出を断るような精霊は居まい……。しからば早速その微精霊に霊力を分け与えよう』


 主精霊がそう言うと、シセラは一旦私の胸中に戻り、数秒程して今度は自分以外にその微精霊を連れながら私から出て来る。


 微精霊は主精霊や他の精霊達と違い大きさがとても小さく、その輝きも弱々しく不安定に明滅している。誰かが側で見守ってやらねば今にも消えてしまいそうな。それ程までに儚い存在である。


 すると主精霊はゆっくりその微精霊に近寄り、誘導するようにして微精霊をコロニーの中央へと連れて行く。


 主精霊はそのまま微精霊を中央へ置くと、その真上まで浮遊し、激しい光を放ち始める。


 更に光の色は先程までの落ち着いた色合いとは裏腹に極彩色に輝き、辺りをオーロラの様な揺らぎで包み込む。


 生涯目にする事が殆ど無いであろうその神秘的で神々しい光景は私達ですら魅了し、感嘆の息を漏らさざるを得ない。


 そんな息を飲む様な光景の中、主精霊は大地から何やら霞の様なものを吸い上げて行くと、それを少しずつ少しずつ自身の真下に位置する微精霊に与えて行く。


 それを受けた微精霊は弱々しかった光の明滅を徐々に強めていき。先程までとは比べ物にならない程に鮮やかに光を放ち始め、大きさも少し増していった。


 やがて微精霊がある程度の発光と大きさになると、主精霊の放っていた光は和らいでいき、周りの景色と共に落ち着きを取り戻して行く。


 そして再び大きくなった微精霊の側に寄ると、そのままシセラの側まで連れて来る。


『完了した。まだまだ力も弱く、意思もハッキリはしないが、先程のより大分主精霊に近付いただろう』


『……やはり一気に主精霊にまでは……』


『ならんな。無理を通せば此奴が霊力に順応しきれずに崩壊してしまうだろう。それに我等としても余り多くの霊力を分けてしまっては立ち行かなくなる。理解してくれ』


『はい。心得ています。無理を頼んでしまい申し訳ありません』


『構わないと言った。これは精霊全体の問題だからな』


『はい。有難うございます』


 シセラはそう言いながら猫の頭でお辞儀をする。それに対し主精霊は応えるように少しだけ震えた。


『さて。用件は終わったのだろう? ならば早々にこの場を離れよ。この辺りは物騒だからな。この度はご苦労で──』


 主精霊はそう言って私達に別れの言葉を伝えようとするが、シセラがそれを聞いて首を横に振る。


『僭越ながらもう一つ、貴方様にお願いが御座います』


『ほう……。もしやまだ何か問題があるのか?』


『いえ、そうではなく……』


『……申してみよ』


『はい。……私は見ての通り今や精霊という存在ではなく、新たに魔獣として進化を遂げ、クラウン様の使い魔ファミリアとして行動を共にしております』


『ふむ。それは先程も聞いた。しかし難儀な事だ。コロニーの為とはいえ外界の存在とその様な契りを交わさねばならなかったとはな……』


『いえ。勿論それもありますが、契約を交わしたのはクラウン様へ報いる為なのが大きいです』


『ほう。しかし話が見えんな。結局貴様は何を申したいのだ?』


 主精霊がそう言うと、シセラは一旦私に視線を移し、決意を固めてから主精霊を改めて見据え、口を開く。


『単刀直入に申します。この中のいずれかの精霊に、クラウン様の新たな使い魔ファミリアとなって頂きたいのです』


『…………何?』


 その瞬間、その場に漂っていた精霊達が一斉にざわつく。先程までの静謐せいひつな雰囲気は一気に壊れ、場は騒然と化した。


『…………それが何を意味するのか……よもや当事者である貴様が知らぬわけが無かろうな』


『はい。重々承知した上で申し上げています。こちらのクラウン様と〝魂の契約〟を交わして頂きたいのです』


『…………』


 主精霊はそれを受けて黙り込み、複雑な配色に発光すると、初めて私に意識を向け、語り掛けて来る。


『それは貴様の望みか? 人族よ』


「ああそうだ。それがこの忙しい中ここまで赴いた理由の一つだ」


『既に一体貴様と契りを交わしているのにか? それ以上は精霊の力は手に入らぬし、無駄に弱味を増やすだけではないのか?』


 ふむ。流石主精霊。精霊との魂の契約についてキチンと理解している。これ以上精霊を使い魔ファミリアとしたところで精霊の力は手に入らない。主精霊の言う通り弱点を増やすに等しいだろう。


 だがその話はもう既に済んでいる。


「別に損ばかりではない。精霊一体が私の忠実な僕になるんだ。それも十中八九シセラのように魔獣という強力な存在としてな。これは大きなメリットだと考えている」


 シセラは私と契約してからの約三年間で私と並行して力を増していっている。魂での繋がりによって私からの影響を受け続け強くなっていると考えるのが自然だ。


 という事は私が強くなればなるほど、使い魔ファミリアも強く強靭に成長していくわけで。その数が増えればより私に死角はなくなるという話だ。


『ふむ……。しかしだ。貴様が以前交わした時の様な状況では無い事は理解しているな? 以前の貴様等は利害が一致した故に魂の契約を交わした。だが今回は貴様に利があるのみで、こちらには何も利はない。損ばかりの我等が、そんなものを交わすと思うのか?』


「…………ああそうだな」


 つまりは自分達に得が無いのになんでそんな事しなけりゃならない? ──という話だ。まあ、真っ当な意見だな。


 私にはメリットがあるが、精霊からすればわざわざ死地に足を運ぶような物。百害あって一利なしだ。オマケにシセラのように私に恩があるわけでもない。向こうは受けるわけがないのだ。


 ならばどうするか?


 至極単純。精霊達にメリットが無いのならば作ればいい。私が恩を売り、それを返させる。これが一番手っ取り早く且つ穏便だ。


 そうと決まれば早速……。


「ならば何か願いはないか?魂の契約をするに相応しいだけの願いを叶える」


『願い?』


「ああそうだ」


 と聞いてはいるワケだが、正直なところ主精霊が要求してくる事には大体予想が付く。寧ろそうでなければ何があるという話だ。


 この森の中で起きている異常事態。


 本来の精霊の役割であるそれが成されていないこの状況で願う事など一つしかない。


『…………いや、願いなど……』


 ふふっ。逃すものか。


「本当に? 精霊の事情をある程度理解している私から言わせれば、貴方達は今死活問題を抱えているように思うのだが?」


『……事情を理解しているとは大きく出たものだ。人族である貴様が何を理解していると……』


「大体はシセラから聞いた話だがな。……精霊というのは幾つかのコロニーに分かれ世界中に散らばり、世界に流れる魔力を制御する役割を担っている。その恩恵で世界に魔物が溢れる事はなく、私達人々は安全に暮らしていけている……。大雑把にはこうだろう?」


『……ああそうだ』


 まあ私個人の意見としてはもっと魔物と出会いたいというものがある。


 魔物特有の金属や鉱石に負けない程の強靭で強力な素材に世間では中々見掛けないスキル……。更に言えば魔物という一生物としての希少価値……。


 素材、スキル、剥製標本と欲しい物が寄り集まったような存在である魔物は私の収集欲を刺激して止むことはない。


 だがこの世界は精霊の活躍によってそんな魔物の発生が抑えられている……。詮無い事とはいえ不満が無いと言えば嘘になるのが私の心境だ。


 と、思考が逸れたな……。


「だがなぁ……。私がシセラの願いを聞きこの場所を特定した時……、精霊のコロニーがある場所にしては余りに似つかわしく無い情報を得たんだよ。何だと思う?」


『…………』


「……まあ、聞くまでも無いな。答えを言ってしまうが、この地一帯には魔物が蔓延っている。それも一匹や二匹じゃない。それこそこの森の動物が姿を消す程の……食い尽くされる程の数の魔物だ。これはおかしな話だな?」


 光の中を漂う精霊達の騒つきは増していき、不穏な空気が流れ始める。


『…………もうよい』


「本来魔力を制御し魔物の発生を食い止める役目を担っている筈の精霊のコロニーの周囲が魔物で溢れている。それも生態系が崩壊する程のだ。こんなにも矛盾した事は無い。これは異常だろう……。そんな矛盾を孕んだ異常事態の最中で困り事が無いとはとても思え──」


『もうよいと言っているっ!!』


 主精霊がより一層の強い思念って私の口を遮ると背後の精霊達の騒つきはピタリと止み、束の間の静寂が場を支配した後、主精霊は何かを諦めたかのように私の目線の高さまで浮遊してくる。


『貴様の言は事実だ。現状、我等のコロニーの周囲では複数の魔力溜まりとその周辺を縄張りとしている複数の魔物によって囲われている』


「……鎮静化は試みたんだろ?」


『当然だ。しかしこのコロニー内に居る精霊だけでは魔物の影響もあり最早それらの処理が追い付いていない……。やれる事と言えばこれ以上の悪化を防止する事くらい……。現状維持で精一杯なのだ』


「ふむ。世界の魔力を制御している割にはその程度もままならないのか?」


『世界の魔力の制御は主精霊である我の役割。他の精霊は補助程度だ。我程の力は扱えん』


 成る程……。それで首が回らなくなっているのか……。まあ精霊に首は無いわけだが、兎にも角にも八方塞がりと……。


『こうなったのもあの異形の怪物がこの森を横切ったのが始まり……。彼奴あやつから滲み出た高濃度の魔力がこの地に複数の魔力溜まりを生み出しおった……。なんとも嘆かわしい』


 異形の怪物……。元「暴食の魔王」だったグレーテルの事だろう。この辺は冒険者ギルドでの話と同じだな。


『…………それで? 貴様はそんな我等ではどうにも出来ないこの状況を解決出来るとのたまうわけか? 貴様にそんな力があるのか?』


「ああどうにかしてやろう。現状維持がやっとの今……何もしないよりはマシだろう?」


『ふん……。傲慢な物言いだな……。それを信用しろと?』


「信用はしなくて良い。ただ期待はしていろ。私は欲しい物の為ならばどんな労力も努力も惜まん人間だ」


 私がそう凄むと主精霊はその光り輝く体を震わせながらコロニー中央に戻り周りの精霊達に何かを呼び掛け自身の元に集める。


「…………大丈夫でしょうか」


 そう心配そうな弱々しい声音で呟いたのはシセラ。シセラからしたら私を魂の契約で焚き付けたわけで、それが反故になってしまった時の事が心配なのだろう。


 私としてもここまで来て一番の目的が達成されないとなれば非常に気分が悪い。故にここは何としても魂の契約に漕ぎ着ける。何としてでもだ。


 だから……。


「安心しろ」


「え……」


「お前の心配など私が杞憂にしてやる。私を誰だと思っている」


「…………はいっ」


 シセラの声に少し気力が戻ると、同じタイミングで主精霊が身内の会議を終え再び私達の前に戻って来る。


『話し合いの結果、我等は貴様を頼る事にした』


「そうかそれは良い知らせだ」


『ふん……。では改めて約定を定めよう。我等は貴様等にこのコロニーが支配する領域内にある魔力溜まりを解消して貰う』


「ああ。その褒美としてお前達の内誰かが私と魂の契約を交わし私の使い魔ファミリアとなる。異論はないな?」


『…………ああ』

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