第二章:嬉々として連戦-1

 

 翌朝。


 朝日が上がった頃から朝食の準備をのんびり行い、少し余裕をもって昼手前くらいに皆を起こした。


 今回は魔物と戦闘する事を踏まえて元気が出るような朝食……といっても重たい物ではないが、多少でも力が出る朝食にした。


 朝食を済ませた後は簡単に戦闘準備。と言っても主に私の準備に皆を付き合わせている形。


 ポケットディメンションに忍ばせていたあらゆる戦闘に使う予定のポーションを一旦取り出して皆で把握して行く。


「私が作った物もあるが、主に使うのはリリーの……ロリーナの祖母の手製ポーションだ。味も効果も保証出来る」


「ほおーん……。因みにお前が作ったポーションは……」


「私のは殆どが実験的に作った代物だ。中には通常より効果の高いもんもあるが──」


 私はいくつかあるポーションの内、赤いポーションと茶色のポーションの二つを手に取り皆に見せる。


「こっちの赤いのは魔物の血を材料に作った物で「魔力持続ポーション」と私は呼んでいる。効果は名の通り魔力を持続的に回復するというものだが、副作用がデカ過ぎて私以外使えない」


「ふ、副作用?」


「ああ。色々とごちゃごちゃあるんだが……。簡単に言えば身体機能を著しく損なう」


「毒じゃねぇかっ!!」


「ああ毒だぞ、猛毒だ。だから君等には使わせない。一応色々改良をしちゃいるんだがな……。中々上手くいかん」


 空き時間にちょくちょく手を出してはいるが、まだまだ実用性には欠く。私が使った場合は理由は分からないが《強欲》が熟練度として魔物の因子というのを取り込んでくれるから何とかなっているが……。これもどうなるか分からんしな。


「それとこっちだ」


「そ、そっちは泥水みたいな色してますね……。それだけで飲みたくないです私……」


 そうユウナは素直な感想を口にしながら嫌な顔を浮かべる。


 まあ何も説明しなかったらユウナの言う通り泥水にしか見えない代物ではあるが、これは……。


「このポーションは飲用じゃない。散布用に作った所謂いわゆるスプラッシュポーションだ」


 スプラッシュポーションは言ったように投げて散布するのに使うポーションで、主にバフというよりデバフ効果を敵に与える為の物。間違っても飲むものじゃない。


「スプラッシュポーション……。お婆ちゃんも何点か扱ってましたが、コストパフォーマンスが悪いとお婆ちゃんが……」


「ああそうだ。当たり前だがコイツを投げて相手に直接ぶつけるなり地面にぶつけるなりして使うわけだが、その度にこの容器を犠牲にする」


 因みにこのポーションが入っているのは硝子の小瓶。この世界じゃ硝子は比較的手に入り易くて助かるが、それでも前世の様に吐いて捨てる程普及も技術も発展していない。簡単に捨てられる程小瓶もタダでは無いのだ。


「戦闘用だからそこら辺を気にするのは少し違う気もするが、無駄金を払う羽目になるのは避けたいとは思う。買い直すのも手間だしな?」


「成る程。確かに便利そうだが面倒だな……。で、そいつの中身は?」


「コイツは強力な催眠薬だな。三年位前に作ったお香をヒントに試作を重ねた物で、効果を増すのと同時に散布範囲を最小限に抑えた局所型だ」


「局所型ですか? 範囲は広い方が複数の時でも効果的なんじゃ……」


「まあそうなんだが、範囲が広いと味方まで巻き込みかねないからな……。使い所の見極めが難しいのもスプラッシュポーションがイマイチ普及しない点ではあるんだろう」


「へ〜……。ち、因みに誤飲したりしたら……」


「……一応誤飲防止に味付けは極端に苦くしているが、万が一飲んだりしたら昏倒して暫く起きなくなるな恐らく。入れてる物が物だからそこから更に痙攣やらの拒絶反応なんかも盛大に──」


「わ、分かりましたッ!! 飲みませんッ!! 絶対にッ!!」


 当たり前だ。私ですら平気ではないのに飲ませられるか。


 一度試しに嗅いでみたら私の《睡眠耐性》を貫通して来たからな。割と本気で強力なんだ。コイツは。


「後の物は効果がまばらな物だが口にしても一応問題無いものだけだ。危険な物はない。だがまあ使うポーションは基本リリー手製の物を優先する」


 物があるのだからわざわざ私の試作品を出す事もあるまい。


 さて……。


「確認はこのくらいだ。いいか改めて言うぞ?ここから先は魔物が多数出没する高危険区域。いつ魔物が私達に襲い来るか、どれだけの数が来るかは分からん。文字通りの危険区域だ」


「あの……それ俺も行かなきゃダメ? 前にもやったあのトカゲ相手にすらまともに戦えて無かったんだぞ俺……」


「無理に戦えとは言わん。だが付いて来ては貰うぞ?魔物と相対したという経験は後々にお前の糧になる。だからお前には私の近くで魔物の妨害やらをすればいい。他の二人も同様だ。なるべく私から離れるなよ」


 近い内戦争を経験する事になる皆には出来るだけ修羅場を経験して貰いたい。これを経験しているかいないかで生存率も大分変わってくる。


 まあ魔物とエルフじゃ色々と勝手は違うだろうが……。命のやりとりという面では良い経験が出来る。


 何かを殺し、殺される覚悟は出来るだけ早く済ませておきたい。


「それじゃあ行くぞ。楽しい楽しい収穫祭だ」






 私達は野営地にカーラットのみを残し、例の遺跡が存在する場所へ徒歩で向かう。


 カーラットを残した理由は万が一にも魔物が馬車などを襲わないか警戒した為だ。暴れるつもりの私達から逃げ出した魔物が野営地に向かう可能性もある。


 帰りに関しては私が《空間魔法》でなんとかなるが、馬車を無くすと父上に叱られるじゃ済まないだろう。弁償など勘弁願いたい。


 という訳で私達だけで目的地に向かっているんだが……。


 ……。


 私は獣道を歩きながら全ての探索、索敵が出来るスキルを発動させ私の周囲を可能な限り調べ上げる。


 しかし、そんな索敵の中に魔物らしき反応は一切見受けられない。つまりは少なくとも私達の周りには魔物が居ないことになるのだが……。


「……ふむ」


「な、なんだよ……!? ……はっ!! まさか魔物が近くにっ!?」


「いや……。魔物は居ない……。居ないんだが……」


「じゃ、じゃあなんなんだよっ!!」


「ああもう喧しいっ! ……魔物は居ないが……他の動物も居ないんだよ。この森」


「……は?」


 遺跡の周りを取り囲む様に自生しているこの森は比較的大きい森だ。そんな森に動物が居ないというのは明らかに異常だ。


「君等も耳をそばだててみろ。いつもは聞こえる様な小さな鳥の声すら聞こえないぞ」


 私がそう言うと三人がその場に立ち止まり耳を傾け始める。


「えっ……嘘、何これ……」


「なんでしょう……。言われるまでは気にならなかったのに、気が付いてみると……」


「ああ……なんかスゲェ不気味に感じる……」


 森に入っているはずなのに動物のさえずりや鳴き声が一切聞こえない。それに加えて獣特有の臭さや気配なんかも感じられない。


 これが何を表しているか……。


「これって……もしかして魔物の?」


「十中八九そうだろうな。魔物が一匹二匹ならばこうはならないだろう。しかしこの広大な森がこうまで変貌しているって事はだ」


「複数の魔物がこの森の生態系を変えてしまった……。そういう事ですか?」


「ああ……。まあ分かっていた事だが、この森には確実に複数の魔物が存在している。絶対に油断するなよ?今は反応が無いだけでそれこそいつ襲って来るか分からん」


 例えば空から高速で……例えば地中から不意に……。なんだってあり得る。


 ここからは魔力消費をケチらず索敵に全力を費やそう。この狭い獣道じゃあ勝てるものも勝てない。






 そんな状況の中、不気味な程順調に獣道を進んで行き、数十分掛けてとうとう目的地の遺跡前に辿り着く。


「こ、これ……か?」


「ああ。そうだ……」


 私達の目の前には荘厳な朽ちた遺跡。


 様々な文明の名残が見受けられる紋様や彫刻が深く苔むしておりその全体の形容を把握する事は出来ない。


 所々にはオベリスクの様な石柱が点在しており、それらが折れ散らばり、辺りに転がっている。


 何かの目的で作られた一室は砕け外に露出しており、中に置かれ朽ちた机や椅子が無残に転がり、蔓に絡め取られている。


 最早この遺跡が元の形がどんな物だったのか見当も付かないが、これが何か大切な……。それこそ神聖な儀式の様な物に用いられていた事は間違い無いだろう。


「ここが……クラウンさんが目指した遺跡……」


「何というか……空気がさっきの森の中と違って感じます」


「澄んでるっていうか……。清い? っていうか……」


 三者三様に感想を口にする皆を尻目に、私はそんな空気やら清いやらなどと言った感想など頭に浮かばない。


 あるのは新たな力に対する渇望……。新たな可能性に対する幸甚こうじんだけだ。


 ここに……精霊のコロニーが……。ふふっ……ふふふふっ……。


 すると私の胸中から赤黒い光が飛び出し、光はシセラとなって遺跡を見上げる。


「感じます。このすぐ近くに精霊が……コロニーがあります」


「そうか。なら案内してくれ」


 私の言葉に頷いたシセラは目の前の遺跡を通り過ぎ奥へと向かう。


 すると私達が見ていた遺跡はほんの一部だったようで、奥に行けば行く程その大きさに驚かされる。遺跡は朽ちてボロボロであるがこの大きさ故か、その威厳にこちらまで気圧されそうである。


 暫く歩いて遺跡がある最奥に辿り着く直前。遺跡の一部から不思議な光が森の影を照らし、シセラが言わずとも私達にそこが目指していた場所だと明確に教えてくれる。


 そしてこの光を、私は知っている。


「懐かしいな……」


 私達はそのままの歩みで光が漏れる遺跡内の一室に近付き、入れそうな場所の瓦礫を退かして侵入する。冒険者ギルドが同行していたら絶対ブチ切れられるだろうが今は知らん。


 それよりも、だ。


 石造りの簡素な部屋の中央に、まるで他の遺跡とは隔絶された空間であるかの様な光が溢れ、そこをいくつかの光球が宙を漂い、一層神秘的な空間を作り出している。


 そんな神々しいと形容出来る光景に見惚れている三人と懐かしさを噛み締める私とシセラに対し、宙を漂う光球の中でも一際大きく輝きの強い光球が反応を示し、私達の前まで浮遊して来る。


『何者だ?』


 私の頭の中に直接声が響く。それは以前私が経験した精霊だった頃のシセラからのテレパシーと同等の物であり、以前は今のシセラの様に女性的な声音だったが、今度は若い男の様に感じる。


『お久しぶりですね。私が分かりますか?』


『──? この波長……。貴様まさかエルフの森の? 姿がかなり違うが……何故貴様がここに居る?』


『そこも含めて今からご説明します。少し長くなりますが……』


『そこは構わん。どうせ悠久に近い時を生きる我等だ、その程度気にはせん。それに精霊であった貴様がその様な成りになってまでこの場に来たのだろう? 聞かぬわけにはいかぬ』


『感謝致します……。ではご説明致しましょう。私達の目的と、使命を……』

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