幕間:嫉妬の受難・生

 

 それは今から五十年程前の事。


 エルフの大国である森精皇国アールヴに一人の女の子が産まれた。


 産まれた瞬間から元気な産声を上げ、自分がどれだけ元気に産まれて来たのかを周囲の大人に高らかに唄う。


 産まれた赤子の報を聞き、彼女の父親であり当時のアールヴの皇帝は急いで彼女達の元に駆け付け、母親が抱える赤子の顔を覗き込む。


 しかし本来ならば満面の笑みと涙でもって迎えるべき父親の表情は、赤子の肌の色を見てその顔色を蒼白に染め上げた。


 彼女の肌の色は、両親の白魚の様な肌とは違い。褐色で浅黒く、髪の色も彼等エルフの様な輝く様なブロンドではなく、少し燻んだ銀髪。


 所謂いわゆるダークエルフと呼ばれるエルフの中で定期的に隔世遺伝として産まれる事がある存在であった。


 彼等肌の白い純正な白エルフ達にとって、ダークエルフは様々な意味で〝災い〟というレッテルを貼られ差別の対象にされていた。


 そんな様々な意味の一つに、エルフ族に古くから伝わる伝承が関係している。


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 それは遥か昔。才能の乏しい一人のエルフが、その内に秘める嫉妬心から多くのエルフを犠牲に〝欲神〟と呼ばれる神を召喚し、圧倒的な能力と才能を授かった。


 その結果エルフの肌は邪な心を表す様に浅黒く染まり、美しかった頭髪はその曇った眼の様に燻んだ。それがダークエルフの始まりであった。


 その後力を得てダークエルフとなったエルフは自身の力を際限なく周囲に振るい、平和だったアールヴに混乱と殺戮をもたらした。


 圧倒的な力でもって力を振るい続けたダークエルフであったが、しかしそんなダークエルフに味方などする者は誰一人として居らず、事態を重く見た国は総力を上げてダークエルフの討伐に乗り出し、当時のエルフ族に存在した英雄の手によって打ち倒された。


 アールヴを混沌に陥れたダークエルフの死により再び平和が戻ったアールヴであったが、ダークエルフの執念は、未だ死んではいなかった。


 ダークエルフは既にアールヴ内に複数の種を撒いており、国が気付いた時には最早手遅れの状態。アールヴ国内で時折ダークエルフが産まれるようになってしまった。


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 連綿と受け継がれるこの伝承をエルフ族は深く受け止め、今もなお「黒き嫉妬の執念」として後世に語り継いでいる。


 これがエルフ族に隔世遺伝でダークエルフが産まれ、ダークエルフが嫌厭けんえんされる要因だ。


 そしてエルフ族に初めて「嫉妬の魔王」が誕生した瞬間である。


 この事からダークエルフは通常の白エルフと違い、その身体能力や魔法に対する才能が高い傾向にある反面、育った環境や家族に関係なく、その心が歪んだ人格になってしまうと言われている。


 実際アールヴ国内での犯罪検挙者の八割がダークエルフであり、残り二割の白エルフによる犯行にも何かしらダークエルフが関わっていた事実がある。


 加えてこれまで何度か出現した「嫉妬の魔王」に関して言えば、必ずダークエルフとして産まれている。


 これらの事からエルフがダークエルフを出産する事はそれだけで不吉を齎す種となり、産まれた子だけでなくその親すら差別の対象になってしまう。


 そんなダークエルフとして産まれてしまった我が子を見た父親の心中など察せてしまうというもの。


 ましてや国を治める立場にある皇族からダークエルフが産まれてしまったのだ。これは最早簡単に済まされる話ではない。


 仮にこの事実が外部に漏れようものなら皇族の権威は失墜し、国を治めるどころではなくなる。それだけは絶対に避けなければならない。


 早急な対応を大臣達に求められた皇帝はすぐさま側室であった母親とその子であるダークエルフを処分する事を決定。側室と赤子の存在そのものを闇に抹消するよう命令を下した。


 これを早耳で聞き付けた側室である母親は、自分達が処分される前に何とかこの霊樹内にある王城区域から脱出しなければならないと決意し、我が子を連れ霊樹からの脱出を図った。


 幸い彼女には心から信頼出来る部下が数人居り、そんな彼女達の脱出を全力でサポート。反逆者の汚名を被りながらも、母親と赤子をなんとか霊樹から脱出させた。


 しかし母親は脱出の直後、一人の兵士による矢による傷を負ってしまい、我が子を抱えての逃亡が難しくなってしまう。


 命辛々に川まで到達した母親は、抱えていた赤子が入った籠に《空間魔法》の隔離空間を施すとそのまま赤子だけを川に流し、背後から迫り来る兵士達に構わず、ただひたすらに祈りを捧げた。






 赤子はそれから川を流れ続け、遂にはアールヴすら脱出し、川の下流まで流れ着く。


 それと同時に母親が施した隔離空間は消え、外気を流れる肌寒い風が赤子の肌を容赦なく撫でる。


 それに嫌悪感を感じた赤子は盛大に泣き出し、川辺にけたたましい程響き渡った。すると──


「ん? なんだ?」


 それはたまたま近くを通り掛かった警邏けいらの真っ最中だった一人の兵士。全身に鎧をまとい、長槍を携えた男の兵士はそんな赤子の泣き声に誘われる様に声を辿った。


 少しして川辺まで辿り着いた兵士は流れ着いていた籠を拾い上げ、少し嫌な予感を覚えながら包まれた布を退かしていき、赤子の姿を見て案の定と言った表情で頭を抱える。


「ああ……マジか……っておいおいおいっ……!?」


 兵士を更に驚かせたのはその赤子の耳の形。それは何をどう見ようと彼の知るエルフの特徴と一致しており、益々頭を悩ませた。


「ん〜……肌黒いけどぉ、エルフだよな? 参ったなぁ……タイミング最悪だ」


 今彼と赤子が居る国は現在進行形で戦争中。最近になってやっと少し落ち着いたばかりの非常にデリケートな均衡を保っていた。


「この子今突き出したら絶対戦争悪化するよな……。ああもう……どうすっかな……。ん?」


 赤子を抱えながらどうするか、と悩みに悩んでいると、ふと赤子が泣き止んでいる事に気が付く。


 どうしたのかと籠を覗いてみれば、まだ産まれたばかりで弱々しい赤子が、必死に自分に手を伸ばしていた。


 泣く事も忘れ、ただ必死に生きようと、目の前の知らぬ男に手を伸ばし続ける赤子に、兵士はついついガントレットを外して小指を突き出してみる。


 すると赤子はそんな兵士の突き出した小指を両手でしっかり握り込み、嬉しいそうな声を上げる。


 そんな赤子に兵士は……。


「はあ……。仕方ねぇな……。ウチ来るか?」


「ああっ……あうっ、ああいっ!!」


「それは行きたいって言ってんの? ははっ、そうかそうかっ!」


 兵士は赤子を抱え上げ、嬉しいようなそうでないような複雑な表情で赤子を自宅が在る王都セルブへこっそり連れ帰った。

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