第一章:散財-22

 

 私は自分の話を、一つ一つ事細かに説明していく。


 私には前世からの記憶があり、前世の私は決して善人などではなく、どちらかと言えば私利私欲の限りを貪り、時には様々な犯罪にさえ手を染める悪人であった事。


 前世でアッサリ寿命を迎えて召され、神の手違いにより魂が迷ってしまい、こちらの世界でしか転生が出来なくなってしまった事。


 結果、神の計らいによりスキルニつと記憶の引き継ぎをしてもらい、この世界に転生を果たした事。


 転生後、自身に身に覚えの無いユニークスキル《強欲》が備わっており、それがこの世界では魔王の証であった事。


 そのスキルを利用し、この世界に存在するありとあらゆるスキルを収集する事を人生の目標としている事。


 この世界でも、人を殺めた事がある事。


 そして「暴食の魔王」との戦いでグレーテルから《暴食》を獲得し、私が新たな「暴食の魔王」となり、魔王の力を二つ宿している事。


 包み隠さず、一切偽らず、誤魔化さず……。


 それをロリーナは……。荒唐無稽ともとれる私の話を、それこそ一つとして聞き逃すまいと真剣に、真摯に、私の目を真っ直ぐ見つめながら、私が話し終わるまでただずっと聞いていてくれた。


 話していて私は、ロリーナが血相を変えて私を軽蔑するのではないか、忌避するのではないかと内心で心配で仕方が無かった。


 今まで色々あったこの濃厚な十五年間で、これ程心配動揺した事など無いだろう。


 私は自分の人生に悔いなど一切無い。自分の望んだ事をひたすらに貫き続けた満足いく足跡を歩んでいるつもりだ。


 だが客観的に見るならば、私の正体や秘匿すべき過去など決して明かして良い物では無い。それくらいは自覚している。


 そんな自身の事を話す事に……。躊躇ためらいが無いわけが無い……。


 何度途中で止めてしまおうか……冗談で、嘘で片付けてしまおうかと考えた。


 彼女に嫌われる……避けられるくらいなら全部茶番にしてしまおうと……。


 だがそんな私を、彼女は今までに無い程に感情の籠もった眼差しで見守り、ただ聴き続けてくれた。


 それがどれだけ私を安心させたか……。


 お陰で私は一切を騙る事なく、ありのままをロリーナに伝える事が出来た。私が一部にしか明かしていない、事実を。


「……ふふっ。まあ、こんな所だな……。これが大体の私の正体だ」


「…………」


「……軽蔑したかい?」


「……いえ……その……。少し頭の中で整理が付き切れていないので、具体的にどうとは言えません。ただ──」


「ただ?」


「……」


 ロリーナは一瞬何かを考えるように俯きと、数秒して再び私の目を見つめる。


「ただ私は……。クラウンさんは私や他の方々なんかよりよっぽど大きな波の中に居て……。普通は流されてしまう所を、それでも自由に、自分のしたい事をしたい様に進んでいる……。そんな貴方を尊敬こそすれ、軽蔑なんて出来ません。私はそう……感じました」


「……人を殺しているのにかい?」


「……理由の無い殺人では無いのでしょう? 襲われたり、助けたり……。善人や無垢な子供を殺めているわけでもない。そもそもこのご時世、一般人ならば兎も角、私達の様な将来戦争や紛争にいずれ身を投じる可能性がある者からすれば、人を殺める経験が少し早いだけの事です……」


 彼女の微かに震える手が、私の手に触れ、優しく包んでくれる。少しだけ冷える初秋の夜に、この暖かさが妙に心地良く感じる。


「それに「魔王」なんて世間で呼ばれて忌み嫌われていますが、それを真剣に忌避している人なんて割と一般的じゃないですよ。私だって正直に言えば、ピンと来ていませんもの」


「そういう……ものか?」


「はい。第一クラウンさん、公に魔王らしい事していないじゃないですか。寧ろずっと隠して……。軽蔑する所なんて無いですよ」


「…………そうか……」


 ふふっ……。これではまるで、私が心配し過ぎだったみたいじゃないか……。普通ならもっと怖がったり、嫌悪すると思ったんだが……。


 ……。


「本当に──」


「……?」


「君で良かった……。本当に……」


「それは……どういう……」


「いや、今はまだ……。いつか、な」


「……はい……?」


 うん。まだ早いだろう。雰囲気に呑まれ勢いで伝えていい事じゃない。


 私が彼女に秘めている最早唯一の隠し事となったこの感情……。それはもっと相応しい場、時が来た時に……。


 まあ、何はともあれこれで……。


「しかしこれで漸く、君に色々偽らなくて良くなるな。何も気にする事無く教えられる」


「はい。よろしくお願いします」


「ああ。とは言っても私が教える事なんて少しだけだ。後は君がどう頑張るか……だからな」


「……具体的には、どういった?」


 具体的に? そうだな……。これは最早言うまでも無いだろう。


「勿論スキル集めだ」


「……スキル集め?」


 そこで初めてロリーナが怪訝そうな顔をする。さっきまで話していた私の趣味の事を踏まえるとそりゃそんな顔にもなるだろうが、私としては割と真面目だ。


「別に私の趣味の話ってだけじゃない。実際スキルを持っているかいないかで大分違う。それこそ経験値が違う敵を相手取る時なんかの溝を埋めてくれる。実際重要だ」


 以前ラービッツと一戦交えた時、素の実力では彼女に遅れを取っていたが、それをスキルを駆使して巻き返し、一本取った事が良い例だ。スキルは多少の実力差なら埋めてくれる。


「ですが私、クラウンさんの様にスキルを取るスキルなんて……」


「ああそうだな。そこが最初の難関だ。私は恵まれていたからゴリ押し出来たが……」


 言ってしまえばスキルを奪ったり獲得するスキルは一般的ではない。世間から見れば特異な分類だ。それを一から見付けるとなると骨が折れる。ならば……。


「現時点でそれを可能にするには、やはりスクロールを頼らざるを得ないだろう。高い買い物だが、それに見合った価値は必ずある」


「スクロール……。ですがお金が……」


「それくらいなら私が出す。高価なエクストラスキルは難しいが、有用なスキルであればまだ余裕がある」


「そんなっ、悪いですよ……」


「君が強くなる為の必要経費だ、出し惜しみはしない。それにこれから何体も魔物を狩ってその素材を換金する。今以上に余裕が出ればその程度痛くも痒くもない」


 帝都で買い出しの最中に集めた情報を元にある程度は出現する魔物を想定している。


 まあ、高危険区域に指定されている遺跡周辺に出現する魔物が情報通りとは限らないから油断は出来ないが……。


 それでも何体か狩れば良い資金源にはなる。銀貨レベルのスクロールなら気にしなくて良くなるくらいには。


「いえ、それでも……」


「なぁに、君にも魔物を相手して貰うんだ。金は私からの報酬と考えてくれ。なんなら倒せたら私から好きなスクロールをプレゼントしよう」


「……成る程」


 ここまで言って、ロリーナから漸く良い反応が返って来る。


 スクロールに関しては私は最早プロだからな。スクロールからの習得に関しては私に任せろ。


 それからだ……。


「それと魔法もキッチリ覚えないとな。幸いロリーナにも才能はあるからそこは余り苦労しないだろう」


「そう、ですか?」


「《光魔法》の訓練がスムーズな時点で才能はある。その分なら幾つかの高位魔法もそう時間は掛からないだろう」


 まあ私も高位魔法に関しては素人だ。教えるにしても私自身がある程度技術が習熟してからになるがな。


 後は……。


「それとちょっとくらいは武器を扱えた方がいいな。師匠程の腕の立つ人なら超近距離だろうと魔法で解決するだろうが、一般的な人はそうはいかん。魔導士、魔術士は基本的に近距離戦になったら弱い」


「武器ですか……。正直に言えば自信は……」


「ふふっ。武器に関してはゆっくりで良い。自分にしっくり来る武器種や戦い方……。それとそれに合った師を持つ事が大事だ」


 私で言えば姉さんが魔法以外で言う師にあたるだろう。あの人が姉でなければ私はここまで強くはなれなかった。姉さんには本当に感謝している。


「──? クラウンさんが教えてくれるのでは?」


「ふむ……。私の戦い方は正直参考にならないと思うぞ? 剣術に関しては姉さんの物に近いが、それを私は《空間魔法》や補助系スキルでかなり我流になっている。多分私が教えたら悪影響の方が大きい……」


「成る程……。確かに魔王戦の時に拝見した際は目で追えませんでした……」


 ああぁ……。グレーテル最終形態の時のアレか……。


「あれは顕著だな……。だからいざ訓練するなら私以外のちゃんとした師に習う方が良い」


「はい。その時はそうさせていただきます」


 ふむ。取り敢えずはこんな所だろうか……。ん、そういえば時間は……。


 私が懐から懐中時計を取り出すと、そこには短針が真夜中を指していた。ロリーナが起きて来てから一時間以上が経過している事になる。


 そろそろ寝てもらわねばな……。


「ロリーナ。もう夜も遅い。取り敢えず眠れなくても横になってくれ。寝ずの番は私がしておくから」


「いえ……でも……」


「まあ本音を言えばもっと君とこうしていたいんだがな……。流石に明日に響いてしまう。またの機会にしよう」


「……はい、分かりました」


 そう言うとロリーナは立ち上がって私に振り返り「おやすみなさい」と笑顔で挨拶をしてくれ、そのまま再びテントに潜り込んで行く。


「…………はぁ〜〜……」


 ああぁぁ……。良かった……本当に良かった……。


 私は椅子の背もたれに全体重を預けながら星が無数に散りばめられた夜空を眺める。


 しかし今の私には、そんな星の煌めきすら霞んで見える。


 心臓が高速で脈打ち、体温が上がって目が回る。


「ああ……あの子を好きになって良かった……。好きだ……好きだな……本当に……」


 その夜の私は、最早読書どころではなくなった。今はこの安心感を、ゆっくりと噛み締めよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る