第一章:散財-21

 

「…………」


「…………」


「……なあ、クラウン」


「……なんだ」


「……まだ、着かないのか?」


「……もう少しだとさっきから言っているだろ」


「そうだけどよぉ……。こう、ガタガタ揺られると、もう、腰が……」


 今、私達は馬車にて目的地である遺跡へと向かっている真っ只中。


 帝都を出てからかれこれ四日程の馬車旅をして来ているが、件の遺跡には未だに到着していない。


 とは言っても事前にギルドで教えてもらっていた遺跡の場所と帝都の距離から考えるにもうそろそろ着いてもいい頃合いだろう。


「仕方がないだろう。遺跡は森の奥にある拓けた場所なんだ。悪路とはいえ馬車が通れる道があるだけマシだと思え」


 私達が今走っているのは森にまるで亀裂の様に走っている少し広めの獣道。馬車が多少余裕を持って走る事が可能な道ではあるが、整備や管理がされているわけでもないただの凸凹な道を走らなければならず、それによってもたらされる馬車内への大小の振動は、私以外の三人を容赦無く襲った。


 ティールは自身で言っていた通り腰にダメージが来ている様で、先程からその痛みからなんとか逃れようと頻繁に座る体勢を変えていてとても忙しない。


 ロリーナとユウナはこの振動のせいで馬車酔いしてしまい、今は私が念の為にと用意していた酔い止めを処方して眠りに着いている。


 ユウナは頭を扉側にもたれて眠っているのだが、私の隣に座るロリーナは私の肩を枕にして寝息を立てていた。


 具合の悪いロリーナには悪いが、正直役得で大変喜ばしい。彼女からほのかに香る薬草や香草の優しい緑の香りに、私まで癒されて眠気を誘う……。


 もうなんだかこのまま帰ってしまってもいいんじゃなかろうか……。と、一瞬頭を過るが、内心に宿っているシセラが私の頭の中で「冗談はお止め下さいっ!」と血相を変えて抗議して来た。


 そんな必死にならずとも冗談に決まっている。遺跡の目の前まで来て何もせず帰ったりするなど幾ら何でもアホ過ぎる。


 と、そんな事をしている間に……。


「坊ちゃん。見えて参りましたよ」


 御者台背後にある馬車内に設けられた窓を開け、カーラットが私に目的地到着を告げる。


 ふむ、漸く到着か……。これでやっと……。


 しかしそう思い懐から懐中時計を取り出して見れば、時刻は夕方手前。今から魔物を討伐し、精霊と契約をする事を考えると一通り終わる頃には夜が更けてしまう。


 チッ……。流石に今からは厳しいか……。私一人ならば強行したのだが、他三人がな……。


「カーラット。時間が時間だから今日は近くに馬車を止めて野営をする。野営に相応しい場所で止めてくれ」


「はい。かしこまりました」


 私個人としては余り無駄に時間を浪費したくはないが、ロリーナ達がそれぞれ馬車の揺れでグロッキーだ。今日一日休息を入れて回復してもらうしかないだろう。


「……すみません。私達のせいで……」


 ん?


 そんな弱々しい声のする方を向いて見れば、頭を私の肩に預けたまま顔色を青白くし、目を薄く開けるロリーナが申し訳なさそうな目で私を見ていた。


 いつもの彼女なら目を覚まして今の状況だったならすぐさま私の肩から頭を離すのだろうが、彼女自身そんな余裕が無いのだろう。私の肩は依然としてロリーナの枕になっている。


「乗り物酔いは胃が不規則に動いてなる症状だ。何も卑下する事はない。それに時間帯も微妙だからな。いっその事休んでしまった方が状況は良くなる」


「はい……。助かります……」


 ふむ……。酔い止めの効果はかなり薄い様だな……。やはり前世の現代医学と比べてしまうと、こういった薬品類は見劣りしてしまうな。


 乗り物酔いをしている二人の内、ユウナはまだマシな様だがロリーナが割と深刻だ。早いとこ馬車を止めて休ませてやらなくては……。






 それから数分後。漸く少し開けた場所を見付けた私達はそこに馬車を停める。


 馬車を停めて直ぐ、一番に馬車を降りた私はポケットディメンションを開き、カーラットと二人でテントを取り出して速攻で組み立て。中にさっさと寝具を設置し、馬車内で待機していたロリーナとユウナに肩を貸しながらテントへ送った。


 二人は寝具に包まると、そのまま数分としない内に寝息を立て始める。


 二人は一先ずこれでいいだろう。ティールは腰が痛いとか言っていたが……。


 振り返って見れば、馬車から腰に手を当て悲痛な面持ちでゆっくり降りて来るティールが目に入る。アレはかなり来ているな……。


 私も前世の時分、腰痛には苦しめられたから分かる。あの様子を見るにかなりシンドイんだろう。ならば……。


「ちょっとだけ待ってろ。お前の分のテントを出してやるからそこに寝転べ。それから腰に効くストレッチを教えてやるから、少し痛みがマシになってからゆっくりやってみろ」


「お、おお悪い……頼む……」


 それからティールの休む分のテントを組み立ててから腰痛に効くストレッチをレクチャーする。


 さて。後は食事の準備か……。


 取り敢えず脂っぽい物は止めておく。休んで多少良くなるとはいえロリーナとユウナの二人には脂っぽい物はキツイだろうしな。


 やれるとすれば食物繊維の少ない野菜と果物……魚ならアッサリした白身魚で肉は鶏のササミを使えば栄養バランスも良くなる。飲み物は生姜やハーブを使ったお茶をやるか。


「坊ちゃん。何か手伝える事はありますか?」


「ああそうだな……。テーブルやらなんやらを適当に出していくからそれらをセッティングしてくれ。その間に私は一通り料理をしている」


「畏まりました。ではこちらの作業が済み次第、そちらをお手伝いします」


「ああ頼む」






 その日の夜。


 数時間して起きて来たロリーナとユウナ。そして幾分か腰が良くなったティールと共に夕食を済ませた。


 夕食は質素にじゃがいもと人参のパン粥に白身魚のホイル焼きとハーブのジンジャーティー。


 なんだか病院食の様なラインナップになってしまったが、ロリーナとユウナには丁度良かった様子で安心した。


 まあ、私やティールに関しては流石に物足りなかった為、後程追加で豚や牛の串焼きなんかを適当に拵えて食べたのだが……。


 因みにホイル焼きに使った物は帝都の露店に売っていたアルミに似た素材で出来たシートを使っている。


 五枚で銀貨が数枚飛んで行った代物ではあったが、この世界でこういった品はもう眼にかかれないかもしれないという懸念と単純にホイルを使った料理やら何やらを試してみたかったのが購入した理由。


 正直買って暫くしてから少しだけ後悔したのだが……。結果的にこうして役立ってくれたのは不幸中の幸い。結果オーライである。


 そしてそれからは明日の英気を養う為に早めに就寝。皆でテントに潜り込んだ。私以外は。


 なんせここは少し距離が離れているとはいえ魔物が多数出現するとされている危険指定区域の側。何かの拍子にそんな魔物がこちらに向かって来る可能性だって有り得る。その為の寝ずの番を私が買って出た形だ。


 最初はカーラットが「坊ちゃんにお任せするわけには……」と自分が引き受けるつもりでいた様だが、一日中馬車の操縦をしていたカーラットをこれ以上酷使しては私が父上に叱られると言いなんとか止めた。


 それに私は《睡眠耐性》のスキルがあるから一日二日寝ずとも万全に動ける。やりたい事が山積みの日にはしょっちゅう一徹二徹しているしな。それとそう変わりない。


 というわけで私は焚火の火を消えないよう眺めながら椅子に座りゆったりコーヒーを啜って読書に更け込む。


 因みにコーヒーは先程ユウナから迷惑料とお礼という名目で私にくれたコーヒー豆を挽いて淹れた物。帝都で買った王国には売っていなかった品種の豆だそうだが……ふむ。強めの酸味が私好みで良い……。


 こうして寝ずの番という名のただのリラックスタイムを満喫していたのだが、そこで私の耳に何かの物音が届いた。


 一瞬懸念していた魔物なのではないかと警戒したのだが、《天声の導き》による警戒網には何も引っ掛かった様子はない。


 それにこの音は草むらとかの音というより……。


 音は一層大きくなり、そちらに目線を向けて見れば、そこには肩から羽織りを巻いたロリーナが、テントから出て来る姿が見えた。


 少し過敏に警戒し過ぎたか、と思いつつ、こちらにやって来るロリーナ声を掛ける。


「どうしたんだ? 夜更けだぞ」


 時刻は零時を過ぎている。普通ならば起きるような時間帯じゃないが……。


「はい。馬車とテントで寝ていたせいか、どうも寝付きが悪くて……」


「ああ成る程。そこそこ長く寝ていたからな。無理もない」


 私はポケットディメンションから椅子を取り出し、そこに掛けるようロリーナに促す。


 ロリーナはこれに「ありがとうございます」と律儀にお礼を言いながら座り、そのまま焚火の火を見詰める。


「……」


 森の木々に囲まれ、満天の星空が瞬く夜空の下。暗闇を照らす焚火の光に当てられるロリーナの横顔はとても美しく。不思議とずっと見ていたいという気さえして来る。


「──? どうかなさいました?」


「……いや。なんだか充実しているな……とな」


「充実……ですか?」


「ああ。……私の人生は、恵まれている」


 それは前世から持ち越した記憶と意識の賜物か、それとも単に運が良いのか……それは分からない。


 たまに上手くいかない事もあったりするが、それを差し引いても、今の私の人生は概ねプラスだ。これを充実していると言わないでなんだというのか。


 そして何より……。


「それは……素晴らしい事です」


「ふふっ……。君のお陰でもあるんだがな、ロリーナ」


「私……ですか? どちらかと言えばご迷惑ばかり掛けているような気もしますが……」


「いいや。私はなロリーナ。君が側にいてくれると、不思議と活力が湧いて来るんだ」


「活力……」


 まあ有り体に言ってしまえば彼女の前だと格好付けたくなるんだがな。


「ふふっ。君の前ではなるべくカッコイイ人間で在りたいからな。無様を晒さないように……と頑張れるわけだ」


「……クラウンさんはわざわざそんな事しなくともかっこいいと思いますけど……」


「なら成功しているって事だな。努力している甲斐があったというものだ」


 これでもロリーナと会う時は色々気を遣っている。柄にも無く香水なんて使ったりしているんだ。これで効果無しだったら泣けてくる。


「……クラウンさんは、本当に努力家なのですね」


「ん?」


「最初にお婆ちゃんから話を聞いた時、天才って本当に居るんだなって思いましたけれど。クラウンさんは努力だってしているんですよね……」


「……まあ、一概に努力が報われるわけではないとは思うがな」


 努力したって無駄な事などこの世には腐る程ある。問題なのは「無駄にならない努力」を探す事だ。


「ようはやり方次第だ。努力する事だけが正解ではないし、反対に努力しなければ手に入らない物もある。私がやっているのは「無駄にならない努力」を片っ端から試しているだけだ」


「……それが出来るから、クラウンさんはカッコいいんです」


 んん……。そうストレートに褒められるとむず痒いな……。まあ、嬉しいは嬉しいが……。


「……私は、そんなクラウンさんに憧れているんです。貴方程で無いにしろ、貴方の様に強くなりたい……」


 憧れ……か。ふふっ。まだまだ道のりは遠い……かな。


「……一つ、お願いがあります」


 ──? なんだ、珍しい……。


「ん? なんだ?」


「今以上に、私に色々教えて下さいっ。魔法、武器、知識……。クラウンさんが伝えられる出来る限りを……。お願いします」


 ロリーナの大きな白黄金プラチナゴールドの瞳に焚火の明かりが写り込み爛々と輝く。その視線はただ真っ直ぐ私の両眼を見詰め、決して外そうとはしない。


 そこから感じ取れるのは彼女の心の底から溢れる欲にも似た決意。決して曲げるつもりの無い、水晶の様に透き通った曇りなき真っ直ぐな信念。


 そんな思いが彼女の何処から来るのか、またそんな信念を宿すような事が彼女にあったのか。それは分からない。


 だが一つ言えるのは、彼女は……ロリーナは今までに無いくらい本気であるという事。


 私から何もかもを教わり、強くなりたいと、心の底から願っている事。


 そしてそれは私にしか出来ない──叶えてやれないという事……。


 ……私の全てを教える。それは彼女に私が秘密にしている事を話すと同義。マルガレンとティールしか知らない私の全てを……。


 マルガレンは私に心酔していた。故に私が何者でも、気にする様な奴ではなかった。


 ティールには私に逆らう術も度量も無かった。故に簡単に御せ、そしてだからこそ友人に相応しかった。


 だがロリーナは……。


 ……ああ。嫌われたく、無いな……。


 ……それでも。彼女のこの瞳に、私は応えたい。だからっ。


「……一つ条件がある」


「はい。なんでしょう」


「これから私が話す事は一言一句事実だ。一欠片も嘘はない。君がそれを聞いて、受け入れられるなら、私も腹を括って君を導く。文字通り全身全霊を賭して」


「……受け入れられなければ?」


「その時は君の好きにすると良い。私から逃げるなり、嫌悪するなり、世間に暴露するなり……。これは私なりの君に対するある種の覚悟だ。だから私は君に全幅の信頼をって話す。良いかい?」


「…………」


 私からの少し大袈裟にも取れる発言に、思わず黙り込んでしまうロリーナ。だが私の言葉が真剣な物だと感じ取ってくれたのか、そして覚悟を決めてくれたのか。改めて私の目を見つめ返してハッキリと答える。


「……お願いしますっ」


 さて……。恐らくここが割と大きなターニングポイントだ。だがそれでも、私はロリーナの信念に応えてやりたい。


 心臓の音が煩く聞こえるほどの静けさの中。私はロリーナに、私の真実を語る。


「私は……「強欲の魔王」……そう呼ばれる存在だ」

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