第二章:嬉々として連戦-6
……九柱の……龍?
「龍……というのは、あの龍か? ドラゴンとか……」
『厳密に言えば竜、ドラゴンと呼ばれる生き物と、理を司る彼等龍は違います。この世界に存在する竜やドラゴンは言わばあの方々の力の断片でしか御座いません』
竜やドラゴンが力の断片だと?
この世界に於いて竜やドラゴンは最強を目指す者の最終到達点だ。
途方も無い功績を積み上げ、世間一般や政界に認められた者にのみ名乗る事が許される〝英雄〟という存在……。それを決定付ける最難関。それが竜、ドラゴンだ。
私が調べ上げた人族の歴史の中でも竜、ドラゴンを討伐せしめたのは十人も居らず、その者は後世まで途絶える事の無い伝説として語り継がれている。そんな存在なんだぞ、竜は……。
それが……断片? ならば……龍とは……。
「龍とは……神か何かか?」
『いいえ。あの方々は世界に生命が誕生したその瞬間に神々により生み出された〝形を持った法則〟です。生命が正しい営みが行えるよう見守り、守護し、または諫める監視者です』
「……」
正直な話、頭が追い付いていない。
〝形を持った法則〟? それは最早生き物なのか? 第一、生命の監視者だと? ならば──
「仮に……仮にだが一種族……人族やエルフ族が絶滅の危機に瀕した場合、龍はどうするのだ?」
『いえ……それはわたくし達にも分かりません。これまで種族が滅んだことなど無いのですから……』
「……いや、それならば……」
これまで種族が滅んだ事がないのだとすれば、逆に説明が付くかもしれない。
この世界が出来、知的生命が誕生して幾年経っているかは知らないが、その間に一度も種族が滅んでいないという事は有り得ない。
知的生命である以上、闘争が存在しない事などそれこそ生命に関わる問題だ。闘争やそれに類する営みが存在する限り、種の存亡は常に付き纏う筈……。
にも関わらずそれが一度も起きていないという事は確実にそれらを制御し、監視している存在がいる筈なのだ。そうつまり──
「私達生きとし生けるものは、龍に守られている……という事なんだろう。ふ、ふふっ……」
『──? 一体どうされたのですか?』
「いやなに……。ただそう……楽しいなぁ……とな」
『はあ……』
そうかそうか。成る程成る程……。
この世界には、そんな高みの存在が居るわけか……。
……私の計画としてはいつしか竜やドラゴンを討ち取り、ついでに歴史でいう〝英雄王〟という存在くらいにはなるつもりでいたのだが……。ふふふふっ。
ああぁ……。歴史でも人族に十人と居ない数しか討伐出来ていない竜やドラゴンですらきっと胸が躍るようなスキルを持っているに違いないのにそれすら断片と断ずる龍なんて超常の存在が居るなど……。
ああぁ……一体……一体どんなスキルがあるんだろうな……。どんな姿形をしていてどんな身体で出来ているんだろうな……。ふふふふふふっ……。
『え、えっと……』
「ん? ああ……すまない。少し浸っていた……」
ああイカンな。楽しそうな事があるとついそれに思いを馳せてしまう……。私の悪い癖だ。それより──
「もうそろそろ回収し終わるぞ」
そう言うと同時に私が《魔力感知》で感じ取れるだけのこの場にある魔力溜まりの魔力が全て正八面体の容器に収まり、回収が完了する。
進捗は……。
「チッ……。半分どころかさっき見た時と変わらず五分の一程度じゃないか」
『あれだけの魔力溜まりを回収してそれしか貯まらないとは……。まるで底無しの穴の如きですね』
「まあ底無しでは無いがな……」
だがこの場にあるのだけで五分の一ならばこの後周る予定の残り四つの魔力溜まりを回収すれば良い所までは行くんじゃないか? 場合によっては完成する事も……。ふふっ。益々やる気が湧いてきたな。
「よし。それじゃあ血を回収しヒルシュフェルスホルンを回収し終えた後はすぐ出発する。道案内頼むぞ?」
『はい。お任せ下さい』
『今回は比較的通り易い道を選びました。どうでしょうか?』
「ああ問題ない。それより──」
私は振り返って俯きながら歩く二人を見る。
「あ、あり得ねえ……」
「まだ全然休んでないじゃないですかっ!! なんでもう出発するんですかっ!!」
私の後ろをブーブー文句を垂れながらティールとユウナがなんだかんだと付いて来る。
あの枯れ果てた地を出発する直前にも似たような抗議をしていたが私が──
『ここで休んでいても構わんぞ? あの鹿の血の臭いが充満し、他の魔物がいつ来るか分からんこの場所に居たいのならな』
そう言った途端疲れて動かせないと言っていた足をピンと伸ばして素早く立ち上がり「早く他の魔力溜まりも解決しなくちゃなっ!!」と都合の良い事を吐いていた。
欲に忠実な所は否定せんがもう少し考えて欲しいとも思う。私が言ったことは別に二人を連れて行く為の詭弁というわけではない。私や大精霊が居るとはいえ魔物がいつ襲い来るかなど分からないのだから。
それこそ私や大精霊のスキルでもってしてもそれをすり抜けて来る様なスキルを有した魔物だとも限らない。
想定し得る事ならば最小限でも用心するに越した事は無いのだから。
というか──
「いい加減喧しいぞ。休息ならそれなりに取っただろう?」
私がヒルシュフェルスホルンの血を採集したり魔力溜まりを回収したりヒルシュフェルスホルンの死体を回収していたりと時間はそれなりにあった筈だ。
その間に多少は休めていたと私は思うのだけどな……。
「や、休んではぁ……いたけどよぉ……」
「その……こ、心の準備がぁ……それにお昼ももう直ぐですしぃ……? ちょっとくらい長めに休んでもぉ……」
「……残り四匹」
「「えっ?」」
息ピッタリだなコイツ等。
「……魔物は残り四匹だ。それを今日中……は厳しいかもしれないが、明日までには片付けるつもりでいる。だから無駄な時間を使ってやれる暇は無い」
「あ、明日っ!?」
「いくらなんでも無茶だろっ!! 魔物ってのはそんな簡単に片付くようなモンじゃない事くらいは分かるぞっ!!」
「そうですよっ!! 多くても日に二匹……いえ一匹が妥当ですっ!! さっきみたいな強力な魔物相手ならば尚更……っ!!」
……。
「……お前達はアレか? 魔物蔓延るこの森で数日野宿するつもりでいるのか?」
「の、野宿ってお前……。野営を構えた馬車の所に戻って休めば良いだけだろっ? こんな森ん中じゃなくてよぉっ!!」
「ほぉう。お前はここから馬車がある野営地までどのくらい距離があるか分かるか? 方角は分かるのか? どれだけ労力がいるのか分かるのか?」
「そ、それは……お前の《空間魔法》で転移すりゃ……」
「……ふん」
私頼りか……。まあ連れて来たのは私だし、多少の便宜は当然計るが、しかし。
「何でもかんでも私頼り……。私が居なければ何も出来んのかお前は?」
「な、なんだよ……」
「なに……自分の楽の為に他人に苦労を強いるのは流石貴族様だ、と思ってな。私を便利な移動手段と勘違いしているんじゃないか?」
「は、はあっ!? なんだよその言い方っ!! 俺がいつそんな事言ったってんだよっ!!」
「私を当たり前のように移動手段として考えている時点でそう言っているに等しいだろうが」
「ぐぅ……。さっきから聞いてりゃ好き勝手偉そうにっ……! 大体こんな場所に無理矢理連れて来たのはお前だろうがっ!! 俺は来たいなんて一言も言ってねぇんだよっ!!」
「私はお前やユウナ……それにロリーナに経験を積ませてやりたいから連れて来たんだ。近い将来戦争が起きるってこの時勢になんの経験も積めていない君等が戦場に放り出されんようにな」
「そ、そんなもん余計なお世話だっ!! そもそもまだ学生である俺達を戦争要員として放り込むなんて話が──」
「あるに決まっているだろうがっ!」
私の言葉にティールが足を止め、それに合わせて全員が足を止める。
「良いか? あのロートルース
「……人員不足……ですか?」
私の問いに隣に並ぶロリーナが静かに答える。
「そうだ。元々この国には実戦闘員が圧倒的に足らない。しかも長い平和のせいで今の世代の人員の殆どが戦いの経験が浅くヌクヌク育った平和ボケした奴等ばかり……。それがこの国の現状だった」
「……なんだよ、それ……」
「国はその大きな溝を少しでも埋めたかった。だからあの新入生試験で実戦形式の試験を私達にさせたんだ。……だが結果はその真逆。経験を積ませるどころか貴重な人員を死なせ、人員不足は加速した。だから今、国はなりふり構わず国中からそれらを集めている。そんな中で私達が見逃されるワケが無いだろう」
今のティリーザラ王国にそんな余裕は無い。しかもエルフ共は平和ボケした人族と違って何十年と掛けてこの戦争の準備を進めていたんだ。私達に余裕で構えている余暇など無い。
「……」
「……私は君等を死なせるつもりは無い」
「えっ……」
「私の目が黒いうちは君等を絶対に死なせん。だが私だって万能じゃないんだ。小さなミスや見逃しはする。そんな時は君等自身が自分の身を守れなければならない……。だから君等には実践的な経験を積んで、少しでもいざという時の為に役立てて欲しいんだ」
親しい者の死など……私は絶対認めない。その為ならば多少の労力など惜しまん。
「…………あ゛ぁぁもぉぉぉっ!!」
ティールは頭を掻き毟ると俯いて深い溜息を吐いてから顔を上げ、私の目を真正面から受け取る。
「分かったよ分かったっ!! もう文句は言わねぇよっ!! だけどいいかっ!? 俺等はお前と違って素人、ど素人だっ!! お前のペースに合わせてちゃ身が持たねぇんだよっ!! だから明日までとは言わず三日くらいに分けてくんねぇかなっ? 頼むっ!!」
ティールは真剣な面持ちで頭を下げる。いずれ貴族としてその爵位を継ぎ、市政の主となる立場であるティールにとって、私のような一市民に頭を下げるという意味は、きっと大きいだろう。
「私からもお願いしますっ!! 三日なら頑張りますっ!! 頑張りますからっ!!」
ユウナもまたティールのように頭を下げる。ユウナに関しては完全に巻き込んでいるようなものだが、内心ではハーフエルフである自分に少なからず負い目を感じているのかもしれない。だから彼女も文句を言いながら力になろうとしているのだろう。
「……私からもお願いします」
ティールやユウナに加えロリーナも頭を軽く下げてから私の目を見据えて続きを口にする。
「私はクラウンさんに合わせられます。ですが二人は厳しいでしょう。無理をして二人が怪我をしては元も子もありません。ですから……」
「……はあ……」
……私は少し、焦り過ぎていたのかもしれんな……。
グレーテルを倒した事はエルフ側からすれば想定し得る最悪の事態だろう。スパイエルフがまだ居る現状、私や師匠の生存だって知られている筈。
ならば奴等とて計画を見直す為に予定より戦線布告を遅らせる可能性もある……。少し希望的観測にはなってしまうが……。ふむ……。
「……分かった」
「ほ、本当かっ!?」
「ああ。三日……余裕を見て四日以内には残り四匹を倒し、魔力溜まりを解決する。それで良いか?」
「ああっ!! 恩に着る……」
「ありがとうございますっ!!」
「ありがとうございます」
う、うむ……。そう真っ直ぐ礼を言われるとなんだか少し遣る瀬無いんだが……。むぅ……。
『……よろしいですか?』
私達のいざこざを静観していた大精霊がタイミングを見て私達にそう問い掛ける。
ああそうだ、こんな森のど真ん中でこんな話をしている場合じゃない。
「待たせたな。じゃあ改めて向かおうか……」
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