第二章:嬉々として連戦-7
暫く森の中を歩いていた時の事、天声の警戒網に再び一つの反応が現れる。
しかし今回、その数は一つなどではなかった。
「……おい大精霊」
『はい。……もう間も無くです』
「いや、そうじゃない。今回は一匹じゃないのか?」
私がそう大精霊にぶつけると、話を聞いていた他三人が三者三様に反応する。
「い、一匹じゃないっ!?」
「な、なんですかそれっ!! 聞いてないですよっ!!」
「それは……どういう……」
全員で一旦足を止め、大精霊を注視する。すると大精霊は焦るように空中を右往左往する。
『お、落ち着いて下さいっ! ……確かに魔物と一括りにするならば、これから向かう魔力溜まりを縄張りにしている魔物は複数居ります……』
「ほう……含みがある言い方だな。事情を話せ」
『はい……。……この先の魔力溜まりに居る魔物は
「蜘蛛の魔物?」
蜘蛛……それにその子供か……。それならば複数の反応があるのも納得がいくな。しかしなぁ……。
「私が見た限りでは……何十匹といそうなんだがな」
「な、何十匹ぃぃっ!!?」
奇想天外な悲鳴を上げるティールに、無数の蜘蛛の群れを想像したのかロリーナとユウナが青褪めて無言になってしまう。
「だ、大丈夫なのかよそんな数っ!?」
「……ふむ。正直な話な。少し厳しい」
「え……クラウンさんがそれ言っちゃうんですかっ!?」
「お前は私を無敵の超人かなんかと勘違いしてないか? ……そうだな、一から説明するとだ……」
魔物の名は恐らくシュピンネギフトファーデン。成体の体長は約五メートル前後で、全身に不規則な短く太い刺が無数に生える凶悪な毒蜘蛛の魔物だ。
一般的なジョロウグモやコガネグモのように糸を使った巣や罠を作り獲物を取るタイプの造網性であり、捕獲した獲物を神経毒を使って仕留め捕食する。生態としては魔物になっている今でも余り変わりがないらしい。
だがシュピンネギフトファーデンの魔物としての特徴はそんな生態にまつわるものではない。
コイツの一番の特徴は節足動物には不釣り合いな程の狡猾さにある。
このシュピンネギフトファーデン。ただ巣や罠を張るにしてもその仕掛け方や場所がイヤらしく、心理の穴を突いてくるという。
ベテラン冒険者の慧眼や熟練の魔物討伐専門家の経験をもってしても時折犠牲者が出てしまう程。それだけでも危険な存在である事は容易に想像出来る。
そんな奴を数十匹の子蜘蛛を連れた状態で相手にせねばならないのだ。厳しいに決まっている。
「奴は恐らく子蜘蛛すら利用して罠を張り巡らせ、私達を絡め取ろうとするだろう。そんな事をされればいくら私でも対処し切れない」
「じゃ、じゃあお前……どうすんだよ……」
ティールが僅かな悲しみと焦燥を宿した瞳で心配そうに私にそう訪ねてくるが、そんなもの決まっている。
「子蜘蛛の相手は私以外の誰か……君等にやって貰うしかなかろう」
「お、俺達……だけでかっ!?」
叫んだティールと同時に背後のロリーナとユウナが身震いし更に顔色を悪くする。
「ああそうだ。子蜘蛛だからって油断するなよ? 成体で約五メートル前後なんだ。幼体だって数十センチはあるだろう。それが数十匹だ。余裕なんてないからな?」
「だから魔物相手に油断とかしねぇよっ!? 数十センチの蜘蛛が数十匹とか考えるだけで寒気するわっ!!」
ふむ……。一般的にはそんな物だろうか?私としては蜘蛛に限らず節足動物や昆虫の外見とかは自然現象が生み出した奇抜な芸術性を感じて割と好きなんだがな……。
まあ、今はそんな事はいいか……。
「兎に角だ。役割としては私が成体を相手にするから君等は子蜘蛛を頼む」
「……つってもよぉ……。俺は蜘蛛ある程度平気だけど役に立たないし……。戦える二人は……ほら……」
そんな二人であるロリーナとユウナに目線を向けてみれば、二人して首を左右に振って拒否を示してしまっている。うーむ……これは……あの手しかないか……。
「……二人共」
私は二人に近付いてそれぞれの肩に手を乗せ、私に注目させ、そして真っ直ぐ二人の目を見詰める。
「クラウンさん?」
「な、なんですかっ!?」
「二人共……。君等にとっては辛いだろうが、今回の魔力溜まりの魔物は私一人で片付けるにはかなり手に余る。故に君等の手助けが不可欠だ……」
「で、ですが……」
「何十センチの子蜘蛛がうじゃうじゃとか……。考えただけでもう……」
身を震わす二人に対し、私は笑って見せて……、
「今回の魔力溜まりの解決に貢献してくれたら、二人に好きな物を贈ろう」
その瞬間ユウナの目の色が変わり、ロリーナも少しだけ目を見開く。
「好きな物を……ですか?」
「ああ。なんなら好きな事でも良い。まあ私に可能な事ならという話だが……。私がやれる事ならばやろう。君等の望むままだ」
「お、おぉ……」
「それは……」
唸る二人は互いに目を合わせ頷くと、私の肩に置いた手を退けて背中を向けてヒソヒソと内緒話を始める。
私のスキルで盗み聞きは出来るが……。止めておくか。何かあった時に後が怖い……。
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「ど、どうしますロリーナさんっ……」
「どうと言われましても……。私としてはクラウンさんに協力したいとは思っています」
「えっ!? さっき首振ったじゃないですかっ!!」
「アレは……咄嗟に……。ですけれど正直、大量の蜘蛛は……ちょっと……」
「ですよねですよねっ!! ……あぁ……でも、好きな物、好きな事かぁ……」
「そうですね。クラウンさんは基本的に身内には嘘は吐かないイメージです。ですからきっと彼は叶えてくれますね」
「た、例えば……。私達庶民が手を出せないような貴重な読物だとか、貴族にしか手に入らない最高級のコーヒー豆だとかも?」
「可能でしょう。今回の五匹の魔物の素材を売ればそれこそ大金が入りますから。それこそ金貨何百……下手をすれば千枚は行くのではないですか?」
「そ、そこまで行くともう果てしない金額で現実味を感じない……。でもそっか……大丈夫なんだ……」
「そうですね。私としても欲しい物があります。ここは子蜘蛛を我慢してでも、クラウンさんをお助けする方が良いと思います」
「うぅーーん……」
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数分の話し合いの末、漸く話が纏まったのか二人は私に向き直し、意を結したかのように頷き合ってからロリーナが口を開く。
「覚悟を決めました」
「や、やってやりますよっ!! 子蜘蛛なんて……っ、か、掛かって来いですっ!」
ロリーナは真剣な面持ちで、ユウナは気合いを入れたが絵面を想像したのか尻すぼみになるもなんとか持ち直して両拳に力を込めてる。
「ああそうかっ。私も手が空いたのならば可能な限り支援するから頑張ってくれ。だが無理はするなよ?何かあれば遠慮なく言うんだ。いいな?」
「はい」
「わ、分かりましたっ!」
「……ふむ」
頷いてくれた二人に満足していると、今度はその様子を静観していたティールから嫌な視線を向けられているのを感じ、振り返る。すると案の定、ティールが私を変な目で睨み付けていた。
「……随分と露骨な視線だな」
「露骨なのはそっちだろぉ? 可愛い子ばっか贔屓しやがってからに……」
「私は男色じゃあないんでな。そりゃあ男より可愛い女性の方を贔屓する」
「はいはい……。で、俺は何すりゃ良い? 悪いが子蜘蛛相手でも死ぬ自信あるぞ?」
そこは胸張る所じゃないだろうにまったく……。ふむ……そうだな。
「お前は私の側で奴や子蜘蛛が張るであろう罠を見つけ次第魔法で破壊してくれ。それだけでもかなり助かる」
「お、それならなんか出来そうだな。……っつうかまたお前にお守りされながらかよ」
「そういう文句は自分である程度戦えるようになってから言うんだな」
「へいへい……」
「……後で美味いもん食わせてやるから」
「っしゃまかせろっ!!」
はあ……。現金な奴だなまったく……。まあ好ましいっちゃ好ましいが。
「ああ……クソ。最悪だ……」
あれからまた暫く歩いた今。私達の目の前には思わず頭を抱えたくなるような光景。そして異臭が広がっていた。
先程のヒルシュフェルスホルンが生み出した枯れ果てた大地とは違い、森自体は相変わらず生い茂っている。それだけならばなんの問題も無い。無いのだが……。
「これ……全部……」
「んでこの臭い……」
「ああ。全部奴等が狩った獲物だろう。しかしまあよくもここまで……」
広がるのは森の鮮やかな緑を汚す白。木々の葉を巻き込む僅かに射す陽光に照らされた糸の塊が至る所にぶら下がり、際限なく広がった口の様に張り巡らされた無数の蜘蛛の巣が今か今かと獲物を待ち受けている。
ぶら下がる糸の塊からは腐敗臭と黒ずんだシミが滲み、物によっては中身がはみ出した骨や腐肉に蛆と蝿が
「んだよ……。久々に見た魔物以外の生き物が蝿と蛆とか……。ホント最悪……」
露骨に嫌悪感を示して身震いするティール。そしてそれに同意するように頷くロリーナとユウナだが、何故だか大精霊だけは少しはしゃいでいる。
『何故嫌悪感を? この森に残った数少ない生き物ですよ? 歓迎されこそすれ嫌悪する
成る程……。精霊視点だと私達の様な美醜の価値観も変わって来るか。まあ言ってる事は理解出来るし、この森に限定するならばたかが蝿だろうと貴重な生命だ。……ただまあ。
「お前の意見は理解出来るが、正直言えば見ていて不快感が湧いて来るのは最早本能的なものがある。こればかりはどうにもならん」
『……そういうものですか』
「こればかりはな。ほら。さっさと終わらせて先行くぞ」
『……はい』
「……まさかとは思いますが」
「あそこに……居るのか……」
「……」
蜘蛛の巣と腐臭だらけの森を抜け辿り着いたのは十数メートルある崖に形成された大きな洞穴。その洞穴には森の中と同質と思われる糸がそこかしこに張り巡らされ、明らかに異質な光景が広がっていた。
今はそこそこ離れた場所で物陰から観察しているから見付かってはいないが、近付きでもしたら直ぐにでも一斉攻撃を喰らい、全滅は必至だろう。蜘蛛に喰われるなど想像もしたくない。
「お、おいクラウン……」
「情けない声を出すな。……今対策を考えるから少し待て」
私は《千里眼》と《暗視》を併用し、洞穴の奥に居るシュピンネギフトファーデンの成体に《解析鑑定》を発動させる。
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種族:シュピンネギフトファーデン
状態:空腹
所持スキル
魔法系:《風魔法》
技術系:《大鎌術・初》《大鎌術・熟》《爪術・初》《爪術・熟》《鞭術・初》《鞭術・熟》《暗殺術・初》《暗殺術・熟》《隠密術・初》《隠密術・熟》《調合術・初》《細工術・初》《裁縫術・初》《登攀術・初》《登攀術・熟》《
補助系:《体力補正・I》《魔力補正・I》《筋力補正・I》《筋力補正・II》《防御補正・I》《防御補正・II》《抵抗補正・I》《敏捷補正・I》《敏捷補正・II》《器用補正・I》《器用補正・II》《斬撃強化》《貫通強化》《咬合力強化》《触覚強化》《外骨格強化》《再生力強化》《暗殺強化》《統率力強化》《牙強化》《爪強化》《糸強化》《毒腺強化》《視野角拡大》《胃腸拡大》《演算処理効率化》《気配感知》《気配遮断》《魔力感知》《動体感知》《動体遮断》《危機感知》《威圧》《硬牙》《鋭牙》《鋭爪》《堅殻》《豪絲》《減重》《猛毒精製》《毒合成》《致命の一撃》《治癒不全》《罠師の直感》《侵食》《劇毒》《猛毒耐性・小》《猛毒耐性・中》《麻痺耐性・小》《痛覚耐性・小》《疲労耐性・小》《疲労耐性・中》《睡眠耐性・小》《睡眠耐性・中》《気絶耐性・小》《恐慌耐性・小》《斬撃耐性・小》《風魔法適性》
概要:「暴食の魔王」の滲み出た魔力により形成された魔力溜まりに順応し生まれた魔物。現在は獲物が掛かるのを待ち、子蜘蛛に世話をさせている。
その鋏角にある毒腺は強力な神経毒と消化液により構成されており、一度食い付かれ毒を注入されたならば助かる可能性は限りなく低い。
その出糸突起から放出される糸は並の鋼より頑強且つ軽量であり、個体が捕食した獲物の質や量により性質は向上していく。
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むう……。持っているスキルは軒並み厄介でしかもまた割と被っていて少し頭を抱えたくなるが、なんとかせねばな……。
それにしても糸……糸か……。アイツの糸を使えば、今ノーマンに頼んでいる防具を更に強化できるんじゃないか?
それとアイツの毒……神経毒と消化液は私の障蜘蛛の毒性を強化出来るし、魔石が在れば更に強力になってくれるだろう。
コイツの外骨格だって恐らく馬鹿に出来ないレベルで堅牢な筈……。ふ、ふふふっ……。なんだかアイツが宝石にでも見えて来るようだな……ふふっ。
ああ本当……魔物狩りは楽しくて仕方が無いな……。
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