第二章:嬉々として連戦-8

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 森の奥にある崖にポッカリ開いた不気味な洞穴。その口には蜘蛛の巣とそれに絡め取られ腐敗した肉塊としてぶら下がる獲物がいくつも密集し、それらを警備でもするように体長十数センチの子蜘蛛の魔物が無数に徘徊している。


 その子蜘蛛一匹一匹には一本の糸がくっ付いており、それら糸はそのまま森や地面に伸び張り巡らされている。


 それはこのシュピンネギフトファーデンの生態の一つであり、辺りに張り巡らせた糸から伝わる微弱な振動を感知する事で獲物の接近を把握。瞬く間に獲物を追い詰め捕獲してしまう。


 子蜘蛛達によって捕らえられた獲物はそのまま洞穴の奥に座する母親である成体へ運ばれ、彼女の餌となる。


 シュピンネギフトファーデンはそれを森中で繰り返し、生態系を破壊する程の獲物を狩り尽くした。それがあの悍しい光景を生み出したのである。


 そんな洞穴の入り口。地獄の釜の蓋に、一つの人影が現れる。


 人影は子蜘蛛達に繋がる糸に触れる事などなく悠々と歩き、視力の乏しい子蜘蛛達の前で静止する。


 すると人影は子蜘蛛達に近付き、わざと見付かるように動いて見せる。流石の子蜘蛛達も当然そんな人影に気が付き、人影を襲おうと一斉に飛び掛かるが、人影はそれらを間一髪で避け、そのままの勢いで全速力で洞穴内に入って行く。


 それを見た子蜘蛛達は慌てて人影を追い掛け始め、洞穴周りの全ての子蜘蛛が人影同様洞穴内に入って行く。


 子蜘蛛達が洞穴周りから居なくなり少しした頃、その趨勢を草むらから見守っていたクラウン達は一斉に飛び出し、クラウン、ロリーナ、ユウナは魔術を唱え始める。


「其は激怒を孕む浄化の爆炎……。穢れし魂を焼き尽くす大蛇也……。「荒ぶる赤蛇サーペント・ブレイジング」っ!!」


「烈風吹き巻き、全てを拐え……。目を覆わんばかりに叩き付けよ……。「ロブヒットストーム」っ!!」


そびえる岩戸、光を閉せ……。叫びすら漏らさぬ城壁と為せ……。「ロックシーリング」っ!!」


 クラウンの放った荒ぶる赤蛇サーペント・ブレイジングは圧倒的な熱量を振り撒きながらその名の通り大蛇の様にのたうち、そのまま洞穴に吸い込まれて行く。


 そこへロリーナが放ったロブヒットストームが同様に洞穴に流れ込み、洞穴内を突風で削りながらクラウンの放った蛇を追い掛ける。


 すると突風に煽られた赤蛇はその火力を爆発的に増大させ、超高温にまで膨れ上がった爆炎は洞穴の岩壁を赤熱させて奥へ突き進んで行く。


 そんな洞穴をユウナが唱えた巨大な岩壁、ロックシーリングで塞いでしまい、洞穴内に爆裂しているであろう荒ぶる赤蛇サーペント・ブレイジングを閉じ込める。


「よし……。これで子蜘蛛共と成体は丸焼きだろう。まあ子蜘蛛もまだ森に何匹か居るし、成体もこの程度じゃ片付かんだろうがな」


 洞穴内は今頃火炎の嵐が吹き荒れ、蜘蛛達が逃げ場の無い中を必死に逃げ回っているだろう。クラウンはそんな事を考えながら辺りを漠然と見回す。


「まずはポーションを飲んで魔力を回復しろ。その後は作戦通りだ。二人はいずれ駆け付けて来る他の子蜘蛛を頼む。ティールは片っ端から巣やら罠やらを魔法で壊すんだ。子蜘蛛が来次第私の側に寄れ。良いな?」


「はい」


「が、がんばります……」


「お、おう……。因みにさっきの人影は……」


「アレは私の《幻影魔法》で作り出した「虚ろ人形シャドウパペット」だ。人間を騙すのには使えないが、目の悪い蜘蛛を欺くにはあの程度で十分役に立つ。……それより私は成体が出て来るまで君等を手伝おう」


 そこからクラウン達は魔力ポーションをあおり、洞穴周辺の巣や罠を地道に魔法で潰していく。シュピンネギフトファーデンの子蜘蛛の糸はそれこそ通常の蜘蛛や一般的なロープ等よりも硬質ではあるが、成虫程ではない。


 その糸はクラウンやロリーナ、ユウナの魔法は勿論、ティールの未熟な魔法でも破壊する事が可能。洞穴周りの蜘蛛の巣、罠は瞬く間に潰れていった。


 そうして暫く糸を潰して行く中……。


 ──ズガンッッッッッッ!!


「えっ!?」


「な、なんですかっ!?」


「……ふむっ」


 地響きと共に発せられた爆音に驚愕し目を見開いて塞がれた洞穴を振り返るティールとユウナ。その後ロリーナが目の前の巣を冷静に破壊した後ゆっくりクラウンに振り向く。


「成虫ですか?」


「だろうな。中で暴れているようだが……」


 クラウンはそこまで言うとユウナに振り向き、それに対してユウナは露骨に動揺を示す。


「ユウナ」


「な、なんですっ!?」


「あの壁は後どれくらい持つ?大体で構わん」


「う、う〜〜〜ん……。あの時は私の魔力を限界まで注ぎ込んだんでぇ……。あの音から察するにぃ……。ん〜〜〜……じゅ、十分……くらい?」


「成る程……。ティール。そろそろ罠壊しは切り上げて私の近くに居ておけ。二人は……ん?」


 その時、クラウンの《天声の導き》の警戒網に反応が現れる。


「こ、今度はなんですかっ!?」


「落ち着け……。予定より早いが探索に出ていた子蜘蛛が洞穴の事態を察知して駆け付けて来ているだけだ。恐らくはなんらかの感知系スキルだろうが……。今はそれはいい」


「数の方は?」


「ふむ……」


 改めて反応している数を確認してみると、その数は十三体と洞穴内よりは圧倒的に少ない。


「数は十三……。少なくはあるが……」


「はい。小さくとも相手はれっきとした魔物です。油断はしません。冷静に対処します」


 ロリーナの凛とした声音にユウナやティールは気を引き締めるように表情を引き締めて無言で頷く。


「……よし。なら第二段階だ。気を引き締めろ」






 新緑に、黒が駆ける。


 それは白い軌跡を描きながら目にも留まらぬ速度で枝から枝へ飛び移り、血の様に真っ赤な八つの複眼で景色に残光を置き去る。


 彼等がそんな速度で森を駆ける理由はたった一つ。自身の主人であり母親である成虫が危機に陥ったからである。


 彼等シュピンネギフトファーデンの子蜘蛛達はスキル《共感感知》の権能によって兄弟同士で簡単な感覚を共有している。その権能が彼等に知らせたのだ。「侵略者が強襲して来た」と。


 最初の報せでは大した緊張感は伝わっては来なかった。獲物が自ら巣に飛び込むという予想外の行動に動揺こそしたものの、大した問題ではない事と割り切ってしまった。


 故に遠方へ新たな獲物を探索しに向かっていた彼等の足取りは軽い物だった。


 しかし。事態は突然に急転した。


 数秒後彼等の脳を揺らしたのは兄弟達の断末魔。そして我等が母の窮地の報せ。


 想定し得なかった最悪の惨状が縄張りで吹き荒れていたのを感じた遠征中の子蜘蛛達は自身の持てる全てを使い森を疾駆。なりふり構わず洞穴へ駆け付けようとした。


 洞穴の方角から聞こえるのは森中に響き渡る地鳴りのような衝撃音。まるで巨岩同士が衝突した時の様な轟音が近付くにつれ、子蜘蛛達も更に自身を加速させて行く。


 早く駆け付けなければ。侵略者を誅さねば。それのみを殺意と闘争心で塗り固め武装し、森を十三の黒星が流れて行く。


 そんな凶星と化した彼等だったが、突如──


 ──ヒュンッ!!


「ギィィィィィッ……!?」


 そんな風を切る様な音と共に、十三体の内の一体が〝何か〟によって貫かれる。


 風穴の空いた兄弟は呻き声を上げながらそのまま枝から落下し、地面に転がる頃には二度と起き上がる事はなかった。


 その後も同様の風切り音は断続的に彼等を襲い、次々と兄弟達はその死の宣告に倒れていく。


 しかし彼等とて伊達に魔物をやっていない。残り七体となった頃、内の一体が風切り音と共に飛来した〝何か〟を絶妙なタイミングで躱し、次に来たそれを今度はその牙で噛み付いてみせた。


 彼等を襲っていた死の正体。それは魔力が流し込まれた一本の矢。それもただ魔力が込められていたわけではなく、明確に《風魔法》を纏った一矢だった。


 《風魔法》によって通常の射撃では出せないような速度まで加速され、更にはやじりの鋭さまで強化されていた。そんな矢がただでさえ残り少なくなっていた子蜘蛛達を容赦無く葬り去っていたのだ。


 こんな物を短いインターバルで射って来る侵略者に対し警戒心を強めた子蜘蛛達は、しかし最早攻略したと言わんばかりに目的地の洞穴の方角を睨み付け、七体となった全員で駆ける。


 そしてそんな彼等がやっとの思いで洞穴の前まで辿り着き、飛び出した、その瞬間──


「やれッ!!」


「押し潰せっ!!「グランドプレッシャー」っ!!」


 彼等を待っていたのは……口腔の様に広がっていたそれは、獲物を今か今かと待ち受ける大地の巨大なあぎとだった。

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