第二章:嬉々として連戦-9

 

 轟音と共に幾匹かの子蜘蛛が硬い岩盤に挟まれ、潰される。


 しかしそれでも全てを葬りされたわけではない。


「まだ三匹居るぞっ!! 左右からだっ!!」


 クラウンの掛け声と共にロリーナとユウナが左右それぞれに別れ魔法を発動させる。だが既に子蜘蛛は眼前にまで迫り、倒せるだけの魔術を放つ為の詠唱は間に合わない。


 本来ならばここで一度魔術で距離を取るのがベストだが、二人はそれを実行せず、予め握り締めていた一枚の羊皮紙を取り出す。


 そこに描かれていたのは魔法陣。予め詠唱の内容と必要な記号による陣を描いておく事で詠唱をせずとも同等の威力の魔術が発揮出来る代物である。


「断てっ!! エアパニッシュっ!!」


「貫けっ!! ストーンエッジバレットっ!!」


 二人は羊皮紙に描かれた魔法陣に魔力を送り込みながらそう端的に唱え、魔術を発動させる。


 ロリーナのエアパニッシュが牙を剥く子蜘蛛を鋭利な風の刃で真っ二つに切り裂き、ユウナのストーンエッジバレットが鋭い四肢を突き出す子蜘蛛の頭を胴体ごと貫いた。


 子蜘蛛は見事討滅。しかしここで──


「……っ!? こっちは一匹だけですっ!」


「こ、コッチもっ!!」


 どうすればいいっ?と言いたげな視線をクラウンに向ける二人だが、そんな当のクラウンはそのまま弓矢を構え勢いよく振り向き、何も無い地面に向かって《風魔法》を纏わせた矢を全力で射る。すると──


「ギィィィィィッ……」


 何かが擦れたような不快な鳴き声を上げながら、矢が刺さる何も無かった地面に子蜘蛛があらわになり、そのまま息絶える。


「まったく。蜘蛛のクセに知恵の回る……」


「なんなんだよ……。なんで姿消えてたんだよっ!!」


「騒ぐな。……《解析鑑定》して見たが、コイツだけ他よりスキルの数が多かった。恐らくはリーダー格だったんだろう。消えたのもスキル《迷彩》の権能だ」


 スキル《迷彩》は本来風景とある程度一体化出来るスキルだが、日々獲物を探し回る子蜘蛛の《迷彩》の熟練度はかなり高く、まるで姿そのものが消えたように見えていたのだ。


「……クラウンさん、反応は?」


「ああ安心しろ。もう反応は無い。成虫以外はな」


 そう言ってクラウンが塞がれた洞穴を振り返り、それに合わせ三人が振り返る。そこには既にヒビが全体に広がり、今にもそのまま崩れそうな状態であった。


「ギリギリ間に合ったな」


「はい。成虫と子蜘蛛の両方を同時に相手にせずに済みましたし。ここまでは順調ですね」


「ああ。だがここからが本番だ。私が全力でサポートに回るが、怪我の一つや二つは覚悟しろよ」


「は、はいっ!!」


「はい」


「お、おう……っ!」


 そんな三人の覚悟が決まったその時、クラウンの感知系スキルが洞穴内の成虫が助走を付けたのを報せ、次の瞬間──


「──っ!! 来るぞっ!!」


 爆音と共に洞穴を塞いでいた壁が砕かれて辺りに盛大に飛び散り、砂埃が舞い上がる。壁の欠片がクラウン達を襲おうと飛んで来るが、それは元々ユウナの魔術。ユウナはそんな岩のつぶての魔力を回収し消し去る事で難を逃れる。


 そんな大量の礫がユウナによって消され、巻き起こった砂埃が徐々に晴れていき、巨大な輪郭が顕になっていく。


 八つの血の様な複眼が眼光を妖しく輝かせ、クラウン達を鋭く睨み付ける。


 全身を覆う頑強で艶のある濃紺の外骨格には鋭く背の高い刺が数え切れない量密集し、その凶悪さに拍車を掛けている。


 八本の足先はまるで刃物や槍先の様な鋭利さを帯び、少し触れただけでも容易に傷付くだろう。


 口元でぬらぬらと輝く唾液と毒液と共に覗くのは数十センチ以上はある巨大な牙。こんな物に貫かれてしまえば毒などなくともひとたまりも無いだろう。


 そこに存在するのはある種の悪魔。他者を必ず殺傷するという概念がそのまま形を取った様なその姿は見た物を萎縮させ、恐怖を植え付けるだろう。


「キヤァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!」


 両前足を天に掲げながら叫声を上げるシュピンネギフトファーデンはそのままクラウン達にスキル《威圧》を発動。クラウン達を萎縮させに掛かるが──


「そいつは許さんぞ」


 それに対しクラウンも《威圧》を発動。それに加え《恐慌のオーラ》を併用し、シュピンネギフトファーデンの《威圧》を押し返し消し飛ばした。


 その余波により一瞬だけシュピンネギフトファーデンが怯むがすぐ様立て直し、改めて唸り声を上げながらクラウン達を再度睨み付ける。


「ふむ……。流石に怯まないか。致し方ない。散れっ!!」


 クラウンの掛け声でティール以外の二人が左右に散り、それぞれに魔術を唱え始める。


 そんな二人の内ユウナに目を付け、シュピンネギフトファーデンはその刃物のような脚を掲げ振り下ろそうとするが、そこをクラウンの取り出した槍が八つある目の一つを貫こうと襲い掛かる。


 それを素早く察知したシュピンネギフトファーデンは一旦ユウナへの攻撃を止め、その両前足で槍を防御する。


 金属同士がぶつかる甲高い音を響かせながら鍔迫り合い、その後刃を返して鋭い前足を弾く。


 これによりシュピンネギフトファーデンの標的はクラウンに変更。弾かれた前足を返す刀で連続でクラウンに斬り付ける。


 その鎌の様な鋭い前足で繰り出すのは体重を利用した刃を振り下ろす《堕落裂きフォールンサイス》、薙ぎ払うように脚を大振りする《刈薙オーバーアウト》、その脚を高速で動かし風の刃を飛ばす《鎌鼬》の大鎌術。一振りで六つの斬撃を放つ《六爪撃ヘキサクロー》と毒を染み込ませた爪による《毒爪撃ポイズンクロー》の爪術とを複雑に織り込んだ連撃がクラウンを襲い、一気に仕留めに掛かる。


 その連撃にしものクラウンも苦しい表情を露わにしながらその槍で必死に捌き続ける。わざわざ受けている理由は簡単。背後にティールが居るからだ。


 それでもその連撃による節足動物の無呼吸に等しい休み無い攻撃により、防戦一方となっていたクラウンの身体には徐々に傷が増えていく。


 クラウンはそれを《自然回復力強化》で浅い傷を、《超速再生》で深い傷を回復させながらシュピンネギフトファーデンの怒涛の攻撃を凌ぎ続ける。


「キヤァァァァァァァァッッ!!」


「ふふっ……私が不気味か? だがその余裕もそこまでだ」


 クラウンがそう呟いた瞬間、左右からそれぞれに違う色の魔法の輝きが放たれ、魔術が具現する。


「ハイドロランスっ!!」


「フォールンロックスパイクっ!!」


 ロリーナとユウナの二つの魔術がクラウンに夢中になっているシュピンネギフトファーデンに降り注ぐ。


 激しい水流を巻き起こしながら具現した水の槍はその頑強な外骨格を傷付け、辺りに細かい破片を撒き散らす。


 鋭利に研ぎ澄まされた岩の塊はそのまま超重量に任せ落下し、同じように外骨格に傷を付けガリガリと音を立てながら削っていく。


「ギイィィィィィャャャャャャャャッッ!!」


 自慢の外骨格が砕かれていくのが耐えられなくなったシュピンネギフトファーデンは到頭クラウンへの攻撃を止め自身に降り注ぐ魔術をなんとか振り解こうと身を翻し暴れ回る。


 しかし二人が放った魔術は中々にしつこく、二人はそれを絶妙なコントロールで以って操り、暴れるシュピンネギフトファーデンの外骨格を更に削っていった。


 シュピンネギフトファーデンはそんな魔術を唱える二人に再び目を付け、その刃のような前足でロリーナとユウナ両方に斬り付ける。


 その凶刃が二人に迫るがそれを許すクラウンではない。クラウンはその胸中からシセラを呼び出し、自身とシセラを《空間魔法》のテレポーテーションでロリーナとユウナの前にそれぞれ転移させ、迫る凶刃を槍と爪で弾き返す。


「キヤァァァァァァァァッッ!!」


 叫ぶシュピンネギフトファーデンはそこから更にクラウンとシセラ両者に前足での連撃を浴びせ続けるが、先程の両前足の連撃に比べ片足での攻撃にはまだ余裕があり、その攻撃を全て凌ぎ切る。


 それを受けシュピンネギフトファーデンも不利と感じたのか、その体躯を駆動させ一気に飛び上がり洞穴が形成されている崖に張り付く。


 そして八肢で体を全開に持ち上げると、腹の先をクラウン達に向け、出糸突起から凄まじいスピードで糸の塊が幾つもクラウン達目掛け射出される。


 するとクラウンはその射出された糸の塊がロリーナ達に着弾する寸前に転移し、そのままポケットディメンションを開いて暗闇に飲み込ませる。


 同様にして転移とポケットディメンションを繰り返し、射出された糸の塊を全て回収してしまうと、それを目撃したシュピンネギフトファーデンはまるで怒りを露わにしたように叫声を上げながら前脚を天に掲げ、今度はクラウン目掛けて極太の糸を射出する。


 クラウンはその糸を《緊急回避》で間一髪に躱すが、糸が地面に付着するのと同時にシュピンネギフトファーデンはまるでスリングショットの様な挙動でその巨体を高速で糸に繋がった地面に引き寄せ、自身を凶弾と化してクラウンを轢き潰そうとする。


 シュピンネギフトファーデンの全身の刺がクラウンに着弾する瞬間、クラウンはポケットディメンションから大盾を取り出しその攻撃をなんとか防ぐ。


 凄まじい金属音を辺りに轟かせたシュピンネギフトファーデンと大盾の衝突は衝撃波すら発生させ、周囲に居たロリーナやユウナ、シセラは思わずその場で仰け反ってしまう。


 その巨体と超重量から来る加速された一撃は《防御化ガード》、《鉄壁化ディフェンス》、《剛体》などの防御特化のスキルを発動させたクラウンの全身の骨を軋ませて思わず苦い顔を表し、無理矢理木の幹へと押し込まれる。


「コイツッ……!」


 衝撃が収まり、クラウンが一旦退避する為に何処か転移しようとする瞬間、肌が粟立つような寒気を覚える。


 目の前に迫るのはシュピンネギフトファーデンの凶悪な牙。そして牙の毒腺から毒を滴らせ、大盾を構えるクラウンに徐々に伸びていく。


 鋏角と呼ばれる毒腺と牙が付属したその器官はそのままクラウンを大盾ごと挟み込み、力任せに押し潰そうとする。


「クラウンさんっ!!」


 仰け反りから一番最初に立ち上がったロリーナがそう叫びながら駆け寄ろうとするが、それをクラウンは「来るなっ!!」と返して制止させる。


「……心配するな。これで終わらせる」


 そう口にしたクラウンは、大盾を軋ませる程の咬合力を発揮するシュピンネギフトファーデンの口腔内に槍を突き立てる。


 そして槍に魔力を流し込みながら《水魔法》を槍に纏わせてそれを極限まで圧縮させながら激流を発生させていく。


 それはまるで津波を纏った槍。超高圧を帯びたその水流は下手な岩石など容易く断ち、金属すら削り取るだろう。


 これにはシュピンネギフトファーデンも焦りを見せたが、そこから退くのではなくクラウンをさっさと噛み潰す方を選択し、その咬合力を更に強める。


「ふふっ……それはお前なりの傲慢さか?まあいい……。このままマルガレンの大盾を潰されたら敵わん。……さらばだ」


 クラウンが津波の槍から放つのは《八雨突レインエイト》。一突きで八つの刺突を繰り出す槍術により、刃と化した八つの激流がシュピンネギフトファーデンの口腔内から体内を悉く貫き、内側から外骨格を弾き飛ばす。


「ギイィィィィィャャャャャャャャッッ!!」


 シュピンネギフトファーデンは飛び出した鋏角をそのままに砂埃を上げながらその場に崩れ落ちた。


「……ふぅ。ん?」


 しかしそんな重傷を負いながらもまだ命は尽きていないようで、シュピンネギフトファーデンは喘鳴を吐きながら未だに立ち上がろうと懸命に脚を動かす。


「流石は節足動物だ。ただでは死なんな……。ふむ」


 クラウンは再びその槍先をシュピンネギフトファーデンの眼前に突き立てると、少しの確信を持ちながらいつもの様に問い掛ける。


「賢いだろうお前に問うてやろう。私に全てのスキルを渡して楽に死ぬか、それとも渡さずに苦しみながら死ぬか……。さあ、選べ」


「……ギ、ギギィィ、ィィィッ」


「安心しろ。お前が生きていた証を、お前の全てを……私が連れて行ってやろう。お前は私の一部になるんだ」


「……ギギィィ」


 クラウンがシュピンネギフトファーデンの額にあたる箇所に手を置く。


 するとクラウンとシュピンネギフトファーデンとの間に魔力が繋がり、彼女から力の奔流が流れ込んで来る。


 どこか自分の魔力の質に似たようなものを感じたクラウンは、その事に少しだけ笑いながら魂に力が……スキルが定着して行くのを楽しんだ。


『確認しました。技術系スキル《大鎌術・初》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《大鎌術・熟》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《鞭術・熟》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《登攀術・熟》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《堕落裂きフォールンサイス》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《刈薙オーバーアウト》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《鎌鼬》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《猛毒打ちヴェノムウィップ》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《闇夜討ち》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《意識逸らし》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《罠隠し》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《心理解明》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《毒調合理解》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《毒調合心得》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《俊敏化ダッシュ》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《触覚強化》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《外骨格強化》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《再生力強化》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《牙強化》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《爪強化》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《毒腺強化》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《糸強化》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《危機感知》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《硬牙》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《鋭牙》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《堅殻》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《豪絲》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《猛毒精製》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《毒合成》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《致命の一撃》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《治癒不全》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《劇毒》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《麻痺耐性・小》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《睡眠耐性・中》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《恐慌耐性・小》を獲得しました』


『重複したスキルを熟練度へ加算しました』


「……ふふっ」


 クラウンは槍先で、そのままシュピンネギフトファーデンの頭部を貫いた。


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