第二章:嬉々として連戦-10
「……終わった?」
そう言って物陰から顔を出したのはティール。最初の作戦では安全の為に私の側に置いておくつもりでいたが、奴が思いの外私に目を付ける機会が多かったせいで守ってやれる余裕が無くなった。
なんとか私への猛攻が止んで二人の魔術に気を取られている間にテレポーテーションで物陰に転移させたのだが……。
「ここまで苦戦するならば最初から物陰に居てもらうんだったな……。判断を誤った」
最初のヒルシュフェルスホルンが割と手応えが無かった事で油断に繋がってしまったな……。
「……クラウンさん」
やはり草食と肉食の違いやシュピンネギフトファーデンの能力を過小評価していたのがマズかった。次の相手にはこんな体たらくは……、
「……クラウンさん?」
「……ん? ああすまない……」
「お疲れの様ですね」
「ふふっ、そうだな……。さっさと諸々を片付けて少し遅めの昼食を作って今日はもう終わりにしてしまおう」
「はい。……何かお手伝い出来る事は?」
「そうだな……。嫌じゃなければ奴の飛び散った外骨格の欠片を……、」
「……」
「……先に君とユウナを野営地に転移させるから、休んだ後にカーラットと昼食の準備を進めておいてくれ」
「はい。分かりました」
ロリーナの返事を聞き、最早ヘロヘロで立つのもやっとなユウナをなんとか起こし、二人をテレポーテーションで野営地に送った。
「えっ!? 俺はっ!?」
「お前は体力もまだ有り余ってるし、蜘蛛だって平気だろ?奴の外骨格の欠片を拾い集めてくれ。小さ過ぎるのは構わん」
「お、おぉ……」
ティールは渋々私に言い渡されたように周辺に飛び散っているシュピンネギフトファーデンの欠片を拾い集め始める。
本心を言えば細かいのも満遍なく拾い集めたいという思いはあるが、屋外でそれをやるのはかなり厳しいだろう。口惜しいが致し方無い。
「さて。私は……」
私はシュピンネギフトファーデンの本体を回収するべく大口のポケットディメンションを開き、丸ごと暗黒へ放り込む。
それから……、
「魔力溜まりは洞穴の奥か……」
少し面倒だな……。と、そう内心で呟いていると、
『この場から回収する事は出来ないのですか?』
今まで隠れていた大精霊が私の下まで漂い、そんな問いを投げ掛けてくる。
「洞穴自体は深く無いが、流石に距離がある。確実性を求めたいなら直接中から回収した方がいい」
『成る程。もう向かわれますか?』
「いや。さっき矢で射った子蜘蛛の死体を出来る限り回収する。小さくとも魔物に違いないからな」
魔物の死体が放置される事で新たな魔力溜まりになる可能性や死体を食べた野生動物が新たな魔物へ覚醒する懸念。また既存の魔物が更に力を付けるなんて事もあったりする。
まあ魔物の素材にはそれなりの価値が付くから滅多に起きる事じゃないが。魔力溜まりを解決しにやって来ているのにその可能性を残すような本末転倒は起こす程能無しじゃない。
「おいティールっ。まだ掛かりそうか?」
「ん? ああ……もう終わるけど」
「そうか。なら今度は子蜘蛛を回収しに行くぞ。それが終わったら洞穴に入る」
「は、えっ? ほ、洞穴入るのか……?」
「魔力溜まりが中なんだ、致し方無いだろう。それとも洞穴が怖いか?」
「いやいやっ!! 普通に怖いわっ!!」
そこはせめて多少誤魔化すなりして強がって見せてもいいと思うんだがな……。ふむ。まあいい。
「ならこの場で待つか? 魔物が巣食うような何が起きても不思議じゃない森で一人寂しく……、」
「わ、分かった行くよ行くっ!! こんな死体と腐臭だらけの場所で待ってられるかっ!!」
「そうか? なら取り敢えずは奴等が来た向こうから回収するか。付いて来い。シセラも休んでないで手伝うんだぞ」
「あ……はい」
その後ティールと大精霊、二連戦で疲労困憊のシセラを伴い、子蜘蛛の回収に森の中へ向かう。
十数メートル程歩いていると、私の矢の最後の犠牲者である子蜘蛛が地面に転がっているのを見付け、さっさとポケットディメンションに回収する。
私が捉えたのは全部で十三体。姿を消し奇襲を仕掛けて来ようとしたリーダー格のが一匹に、ロリーナとユウナの魔術で二体。ユウナの魔術により潰されたのが四体に、私が矢で射ったのが六体。これで十三体だ。
「……なあ、本当にこんなの必要なのかよ」
そう言いながらティールが最後の一体を摘み上げながら怪訝な表情で文句を垂れる。その一体は私が一番最初に打ち抜いた個体であり、頭から腹部まで貫通されていた。
まあ確かに成虫を回収した今、子蜘蛛の死骸の使い道は余り無いだろう。
外骨格は当然、糸や毒といった有用な物は軒並み成虫の方が効果も質も高い上、全体的な量を見ても成虫一体分で子蜘蛛数十体分はある。
それだけを見ればわざわざ子蜘蛛の死骸をこうして律儀に集めるなんて面倒な事をする必要は感じられないが……、
「良い金になるぞ。外骨格は加工すれば服飾品やその部品になるし、糸なんてそれこそ丈夫で質の良い服に使える。成虫じゃ強過ぎる毒も、子蜘蛛程度の毒なら使い方次第じゃ立派な薬品だ。加工して市場に流せばそれなりの額になるだろうな」
「お、おぉ……。そう言われたら途端にコイツ等が金が詰まった革袋に思えてくるな……」
「だろう? お前にも駄賃としてそこそこ渡してやるからもっと張り切れ。次は洞穴の中だ。私の魔術で黒焦げになっているだろうが、無事な奴を幾つか回収するぞ」
「おう、任せろっ!!」
そこから私達は踵を返して成虫と一戦交えた場所まで戻り、洞穴内部へ脚を踏み入れる。
中は当然灯りなど無く、数メートル先は足元すら見えない暗闇だ。
私は《暗視》で昼間の様に明るく見えるが、ティールなんかはそうじゃない。現に今も少し歩いただけで足元に突き出した数センチの岩に足を取られ転びそうになっている。
「お、おいクラウン……」
「ああ。分かっている」
ティールの情けない声が聞こえると同時にポケットディメンションを開き、中から念の為にと買っておいた
「私の魔力が尽きない限りは消えんから安心しろ」
「え……でもそれじゃあお前の魔力が減り続けるんじゃ……」
「その程度の火を維持するのにそこまで魔力は使わんよ。それに洞穴を時間を掛けて往復する程度で枯れたりせん」
「へぇー。流石魔王……」
まったく、適当な事を言ってからに……。まあいい。
「ほら。そこに一体転がってるぞ」
私は目端に映った黒い影を指差してティールに教える。それを受けティールは不承不承にその影の元に向かい、摘み上げた。
「うわぁ。真っ黒焦げだな……。流石にこれは……、」
「ああ。流石に使えんな。詮無いことだが、勿体無い……」
成体にダメージを与え、数十体の子蜘蛛を一網打尽にする為とはいえ、もう少し火力に手加減を加えるべきだったかもしれないな。
ティールから黒焦げになった子蜘蛛を受け取り念の為魔力が残留していないかを簡単に調べる。しかしそんな死骸からは最早魔力は感じられず、辺りに霧散してしまった事を表していた。
「もう魔力は逃げている……穴を掘って埋めてしまうか」
「え、わざわざ埋めんの? 面倒じゃね?」
「私が奪った命だ。思惑が無い限りは最低限は丁重に扱う」
「ふーん……」
「……しかしな。やはり勿体無い」
《結晶習得》を使えばもしかしたら何かしらのスキルを会得出来るかもしれない。が、遺体や死骸に対しての発動は尋常じゃなく効率もコストも悪い。明日また魔物を倒す予定なのに余計な魔力を使うのはな……。
しかしだからといって他に何かあるか?
私のスキルで何か……。
…………あ。
私は手にある子蜘蛛をじっと眺める。
真っ黒に焦げてはいるが、持っても崩れたりしないという事は完全に中までは炭になっていないという事。加えて言えば私の魔術の火力は並の炎より何倍も高温だ。まず生である事はないだろう。つまりは……。
……どれどれ。
私は子蜘蛛を口に運び
「はあっ!? ちょっとお前何してんの急にッ!?」
ティールの慌てた声を無視し、そのまま咀嚼し続ける。
ふむ。外は焦げていて少し苦いが香ばしく、外骨格がいい感じにバリバリと小気味良い食感で噛んでいて楽しい。更には中の内臓なんかもクセはあるがクリーミーでトロけるようだ。
毒腺から毒が滲んで来るが、毒に耐性を持つ私にとっては子蜘蛛程度の毒などちょっとした香辛料に近い。その風味も相まって──
「中々どうして悪くない。というか旨いな……」
「はあッ!? そんなのがかッ!?」
「いや。私だから食えるだけだ。《暴食》とその内包スキルの権能で、事〝食べる〟という行為に関しては最早無敵だからな。多分だがお前とかが食ったら体調崩すか、最悪死ぬな」
「……いや、もう訳わかんねぇよ。食べるって発想が出てくる事が若干もう怖いわ」
「私だって無かったさ。ただまあ、思い付いて、しかも躊躇なく実行出来てしまったのは、確実に《暴食》の影響だろうがな」
やはり大罪系スキルの影響力は大きい。かつての私なら絶対思い付かなかった所業だ。おまけに自覚し難いと来てる……。
今にして思えばあの改造魔物の肉だってそうだ。見た目まんまダイオウグソクムシを凶悪にしたようなあの外見の魔物を食べてみるなんて発想が最早普通では無かったんじゃないか?
ふむ……。これは少し気を引き締めなきゃならんかもな……。
まあ何はともあれ……。
私は食べ掛けの子蜘蛛をバリバリと噛み砕きながら口に放り込み、さっさと嚥下して軽く一息付く。
「取り敢えず食えたわけだし。黒焦げのやつは埋めるんじゃなく私が全て食べてしまう事にしよう」
「うわっ。マジかよ……」
「お前がいくらドン引きしようがもう決めた。ほら、行くぞ」
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『……あのう』
「えっ。お、俺?」
『はい。……蜘蛛を食べるというのは、それ程までに忌避されるような事なのですか?』
「う、うーん。まあ、一般的にはそうだろうな」
『一般的?』
「うん。常識的……の方が近いか?まあ何にせよ普通は食わないよあんなデカイ蜘蛛。気持ち悪い」
『気持ち悪い……。ですか』
「まあ、精霊には分かんないかな。俺達みたいに食事しないだろうし」
『……成る程。つまりはあの方が普通ではないと?』
「普通なワケないだろあんな超人。その内絶対後世まで名前が残るような事しでかすぞアイツ……。まあ良い意味か悪い意味かは分からんが」
『そう……ですか』
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それからは洞穴内を子蜘蛛の死骸を回収しながら進み、十数分という時間を掛けて漸く洞穴の奥にある少し開けた空間に辿り着く。
その空間はドーム状になっており、高さは約十メートル程。あのシュピンネギフトファーデンがゆったり出来るだけの丁度良い空間になっていた。
そんな丁度良い空間内は天井やら壁やらに無数の焦げ跡と焼き切られた糸が残留しており、天井隅には数メートルはある糸の塊……恐らくはシュピンネギフトファーデンの成虫が産んだ蛹や卵だった物が真っ黒になって張り付いている。
「……随分と都合の良い洞穴だな」
「え? 何がだ?」
「いや、なんでもない。それよりお前は子蜘蛛の回収を続けてくれ。私は魔力溜まりを回収してしまう」
「──? おう分かった」
ティールの返事を聞き、私はヒルシュフェルスホルンの時同様に《収縮結晶化》を発動させる。
「ふむ。洞穴だからか濃度が高いな。オマケに子蜘蛛から霧散した魔力の分、さっきの時より多い。僥倖僥倖──ん?」
魔力を回収している最中、ふと視界の端に違和感を覚える。
洞穴の一番奥の壁でティールが持っている松明の明かりに反射して妖しく煌めき、洞穴内部のどの岩とも違う威容を放っていた。
「……」
私はそれに多少の警戒心を念の為に抱きながら歩み寄り、近くまで来てから《炎魔法》で指先に火を灯しその全容を確認した。
「……鉱石か?」
そこにあったのは薄紫色の光沢が岩肌から僅かに露出した金属質の物体。鉱石や金属に関しては素人である私には見ただけで何かは分からないが、それが何かしらの鉱物であるのは間違いないと分かる。
「ほう。どれどれ……」
私は興味が唆られるまま《精霊魔法》で岩肌を退けていき、鉱石部分だけを取り出す。それは断層状に何層にも薄紫色の薄い板が重なったようなそれは美しい鉱石。
見ているだけで吸い込まれそうな不思議な魅力を放つその鉱石に、私は《究明の導き》で詳細を調べた。すると──
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アイテム名:魔道晶石
種別:鉱石
希少価値:★★★☆☆
概要:高濃度の魔力に長時間曝された鉱物が変異した物。通常の鉱物より魔力の伝導率が高く、この鉱物を素材にした武器や防具に手が馴染み易くなる。
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「……ほほぉう」
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