第二章:嬉々として連戦-11

 

「ん? なんかあったのか?」


 私が鉱石を手に唸っていると、それに気が付いたティールが中々の量の黒焦げの子蜘蛛と松明を抱えてこちらに来る。


「ああ。ちょっと面白い物がな」


 ポケットディメンションを開き、そこに抱えている子蜘蛛を入れて貰ってから手に持つ鉱石をティールに渡す。


「ほえー……。また綺麗な石だな」


「ああ。魔力の伝導率が良いらしくてな。武器の素材に打って付けだ」


「ん? どういう事だ?」


「これは懇意にしている鍛治師に聞いたんだが……。武器や防具、仕事道具なんかを使っていて手に馴染むって感覚があるだろ?あれは私達使い手が無意識に魔力を武器や道具に流しているから起きる現象らしい」


「へー……。つまりはぁ……」


「そいつを使った武器や道具は通常よりも手に馴染み易い」


「え、良いなそれっ!」


「ん? 随分と反応が良いな」


 説明しておいて何だが、ティールはてっきりこういった話には余り興味がないものと思っていたんだがな。


「ああー……。俺ぇ、彫刻作るの好きじゃん?」


「そうだな。《地魔法》で器用に精密な物を拵えてたな」


 初対面の頃、私とロリーナの彫刻を数分足らずで作っていたな。まあ《地魔法》で作っていたからあの後ティールが魔力供給を断って魔力として霧散してしまったからもう残っていないんだが。


 正直な話、今の私でもあのレベルの精巧な彫刻は作れないだろう。スキルでは表せないようなセンスなのか、はたまたコイツが私の知らないようなスキルを持っているのか……。


 ふむ。後で探りでも入れてみるか。


「ああ。だけどやっぱ魔法で作ると消えちまうからさぁ……。木彫りとか石膏とかでもたまに作るんだよ。んで作るには当然道具がいるわけで……」


「成る程。それで長持ちする道具に魅力を感じると……。だがお前だって男爵家の人間だろ? 余程の貧乏貴族でない限りその程度の道具なら揃えられるだろ?」


「う、うーん……。まあウチにも色々あるんだよ色々」


「なんだ色々とは」


「こ、こんな場所で話す事じゃねぇよっ!」


「そうか。なら今夜にでも教えろ」


「え……。な、なんで?」


「言ってなかったか? 私はお前の作る彫刻に興味があるんだよ」


「え、え?」


「リアリティを追求した造形、細部まで作り込む拘り、まるで生きているかのような躍動感……。全てが私好みだ」


「お、おう……。なんか照れるな……」


「実を言えば余裕が出来たらお前に彫刻作りを頼みたいと前々から考えていてな。その為ならば協力は惜しまんつもりだ」


「ま、マジかっ!?」


「そうだ。だからそこら辺の事情を後で教えろ。問題があるんなら一緒に解決する事も考えてやる」


「わ、分かった……。なら今夜な、今夜」


「ああ……。よし、そうと決まればこの鉱石を取り尽くしてしまおう。私の分と……お前の分だ」


「良いのかっ!?」


「協力は惜しまんと言ったろ? これは私からの先行投資だ。有り難く受け取れよ?」


「おおっ!! ありがとうなっ!!」


 それから私は《精霊魔法》で洞穴の壁を掘り抜いていき、魔道晶石をどんどん取り出していく。


 と言ってもそこまで量は無かったようで、取れたのは精々が両手に抱えられる程度。ギリギリ二人分といった所だろうか。


 その間ティールは辺りに散らばる黒焦げ子蜘蛛を今まで以上の速さで回収していっている。私が彫刻関連で協力すると言ったからテンションが上がったのだろうな。


 まあ、やる気になってくれて何よりだ。


 その後魔道晶石をあらかた掘り尽くし、ティールが洞穴内に散乱していた子蜘蛛を全て回収し終えた頃、丁度発動していた《収縮結晶化》による魔力の回収も完了。


 これにより結晶化するまで残り約五分の二強。濃度や量が多かったお陰で予定よりは多く貯まってくれている。この分だと確実に残りの魔力溜まりで満タンになるだろう。ふふっ。楽しみだ……。


「ああ……疲れたぁぁ」


「よし。私達も野営地に戻ろう。お前はどうする?」


『わたくしは一度コロニーに戻ります』


「そうか。ならば明日の朝またコロニーに向かう。その時にはまた案内をよろしく頼む」


『はい。了解しました』






「お帰りなさい」


「あ、お帰りなさいっ!」


「お帰りなさいませ」


 私とティールがテレポーテーションで馬車が止まりロリーナ達が居る野営地に転移し、ロリーナ、ユウナ、カーラットの三人が出迎えてくれる。


「ああ。ただいま」


「ただいまぁ……」


「昼食の準備はもう済んでいます。さあ、早く食べましょう」


 それから私達はテーブルを囲って昼食を摂った。


 ロリーナ達が用意してくれたのはシチューとパン、それにサラダである。


 シチューにはじゃがいも、人参、ブロッコリーと野菜がゴロゴロ入っており、豚肉なんかも大きくカットされていて嬉しい。


 パンに付けて食べるとシチューのクリーミーな風味とパンの香りが口に広がり鼻を抜けて更に旨い。


 先に子蜘蛛を食べて食欲が刺激されたのもあって鍋一杯に作ってあったシチューをついつい全て平らげてしまった。


「凄いですね。二日分は作り置きしたつもりだったんですけど……」


「ああすまん、つい旨くてな……。お詫びというわけではないが、今夜は旨いものを作るよ」


「そんなお詫びだなんて……。美味しかったのなら良かったです」


 と、そんな会話をロリーナとしていると、側から二回手を叩く音がしてそちらを振り向く。


 そこには眉を潜めるティールと苦笑いするユウナ、微笑みをたたえるカーラットが私達を凝視していた。


「……なんだ?」


「なんだってお前なぁ……。人前で臆面もなく夫婦みたいなやり取りしてるんじゃないよまったく……」


「夫婦ってなんだ夫婦って……。私は単に素直な感想をだな──」


「はいはいっ。とにかく片付けだ片付けっ!」


 そう言ってティールは椅子から立ち上がると率先して空いた皿を片付け始め、それに倣ってユウナとカーラットも食器などを片付け始める。


 なんなんだまったく……。ユウナやカーラットは兎も角、ティールに関してはそんな率先して雑用やるタイプじゃないだろうに。


「……私達も片付けてしまいましょう」


「ん? ああ……そうだな」


 その後食器やら洗い物やらを済ませ、各々好きな事をやって過ごした。


 カーラットはこの場で出来る仕事を済ませるそうでテーブルの上で何やら書きものに勤しんでいる。


 ユウナはいつものように読書に没頭。帝都で買った本を片手に同じく帝都で買ったコーヒー豆を挽いたコーヒーを飲んで至福のひと時を過ごしていた。


 ティールは昼食が終わって直ぐにテントに篭り、彫刻を彫るのだそうだ。私に協力を惜しまないと言われた事で何やらやる気が収まらない事と、魔物の姿にインスピレーションが感化されたと言っていた。後程見せてもらうとしよう。


 ロリーナ、そして私は魔法の訓練である。森に囲まれたこの場では派手な魔法は使えないが、精密なコントロールの反復練習なんかは可能だ。


 と言ってもロリーナはそこら辺はもうこなれたもので、私が教えるとすれば最近頑張っている《光魔法》だろう。


 基本的には《闇魔法》とある意味では似ている。


「《光魔法》は《闇魔法》と同じで制御を外れてしまえば際限なく光が溢れる危険な魔法だ。そして《光魔法》は《闇魔法》とは性質が逆……《闇魔法》は塗り潰すが、《光魔法》は押し除ける性質を持っている」


「はい。存じています。故にクラウンさんが以前闇魔法を訓練していた際にやった《空間魔法》で隔離してやる練習が出来ない……とキャピタレウス様が」


 そう。《空間魔法》の隔離空間はそのままの意味で限定された空間を隔離する魔術だ。その為塗り潰す性質を持つ《闇魔法》であれば隔離した空間内で解決出来る。


 しかし押し除ける性質を持つ《光魔法》を隔離空間に入れてしまうと、その性質上空間を押し除けてしまい隔離空間が保たないのだ。


「ああ。だから《光魔法》を訓練する場合は外でやるか広い屋内でやるのが一番だ」


「はい。ですがキャピタレウス様との訓練では《光魔法》の押し除けを抑制するスキルアイテムを使っていました。クラウン様もそれを?」


 師匠そんなものを使っていたのか……。師匠の持ち物ならばきっと高級品なんだろうな。しかし私は──


「いや、持っていない。だから少し強行手段を取る」


「強行手段……ですか?」


「ああ。まあ見ていなさい」


 私はロリーナに背を向けて誰もいない場所に向かって手をかざす。そしてそこに《闇魔法》を発動。直径一メートル程の闇の穴を作り出す。


「それ……ですか?」


「ああ。この穴に《光魔法》を使うんだ」


 この訓練方法はロリーナの《光魔法》の訓練になるだけでなく、私の《闇魔法》の訓練にも繋がる。基礎五属性の魔法と違い、習得していても中位魔法には不安が残るからな。使える時には使っておきたい。


「……成る程。相殺するわけですね」


「そうだ。この中ならお互いの性質が殺し合って被害が出難い。まあ、私の《闇魔法》の制御次第だが……なんとかしよう。では早速」


「はい。いきますっ」


 それからは数時間程訓練を続けた。


 ロリーナはやはりセンスが良い。元々光魔法の素質があったのもあるだろうが、その制御の繊細さや緻密さは目を見張るものがある。


 なんと言えばいいだろうか……。次々に穴が空いていく水風船の穴を一つずつ正確に、しっかり塞いでいき、更には中の水を増やして行くような……。そんな地道で根気がいる作業を顔色一つ変えず淡々と熟している。これは誰にでも出来る事ではない。


 この調子なら明日からは私の《闇魔法》を少しずつ弱めていっても問題はないだろうな。それがこなせれば次は逆に強くして《光魔法》の制御を難しくする……。そんな予定でいこう。


 その後訓練に一段落を付けた私は夕食まで休憩を入れる事にした。ロリーナには一旦そのまま休ませる事にして、私は夕食の準備がてら一つ用事を済ませる事にした。


「少しテレポーテーションで街に行って用事を済ませて来る」


「用事……今からですか?」


「ああ。今日回収した魔物を魔物討伐ギルドで今の内に解体して貰うつもりでいる。解体には時間が掛かるからな。時間の節約だ。それに……」


「それに?」


「君等に美味いものを食わせてやると言ったろう?解体依頼ついでにヒルシュフェルスホルンの肉を少し貰って来る。今日はそいつで焼肉パーティーだ」


「それは……。良いですね。力が付きそうです」


「だろ? それじゃあ行ってくる」


「はい。いってらっしゃい」






「……また大きな物を持ち込みましたね。改造魔物の解体が漸く終わったばかりなのですが……」


 そう愚痴を零すのはパージンの魔物討伐ギルド「黄色の熊爪」のギルドマスターであるウィンチェスター。その目の下には隈が出来、疲労の色が色濃く顔に出ている。


「コイツはシュピンネギフトファーデンという蜘蛛の魔物です。今日はコイツとその子蜘蛛の解体を依頼しに来ました」


「それは構いませんが……。改造魔物の解体に専念していたのでギルドマスターとしての職務が溜まってしまっているのですよ……。ですのでコチラの解体はその後になりますが……」


「それは構まいません。次に来るまで少し時間が掛かりますから」


「左様ですか。ではまずはこの魔物の依頼書製作と、解体済みの改造魔物の受け渡しからやりましょうか……」


「はい。よろしくお願いします」





「魔物討伐ギルド「黒尾の豹牙」にようこそいらっしゃいました。ご新規様ですか?」


 そう訊ねて来たのはギルド職員の制服に身を包む二十代半ば程に見える女性。


 ここは帝都ヴィルヘルムにある魔物討伐ギルド「黒尾の豹牙」。私は今そこの受付に居る。帝国の首都なだけあって帝都にあるこの「黒尾の豹牙」の建物はかなりデカい。


 前世の日本にある国会議事堂を彷彿とさせるその威容は、ティリーザラ王国の王都にある冒険者ギルドと魔物討伐ギルドが合体している建物をでさえ圧倒するだろう。


 そんな「黒尾の豹牙」にて、私はヒルシュフェルスホルンの解体を依頼しに来たのだ。


「はい。今日は魔物を狩って来たのでその解体をお願いしたいのです」


「……大変失礼なのですが、それは貴方様が狩って来た……という事で宜しいですか?」


「ええ」


「……少々お待ちください」


 と、そう言ってギルド職員が席を立ち、奥へ消えてしまった。


 そしてそれから暫く待っていると──


「おう貴様か? 魔物ぶっ倒したっつう身綺麗な坊ちゃんってのは? ああ?」


 眼帯を付けたスキンヘッドのガタイの良いオッサンが、鋭い睨みを利かせて威圧して来た。


 ……はあ……。面倒臭い予感がする……。

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