第二章:嬉々として連戦-12

 

 男の見た目を表すならばまさに豪傑と言って差し支えないだろう。


 スキンヘッドには無数の傷跡が見て取れ、その内の一つは真っ直ぐ顔面に降り、片目を覆う眼帯の下を通り頬にまで到達している。


 彫りの深い顔から覗く右目はまるで野生の狼を彷彿とさせる眼光を放っており、下手な兵士程度なら一睨みで萎縮させる事が出来る。


 身体全体に纏う筋肉の鎧は、その上に着ている着崩したギルド職員の制服をハチ切らんばかりに隆起し、その捲られた袖から覗く丸太のような太さの腕は女子供のみならず成人男性の腕すら棒切れを折るように容易くへし折れてしまいそうだ。


 私はそんな筋骨隆々のこの男に、露骨な笑顔でもって言葉を返す。


「はい。私が魔物を狩ってきました。確認をお願いします」


「……ほぉう。俺の見た目に一切怯みもしねぇか。余程の鈍感か世間知らず……はたまた本物の強者か……。さてどれだろうなぁ?」


 男が私の言葉を無視してそうニヤけながら私を上から下まで舐めるように見ていると、奥からは先程の女性ギルド職員が困った顔をして現れる。


「主任。一応お客様には変わりないのですから、どうか丁重に……」


「ん? そいつはそうだが、お前が言ったんだろ? 「真偽の見極めをお願いします」ってよ」


「そうは言いましたが、だからと言ってそんな不躾な……」


「ふんッ!! 例えコイツがホラ吹きだろうが本物の強者だろうが俺の態度に変わりはねぇよッ。お前も分かってんだろッ」


「それはそうですが……」


「…………」


 ……チッ。


 私は《威圧》を発動。それと一瞬だけ《恐慌のオーラ》を乗せて目の前の馬鹿共にぶつける。


「──ッ!?」


「ひぃっ!!?」


 二人はそんな反応をして漸く私に注目する。


 まったく。客である私を無視してベラベラとくだらん御託をいつまでも……。


「私は。解体を。依頼しに。来たのですが?」


「お、おお……。おい」


「す、直ぐに書類を用意致しますっっ!!」


 女性ギルド職員はそのまま三度受付の奥へ消えていき、この場には男のギルド職員だけが残った。


 そして私を訝しんだ目で見ながら、


「貴様……今のは《威圧》か? それもかなり熟練度の高い……」


「はい。まあ、本気じゃありませんが」


 今の私が本気で《威圧》を使ったらこの男は兎も角あの女性ギルド職員は下手をすれば職務放棄して逃げ出すかもしれんからな。多少、手心は加えた。


「ほう。なら──」


 ギルド職員の男はそう言って受付の机に肘を付け、コチラに手を差し出して来る。これは──


「腕相撲……ですか?」


「おう。俺に対し善戦出来りゃ、俺の責任で貴様の依頼を俺自らが受けてやろう。解体係主任の俺直々にな」


「……さっきから聞いていれば──」


 私は男と同じようにテーブルに肘を付け男の手を握り、男の目を真っ直ぐ見据える。


「随分と自分を過大評価しているのですね」


「そりゃ、俺には自他共に認める信頼と実績があるからな。でなきゃギルドでデカい顔に出来ねぇだろ?」


「……そうですか。なら──」


 《強力化パワー》、《剛力化ストレングス》を発動。


「取り敢えずそのプライドをへし折る所から始めましょうか」


「何? ──うおッ!!?」


 私はそのままテーブルを叩き壊すつもりで相手側に向かって男の手を押し込む。


 すると男は腕から変に軋んだ痛々しい音を立てながらテーブルに接触する直前で手を持ち堪えさせ、ギリギリで秒殺は免れる。


「て、テメェ……」


「これはこれは。私は今の一瞬でケリを着けるつもりだったんですけどね。中々どうして剛腕でいらっしゃる。ですがここから巻き返せますか?」


「なぁ、めんなぁぁぁッッ!!」


 男はそう叫んで今まで以上に力を込めて私側に手を押し込もうとするが、多少上下するだけで趨勢は一切変わらない。


「なッ……んでだッ!?」


「ふぅん……ん?」


 ふと周りを見てみれば、ギルド職員や依頼に来ていた他の客が私達の腕相撲に注目しており、騒つきがそこかしこから聞こえ来る。


「お、おいっ……。カメロン主任が腕相撲で押されてるぞっ!?」


「うわマジかよ……。あの「豪傑の猛獣」で恐れられたカメロン主任が……。しかもあんなヒョロそうなのに……」


「主任あんなに頭まで真っ赤にして青筋まで浮かんでんのに……。何者なんだあの客……」


「しかもおいっ! あの客コッチ観察してるぞっ!! なんであの状態でそんな余裕かませるんだっ!?」


 ああ。なんか煩くなって来たな。これ以上長引かせるのは得策じゃないか。しょうがない。


「じゃあ。終わらせますよ」


「は、はぁッ!?」


 私はそのままゆっくりゆっくりカメロンと呼ばれていたギルド職員の男の手をテーブルに向かって押し込んで行く。


 カメロンはそれをなんとか食い止めようと今まで以上に手に力を込めてそれを防ごうとするが、そんな物は意味を成さない。一分後には虚しく、カメロンの手はテーブルに触れた。


「はい。お疲れ様でした」


「ぐぁぁぁぁぁ……。畜生ぉぉ……」


 そのままカメロンは腕をもう片方の手で抑えながらテーブルに項垂れる。


「しゅ、主任が……負けたっ……」


「いやまあ、あそこまで追い込まれて逆転出来るとは思ってなかったが……。まさかカメロン主任が……」


 私の勝利に騒つきが更に増していく中、奥から書類を抱えた女性ギルド職員が小走りで現れ、目の前で項垂れるカメロンを見て驚愕する。


「えっ!? しゅ、主任っ! 一体どうしたんですかっ!!」


 そして周囲の異変も感じ取り、辺りをぐるりと見回し、最終的に私に目が止まる。


「な、何をやったんですかっ!!」


 いや。私はただ腕相撲に挑まれて勝っただけなんだけどな……。まるで重大犯罪人に問い質すような剣幕じゃないか。そんなに私は悪人面か?


 と、そんな事を適当に考えていると、項垂れたままだったカメロンが女性ギルド職員を手を翳して制止させ、ヨロヨロと力なく立ち上がる。


「な、なんでもねぇんだ……なんでも」


「なんでもなくありませんっ!! 主任が先程の様に追い詰められている姿なんて見た事無いんですよっ!?」


「うぐっ……。追い詰められて、と来たか……。だがまあ間違っちゃいねぇ。俺はコイツを甘く見過ぎた。そんで手痛いしっぺ返しを食らったんだよ」


「それは……どういう……」


「詳しくは後だ。ほら、書類寄越せ」


 カメロンはそう言って女性ギルド職員が抱えていた書類を半ば強引に受け取り、パラパラと大雑把に捲った後、その書類と羽ペンを私に差し出して来る。


「書類は揃ってる。ここに必要な事を書きな。それと念の為身元を保証出来るもんを提示しろ。そうしたら俺が貴様の保証人になってやる」


「よ、宜しいのですか主任っ!?」


「俺自身が決めた事だ。誰にも口は挟ませねぇよ。それよりお前は周りの職員やら客やらを散らして来い。居心地悪いったらありゃしない」


「……わかり、ました」


 女性ギルド職員はカメロンの言葉に納得がいかないという表情をするもそれに頷き、受付を出て野次馬を散らしに行った。


「はあ……やれやれ。貴様のせいで俺の揺るがなかった威厳が台無しだぜまったく」


「そんな事私の知った事じゃありませんよ。はい、身分証です」


 そう言って私は魔法魔術学院の学生証と師匠から貰っている直筆の課外学習許可証をカメロンに手渡す。


「貴様これ……。ティリーザラ王国で一番デッケェ学校の学生証じゃねぇかっ!! そんでコイツは……。フラクタル……キャピタレウスっ!? あ、あの元勇者のかっ!?」


 おお、なんだ知っているのか。まあ、知らなかったら知らなかったで構わなかったんだが。それにしても随分と良いリアクションをしてくれる。私を見る目も変わって来ているな。


「真偽はお任せしますが、本物なので意味は無いと思いますよ」


「い、いや疑いやしねぇが……。少なくとも貴様が只者じゃねぇのは理解した」


「それは良かったです」


 適当に喋りながら書類に羽ペンを走らせ、数分程で書き終わる。


「終わりました」


「おう。確認する……」


 はあ……。これで漸く解体を頼める。


「…………おい貴様」


「……今度はなんです」


「解体する獲物の詳細に「ヒルシュフェルスホルン(十メートル級)」と書かれてるが……」


「──? 何か問題でも?」


「馬鹿言えっ! ここ十数年ヒルシュフェルスホルンの目撃情報は一切無かったんだぞっ!? それも十メートル級って……。完全に成体じゃねぇかッ!! 第一そんなデカブツ一体どこにあるってんだッ!!」


 まったく至近距離でギャンギャンと煩い奴だな……。唾がこっちまで飛んで来る勢いだぞ。


「百聞は一見に如かずと言います。取り敢えず解体場に案内して下さい。そこに出しますから」


「あぁ? 出しますだぁあ?」






「……ま、マジか」


「お、俺ヒルシュフェルスホルンの成体なんて初めて見ましたよ主任……。凄いっすね……」


「しかも首を両断って……。何者なんですかあのお客さん」


 解体主任であるカメロンとその部下数名が私がポケットディメンションから取り出したヒルシュフェルスホルンの死骸と私を交互に見回して唖然としている。どうやら頭の整理を付けている真っ最中のようだが……。


「それと予め抜いておいた血です。大体五樽と少しですね。これは値が付くかは不明ですけど、付かないならば止めておきます」


「お、おう……」


「はあ……。初対面の時の勢いはどうしたんですか?私はさっさとコイツの素材の配分を話し合って一塊り程の肉だけ一旦頂いて帰りたいのですが」


「あ、ああスマネェ……。ちょいと混乱しちまった……。そんじゃ早速配分を決めちまうか」


 カメロンがそう言って指を鳴らすと、部下の一人がハッとした表情をしてそそくさと依頼書と羽ペンを取り出しカメロンに準備完了と頷いて合図をする。


「よし。そっちの言い分を聞こうじゃないか」


「はい。ではまず──」






 一時間程素材の配分についてカメロンと話し合い、概ねの内容が決まった。


 まずは一番目立つ石角。あれだけの森を食い荒らしただけあってその品質はかなり上等で、硬度も密度も非常に高い。


 カメロンには片方だけで良いから売ってくれと言われたが、残念ながら武器の素材に使えそうな角や骨を売るつもりは更々ない。そこは断固としてお断りした。


 次にその全身を覆う毛皮。戦闘中はなるべく毛皮を駄目にしないよう低温の紫炎でケリをつけるやり方をしたお陰で傷自体は少ない。


 毛皮の質自体も森の栄養の賜物か毛艶が良く、浮かぶ模様も美しい。また非常に高い保温性を有していて衣服に使うには最適だ。


 この毛皮に関しては全体の半分を私が確保し、後は売却する。それもなるべく傷が少なく毛艶や模様がより美しく際立った箇所を選別した。


 その次に肉。脂肪分が少なく、綺麗な赤身の肉は高タンパクで鉄分の含有量が多い事を表している。見ているだけで腹が空いてくるようだ。


 肉は取り敢えず今日の夕食分の大きな一塊を切り分けて貰い、残りの七割を私、三割を売却する事にした。


 次に内臓。内臓はどうやら漢方や薬品の材料にも出来るという話でかなり高額で取り引きがされるそうだ。特に年老いた貴族の滋養強壮目的や上流階級の女性の美容目的などが主流で、売りに出せばすぐに買い手が付くらしい。


 ……それと睾丸なんかは精力剤の材料として良く匿名の貴族が買付けに来るらしい。まあ、今の私には必要ないな。


 これは一部の内臓……心臓や肝臓や腎臓、舌などを貰い、後は売却。絶対美味いと思うが……ロリーナ達なら食えるか? ……後で聞くか。


 そして最後は魔石。カメロンによればこのヒルシュフェルスホルンはかなり長生きしているらしく、その内には魔石を宿しているだろうと言う。それも恐らく結構大きな。


 これも売ってくれと懇願されたが、そこは譲らない。魔石こそ武器を強化するのに必須な物だろう。丁重にお断りする。


「んーーっ……。よしっ! こんなもんだな。問題あるか?」


「いえ。とても有意義な話し合いだったと思います」


「そいつは良かった……。で、取り敢えず一塊だけだったな。ちょいと待ってな」


 カメロンはそう言うと腰にいた仕事道具一式の中から解体用のナイフを取り出し、そのまま見事な手捌きでヒルシュフェルスホルンのもも肉を捌いていき、あっという間に一ブロックを切り出した。


「ほれ、持ってけ」


「見事な手捌きですね」


 私はカメロンからブロックを受け取り、そのままポケットディメンションにしまい込む。


「貴様は俺をなんだと思ってんだ……。解体主任だぞ主任っ!!」


「はい。存じてますよ」


「ったく……。じゃあ解体料金は売却物からの差し引きで良いんだな?」


「はい。解体するのにどれほど掛かりますか?」


「そうだなぁ……。部下全員で丁寧にやるんなら二、三日程度あればなんとかなるだろう。時間優先にするか?」


「いえ。時間は掛かっても構わないのでなるべく丁寧にお願いします」


「了解した。それじゃあこれで依頼完了だ。他に無いよな?」


「ええ大丈夫です。では人を待たせているので、また後程」


「おう。気を付けてなっ」

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