第二章:嬉々として連戦-13
野営地に戻った私は早速持ち帰ったヒルシュフェルスホルンの肉を使って夕食を拵える。
メニューはシンプル、ステーキにしてみる。付け合わせに野菜を数点とスープ、パンをセットで調理する。
ステーキの味付けは塩と、先程帝都の露店で比較的安く売られていた胡椒でシンプルに仕上げた。まあ、胡椒の品質はあまり高くはなく、香りが弱いが、鹿肉の風味を活かすならこの程度の物が丁度良いとも感じる。
そうして出来上がったステーキをテーブルに置き、食卓を整えていく。
「うおぉ……。マジか、スゲェ美味そう……」
「匂いだけでもうお腹が……」
「……凄い分厚いのですね。食べ切れるでしょうか……」
各々の反応の元、自分の分のステーキを焼いていく。因みにこのステーキに関しては私の独断で調理している。
ステーキは私の好物であり、自分で言うのも何だが並々ならない拘りを持っている。故にこればかりはロリーナの手伝いは遠慮し、こうして肉に付きっきりで調理に勤しんでいるのだ。
焼き加減は勿論。火の温度や調理器具毎の熱の伝わり易さ、塩胡椒を振るタイミングまで事細かに事前に確認し、綿密に計算、計画してから完璧に焼き上げる。
そして全員分のステーキが並び、いざ実食と行こうとした時──
「坊ちゃん、私までよろしいのですか?」
そんな事をカーラットが申し訳なさそうに
「お前の分も用意した時点で察せないか?」
「いやしかし……。私は皆様と一緒に魔物を討ち取ったわけでは……」
「お前はこの野営地を守っていただろう?それは私がお前に任せた仕事だ。そして目の前のステーキはその報酬……。まだ何かあるか?」
「いえ……! そういう事ならば、頂きます」
「ああそうしろ」
そんな軽い一悶着もあり、今度こそ全員でステーキを食す。
フォークで肉を抑えナイフで一口大に切り分ける。その断面は美しいルビー色。肉汁が滴り野性的な香りが鼻腔を刺激し、味を夢想して食欲が一層刺激される。
そしてそれを頬張ると……。
……ああ。もうこれは……。
想像し得る最高の肉の味……。牛肉や豚肉なんかとは違う野性味の強い香りは全く嫌な物ではなく、寧ろ食べていながら更に食欲が増していくようだ。
適度に掛かった塩胡椒も相まって脂身の少ないサッパリした肉汁の旨味だけでなくほのかな甘味や香ばしさが私の中の期待値を容易に上回り、自然と口元が緩んでしまう。
肉の味に舌が慣れてきてしまったらリセットする意味もあるスープを味わい再び肉を口に含めば一口目の感動が蘇り更に手は早くなる。
時折肉汁を染み込ませたパンや付け合わせの野菜で味の変化も楽しみつつ、目の前のステーキはあっという間に消えていく。
ふふふっ。少し寂しくもあるが、肉はまだある。なんならこの後おかわりでも……ん?
じっくり鹿肉を堪能し過ぎて気付くのが遅れたが、何やら妙に周りが静かになっていた。他の皆がどんな反応で肉を食べているかをそれとなく確認すると……。
「「「「……….」」」」
……無言か。ふふっ。
皆が皆、無言のままひたすら肉を切り分け、次々に口に運んでいく。
その勢いは衰える事なく、見る見る内にステーキは小さくなっていく。
その光景だけで最早わざわざ美味いかどうかの感想を聞く必要は無いだろう。
さて、では私も目の前のご馳走に没頭しようではないか……。
その日の夜。今夜の寝ずの番も私が受け持っている。まあ、これは効率の問題だ。私達の中で誰が一番寝ずに戦力を維持出来るかを考えれば私しか居ない。まあ、眠りたいという欲求が無いでは無いのだがな。安全には変えられん。
そして今夜もまた、私は焚火を前に読書をして至福を堪能している。だが今日は少し、贅沢をしたくなった。
何かと言えば、今日洞穴で大量に拾い集めた丸焦げになったシュピンネギフトファーデンの子蜘蛛。それを肴に今世初の酒を楽しむつもりでいるのだ。
この国……まあ、今は帝国に居るが、王国では基本的に未成年の飲酒は一応法律で禁止はされている。前世の日本のように厳しくはなく割とガバガバではあるのだが、まあ違法は違法だ。
だが私は今年で十五を迎え、一応成人はした。呑める歳ではあるのだ。なら何故今まで呑まなかったのかと言えば……。
「酒が軒並み温くて、炭酸が無いのがなぁ」
そう単純に呑みたい物が無かった。それだけなのだ。
この世界……というか王国に売っている一般的な酒はエールという前世で言うビールを温く、薄くしたような劣化版でとても飲む気にはなれなかった。数年前に試しに味見して思わず顔を
ドワーフが集まるパージンには無いこともないんだが、酒精……アルコール度数が軒並み高いんだよな……。今の私でも、あれは少しキツイ。
と、そんな感じで今まで酒に関しては色々見送って来たのだが……。帝都は違った。
帝都で買い物をした際に王国では見なかった酒瓶が幾つか散見出来、無理のない程度買ってみたわけである。
こういう時ポケットディメンションは本当に便利だ。何せ中では時間経過が起きていない。故に氷なんかは溶けないし、冷えた物は冷えたまま。本当に助かる。
それで今回飲む酒は大麦や小麦、トウモロコシ等の穀物を発酵させ蒸留させた物……まあ、ウイスキーだ。
本当はハイボールが一番好きなんだが……。炭酸水が見付からなかったんだよなぁ……。まあ、ウイスキーがあっただけでも良しとしよう。
早速私はグラスにウイスキーを注ぎ入れ、焚火に
ふむ……。前世に普及していた一般的なウイスキーに比べ少し濁りがあるか……。それに少しアルコールの臭いもキツイような……。まあ、取り敢えずは……。
私はウイスキーを口に含み、味と香りを頬張る。予想通りキツめのアルコールの香りがするが、奥からアーモンドの様なナッツ系のほのかな香りが薫って来て私好みだ。
口に含んだウイスキーを喉奥に流し込み、まだ口内と鼻腔に香りが残った状態ですかさず丸焦げの子蜘蛛を取り出して齧り付く。
口に残っていたナッツのほのかな香りと子蜘蛛のクリーミーな内臓と毒のスパイシーさが相まって……。うん。合うな、割と。
そこからはもう止まらない。
焚き火の側で読書をしながらウイスキーと子蜘蛛を交互に口に運んで行く。
ああ〜……。なんだが久々だ、こんなゆったりした時間は……。本当ならこんなゆっくりしている暇なんて無いはずなんだがな……。まあ、これから忙しくなるだろうし、たまには良い。
そうやって数時間、至福の時間を堪能していた。
エルフのゴタゴタやら戦争やら家の秘密とかそんな諸々を一旦忘れ、ただ今はこの短い一時をじっくりと……。
と、そんな時間を過ごしていると、テントの片方から物音がし、入口が開いたかと思えば中からティールが出て来る。しかも何かを手に持って。
「なんだ、寝ていなかったのか?」
「ああいや……。彫刻彫ってたらいつの間にかこんな時間に……。お前はぁ──って、酒飲んでんのか?」
「そうだ。コイツを肴にな」
そう言って子蜘蛛を見せると、ティールは改めて嫌な顔をして溜め息を吐く。
「マジで食ってんのかよ……。しかも酒のツマミ……。意味が分からん」
「分かって貰うつもりなどない。それにこれはただ食べているだけじゃなくてだな……」
「ん? なんだよ。他になんか意味があんのか?」
「……いや、低い可能性の話だ。あわよくばと期待しているだけの事だから気にするな」
「なんだそれ……」
「それよりもだ。お前、さっきまで彫刻を彫っていたんだよな? その手に持っているのがそれか?」
そう言ってティールが持つ物を指差すと、ティールは少し照れ臭そうにしながら、それをサイドテーブルに置く。
「……これは、木彫りのヒルシュフェルスホルンか?」
「おう」
手に取りじっくり見てみれば、そこにはまるで今朝戦ったヒルシュフェルスホルンがそのまま木製に変化したかのようなリアリティでそこには顕れていた。
ポージングにも躍動感があり、前傾に構えた逞しい両角からはヒルシュフェルスホルンの闘争心を想像させ、目には闘志すら宿って見えるようだ。
全身を覆う毛並みも丁寧に表現されており、まるで実際に毛皮の感触を感じられるんじゃないかと軽く錯覚してしまいそうである。
「……素晴らしいじゃないか」
「え?」
「私は前世で幾百幾千の美術品、芸術品を見て来たし、才能があった若者を何人も支援し、その才能を花開かせて来た」
「お、おう」
「だがこれを作ったお前程の才能を持った奴は見た事がない。なんだお前天才だったのか」
「て、天才って……。俺はただ好きでやってるだけで……」
「いや、いいんだそんな事は。なあティール、これを私にくれないか?」
「はぁっ!? ま、マジで?」
「ああマジだ。なんならいくらか金を払っても良い。そうだな……金貨十枚でどうだ?」
「な、何言ってんだよお前っ!? いいよ金とか別にっ!! やるよやるっ!!」
「おおそうかっ! ならば早速……」
私は《
「おいお前今ポケットディメンションにしまってないよな?もしかしてお前……」
「ん? ああ《
「え、ええっ!? だってお前……それに飾るのはお前が認めた比類なき逸品だけだって……」
「ああ。だから飾った。何も問題は無いだろう?」
「ええぇぇ……。お前、実は酔ってたりしない?」
「この程度で酔わん。それよりもだティール」
「な、なんだよ……」
「次はシュピンネギフトファーデンを作ってくれ。というかこれから遭遇するであろう全ての魔物の木彫を作ってくれ」
「…………え?」
「ただでとは言わん。金が欲しいなら言い値で払うし、欲しい物との等価交換なら喜んで応じよう。さあどうする?」
「待て待て待て待てっ!! 何がお前の琴線にそこまで触れたのか知らんが俺の素人彫刻にそんな価値なんてねぇよっ!!」
「馬鹿お前っ、あの完成度で素人彫刻なんて言ったら世のベテラン彫刻家は苦虫を噛み潰した様な顔で悔しがるぞっ」
「大袈裟なんだよお前はっ!! あんな木彫一つでそんな……」
「私は価値を見出した物になら惜しみなく財を投じるぞ。誰が何と言おうがな。そんな私がお前の彫刻に価値を見出した。それが現実だ」
「……うぅーーん」
ティールはそう唸りながら腕を組んでその場をウロウロとしだす。そんなティールを眺めながら私は子蜘蛛を頬張り、ウイスキーで口を潤す。
数分程そんな風に飽きる事なく唸っていたティールは突然その場に止まり、一つ大きな溜め息を吐いて改めて私に向き直る。
「彫刻は作ってやる。俺自身作りたいし、お前が珍しく俺に頼んでんだ。やるにはやる。ただ──」
「……含みのある言い方をするな。何か問題でもあるんだな」
「ああ……。知っての通り俺は男爵家の人間だ。地方の小さな町を治めてて、かなり昔から続く歴史の古い田舎貴族なんだ。生真面目なご先祖様のお陰で領民からの信頼も厚い。そんな家だ」
男爵か……。騎士を除けば爵位じゃ一番位が低いが、地方によっては割と豊富な土地と財産を持っていたりするからな。存外貧乏貴族とは言えんのだよな。
「しかも俺は中々子供が出来なかった両親の念願の子供で、しかも男だ。自分で言うのも何だが、滅茶苦茶期待されてんだ。俺……」
……成る程。なんとなく見えて来た。
「将来は実家を継ぐ……。それはまあ、良いんだ。だけどな……」
「彫刻なんて遊びはもう卒業しろ……とでも言われているのか?」
「……まあ、概ね。でも好きなもんをそう簡単には捨てらんないだろ? だから隠れてコソコソ作ってたらさ。アッサリ両親にバレて、そこからはまるで親の仇みたいに俺が彫刻作るのを嫌っちまってな」
「随分と思考が飛躍しているな」
「だろ? 俺もそう思って聞いたらさ。「私達の未来を妨げる物は邪魔でしかない」ってよ。意味分かんないだろ?」
「ああ。意味が分からん」
「ははっ……。その日からはもう道具とか
「……」
「俺、そんな両親に嫌気が差してな。下手くそな魔法を死ぬ程練習して。なんとか《地魔法》だけを覚えて。親父がちょっとだけ懇意にしてもらってたモンドベルク公のコネを利用して、魔法魔術学院に逃げるように入学したんだよ。笑えるだろ?」
「……成る程」
コイツがあの程度の《地魔法》で魔法魔術学院に入学出来たのはそういうワケがあったのか。入学の条件は恐らく私を監視する事だろう。でなければモンドベルク公がわざわざコイツを入学させる理由は他にない。
というかモンドベルク公はそんな早くから私に目を付けていたのか? 会った事もない私を?
……これはいつかモンドベルク公にも会っておかないとならんかもしれんな。一方的に探られるのは居心地が悪い。
と、思考が逸れたな。今は──
「つまりはアレか。自分に恒久的に彫刻を彫らせたいのなら両親をなんとかする必要があるから何とかしろ……と」
「そうそうっ。どうせお前の事だから、もう俺との仲を解消とかするつもり無いんだろ?」
「ああ。十年……いや、何十年とお前とつるむつもりではいるな」
「……正直に言われるとなんか
「よし。分かった」
「……またアッサリ返事をするんだなお前は」
「私は欲望を満たす為ならば労力は惜しまん。知っているだろう? この「強欲の魔王」に任せなさい」
私はそう言ってグラスに注いだウイスキーをティールに差し出す。
ティールはそれを少し訝しみながらも受け取り、香りを嗅いで顔を
嫌な顔をしながらもなんとか飲み込み、盛大に溜め息を吐いてから私にグラスを返す。
「……マッズイなぁ」
「ふふっ。これの良さはそう簡単に理解は出来んさ。さぁて、取り敢えずお前はもう寝ろ。明日に響くぞ」
「ああ……そうかぁ……。明日も魔物と戦うんだったな……。なあ、俺野営地に居ちゃ駄目? なんならここであの蜘蛛の魔物を彫ってるけど……」
「駄目だ。最高の彫刻が彫れると知った以上、お前には魔物の姿を絶対間近で見て貰う。私に多少の負担が行こうともな」
「チクショー……」
ティールはそうやってぼやきながら踵を返してテントに帰って行く。
私はそんなティールのなんだか遣る瀬無い雰囲気を醸し出しながらも、どこか晴れやかにも見えなくない背中を見ながらグラスにウイスキーを注ぎ、それを
なんだかさっきより少し、ウイスキーが甘く感じた。
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