第二章:嬉々として連戦-14

 

 翌日の朝。


 私達は朝食を済ませた後、一旦精霊のコロニーに向かい大精霊を迎えに来ていた。


 先日のあの幻想的な光景を思い浮かべ、また見る事が出来る、と一同の足取りがすこしだけ軽くなっている中、そんな件のコロニーに顔を覗かせた時、異変が起きていた。


 というか近寄るちょっと前から「ん?」と思わず溢れてしまうくらいには様子が違っていたからなんなのだろう、と思っていたら案の定様子がおかしい。


 いや、おかしいと言うよりこれは──


「……やけに眩しいな」


 目に飛び込んで来たのは光の奔流。まるで光が滝の様に勢いよく流れ落ちるが如きその光量は脳の処理を一瞬だけオーバーし、短い頭痛すら引き起こす。


 さながらオーロラの光量を限界まで引き上げ至近距離で目視したかのような光の暴力に、皆は勿論私までもが思わず目を覆う。


「何事なんだまったく……」


『ああっ! お待ちしておりましたっ!!』


 圧倒的な光の量に辟易していた私にテレパシーで脳内に直接話し掛けて来たのは、昨日魔力溜まりまでの案内を頼んで来た大精霊。


 大精霊は嬉しそうな声音を響かせながら近付いて来るが、正直目の前の光に溶け込んでその姿はまったく見えない。辛うじてスキルで漠然とそこに居るのだと把握出来るだけである。


「何があったんだ?」


 ひとまず魔力溜まり云々は置いておくとして、差し当たり目の前事態がなんなのかを知りたい。


『これはですねっ!! 貴方様のお陰で解消された魔力溜まりの影響でございますっ!!』


「……どういう事だ?」


 その後の話によれば、二箇所の魔力溜まりが消滅した事により、精霊達が行っていた魔力溜まりから漏れ出す膨大な魔力の処理に余裕が出たらしい。それにより今まさにその出た余裕でコロニー周辺の魔力の調整を急ピッチで行なっているという。


「だからってこんなに光らなくとも……」


『わたくし達が放つ光は力の流動によるもの……。力を使えば比例して光量も強くなるのです』


「……成る程。で、主精霊はどうした? 気配を感じないが」


 感知系スキルで大雑把に探してはみたが、見当たらない。まあ、何かあるわけでも無いのに主精霊がコロニーを離れる事は無いとは思うが……。


『主精霊様は現在地脈に潜っておられます』


「地脈に……潜る?」


『はいっ。あの様に仰ってはいましたが、主精霊様は世界の魔力の制御をするかたわら、わたくし達下位の精霊の役割にも多少助力して下さっていました。そしてわたくし達に余裕が生まれた事により、主精霊様もまた本腰を入れて主命を果たしに向かう事が出来たのです』


 ふむ、成る程。あいつ自身は森の魔力制御は他の精霊の役割だとかそんな風な事を言っていたが……。まったくもってお優しい事で。


 ……と、それよりだ。


「事情は理解した。それで? お前はその状況でまた道案内出来るのか?」


『はいっ。余裕が出ているとはいえ、まだ予断を許さないでしょう。ならば少しでも早く、残りの魔力溜まりを解消しなければなりませんっ』


 そう言って大精霊は光の奔流から脱出し、私の隣を通り過ぎると、今までとは真逆の方角に漂い、自分に付いて来るよう促す。


『さあこちらです』


「今度はなんの魔物だ?」


『名前は存じませんが……。確か魚……?というものだったかと』


「……魚?」







 大精霊の案内により数十分程森の中を歩いていると、突然開けた場所に辿り着いた。


 そこにあったのは広大な湖。


 太陽の光に湖面が照らされ輝き、澄んだ水面には細波が立っている。


 森とはまた違う清涼感が空気に漂っており、気持ちを晴れやかにしてくれる。


 だがそんな湖には、二つの違和感が存在している。


 まずあるのは静か過ぎるという点だ。目の前に広がるのは広大な湖であるにも関わらず、生き物の気配がほぼ無い。


 小魚やそれを餌にする中型の魚、それらの餌となる水中昆虫などに至るまで、私の感知系スキルに全く引っ掛からない。


 そしてもう一つの違和感は、そんな寂れているとも言える湖にただ一つだけ存在している巨大な気配。


 それは絶えず湖の中を我が物顔で縦横無尽に泳ぎ回り、圧倒的な存在感を放っている。


「あれが次の魔物か……」


『はい。この広い湖を支配し、水棲生物を食い尽くしてしまった哀れな生き物です』


 大精霊は物悲しそうにただそう呟いて魚の魔物の方を眺める。


「そうだな。昨日の魔物二匹と違って、コイツの生息域である湖にはもう生物の気配はしない。このままでは私がわざわざ狩らなくとも飢えて死ぬだろうな」


 魔物は強大な魔力に順応した強力な生物ではあるが、それでも生物である事には変わりはない。


 栄養を摂取する為の食糧が無ければ余程特殊なスキルや生態でも無い限りは当たり前に飢えて死ぬ。魔物とてそれに変わりはない。


 それに先に狩ったヒルシュフェルスホルンやシュピンネギフトファーデンは行動範囲が森全体であるのに対し、この魚の魔物は餌が無くなったからと湖を飛び出すワケにもいかない。完全な八方塞がりである。


「わざわざ倒すのか? 放っときゃ死ぬだろ?」


 そんな当然の疑問を私と大精霊に訊いて来たティールは湖の畔にしゃがみ込んで一つ溜め息を吐く。


『残念ですがそうもいきません。魔力溜まりが湖の中心にあるのです』


「この畔から回収出来なくも無いが、あの魔物を倒さない限りまた魔力溜まりが生まれるだろう。仮に魔物が死んでも、その死体からは魔力が滲んで新たな魔物も生まれかねない。狩るしか無いんだ」


 まあ、私は魔物を狩ってそのスキルと素材を手に入れる事も目的ではあるから何としてでも狩るつもりでいるがな。


「うーん、そっか。成る程……」


「なんだ。またゴネだすかと思ったが、随分とアッサリした反応だな」


「いやいや……。出来れば戦いたくはねぇよ? でもお前はどうせやるだろうし、三回目だからな。流石に状況にちょっと慣れちまったよ」


 ティールは諦めの境地に達したとばかりに乾笑して虚空を見詰める。


 ふむ。流石のティールも慣れて来たか。この調子なら戦争という状況にも多少はマシな心境で居られるかもしれんな。まあ、無理はして貰うが……。


「で? なんて魔物なんだよ、あの魚。泳ぐ姿が早過ぎて目で追えないからよく分かんねぇんだけど」


「ああそうだなでは……」


 私は当の魔物に対し《解析鑑定》を発動。その正体を調べ上げる。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 種族:シュトロームシュッペカルプェン

 状態:空腹

 所持スキル

 魔法系:《水魔法》

 技術系:《鞭術・初》《鞭術・熟》《投擲術・初》《小盾術・初》《小盾術・熟》《大盾術・初》《大盾術・熟》《隠密術・初》《釣術・初》《釣術・熟》《水泳術・初》《水泳術・熟》《緊縛術・初》《強力打ちパワーウィップ》《水流打ちフロウウィップ》《螺旋連弾ソニックスパイラル》《とぐろ縛り》《螺旋射ちスクリューシュート》《集中防御ピンポイントシールド》《盾打ちシールドバッシュ》《大防御スーパーシールド》《根倉隠し》《釣餌理解》《入れ食い》《水流理解》《水陰の泳法》《激流の泳法》《不解ほどけずの縛法》《強力化パワー》《防御化ガード》《鉄壁化ディフェンス》《高速化ハイスピード》《器用化デクステリィ》《集中化コンセントレーション》《消音化サイレント》《緊急回避》

 補助系:《体力補正・I》《体力補正・II》《魔力補正・I》《筋力補正・I》《防御補正・I》《防御補正・II》《防御補正・III》《抵抗補正・I》《敏捷補正・I》《敏捷補正・II》《集中補正・I》《命中補正・I》《命中補正・II》《命中補正・III》《器用補正・I》《器用補正・II》《打撃強力》《衝撃強化》《射撃強化》《持久力強化》《瞬発力強化》《柔軟性強化》《咬合力強化》《聴覚強化》《嗅覚強化》《味覚強化》《触覚強化》《反射神経強化》《遠近感強化》《環境順応力強化》《側線強化》《消化力強化》《吸収力強化》《鱗強化》《瞬膜強化》《鰭強化》《浮き袋強化》《発電器官強化》《視野角拡大》《寿命拡大》《気配感知》《動体感知》《熱源感知》《危機感知》《遠聴》《水流抵抗軽減》《物理障壁》《威圧》《目星》《堅鱗》《鋭鱗》《鋭鰭》《激流》《雷撃》《感電》《炎熱耐性・小》《寒冷耐性・小》《電撃耐性・小》《痛覚耐性・小》《痛覚耐性・中》《疲労耐性・小》《疲労耐性・中》《睡眠耐性・小》《斬撃耐性・小》《斬撃耐性・中》《刺突耐性・小》《刺突耐性・中》《貫通耐性・小》《貫通耐性・中》《魚類特効》《水魔法適性》


 概要:「暴食の魔王」から滲み出た魔力により形成された魔力溜まりに順応した魔物。現在は産卵の為大量の餌を欲している。


 胃や腸が存在せず、食べ物を溜め込むことが余り出来ない性質上、常に空腹状態あり、常に食べ物を求めている。


 体内には発電器官が存在し、五百ボルトに達する電気を放つ事が出来る。


 全身を覆う朱色と黒の美しい斑を描く鱗は並の金属に匹敵する程の堅牢さを誇り、また縁部が鋭利になっている事から防具や武器などにも加工が可能。同じく鰭もまた、その柔軟性とは裏腹に非常に丈夫な物となっている。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ……またこれは大物が出たな。スキルも豊富で体を覆う鱗は武器や防具に使える良質な素材。ふふふふっ、堪らないな。


「……まぁた悪い顔してるよまったく」


「ん? そうか?」


「そうだよっ。つうか今更だけど、ユウナ居る事忘れてないか? 良いのかよ、そんな露骨に怪しい雰囲気出してて」


 ユウナ? ……ああそういう事か。


 この三人の中で私の正体を知らないのは最早ユウナだけであり、ティールが言っているのはそんな何も知らないユウナに私が魔王っぽい言動を見せるのはどうなんだ?という事を言いたいのだろう。


 まあ確かにここ最近の環境やロリーナに正体を打ち明けてからそこら辺の気遣いに気が回っていない。ユウナの前で普通に魔物からスキル奪っていたりするからな。普通なら避けるべきなんだろうが……。


「……正直に言うとだな」


「お、おう」


「ユウナは気が付かんと思うぞ。私が何をしようが」


「え? いやいやいや……。アイツ別に馬鹿じゃないだろ? 寧ろ常人より多少頭は良いんじゃないのか? 魔法だって扱い上手いし」


「魔法云々は関係あるか知らんが、別に馬鹿だから気付かんとか言ってるんじゃない。というか、気付かんというより気付いても気付かなかったフリをするだろ」


 ユウナは典型的な現実逃避型のハーフエルフだ。目を背けられる事には極力目を背け、気付いていると周りに気付かれない限りは気付かないフリをしてやり過ごす。そういうタイプだ。


「現に私が散々アレコレ目の前でやってもお前と違って質問して来ないだろ?」


「まあ、そうだな。うん」


「ああ。だからユウナが何か怪しい行動に出ない限りは、まあ、放っておく。何かあれば、その時に相応の対処をするさ」


「お前にしては珍しく適当だな。大丈夫かよそれで」


「……まあユウナだしな」


「そうか……。まあユウナだもんなぁ」


「流石に目の前でデカデカと私の話をするのはどうかと思いますけどねッ!?」


 そんなユウナの悲しげなツッコミは取り敢えず適当に流し、《解析鑑定》から読み取れる情報でシュトロームシュッペカルプェンの攻略を模索する。


 が、まあなんだかんだ一番手っ取り早いのは──


「湖の水、全部抜くか」


「は、はあっ!? なんだよそれっ!」


「いやなに。相手が水中でしか身動き取れんのなら、水中でなくせば早いだろう。単純で効果的だ」


「そうは言うけどよぉ。出来んの?こんな広い湖の水全部抜くなんて」


「ああ出来る《収縮結晶化》を使えばな」


 《収縮結晶化》は一つの要素を限りなく圧縮し結晶化させるスキルだ。恐らく水もいけるだろう。二箇所の魔力溜まりを回収しても満たされない程に容量がある容器なら、この湖の水位じゃ一杯にはならんだろうしな。ただ。


「お前はそれを許さんだろ? 大精霊」


 振り返り大精霊に視線を向ければ、何やら僅かに赤く発光する大精霊が私の側まで漂って来る。


『はい当然ですっ。わたくし達精霊の役割は魔力を制御する事で世界を調和させる事。そんな役割を担うわたくし達が、その調和を破壊する行いをする事は断じて許されません』


「つまりは湖の水を抜いて枯れさせるなんて論外と」


『はい。論外です』


 ふむ。まあ、これが一番手っ取り早くて且つ水の要素を結晶化出来る良い機会だと思ったんだがな。致し方無い。


「分かった。ならそれは無しだ」


「うーん……。でもじゃあどうすんだよ? 相手水の中だぞ? こっから魔法で攻撃するにしたってあの速さじゃ当てらんねぇよ」


 シュトロームシュッペカルプェンは湖の中を、それこそ常人では目で追えない程の速さで泳ぎ回っている。地上からの魔法攻撃は至難の技だろう。ならばどうするか……。選択肢は一つ。


「……しょうがない。泳ぐか」


「は?」


 ティールの素っ頓狂な声を無視し、私は服を脱いでいった。

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