第七章:暗中飛躍-3

 


 パラパラと、淵鯉ふちてがみが突き刺さった壁から破片が零れ落ちる。私が反射的に投擲してしまった結果だ。


 そんな事になったのも淵鯉ふちてがみの数センチ横。投擲した淵鯉ふちてがみの刃スレスレで冷や汗を流しながら目を見開いて固まり、脳の処理に時間が掛かっている天族の少──女の言動が引き金になっていた。


「ぼ、ボス……?」


 突然の私の奇行に心配したグラッドが弱々しい声音で声を掛けてくるが、私も私で頭を冷やそうと必死で……こうして一つずつ状況を整理しているのだ。応えてやれる余裕は無い。


「……あ、あら、えぇーーっと……」


 そこで天族の女が漸く口を開くと目付きを鋭く切り替え、キッと盗賊のボスを睨み付け無言で状況説明を求めた。


 すると盗賊のボスはボスで私に散々殴られ腫れに腫らしたパンパンの顔を真っ青にしながら慌てたように口を開いた。


「こ、この人達は俺達の手からオマエさんを救いに来た人達だっ! つ、つまりぃ……オマエさんの味方……だよな?」


 そう言って横目でグラッドに問い掛ける盗賊のボスに対し、グラッドはフォローするようにして何度も頷く。


「そ、そうそうっ! ボク達さー、アナタを助けに来たんだよー。この男の顔見りゃなんとなーく察せるでしょ?」


 彼のその言葉に天族の女はチラリと私を一瞥した後に額の冷や汗を拭い、ベッドの上で私を真正面にして向き直ると、膝を畳んで姿勢を正し、両手を揃えて頭を下げる。


「おいで頂きありがとうございます。それと何でもしますので許して下さい」


 綺麗な土下座を披露し、絶対服従を宣言した。


「…………はぁ」


 その言葉と土下座を皮切りにひとまず頭が冷静になった私は彼女の元へ歩み寄り、淵鯉ふちてがみを壁から引き抜いて《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》に仕舞い込む。


「色々と聞きたい事があるが……。一つずつ、じっくり話して貰おうか」


「は、はい……」






 それから気になる事を天族の女と盗賊のボス、二人の話を照らし合わせながら明確にしていく。


 長々と話している程時間を使うつもりは無いので掻い摘んで簡潔に、要点だけを分かり易く。


「当時はね? そりゃあ、嫌だったわよ。汚ったない飢えた男共に四六時中求められて……。でもまあ、そこはワタシ天族だから、なんとか耐えられはしたんだけど……」


「え? それってどういう意味?」


「まあ、知らないわよねぇ天族の事。ワタシみたいな特殊な境遇でもない限り、人族と天族って滅多に関わる事ないものねぇ」


 天族が住うという国は、私達の王国がある大陸の遥か西にある浮遊した巨大な大地に存在し、他の種族とは隔絶された文化圏を築いている、と、本で読んだ事がある。


 だが西と東で余りに離れた土地同士の種族故、互いに詳しい情報は皆無。それ以上天族の事を詳しく知る事は出来なかった。


 だが今回はそんな天族から直接話が聞ける。ある種、これは良い機会と言えるだろう。


「ワタシ達天族はね。他の種族と比べてかな〜〜り〝性〟に対して開放的なの。まあ、違うのも居るっちゃ居るんだけどね? 基本無頓着なのよ、貞操観念ってやつに」


「へぇー。そりゃまた何とも……。じゃあ何? お国じゃ男女で毎日ハッスル?」


 グラッドの奴、また品の無い言い方を……。


 思わず眉をひそめた私に気付き、苦笑いしながら「まあまあ……」と小さく口にする。


「んー……。間違ってはないんだけど、一つ正確じゃないわねぇ」


「正確じゃない? 何処がだ?」


「正確にぃわぁ。ワタシ達天族って〝両性具有〟なのよぉ〜」


 ……つまりはアレか。


「あぁ〜。それって確かフタ──」


「グラッド」


 私は別に下ネタやそのたぐいの下世話な話題が嫌いでも否定的というわけでもない。したい奴は自由にしていればいいし、空気が空気なら私も乗っかるのだってやぶさかではない。


 だが今は違う。緊張感がブレる。


 そんな事を言葉に出さず目線に乗せてグラッドを睨むと、彼はそれを察して頭を掻きながら意気消沈と項垂うなだれる。


「はあ……。続けなさい」


「う、うん……。で、まあアレよ。そんな感じで二つ付いてるからそういった性別的なアレコレも曖昧でねぇ。だからなのか分かんないけど、ワタシ達ってそんな〝性〟関連のスキルってのを習得し易いみたいなの」


 〝性〟関係のスキル……。


 まあ、そういったのも、あるだろうな。


 私は今までスキルを習得、獲得する手段の一つとして様々な戦闘や暗躍向きのスキルを集中的に集めていた。


 人や魔物。スクロールやスキルアイテムも、それに役立つのが中心だ。


 関係の薄い物は基本的に副産物としてでしか収集出来ていないし、優先度も他より低く設定している。


 故にそういった〝性〟関連のスキルはスクロール屋なんかで見掛けても後回しにして来た。のだが……。


「つまりお前は、その〝性〟関連のスキルのお陰で毎日盗賊の相手をしても肉体的、精神的に無事でいたし、なんならこうして悠々自適にすら過ごせている、って事か?」


「せぇかぁ〜い♪ 頭のキレるボクにはご褒──」


「いらん。続けろ」


 先程グラッドに向けたのと同じ視線を彼女へと向けると、顔を引き攣らせながら素直に「ごめんなさい」と頭を下げる。


 まったく……。


「え〜っと……。因みにワタシが君達を見て童貞だとか性欲溜まってるだとか見破ったのもスキルね」


「なんというスキルだ?」


「分かんないわよそんなの。鑑定書なんて使った事無いし……」


 ……そうだった。私自身はいつでも自分のスキルを確認出来るから忘れていたが、一般的にはスキルは自分じゃ確認出来ない。確認するには《解析鑑定》やそれに類似したスキルを使う、もしくは《解析鑑定》が封じられたスキルアイテムである〝鑑定書〟が必要……。


 《解析鑑定》なんて希少スキルをこの盗賊団の一人が持っているなど考えられんし、ましてや鑑定書なんて高級品を持っているワケもない。知らんで当然か……。ならば──


 私は天族の女に《解析鑑定》を発動し、その所持スキルをつまびらかにする。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 人物名:ポーシャ・アスダイエ

 種族:天族

 年齢:四十九歳

 状態:健康、魅了化チャーム

 役職:無し

 所持スキル

 魔法系:無し


 技術系:《体術・初》《擦弦楽器術・初》《調理術・初》《裁縫術・初》《飛行術・初》《飛行術・熟》《歌唱術・初》《歌唱術・熟》《性交術・初》《性交術・熟》《栄養価理解》《滑空理解》《風下理解》《上昇気流理解》《下降気流理解》《発音理解》《滑舌理解》《音程理解》《律動理解》《音域理解》《音階理解》《低音理解》《音量理解》《声域理解》《高音理解》《息継理解》《性感帯理解》《体位理解》《座位理解》《直線飛行法》《波状飛行法》《帆翔はんしょう法》《空中浮場法》《空中速度制御法》《ビブラート法》《ミックスボイス法》《腹式呼吸法》《ロングトーン法》《誘惑法》《愛撫法》《前戯法》《口淫法》《器用化デクステリー》《集中化コンセントレーション》《魅力化チャーム》《天族の翼用》


 補助系:《体力補正・I》《魔力補正・I》《防御補正・I》《抵抗補正・I》《抵抗補正・II》《抵抗補正・III》《集中補正・I》《器用補正・I》《幸運補正・I》《環境補正・空中》《環境補正・低気圧》《環境補正・監禁》《胸筋強化》《持久力強化》《精力強化》《柔軟性強化》《視覚強化》《触覚強化》《声帯強化》《肺活量強化》《口唇強化》《乳房強化》《膣強化》《子宮強化》《性感帯強化》《音感強化》《免疫力強化》《繁殖力強化》《飛行速度強化》《初列風切羽強化》《次列風切羽強化》《歌唱力強化》《精神力強化》《魅力強化》《母性強化》《性感帯拡大》《共感感知》《絶対音感》《空気抵抗軽減》《純潔看破》《性欲看破》《挑発》《能天気》《敬慕》《蠱惑》《妖艶》《快楽》《精力絶倫》《流産率軽減》《性病罹患率軽減》《痛覚変化・快楽》《寒冷耐性・小》《猛毒耐性・小》《薬物耐性・小》《汚染耐性・小》《痛覚耐性・小》《疲労耐性・小》《睡眠耐性・小》《気絶耐性・小》《鬱屈耐性・小》《鬱屈耐性・中》


 概要:今から十二年前に攫われた天族の女性。様々な買い手を巡り、人族の盗賊団の元で団員達の慰み者としての役割を与えられる。


 年月を重ねていくにつれ彼女のスキルや元々の性格もあり盗賊団達との間に不思議な関係が構築されていき、監禁生活ではあるものの今ではある種盗賊団に欠かせない一員として団員達から慕われていたりする。


 性行為以外にも自慢の歌唱力で皆を癒したり、時には団員達に料理を振る舞い、衣服等の裁縫すらこなす〝アネさん〟的存在になっている。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……成る程な」


「え、今坊や、なんかやったの?」


「お前のスキルを見させて貰った。この構成ならば今のお前の立場や無事な理由にも一応の納得がいく」


 精神的な面は《鬱屈耐性》によって保たれ、団員達は《魅力化チャーム》や《蠱惑》《妖艶》なんかで懐柔したのだろう。


 今まで出会った事の無いタイプの人種、経歴なだけあって私が所持した事の無いスキルもかなり散見される。


 正直、私の中の《強欲》が騒ぎ立てて仕方が無いが……。


「お前、少し役に立ちそうだな」


「……はい?」


 こういった偏った人種は貴重だ。狙って育て上げる事は容易では無いし、倫理観を世間から突かれるのはいただけない。


 だが彼女の様な他者を魅了し、懐柔し、時には敵を籠絡し、時には味方を慰める……。ここでただスキルを奪って捨てるには少々惜しい存在だ。


 最後にこのポーシャがこうなった経緯を聞いて、それからじっくり勧誘といこう。


「取り敢えず先にお前がここに至った経緯を話して貰おうか」


「え、ええ……。細かい年月は忘れちゃったけど、十数年前位に、ワタシ「ポーシャ・アスダイエ」は彼等に渡されたわ。確かぁ……人身売買を生業にしてる同業者ぁ……だったかしら?」


「あ、ああ。さっきも話したこっから北にある盗賊団──同業者の一つだ。そっからポーシャを貰ったんだ。縄張り協定の交換条件の一つとしてだ」


 それから話を聞いていくと、どうやら今から十数年前……私が初めて天族の少女の姿を記憶で見た時よりも以前に、彼女は人身売買の商品の一つとしてコイツ等に渡ったらしい。


 なんでも当時、新しく立ち上がった盗賊団──例の人身売買を生業にした盗賊団──がこの平野に新たに進出して来たせいで絶妙だった縄張りのバランスが崩壊し、一時盗賊団同士の戦争に発展寸前まで至った。


 それを嫌った人身売買盗賊団はその平野に存在する幾つかの他盗賊団と交渉。自分達の商品を譲り渡す代わりに縄張りを分けて欲しいと持ち込み、今の平野の状態へと至った。


 ポーシャはそんな交換条件だった商品、という事らしい。


「まあ、ワタシって色んな売人の間を売買されてたから経験豊富だったし、天族って分かり易く希少価値高いからねぇ……。そういった交換条件にはもってこいだったのよ」


「え、でもさっきなんかここに来てから輪姦まわされた、みたいに言ってなかった?」


「ええそうよ。それまでは天族ってブランドで大事にされてたんだけどねぇ。ここのお馬鹿さん達に、そういうの関係無かったみたい。ねぇ?」


 そう言ってポーシャは艶かしい目線で盗賊のボスを睨み付け、受けた盗賊のボスはその目線に苦笑いを浮かべる。


「……ふむ。大体分かった」


「あらそう? ……というかアナタ達、本当にワタシの事助けに来たの?」


 と、そんな質問を私達に投げ掛けるポーシャ。そんな彼女の瞳には複雑に絡み合った感情がよく見て取れた。


 喜び、怒り、寂しさ、諦め、憎しみ……。


 今更、と感じているんだろう。


 遅過ぎる、と感じているんだろう。


 だが……。


「そうだ。私達はお前を救いに来た。この場から解放し、もっと清潔で安全で健全な生活を送れる。お前はもう、意味も無く身体を捧げなくて良いんだ」


「……」


 私の言葉を聞いたポーシャはベッドから降り立つと、部屋の隅にあるキャビネットへと移動し、その上に飾られた花瓶の花に指を触れる。


「……この花ね。息子からの贈り物なのよ」


「息子?」


「当然でしょ? ここの連中、避妊だとか考えないもの。この十数年で三人、ここで産んだわ。娘が一人に息子が二人……。一番下の子なんてまだ三歳よ? 今頃、世話役と遊んでるんじゃないかしら?」


「……」


「アナタ、まだまだ若いわよね? そんなアナタがワタシや娘や息子を今ここで救って、幸せに暮らせるかしら?」


「普通なら、厳しいだろうな」


 彼女達を救えば、受け入れる先や職、家や環境は当然必要となる。そしてそんな生活基盤を整えるには勿論の事それなりのカネが掛かるだろう。


 天族や人族と天族との間に生まれた混血種が受け入れられるかも不明であるし、そもそも盗賊の慰み者として監禁されていた彼女の経緯や経歴を嫌う者だって出て来る。


 何もかもが優しく無い。寧ろ厳しい状況に陥りざるを得ないのは明白だ。簡単では決して無い。


 なんなら今のこの生活こそが、彼女やその娘息子にとっては幸せな環境なのかもしれない。彼女は、それを言っているのだろう。


 だが私は、それでも彼女をここから連れ出す。


「無用な心配だ。こう見えてそれなりのカネとコネはある。故にお前の受け入れ先や諸々は私が責任を持って面倒見よう。お前に不便や不自由な思いをさせない、と約束してやる」


「へぇ〜男らしい事。良いの? ワタシみたいな汚れた女にそんな口説き文句言っちゃって」


「勘違いするな。私はお前を助ける責任を果たすと言っているだけだ。それにお前は何かと役に立ちそうだしな。折を見て私がお前を雇用してやる」


「フフ。おかしな子ね……。普通ならそんな言葉だけを信じたりしないんだけど──」


 ポーシャはそう呟いてからゆっくり私に歩み寄ると眼前まで迫り、互いの吐息が掛かるような距離にまで顔を近付けると、手を私の頬へ這わす。


 一つ一つの所作は妙に艶かしく、また彼女から香り立つ香気は妖艶で扇情的。並の精神力ならば誘われていたかもしれない。


 だがそんなもの、私には届かない。


「アナタのその強い目……。こうしてワタシが誘惑しても一切揺るがない芯のある意志……。信じたくなっちゃうわね」


「まあ、信じるか信じないかは勝手だ。それに、無意味だしな」


「え?」


 意味が分からないとポーシャが首を傾げる。


 私はそんな彼女が頬へ這わしている手を退けて彼女から距離を取り、盗賊のボスへと視線を向けてから笑顔を作って見せる。


「この盗賊団──いや、この平野にある全盗賊団は壊滅させる」


「……は?」


「え?」


 素っ頓狂な声を漏らした盗賊団のボスとポーシャ。そしてそこから少し間を置くと、盗賊団のボスは表情に激しい怒りを滲ませながら私に迫り、胸ぐらを両手で掴み上げる。


「て、テメェッ!! 言うに事欠いて壊滅だぁあ? 寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぞガキぃっ!!」


「寝ぼけた? 私は昨夜も快眠で、すこぶる爽やかな目覚めを迎えたがなぁ?」


「あぁ? テメェが強ぇってのは理解したさ、さっきボコボコにされたからよぉ……。だがだからってテメェとそいつの二人でウチら含めた全盗賊団を潰す? 適当言うのも大概に──」


「壊滅させるのは私とそこに居るグラッドではない」


「……あ?」


 そこで私は説明する。この盗賊団を含めた平野に拠点を構える盗賊団は来たるエルフとの戦争では邪魔な存在だと。


 だがただ排除するだけでは勿体無いので戦闘経験が浅い学院の生徒達に対する対人戦の練習相手、及び敵を殺傷する経験と覚悟を積ませる為のに利用すると。


 そしてコレは決定事項である、と……。


「ふ、ふざけんなっ! 誰がそんなものを承諾──」


「誰が許可など求めた? 決定事項だと言ったろう? 例えお前が拒否しようが抵抗しようが変わらんし、お前の承諾など求めていない」


「だ、だったらテメェを殺して……」


「お前が? 私を? 寝ぼけているのはお前の方のようだな? 夢などいつまでも見ていないでもっと現実的な話をしろ三下。 第一お前に拒否権などない」


「なんだと──痛っ!?」


 文句を言い掛けた盗賊のボスが突然痛みを口にすると私から手を離し首元を抑える。


 そんな彼に、私はとびきりの笑顔を贈ってやった。


「テメェ……俺に何を……」


「お前が逆らえないようにちょっとしたを施した。ほぅら、痛んだ箇所から頭に向かって、中から何かが這い上がる感覚があるだろう?」


「──っ!? な、な、んだ……こりゃあっ!?」


 言った通りの感覚がしたのか、盗賊のボスは取り乱しながら首元を必死に掻きむしり始める。


 だが、もう遅い。


「な、なにを……俺に何をっ!?」


「蛆だよ。蠅の幼虫のな。薄汚いお前ならお馴染みだろう?」


「は、はぁっ!?」


「その蛆は特別でな。私に害を為す行動をしたり思想を持った瞬間、お前の脳を食い破りお前を殺す。そういったものだ」


「な……そんな、事が……」


「疑うのであれば試してみれば良い。お前の脳が蛆に食い破られ、徐々に思考や意識が覚束おぼつかなくなる感覚を味わえるぞ?」


「ひ、ひぃ……っ!!」


「ほらどうだ? 私を一発、殴ってみろ?」


 そう言って頬を突き出してみると、盗賊団のボスは顔を真っ青に染め上げながら腰を抜かしてその場に尻餅を着く。


「わ、分かったっ!! アンタ……いや貴方様には逆らいませんっ!! だから……だからどうか命だけは……っ!!」


「そう。それで良い……。ならば私がこの盗賊団を生徒達の犠牲にする事に賛同、協力するな?」


「は、はいっ!! 貴方様にこの盗賊団を捧げますっ!! で、ですから……どうか……っ!!」


「ああ。良いとも。お前はまだ生かしてやる」


「あ、あり……ありがとうございますっ!!」


 礼を口にしながら土下座を披露する盗賊団のボス。


 ふう。これでひとまずは良いだろう。後はポーシャをしっかり勧誘ぅ──ん?


 振り返ってみれば、そこには盗賊のボスと同じように綺麗な土下座を再びしているのが私の視界に入る。


「……何をしている」


「あ、いえ……ワタシも逆らわないっていう、意思表示……です」


「お前はその必要無いし、蛆を仕掛けるつもりもない。……お前が私の意にそぐわぬ事をせん限りな」


「あ、はい……」


「で、だ。コイツにも言ったがこの盗賊団は壊滅させる。だからお前の居場所も必然的に無くなるというわけだ。その責任を、私が取るっていう話だったのだが、理解したか?」


「はい……。お世話になります……」


 盗賊団のボスを脅したのを皮切りに随分としおらしくなったなコイツ……。まあ、従順になったのだから良しとするか。


 ああ、それと……。


「因みにだがポーシャ」


「は、はいっ!」


「娘息子が居るのは分かったが、父親は良いのか?」


「あ、いや……。正直誰が誰の子か分からないんで父親も誰なのかは……」


「ふむ。ならば父親かもしれん男も死ぬ事になるな。そもそもお前は一応盗賊団内でそれなりに慕われているんだろ? それは良いのか?」


「……正直、思う所が無いわけではないです。ですが……」


 ポーシャは顔を上げると、物憂げな表情を見せながら無理矢理笑って見せる。


「彼等は〝盗賊〟……。どう足掻いたところで犯罪者で、人様を傷付けてお金を巻き上げる人種です。きっと、ワタシの知らない所でも、ワタシより酷い仕打ちを他人にしているでしょう。いずれ同業か国の警備に捕まって殺されます。それならいっそ、アナタの言うように学生さん達の生き残る為の糧になった方が……多少は償いになります」


「そうか? 希望があれば一人か二人、残してやらんでもないぞ」


「……でしたらさっき話した子供達の世話役を、お願いします。彼は新人でまだ取り返しのつかない仕事はしてない筈ですし、前々から盗賊である事に疑問や不満を持っていましたから……」


「ほう。ならば当日この部屋に連れて来なさい。お前と一緒に回収していく」


「え? ポーシャとそいつ、今連れていくんじゃないの?」


「考えてみろグラッド。コイツがいきなり居なくなったらどうなる?」


「……ああ。連中が性欲解消しにここに来た時に居なかったら怪しまれるか……」


「そうだ。だから彼女と娘息子、それともう一人は当日私が手ずから回収する。それで良いな? ポーシャ」


「は、はいっ!」


「あ、あのっ!!」


 その呼び掛けに振り返ると、未だに顔を青く染め上げた盗賊団のボスが必死の形相で顔を上げていた。


「お、俺は……俺はどうなるんです……?」


 ……まあ、自分の処遇は気になるか。だが正直に告げては死を覚悟して暴走しかねんな。ここは──


「お前も一応は協力者だ。無罪放免は無いにしろ、貢献度は高いからかなり減刑される。二、三年臭いメシを我慢するので済むだろうな」


「は、はいっ!! ありがとうございますっ!!」


 まったく。そんなわけないだろうが……。


 十年以上国を引っ掻き回して荒らした盗賊団のボスがその程度で済むわけがない。用が済み次第即処分……。それに変わりなどない。


 ……と、こんなものか。


「要件は全て済んだ。私達はそろそろ御暇おいとまさせて貰おう」


「「はいっ! お疲れ様でしたっ!」」


「はあ……。では先程話した手筈通り。忘れるなよ。行くぞグラッド」


「はーい。じゃーねー」


 私はグラッドの肩を掴み、テレポーテーションを発動。最後に二人に対して笑顔を見せてから、盗賊団のアジトを後にした。


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「…………はぁあ」


 ポーシャはクラウンが居なくなったのを確認すると土下座を解き、力無く天井を見上げる。


「ふ、ふふ。何が起こるか、分からないわねぇ人生って……」


 様々な感情が込み上げて来る中、彼女は不敵に笑う。


 思わず想像した、子供達と過ごす、明るい未来を夢見て……。


「期待、しちゃうわよ。坊や」


 そう呟いてから立ち上がり、対面で今にも泣き出しそうな盗賊団のボスに歩み寄って慰める。


 もう少しの付き合いだな、と心の中で感慨に耽りながら……。


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