第七章:暗中飛躍-4
盗賊団のアジトを後にした私とグラッドはそのままロリーナ達が待つ馬車へとテレポーテーションで転移して帰還。アジト内であった諸々を全員に共有した。
「いやー驚いたねー。天族がまさかあんなセンシティブな種族だったなんてねー」
グラッドがそんな軽い調子で適当に天族であるポーシャの感想を口にする。
彼女自身に会ったわけではない他の皆はそんな話を聞いてなんとも言えない表情を見せながら「ふーん」と中々しっくり来ない様子。
そんな中……。
「……」
……何やらロリーナから今まで受けた事の無い種類の視線をさっきから受けている。
実は情報を共有した際、グラッドが思わず口走ったのだ──
『いやー。ボスも性欲溜まってんだねー。よく彼女に刺激されなかったよねー』
と……。
「…………」
「……ロリーナ」
「……はい」
「……何やら先程から君から視線を感じるんだが……」
「……気のせいでは?」
「そ、そうか……」
なんだろう。これ以上追及するのは薮蛇でしかない、そんな予感がしてならない……。ここは取り敢えず……。
「グラッド」
「え」
「後でちょっと、互いの意思の擦り合わせをしようか。な?」
「う、うん……」
その後。馬車ごとテレポーテーションで転移して王国へ帰還。
しかし、転移先は学院や王都ではない。私の実家があるカーネリアだ。
本当ならば監視砦の一件や盗賊のアジトの件を報告しに戻るのが先決なのだろうが、私は兎も角他の五人は旅の疲れがある。
散々振り回したからな。まずは皆に疲労を癒してもらわねば。
「へー。これがアンタん所の屋敷……」
「立派なお屋敷ですね。ウチと同じくらいでしょうか?」
そんな事を口にしているのは貴族家の出であるヘリアーテとロセッティ。流石に我が家の屋敷を見ても怯む様子は無いが、侯爵家であるロセッティの所と同じくらいなのか、ウチの屋敷は。
「さ、さすがは貴ぞ──」
おっとグラッド。それはマズイな?
私がグラッドを笑顔で一睨みすると、彼はそれを受け察し無理矢理発言を捻じ曲げる。
「りょ、領主のお屋敷だよねー。貧乏人のボクはこんな所入った事ないなー」
まったく……。移動の最中で全員に街中や屋敷内ではキャッツ家が貴族家だと口にするな、と言い含めていたんだがな。これは後でロリーナにも注意して貰うようお願いしなくてはならないかもな。
「な、なあ本当に俺等みたいなのが入っちまって良いのか? 中の人に嫌な顔されたりとか……」
こっちはこっちで平民の
「お兄様ぁっ!!」
取り敢えず二人を適当に励まそうかと考えていた最中、丁度屋敷の扉が開き一人の可愛らしい少女──愛しの妹ミルトニアが私の姿を見て顔を明るくしながらそう声を上げる。
ミルはそのまま私の元へ駆け寄って来ると腰に抱き着き満面の笑みで見上げて来る。
「お兄様っ! お久しぶりですっ! いまお戻りに?」
「ああ、少し用事があってな。それと友達も連れて来た。挨拶しなさい」
そう促してやると、ミルは素直に頷き私の腰から離れ四人に対し綺麗に頭を下げる。
「はじめましてっ! キャッツ家の次女でクラウンお兄様の妹のミルトニアですっ! よろしくお願いしますっ!」
瞬間、ヘリアーテとロセッティの二人がミルに駆け寄り、頭を撫でる。
「カ・ワ・イ・イぃ〜〜っ!! 私ヘリアーテって言うのよっ! 気軽に〝ヘーテ〟って読んでねミルちゃんっ!」
「キレイなお辞儀できて偉いねミルトニアちゃん!わたしはロセッティ。〝ロッティ〟でも良いよっ! よろしくねっ!」
そのまま二人は揉みくちゃにするように頭を撫で回し、カワイイカワイイとミルを愛でる。
ふふふ。流石は私の妹。一瞬で二人を虜にしてしまうとは、ある意味で末恐ろしいな。ふふふ……。
「……」
「……」
ふと、横目で残り二人の様子を見ると、二人して何やら複雑な表情を浮かべている。
……ああ、そうか。この二人なら、そうなるか……。
グラッドは過去、その手で実の妹を手に掛けてしまっている。
私の記憶を一部見せているから彼は私に妹が居ると知ってはいた筈だが、いざ目の前にすると流石に思うところがあるのだろう。らしくない程に、表情が曇っている。
ディズレーはグラッド程に深刻ではないが、恐らく故郷に置いてきた弟妹の事を思い馳せているのだろう。
懐郷や寂寞、そして焦燥がその顔から滲んでいた。
私はそんな二人に歩み寄り、二人の肩を軽く叩く。
「お前達が良ければ、仲良くしてやってくれないか?」
「え?」
「俺達、がか?」
普通ならば「無理に接しなくていい」だのと言うのかもしれんが、敢えて私はミルと仲良くする事を推す。
別に二人の中にある
ここでミルからすら逃げているようじゃあ今後様々な場面で二人の選択肢にある「逃げ」の優先度が高くなる。
逃げる事を否定しているのではない。時には逃げる事が最良の道だったという場面もある。逃げる事で心が楽になるのならそれも良いだろう。
だが決して間違ってはいけない場面では、逃げの選択肢は異様な誘惑を放ち、怠惰に訴え掛けて来る。そして必ず後悔するのだ。
少し大袈裟ではあるかもしれんが、こういう小さな場面での積み重ねが後々に響く。そう私は考える。
「君達が今何を思っているのかは察する。だがそれでも、あの子と仲良くしてやってくれ。……君達の為にも、な」
「……」
「……」
「……はあ。わかったよ。行くよディズレー」
「お、おう」
説得の結果、二人は諦めたようにして女子二人に揉みくちゃにされているミルに歩み寄り、少しぎこちない笑みを見せる。
「二人ともちょっとやり過ぎ……。初めましてミルトニアちゃん。ボクはグラッド。よろしく」
「よう。俺はディズレーだ。嬢ちゃんの兄ちゃんには色々と世話になってる。よろしくな」
「はいっ!」
一通りミルトニアへの挨拶が終わり、屋敷に入った私達はその後に母上にも彼等を紹介。「お友達が増えてお母さん嬉しいわぁ」と中々に喜んでくれた。
一時はメイド長をしていたハンナが実は潜入エルフだった事を父上から聞き落ち込んでいたのだが、ミルが根気強く励ましたらしい。今はなんとか調子を取り戻したようだ。
因みに父上は仕事で外に出ている。恐らくはエルフとの戦争について色々と裏から手を回している真っ最中なのだろう。
いきなり国中に〝戦争がある〟などと広まれば混乱が生じるのは必定。だが正式に決定していない事を公表する事は出来ない、というジレンマを解消する為に意図時に〝噂〟を流し、密かに心構えをさせる……。
そういった地味だが調整の難易度が高い裏方の仕事は我が家〝翡翠〟の役割。まぁ他にも色々と血生臭い仕事もしているが。
こういう裏方の──〝裏稼業〟の仕事を私達に継がせたくない、と父上は憂いていたのだが……ふむ。
──と、思考が逸れたな。
「それでクラウン。お友達を紹介してくれるのは本当に嬉しいのだけど、貴方がそれだけでわざわざ家に戻って来たりするの?」
「すみません母上。本当は用事など無くとも帰って来たいのですが、なにぶん色々と忙しく……」
「良いの良いの。その歳でそれだけ忙しいのはある意味で喜ばしい事だわ。物騒でなければ、ね?」
母上から笑顔の圧力が飛んでくる。相も変わらず、謎の迫力があるな……。
「……あの笑顔ってさ……」
「ええ。きっと母親譲りよ、あの笑顔の圧」
「だな。スッゲェ似てやがる」
「もっと違う所が似れば良かったのに……」
……何やら背後からコソコソと筒抜けな内緒話が聞こえてくるが、コイツ等私がスキルで耳が良いのを理解しているのか?
というか意外とロセッティの一言の棘がかなり鋭利に聞こえるんだが?
「それで? 用事って?」
「え、ええ。実は〝コレ〟を母上に頼みたくて……」
私はポケットディメンションを開き、一つの指輪を取り出す。
「あらコレ。前に見せて貰った壊れちゃってた指輪じゃない」
母上に見せたのは十年程前にメルラから貰った破損アイテム「足跡の指輪」。中央にあるブラックオニキスに似た宝石に大きな亀裂が入ってしまい使い物にならなくなっていた物だ。
「前にも言ったと思うけど、これは私でもどうしようも無いわよ?金具や細工なら兎も角、宝石がこれじゃあ流石にねぇ」
そう言って指輪を受け取りながら
母上の言う通り以前にも直せないかとこの指輪を見せた事があるのだが、同じ理由で「諦めなさい」と断られてしまった。
本来ならばワガママを言った所で前と同じ答えしか出て来ないだろうが、今回は違う。
「実は母上。こんなものが手に入ったのですよ」
そうして再びポケットディメンションを開き、今度は液体の入った小瓶を取り出してから母上に渡す。
すると母上は目の色を変え、食い入るようにその小瓶の中身を凝視し始めた。
「これってもしかして……「輝石戻し」!?」
「ああ、やはりご存知でしたか。その通り、宝石の傷を直してしまう菌が利用された薬液。輝石戻しです」
「どうしたのこんなもの……。確かこの国では採れないから他国から輸入しなければならない筈よ? そのせいで宝石本体より価格が跳ね上がるから費用対効果が悪いって……」
エルフの貴族を殺して懐を漁りました。
……などと正直な事を言えるわけが無いので誤魔化す。
「少し仕事で頑張りまして。それはその報酬の一部でした」
嘘では無い。ただ事実を限りなく曲解し、
「成る程ねぇ……」
「それで母上。母上ならばこれを使って──」
「……」
あ。母上が職人の目になった。
「……ねぇえクラウン」
「はい」
「ちょっと試したい事を思い付いたの。もしかしたら失敗してしまうかもしれないけど、私の経験則から考えるに恐らく成功するわ。だからこの輝石戻しと指輪の件、全面的に私に任せてはくれないかしら?」
「ええ良いですよ」
勿論、二つ返事である。
母上の事を信頼している事も勿論あるが、私は〝職人〟という人種に対して全幅の信頼を持っている。
これはノーマンにも言える事なのだが、職人という人種が〝経験則〟や〝直感〟、そして〝天啓〟を語る時に出る結果は十中八九最良最高の結果が付いて来る。
当然必ずではないのは理解しているが、この場合は乗らないで後悔するより乗って後悔した方が百倍良い。
それに見合うだけの価値はあると、私は前世からの経験で学んだ。例えその賭けに負けたのだとしたら、それはそれで諦めがつく。
故に私は躊躇なく母上に両方を預けるのだ。
「本当に良いの?」
「母上ならば必ず為せます。私の母上ならば、造作も無い事でしょう?」
「あらあら。随分とハードルを上げるのねぇ。でも……そうね。私なら、造作も無いわねぇ」
母上の眼光が鋭くなる。それは最早職人というより強敵に立ち向かう戦士にも似た強い意志を宿し、闘志が燃えているのが理解出来た。
「では母上。よろしくお願いします」
「任せなさい。貴方の想像の上、必ず超えると宣言しておくわ」
そう母上は高らかに言い放つ。
ふふふ。流石は私の母上だ。
「……本当、似てるわね」
「だねー」
「取り敢えず君等は夕食が出来上がるまでのんびりしていてくれ。私はちょっと出て来る」
「……は?アンタ馬鹿じゃないの?」
それぞれ寛ぐ五人にそう告げた所、ヘリアーテに顔を
「アンタ……。お客さん放っといて出掛けるってマジ?貴族としてどうなの?」
まあ、貴族同士の付き合いならばあり得ないだろうが……。
「私は貴族として君達を招いたのでは無く〝友人〟として招いたんだ。多少扱いが荒いのくらい寛容になれ」
「アンタねぇ……」
「第一付いて来いと言ってるんじゃないんだ、のんびりしていてくれ、と言っている。それに何時間も時間を空けるわけじゃない」
「……はあ、もういいわよ。好きにすれば?」
諦めた様子のヘリアーテに「ああ」とだけ返し、他四人に目配せした後テレポーテーションで転移する。転移先は……パージンだ。
「……オメェさん。馬鹿じゃねぇか?」
ノーマンに、そんな事を言われてしまった。
さっきもヘリアーテに似たような事言われたばかりなんだがな……。
と、言ってもノーマンの反応はある種至極真っ当ではあるのだ。なんせ店を訪れた私の開口一番は──
『ノーマンさん。他人の専用武器を自分の物にする方法ってあったりますか?』
なのだから。
「あのなぁオメェさん。「他人に使わせないようにする」。それが専用武器を拵える理由の一つだ。それなのに自分の物にするだぁ?それが出来りゃ専用武器の意味無ぇだろうがっ!!」
などと怒鳴られてしまう始末。
まあ、仕方ないのは仕方ないないのだが……。
「分かっています。ですがそれでもなんとかしたいんです。……まずはコレを見て下さい」
そう言ってポケットディメンションを開いて取り出したのはアヴァリから獲得した彼女の可変式の棍「聖棍・シェロブ」。
今は一本の長棍ではなく、六つの短棍に別れている。
「……ほう」
ノーマンは短棍の内の一本を手に取ると
その目は先程の母上の様に鋭いもので、職人としての心や興味が垣間見える。恐らく《物品鑑定》や《品質鑑定》などのスキルを使って検分しているのだろう。
「……どうです?」
「……持ち主は?」
「既に亡くなってます。……私が直接」
一瞬ノーマンが私の目を見る。
「……そうかい」
それだけで色々と察してくれたのだろう。後は何も聞かず小さく溜め息だけを吐いて持っていた短棍を私に返す。
「……方法が、無ぇわけでもねぇ」
「本当ですかっ!?」
嬉しさの余り少し大きな声が出てしまい、ノーマンに「騒ぐなっ」と咎められてしまう。
だがこれで安心した。こんな素晴らしい武器が手元にあるのに使い物にならないんじゃあ勿体無くて仕方がない。気が狂いそうになる。
多少興奮してしまうのも無理ならぬ話と諦めて欲しい。
「はあ、ったくオメェさんは……」
「それで? 方法というのは?」
「……〝武器継承〟っつう手段がある」
「武器継承……ですか?」
「ああ。元は師匠から弟子に専用武器を受け継がせる為にある手段でよう。主人を書き換えるってより、新しい主人を追加するって感じだな。まあ厳密には違ぇが、大体そんな感じだ」
成る程……。確かにそれならば他人の専用武器も扱えるようになるかもしれん。だがそれでは──
「それでは名を書き加えるだけで扱えるようになってしまいませんか?消すのは難しいですが、新たに刻むなら容易に出来てしまうような気が……」
「いや、その認識は違ぇ。確かに新たに刻めりゃするが、効果は発動したりしねぇんだ。追加するにゃ事前にもう一工程必要になる」
「……それは?」
「なんとなく察してんだろう?〝 元の持ち主の合意〟だ」
……。
「つまりソイツをオメェさんの物にするにゃあオメェさんが殺しちまった元の持ち主に許可取らねぇとならねぇ……」
「……成る程」
「残念だったなオメェさん。どう足掻いたってそれをオメェさんの専用武器にゃあ出来ねぇよ」
ノーマンがなんとも言えない表情で私の肩に手を置く。潔く諦めな。そんな事を言外に言っているのだろう。
……確かに、な。
アヴァリは私が殺した。
両手を切断し、その首を確かに落とした。
……だが──
「……ノーマンさん」
「ああ?」
「知っているでしょう? 私、諦めが悪いんです」
「……ああ?」
「ちょっと、待ってて下さい」
私は目を閉じ、意識を自身の中に集中させてからスキルを発動する。
スキル、《
手も足も頭も無い感覚。
そう。今の私は魂だけの姿。心象世界での姿だ。
目の前には私自慢の博物館。
今ではかなり立派で、人間の身体から見た視点に置き換えても視界内では収まり切らない程に大きくなっている。
と、言っても展示されているのは殆どが美しい結晶として形取っているスキル達。魔物の剥製も何体かあるが、スキルの数には遠く及ばない。
そんな博物館に、私は魂の状態で漂って行く。
中に入り展示されているスキル達を横目に見ながら通り過ぎ、奥へと向かう。
本当ならばこれらスキル達をゆっくり眺めて過ごしたいが、今は別の用事で来ているのだ。真っ直ぐ向かおう。
その後も私は漂い続け、大きくなった分多少時間を要してしまったが、漸く博物館の奥にある一つの部屋に辿り着く。
この部屋は展示室ではなく一種の保管室。それも私の中にある〝とある〟大事なものを保管する為に拵えた特別なものだ。
私はその保管室の扉を潜り、中に入る。
そこにあるのは……。
『……貴様』
『居心地はどうだ? アヴァリ……』
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