第二章:嬉々として連戦-29

 

 私は、「不必要な存在」だった。


 まだ物心が付く前。私はおばあちゃんにボロボロになって森を彷徨っていた所を拾われた。


 そうなっていた原因は分からない。覚えていない。私自身が物心付く前だった事と、当時の私が抱えていたトラウマとも言える出来事が私の記憶に蓋をしているんだと、おばあちゃんには言われた。


 私自身もそうなんだと、当時はそれで納得した。


 けれどもある日、私の中に一つの〝呪い〟が深々と根差している事に気が付いた。


 おばあちゃんが一人で夕食を作ろうとしたのを見た私は、いつもお世話になっているお礼のつもりで手伝う事を申し出た。


 それを聞いたおばあちゃんは嬉しそうな顔をしながら、


『ありがとうね。だけど危ないからコレはわたしに任せな。アンタはゆっくり──』


 おばあちゃんのそのなんでもない言葉を聞いた瞬間、私の頭の中に突然、声が響いた。


『その子は不要だ。あの魔物が出たという森に捨ておけ……』


『まったく、よりにもよってなんで双子で……。要らん世話を増やすんじゃないよ……』


『片方が××××なのでしょう? なら考えるまでもない。捨てるならそっちを……』


 そんな言葉の嵐が私の頭の中はまるで竜巻に曝されたかのように激しく回り、自分の意思に反して泣き喚き叫び声を上げていた。


 それを見たおばあちゃんは勿論慌てて私を慰めてくれたけど、自分でもなんでこうなっているのかがよく分からなかったし、止められなかった。


 少しすると私の意識も次第に薄れていって、次に正気に戻った時はベッドの上だった。


 おばあちゃんは心の底から心配してくれて、寝てしまった私を付きっきりで看病してくれていた。


 その後自分がどうなったのか聞いてみたら、私はあのまま気を失って、うわ言をずっと言っていたみたいで、私が目を覚ますまでは気が気じゃなかったって言われた。


 何故そうなってしまうのかおばあちゃんに聞かれたけど、私は私に何があったのか理解出来ていなくって「分からない」と言うしかなかった。


 それからはおばあちゃんは私に色々手伝わせてくれるようになった。


 おばあちゃんの役に立っていると、不思議と安心感が込み上げて来て、それが心地よくなっていった。


『ああ、私は必要とされてるんだ』


 それが私にとっての、人生の指針になった。


 そんな中で三年前に出会ったのがクラウンさん。


 最初の時は彼が領主様の息子だとは気付かずにロクな挨拶が出来なかったし、なんとなく良い気配をしている人だとは思わなかったから牽制してしまったけれど、今は頼りになる人として側に居てくれている。


 今にして思えば、あの時の良くない気配は彼が「強欲の魔王」だったからなのかなと、漠然とそう思っている。何故それを感じたのかは分からないけれど……。


 少ししてクラウンさんは薬学を学びに度々おばあちゃんを訪ねて来るようになって、それからは私にも気に掛けてくれるようになった。


 気に掛けてくれる理由は分からなかったけれど、それが善意であった事はちゃんと感じられたし、まともに話す初めての男性が彼だった事は幸運だったと今は思っている。


 彼は昔私が聞いた魔法を一日で習得したという話が偽りじゃなかったと思わせる程に多才な人で、おばあちゃんが教える薬学もどんどん吸収して、今では私が話に付いて行くのが必死なくらいにまで身に付けてしまった。本当に凄い人だと、そう感じた。


 ……だからかは分からない。


 分からないけれど、この人の役に立てたなら……、必要としされたなら……、私の中の〝呪い〟が消えてくれるんじゃないか……。


 そんな何の根拠もない思いが気が付いたら芽生えていた。


 そんな思いに突き動かされて彼の役に立とうと考えたけれど、それは簡単な事じゃなかった。


 クラウンさんは基本的に自分の事や身の回りの事、ひいては私達の事に至るまで大体自分の手で解決してしまう。


 それに加えて優秀な側付きのマルガレン君まで側に控えていて、とてもじゃないけれど私なんかが役に立てる隙なんて無かった。


 だから私はもどかしくて……。なんとか役に立てる事が無いか探した。


 そうして見付けたのが、クラウンさんの一戦力になる事。確かにクラウンさんは基礎五属性を扱えるけれど、それでも体は一つ。いざ戦闘になれば万能じゃなくなる。


 幸い私はその時既に二属性まではそれなりに扱えたから足手まといにはならないし、クラウンさんもそれを自覚していたみたいで学院に入学した時からは私をちゃんとした戦力として側に置いてくれた。


 これでクラウンさんの役にいつか立てる。そんな思いからか、私の中で燻り始めていた〝呪い〟が少しだけ大人しくなった気がした。


 でもやっぱり全部は上手くいかないもので、私の気持ちとは裏腹に、私の役に立てる時は望まない形で果たされてしまった。


 入学テストでの大騒動で、クラウンさんが片腕を失ってしまった。


 あの時は私も焦ったけれど、目を覚ましたクラウンさんは思っていたよりも元気で、内心でホッとしたのを覚えている。


 そんなクラウンさんの為に、私は色々と身の回りを手助けした。


 片腕を失ってやり辛くなった事や出来なくなった事を私やマルガレン君でお手伝いして、クラウンさんの役に立てた。


 不謹慎だとは頭で分かっていても、役に立てている事に私は密かに喜びを覚えてしまっていた。


 本当に、最低だと思う……。


 それからクラウンさんの腕が戻った後も「暴食の魔王」討伐を誘ってくれたり、少し前に私にお財布を預けてくれたり、一緒に魔物と戦ったり……。クラウンさんは私を頻繁に頼ってくれている。


 私はそれに必死に応えたくてキャピタレウス様に《光魔法》を教わったり、クラウンさんにも本格的な魔法の練習に付き合って貰ったりして……。


 私はクラウンさんにとっての「必要な存在」に少しは近付けた気がした。


 そして今、もう一つのトラウマとも言えるアンデッドとクラウンさんの一騎討ちで、クラウンさんが危機に陥っている。


 正真正銘の、命の危機。


 救えるのは多分……この場に私だけ。


 そんな状況に、私は確かに役に立ちたいという気持ちが湧いているのを今、感じている。


 ……感じている、けれど……。


 ……そんな事より、何よりも。


 私は単純にクラウンさんを助けたい。


 クラウンさんが死んでしまう想像をすると、それだけで頭の中がぐちゃぐちゃになりそうになる。


 一緒に居られなくなると考えるだけで、その後の自分の人生が暗いものになるんじゃないかと不安になる。


 きっと私は……笑えなくなる。


 こんな気持ちはおばあちゃん以外で初めて……。役に立つとか立たないとか、そんな気持ち今はどうだっていい。


 アンデッドが怖いとかどうだっていいっ!


 今は、何より……っ!


「クラウンさんに死んで欲しくないっ!!」





 クラウンの体を、優しい光が包み込む。


 それは仄かに暖かく、まるで木漏れ日を全身に浴びたかのような温もりがクラウンの全身を覆い、纏わりついていた呪いを押し除けていく。


 そんな自分の変化に気が付いたクラウンはハッとした様子でロリーナの方を見る。


 するとそこには体を震わせ、顔を青褪めさせながらも必死に両手を突き出し《光魔法》を自分に向けてくれているのが目に入った。


「ロリーナ……。そうだ、確かロリーナも《光魔法》を……。だが、まだ君は……」


 そう。ロリーナは未だに《光魔法》を習得はしていない。


 素質があり、《光魔法適性》のスキルが宿る指輪のお陰で発動自体は問題はないものの、習得するだけの魔力操作や経験が今一歩程足りずにいた。


 しかし、今発動している《光魔法》には殆どブレが無く、的確にクラウンにヘドロのように纏わりついた呪いをその光で押し除けていく。


 それは例えるなら開腹手術をするような繊細さが必要になるのだが、ロリーナはそれをゆっくりではあるが着実にこなしていた。


「ふふっ……流石だな、君は……。それに……」


 クラウンは目の前にまで迫っていたアンネローゼに視線を移す。


 そこにはクラウンを包み込むロリーナの《光魔法》を露骨に嫌がる素振りを見せ、ズルズルと後退っていた。


「そういえば《陽光弱化》、だったか……。本当、君は最高だな」


 少しずつだが思考力が戻り始めたクラウンは、手に持つ燈狼を担ごうとするが、まだ身体の方は言う事を効かず、思わず苦笑いを浮かべる。


(まだ掛かるか……。ん?)


 身体の具合を確かめていると、目の前で光に苦しんでいた筈のアンネローゼが体勢を立て直し、その暗い眼窩をクラウンにではなく《光魔法》を行使するロリーナに向けていた。


「貴、様……」


 クラウンはアンネローゼの標的が自分からロリーナに替わった事を察し、無理矢理にでも身体を起こそうと全身に力を込めるが、やはり身体は一向に動かない。


 そうこうしている内にアンネローゼは剣を振るい上げる。しかし彼女は彼女で肩口から腕を無くしている事とロリーナの《光魔法》の余波によって先程のような動きがまともに出来ずバランスを崩し、再び剣を杖代わりにして倒れるのを防ぐ。


(よし、これならば……。っ!?)


 そう安心したのも束の間、突如アンネローゼからまるで《闇魔法》の様に底無しに黒いもや状の何かが溢れ出し、それが彼女の足元に沈殿し、広がり始めた。


(馬鹿な……、奴は《闇魔法》など持っては……。いや、違うスキルか? だが一体何の……)


 ただ見ている事しか出来ないクラウンの目の前で広がっていく黒い靄はある一定の大きさまで広がると止まり、溢れ出る靄が層を成すようにどんどん厚くなっていく。


(アンデッド特有の何かか? それとも彼女が元々持っていた特殊な……。クソッ、思い出せん……)


 未だ本調子までいかないクラウンの思考力を他所にアンネローゼの周囲の靄に異変が生じ始める。


 厚く層になっていた靄の中から突如として何かが蠢くと勢いよく飛び出し、アンネローゼとロリーナの間に姿を現す。


 それは靄同様に果てしない漆黒で形作られた獣。四つの足で大地を踏み締め、面長な頭部からは牙の様な物が散見し、波打つ靄がまるで毛並みの様なその存在は側から見れば狼のようにも見えた。


(アレはっ!? 《眷族召喚》かっ!)


 《眷族召喚》は強い力を有したアンデッドやゴースト、また種族で言えば魔族や天族が習得しているとされるエクストラスキル。


 自身に連なる配下を模した存在を一時的に呼び出し、行使するわば簡易版の〝魂の契約〟。


 〝魂の契約〟による使い魔ファミリアとの違いは大きく分けて三つあり、一つは一時的に呼び出せるだけであり、呼び出せる時間や場所にある程度制限がある事。


 二つ目はあくまで模した存在である事。召喚される存在はあくまでも本物ではなく自身の記憶する姿を模した偽物であり、且つ自身よりも必ず弱い存在でなければならない。


 そしてもう一つが魂に縛られない事である。


 〝魂の契約〟はその名の通り魂に刻まれる契約であり、強い繋がりを得る代わりに大きな代償を伴うものだが、《眷族召喚》によって呼び出される眷族は自身に連なる存在であれば制限はない。


 この場合、今呼び出されているこの黒い狼はアンネローゼにとってそんな存在を模した物である事を表しているのだが……。


(あの呼び出された眷族の様子……普通じゃないな。アンネローゼがアンデッドだからか?)


 通常、アンデッドやゴーストが《眷族召喚》を使った場合、生前に自身に関わった存在を呼び出すのが一般的であるが、その姿形は大体が安定していない。


 まともな意識や記憶が働いていない故のあの姿なのである。


(チッ……。今はそんな事より……)

「ロリーナっ! 私は後回しでいいっ!! 自衛しなさいっ!!」


 クラウンがそう叫ぶも、聞こえている筈のロリーナはそんな言葉に対するリアクションを一切起こさない。


「凄い集中力だと褒めてやりたいが、このままでは……」


 そうこうしている内に召喚された黒い狼は前傾姿勢になると狙いをそのままロリーナに定め一気に大地を蹴り出す。


 靄が線を引く程に加速した狼は、その漆黒に染まる牙を剥き出すとロリーナに向かって飛び掛かった。


「ロリーナッ!!」


 咄嗟にクラウンは《空間魔法》を発動しようと魔力を練るが、今のクラウンにそれは叶わない。


 そして狼の牙がロリーナに数センチまで迫る。次の瞬間──


「近寄んなッ!!」


 硬い何かがぶつかる鈍い音が響くのと同時に、飛び掛かっていた狼は逆方向に吹き飛ばされると濡れた地面を滑っていく。


「君等……」


「言ったろ? ロリーナは任せろって」


「そうですよっ! 見てるだけじゃないんですからねっ!」


 そう胸を張ったのは、ロリーナの側に控えていたティールとユウナだった。

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