第二章:嬉々として連戦-28

 

 アンネローゼはバラバラに砕け散った盾を見るや否や早々に諦めると盾を腕を振るってクラウンに向かって投げ棄てる。


 クラウンはそれを見ると還す刀で弾き返し、逆にアンネローゼに思い切りぶつけた。


 しかしアンネローゼはそんなカウンターを無視し、自身の身体に盾の残骸が突き刺さろうがお構いなしにクラウン目掛け再び剣を振るう。


 それを見たクラウンは口元を歪ませると燈狼とうろうを構え直し、その刀身に魔力を流し込んで炎上させるとアンネローゼの剣撃を迎え撃った。


 上段から放たれた《四連撃クアトロスラッシュ》を強化された動体視力で的確に弾き、捻りを加えられた横薙ぎの《双瞬連斬ソニックツインブラスト》を刀身を盾にして防ぎ切り、肩関節の可動域を無視した下段からの《飛墜昇閃アッパーダイブスラッシュ》を《唐竹割り》と《飛墜閃ダイブスラッシュ》で迎え撃ち捌き切る。


 アンネローゼからの連撃を防ぎ切ったクラウンはそこで一息吐こうと後退しようとする。しかしそこからアンネローゼは止まらず、一歩クラウンの懐に飛び込むと盾が無くなり自由度が増した左手を突き出しクラウンの胸倉を掴んだ。


 そしてそのまま力任せにクラウンを地面に叩き付けようと全体重を乗せるアンネローゼだったが、クラウンは敢えて自分から背後に倒れるようにして力を逃し、それによりバランスを崩したアンネローゼの長髪を掴み返して身体を捻って逆にアンネローゼを地面に叩き付ける。


 アンネローゼの顔面が地面に衝突し、骨が折れ軋む嫌な音を響かせる中、クラウンはそのままアンネローゼの背中に馬乗りになり燈狼を逆手持ちにすると燃え盛る刀身を容赦なくその背中に突き立てる。


 深々と刺さりながら貫いた傷口を焼き上げていく燈狼とうろう。《炎熱弱化》により炎に弱くなっているアンネローゼにとっては致命傷の筈の一撃だったが、当のアンネローゼにそれに対するリアクションは無い。


 それどころかアンネローゼはまたも肩関節の可動域を無視するように背後にいるクラウンに対しその体勢のまま斬撃を繰り出した。


 《危機感知》によりそれに瞬時に反応したクラウンは素早く燈狼とうろうを引き抜くと後ろへ大きく後退。追撃を加えようと構え直して走る。


 が、倒れ伏したアンネローゼは先程の深手を意にも介さずに素早く立ち上がり、先程までとは比べ物にならないような低姿勢で剣を構えるとクラウンの追撃を今度はアンネローゼが迎え撃つ。


 クラウンの横薙ぎの《瞬斬撃ソニックブラスト》をアンネローゼは下段から弾き、弾かれた燈狼とうろうでそのまま振り下ろしながら《剛衝斬ショックブレイク》を浴びせると《旋襲連舞サークルダンス》で絡め取るように弾き、《縮地法》を利用した足捌きによる《背旋斬バックスラッシュ》で背後から襲うも、無理矢理腰を百八十度回して《顎襲崩斬フルバイトブレイド》で防ぎ切る。


「ふぅ……」


 クラウンは短く息を吐くと、再び《縮地法》でアンネローゼの懐に飛び込み、拳を捻れた腹部に当てがうと《寸頸》を放つ。


 瞬間アンネローゼの体が後方へ大きく吹き飛び、濡れた地面を水飛沫を上げながら滑っていく。


「まったく……。アンデッドとはいえ剣術じゃあ私が劣るか……。これは姉さんに鍛え直して貰わなきゃならんな。が、その前に……」


 吹き飛ばされたアンネローゼの方を見てみれば、もう起き上がろうと地面に手を着き上体を起こしている。このままではまた同じ戦況を繰り返してしまうだろう。


「お前に勝てなきゃ姉さんに一矢すら報えない。もっとウォーミングアップに付き合ってもらうぞっ!」


 クラウンは燈狼とうろうを上段に構えると一気に地に伏すアンネローゼの元まで距離を詰め、燈狼の刀身に火炎を纏わす。


「練習中の技だ。その身に刻め」


 刀身の火炎は大量に注ぎ込んだ魔力により次第にその色を橙から蒼に変えていき、炎の揺らめきが消えると刀身を覆う様な形で蒼炎の刃が出来上がる。


『条件を満たしました。技術系スキル《蒼破断絶》を習得しました』


 クラウンはその天声のアナウンスに口角を吊り上げ、蒼炎の刃はそのままアンネローゼに振り下ろされる。


「《蒼破断絶》っ!!」


 するとアンネローゼはまたも肩関節を無視した挙動で強引に頭上に剣を構え、迫り来る蒼炎の刃と刀身同士がぶつかる。


 しかし《炎熱弱化》のスキルによりアンデッドであるアンネローゼの体は近距離にまで迫る刀身の熱に耐えられず崩壊。そのまま蒼炎の刃は彼女の身体に吸い込まれる。


 振り下ろされた刃が彼女を貫通し地面に触れた瞬間、刀身の熱が濡れた地面を一気に蒸発させ、クラウンとアンネローゼの二人を水蒸気が包み込む。


「だ、大丈夫なのか……? やったのか?」


 そう呟くティールの傍ら、ユウナに縋り付くロリーナが心配そうに水蒸気の中に目を凝らす。


 すると中からクラウンが大きく後退へ跳び出し、燈狼とうろうを構え直した。


「マジかよ……」


「も、もしかしてあんなの食らってまだ……?」


「……」


 水蒸気が晴れ、影が徐々に濃くなりハッキリとその姿が認識出来るまでになって現れたのは、剣を握っていた右腕が肩口からごっそり切り落とされながらも立ち上がるアンネローゼの姿だった。


 その大きな傷口は先程の燈狼とうろうによる熱で焼け焦げて炭化し、幸い内臓などの断面が見える様な凄惨な光景にはなっていなかったものの、痛々しい見た目になった事には変わりなく、ロリーナは思わず目を瞑り顔をユウナの雨具に埋める。


「あ、アレですね……。相手が女の子でもロリーナさんにこうされると、ちょっとトキメキますね……」


「……何を急に空気読めないこと言ってんだお前……。ちょっと引くわぁ……」


「ひ、引く事ないでしょうっ!? 第一私は君等より上級生だからねっ!! 忘れてるようだけどもっ!? もっと敬意を──」


「はいはい……。ほら、クラウンこっち睨んでるから静かにしよう。うん」


「ぐぬぬ……」


 そんなやりとりをしている最中、片腕だけとなったアンネローゼは地面に落ちた剣を左手で拾い上げ、再び構えを取る。


(ほう……。あの構え慣れた感じは付け焼き刃じゃないな。利き腕が使えなくなった時用に片手で扱えるようにも訓練していたのか。まあ、それはいいが、しかし……)


 クラウンは彼女が握る剣に視線を動かし、訝しむように眉をひそめる。


(あんなに刀身やら意匠がボロボロなのに私の燈狼の《蒼破断絶》を受け止めてまだ無事とは……。ただの剣じゃないな)


 クラウンはそう簡単に推察すると、彼女の持つ剣に対して《解析鑑定》等の鑑定スキルを全て使い剣の正体を探る。すると……、


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 アイテム名:白亜の硬剣

 種別:レガシーアイテム

 分類:蛇腹剣

 スキル:《硬度強化》《呪詛》


 希少価値:★★★★★


 概要:古代の遺跡から発掘された遺物。切れ味の鋭さよりその硬さによって叩き斬る事を主としている。


 内部に伸縮する機構が仕込まれており、その刀身を蛇腹状に変形させ攻撃範囲を広げると共に変則的な攻撃が可能となるが、その機構は発見当初からの不具合により使用不能となっている。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(蛇腹剣? ──あぁ、アレか。バラバラになった刀身がワイヤーのような物で繋がっていて、それを鞭のように振るって攻撃出来る、あの……)


 ゲームや漫画、アニメなどでその存在を知ってはいるが、現実として存在しているその剣に、クラウンの興味が惹かれる。


(素晴らしいなっ、うん。大変に素晴らしいっ! 今回の旅は本当に大当たりだっ! 数日間の旅路を差し引いてもお釣りが来る……。ふふふっ)


 加速した思考の中で心底楽し気に笑っていると、目の前のアンネローゼが何やらヨロヨロとよろめいてバランスを崩し、持っていた剣を杖のようにして地面に突き立てる。


(なんだ? 片腕が無くなってバランスが取れなくなったか? 経験がある身としては痛い程気持ちが分かるが、それに遠慮してやる程私は優しくないぞ)


 そんな状態のアンネローゼに向かい、クラウンは再び疾駆する。狙うは先程の反対側、もう一方の腕も斬り飛ばすつもりでもう一度その刀身を蒼炎で包み込む。


「さあ、その剣を頂こう」


 そう呟いて《蒼破断絶》を振り下ろすクラウン。


 しかし、その瞬間、唐突にクラウンの全身から力が抜け、構えが崩れる。


 燈狼の蒼炎も一瞬で鎮火し、最早熱すら発しない。


(なっ!? 力がっ!?)


 突然の自身の異変に訝しみながら崩れた体勢を地面に手を付いてなんとか持ち堪え、遮二無二後方に転がりながら下がる。


 クラウンはすぐさま天声に自身の現状を確認する。


(天声っ! 今私はどんな状態だっ!?)


『現在クラウン様は状態異常「呪怨」に侵されています』


(呪怨、だと?)


『はい。状態異常「呪怨」とは、一定量の「呪い」をその身に受けた状態であり。状態異常「呪怨」になった場合、身体能力の大幅な低下、思考力の低下及び魔力操作の乱れ等の症状が現れます』


(くっ……。また厄介な……)


『現在敵対している対象の攻撃に「呪怨属性」が含まれていたと推測します。結果、剣を交える、攻撃を受ける等の要因により「呪い」が蓄積。先程の急激な接近により状態異常「呪怨」の発動ラインを越えたと思われます』


(成る程な……。ああクソ、頭の回転が露骨に鈍くなって来ているな。思考がまとまらない……)


 クラウンは何も、アンネローゼが所持していたスキル《呪怨》や剣に宿る《呪詛》を気にしなかったワケではない。


 いずれ今現在のように使ってくるだろうと心構えだけはしていたのだが、その事を戦う最中に忘却してしまっていた。


 これもまたアンネローゼの攻撃による「呪い」の影響であり、僅かずつ思考力が落ちていた故の失態であった。


 頭を抱え、なんとか対策を練らねばと必死に頭を働かせようとスキルを総動員するが、それでも思考はすぐさま霧散するように散らばり、一向に纏まる気配がない。


(チッ……こんな事をしている間に、奴が……)


 思考は纏まらず、まともに身体に力が入らない中、目の前の剣を地面に突き立てたアンネローゼが再び構えを直し、クラウンをその空虚な眼窩で見据える。


 その腐り落ちそうな口元は不思議と笑っているようにも見え、クラウンの思考を更に邪魔した。


(クソ……。天声、何か対処法は無いのかっ!?)


『はい。状態異常「呪怨」には神の加護である《神聖魔法》か熟達した《回復魔法》。もしくは《光魔法》による洗い流しが有効です』


(《神聖魔法》に《回復魔法》か……。生憎両方共無いな……)


 この場にアーリシアが居ればこの危機から脱せたものの、当然今は居ない。そんな現実にクラウンは内心で苦笑いを浮かべる。


(ふふっ……。まさか戦闘でアーリシアの助けが必要になるとはな……。だが無い物ねだりしていても仕方がない。《光魔法》、なら……)


 そう思い自らの《光魔法》で自身の呪怨を討ち払おうと発動を試みる。しかし手の平に集めた魔力は小さな光の球にすらならず、魔力は呆気なく宙に霧散する。


「ふふっ……ままならないか……」


 思わず口に漏らすクラウンに、アンネローゼがバランスを崩しながらも一歩ずつ歩み寄る。その歩みは遅いものの、もう数分とせずその剣がクラウンを襲うだろう。


「まったく……、格好が付かんな。少し調子に……乗り過ぎたか」


 項垂れるクラウンの思考は未だ定まらず、この後どうすべきか一切まとまらない。


 今のクラウンに出来る事は、限り無く少なかった。






「クラウン……さん?」


 状況の変化に気が付いたロリーナが、ユウナの雨具に埋めていた顔を出し、まともに動けずにいるクラウンに目が止まる。


 クラウンならばこの場でもなんとか持ち直して反撃に転ずるだろう。と、いつもならそう予感させる筈なのだが、今はそんな気配は感じられない。


 一向に動こうとしないクラウンにアンデッドであるアンネローゼが不気味に近付く。


 その様子はまるで寿命に抗えぬ老人のように、なす術が無い。


「ダメ……。ダメですクラウンさんっ!」


 そう震える声で呼び掛けるも、反応は返って来ない。


 このままではクラウンの首は数分後には胴体と離れ、雨に濡れた地面に転がるだろう。


 そんな嫌な光景を思い浮かべ、ロリーナは必死に頭を動かす。


(何かある……っ。クラウンさんがただああしているワケが……。でも何が? なんでクラウンさんは……)


 ロリーナはヒントを得る為に決死の覚悟でアンネローゼに視線を移す。


 その悍しい容貌に血の気が引くのを感じ、またユウナの雨具に顔を埋めてしまいそうになるが、頭に沸く恐怖を必死で振り払い、アンネローゼを見据える。


(アン……デッド……。クラウンさんの見た事の無い様子……。ならアンデッドの、特性? アンデッドの……特性……)


 それらの言葉に、一つの記憶が引っ掛かるのを感じ、ロリーナはそれを全力で引っ張り上げる。


 それは数週間前、クラウンの師匠であるフラクタル・キャピタレウスに《光魔法》の訓練をつけてもらっていた時の事……。






『……「呪い」、ですか?』


『左様。一般的に「呪怨」と呼ばれる状態異常はすこぶる厄介じゃ。罹患りかんするまでに多少時間と手間を要するが、一度かかれば対象をまともに動けなくし、思考すら鈍らせ、魔力操作を妨害する。これ程厄介なモノはそうそう無い』


『何故、そんな話を? 《光魔法》と関係が?』


『おお、おお。大アリじゃ。この「呪怨」の解除方法は大まかに三つ。一つは神への信仰心が物を言う《神聖魔法》。二つ目は魔力を媒介に治療を施す《回復魔法》。そして三つ目が押し広げる効果を持つ《光魔法》じゃ』


『押し広げる?《光魔法》が……』

 

『そうじゃ。「呪怨」とは呪いの蓄積により生じる異常じゃが、《光魔法》はその特性を活かして蓄積した呪いを霧散させる事が出来る。まあ、コントロールの難度が他の二つの比ではないが……。なぁに、ワシが教えるんじゃ。その程度ならばオヌシでも身に付こう』


『……必要、なのですか?』


『んん?』


『それだけ難しいのなら他の用途の方を先に試したいです。時間が掛かってしまうものは、出来れば後回しに……』


『なんじゃ? この術を知っていれば、例え「呪怨」に罹ろうとオヌシが治せるじゃろう? 必要ではないか』


『……クラウンさんなら、きっと自力でなんとかしてしまいます。クラウンさんが無事なら、他の心配も……』


『随分な信用っぷりじゃがのぉ……。アヤツ案外危なっかしい所があるぞ?』


『そう、ですか?』


『そうじゃよ。確かに色々考えながら動きはするが、たまーに好奇心がそれらを無視して最優先する嫌いがあるからのぉ……』


『……よく分かりますね』


『まあ、ちょっとだけ昔の自分にのぉ……。才能がある人種は割りかしその癖がある。アヤツも例外じゃなかろうて』


『ですが、クラウンさんに限って……』


『万が一じゃよ万が一。知らんより何倍もマシじゃ。ほれ、今から教えてやるから良く聞きなさい。まずは──』






「…………流石、ですね」


 ロリーナはそう小さく呟くと、しがみ付いていたユウナから決死の思いで離れ、自身の両手を見る。


 その手はこれ以上無いほどに震え、側から見てもまともに動かせる状態とは程遠く感じた。


 しかしそれでも。と、ロリーナは両手を力の一杯一杯に握り締め震えを強引に抑え込み、その両の手の平をクラウンに向ける。


「クラウンさん……。今、助けます」


 そんな言葉と共に、ロリーナの両手から優しい光が溢れ始める。

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