第二章:嬉々として連戦-30
見事黒い狼の牙からロリーナを守ったティールとユウナ。その手元を見てみれば、岩で形作られた盾がそれぞれ一つずつ握られており、ロリーナを守るように狼を捉えていた。
「君等……」
「あ、その反応は私達の存在忘れてましたねっ!? 連れて来といてなんなんですかっ!! まったくぅ」
「ま、まあ俺等もただ見てただけで何かしてたわけじゃないが……。それでも自分の発言くらいは責任持つぜ?」
そうティールは苦笑いした後、自慢の牙を弾かれた黒い狼に目線を移す。そこには黒い狼が態勢を立て直し、再び前傾姿勢になってティールを睨んでいた。
「えっ。つ、次俺っ!?」
今度は自分がターゲットになった事を察したティールは先程の強気な発言とは裏腹に持っている盾に精一杯身を隠しながらガタガタと震え出す。
「く、クラウンっ!! 悪いんだけど……、シセラ呼べないかなぁっ!?」
「……やれるならとっくにやっている」
ロリーナのお陰で漸く冴え始めた思考力で先程からシセラの召喚を試みていたクラウンであったが、どういうわけかシセラが普段宿っている《
《
その姿形は使用者の自由自在ではあるが、大きさと豪華さに関しては博物館内に格納された物品に応じて変化し、大きくなればなる程に消費魔力も増える。
クラウンの場合、博物館に飾られている約九割が結晶の形をしたスキル群。今やその数は優に百を越えており、博物館の大きさはそれに比例してかなりの物になっていた。
その為当然発動する為の魔力も増えており、現在のクラウンの状態では扱い切れず、もう暫くしないと博物館内に居るシセラとまとも連絡も取れないでいたのだ。
「シセラは今は諦めろ。君等だけで凌ぐんだ」
「い、いやっ! さっきのだってカッコつけたけど結構ギリギリだったんだぞっ!? あんなの何回も出来るかっ!!」
「一回は出来たんだなんとかなるっ! それに発言に責任持つんだろっ? 呼び出せるようになったら直ぐに呼ぶっ!それまでで構わんから耐えてくれっ!」
「ああぁもうっ! だってよユウナっ! 絶望的だっ!!」
「私接近戦とか経験無いんですけどっ!? ──って、わっ、来たっ!?」
戸惑う二人などに構う事なく、黒い狼は今度はティールに向かって飛び掛かる。
それを見たティールは恐怖から来るほぼ本能的な挙動で岩の盾で全身を覆う様な姿勢を取り狼からの牙をなんとか防ぐ。
しかし狼は同じように弾かれるような事はなく、その両前脚にある鋭い爪を盾の淵に引っ掛けるようにしてしがみ付き、上から顔を突き出してティールに噛み付こうと牙を剥く。
「ちょ、ちょッ!? や、止めろ馬鹿このッ!!」
そんな狼の行動に驚きながらも盾を上下左右に振り回し狼を振り落とそうともがくティールだったが、その鋭利な爪は盾に深く喰い込んでおり一向に落ちる気配がない。
「す、凄い……。盾に乗っかってる狼を振り回せるとか……。ティール君て意外に力持ち……」
「いやいやいやッ! ンなわけないだろッ! コイツが空気みてぇに軽いんだよッ!! つーか変な感心してないで助けろッ!!」
「えっ、う、うんっ!!」
そう言われユウナは慌てて盾にしがみ付く狼に両手を
「石弾っ! 夥しく吹き荒れろっ! エッジストーンバレットっ!!」
ユウナの両手から放たれた無数の鋭利に尖った石弾は真っ直ぐ狼に向かい、そのまま鈍い音を立てて身体中に突き刺さる。
しかし……。
「お、おいっ!! ぶっ飛ばすどころか怯みすらしないぞこの犬っころっ!? どうなってんだよっ!!」
《眷族召喚》によって召喚された眷族には確かに実体が存在する。しかしその実体はあくまで召喚者の魔力によって一時的に形成された偽物であり生物ではない。故に鋭利な石がいくつ突き刺さろうが例え首を落とされようが死ぬわけではない。
「で、でもさっきより動き鈍くなったっ! もうちょっとやってみるっ!!」
だがそれでも実体がある以上、影響そのものは及ぼせる。死にはしなくともその動き自体は鈍くさせる事も出来る。
「石弾っ!夥しく吹き荒れぇ……ってわっ!?」
再び詠唱しようとしたユウナであったが、狼が上手いこと自身の攻撃を躱し続けるティールよりも邪魔をしてくるユウナに目を付け、そのまま盾の上から飛び掛かられると思わず詠唱を中断してしまう。
そんな狼をギリギリの所で受け止めたユウナはティール同様に狼を盾に乗っける形で自身の身を守る。
「あっ本当だっ! 軽いこの狼っ!」
「言ってる場合かっ!!」
ティールは持っていた盾を振りかざすとユウナに被さる狼に向かって思い切り叩き付ける。しかしユウナの魔術を受けても盾を離れなかった狼がティールの一撃で怯むわけもなく、狼はそんなティールを無視してユウナに噛み付かんと必死に暴れる。
「このッ!! クソッ!!」
負けじとティールも盾を何度も何度も狼に叩き付けるが、多少煩わしそうにする程度で全く堪えていない。
「ああもう、いい加減にしてっ!!」
狼の執拗な攻撃に嫌気が差したユウナは自身を守っていた盾を狼ごと思い切りぶん投げた。すると盾ごと投げられた狼は驚異的な瞬発力で空中で心身を翻しすと難なく地面に着地してみせ、そのまま着地した際のバネを利用して再びユウナに飛び掛かる。
「ウソッ!?」
盾を失ったユウナは魔術で新たに岩の盾を作ろうと考えたが、狼は既にもう目と鼻の先。到底間に合わないと悟ると殆ど無意識に両手で頭を守りながらその場にしゃがみ込んでしまう。
「ユウナっ!!」
それを見たティールはなんとかしてユウナと狼の間に割って入れないかと駆け出すが、狼の牙と爪はもう間近。間に合わない。
「いやぁぁッ!!」
そんな叫び声を上げ、激痛を覚悟して思い切り目を瞑ったユウナ。
そして襲い掛かる狼の牙がユウナの首元に差し掛からん、その時……、
「不届き者がッ!!」
女性的な声が聞こえたその瞬間、大口を開けていた狼の側面から何かが猛烈な勢いで飛び出し、そのまま狼を真横に吹き飛ばした。
「……アレ?」
予想していたタイミングになっても一向に痛みが来ない事と聞こえた妙な鈍い音に気が付いたユウナはそこでゆっくり顔を上げて現状を確かめる。
するとそこには見覚えのある赤黒い短い体毛の四足肉食獣が吹き飛ばした狼に対して鋭い眼光で睨み付け、低い声で喉を鳴らしながら唸り声を上げていた。
「我が主の友人に対し危害を加えようなど私が許さんっ!!」
赤黒い肉食獣……シセラはそのまま前傾姿勢になった直後に飛び出し、未だ体勢の整い切らない狼の首元に思い切り食い付く。
「シセラ……間に合ったのかぁ……」
シセラの出現にその場に力無く座り込むティール。それを見てユウナもしゃがみ込んだ体勢から地面に両手を付いて盛大に溜め息を吐いた。
「勘弁してくださいよぉぉ……」
「ホントそれな……。まあでもこれで後はクラウンが立ち直るまでぇ……ってぇッ!?」
狼をシセラに任せ安心したのも束の間、ティールの目に飛び込んで来たのはクラウン同様に動けないでいた筈のアンネローゼがロリーナを睨み付けながらジリジリとそちらに歩み寄る姿だった。
「ちょ、ハァッ!? なんで動いてんだよッ!!」
「えッ!? わ、わた、私もう無理ですけどッ!? 腰抜けてますけどッ!?」
「お、俺だって無ぅ……」
アンネローゼの足が徐々にロリーナに迫り、そしてとうとう目の前まで到達してしまう。
アンネローゼは空虚な眼窩でロリーナを見下ろすとバランスを崩しながらはそのまま狙いを定め、手に持つ剣を高く掲げる。
「な、なあロリーナッ!?一旦魔法止めぇ……」
そう弱々しく叫んで《光魔法》を唱え続けるロリーナに必死に呼び掛けるが、ロリーナは相も変わらず目を閉じたまま全神経を集中させていてティールの声が届かない。
「ああもうクソッ!! ロリーナッ!! おいッ!!」
「ロリーナちゃんッ!!」
叫ぶ二人の声も虚しく、次の瞬間にはロリーナの脳天に容赦無く剣が振り下ろされた。
刀身は真っ直ぐ縦に一閃し、降り
アンネローゼの影が濃く陰ると蒼い残光がアンネローゼの振るわれた剣を腕ごと斬り飛ばし、あらぬ方向へ飛んで行く。
そして濡れた地面を蹴る音がしたかと思えばアンネローゼの腹部から凄まじい衝撃音が鳴り、そのまま彼女はくの字に身体を折り曲げながら後方に吹き飛んで行く。
吹き飛ばされたアンネローゼの代わりになるようにそこに立っていたのは、
「ありがとうロリーナ……。お陰で万全だ。だからもう魔法を止めていい」
優しくそう言いながらクラウンがロリーナの頭にそっと手を添えると、ロリーナは全力で閉じていた瞳をゆっくり開き、自分の頭を撫で優しく笑うクラウンの顔を見上げる。
「クラウン……さん」
「君のお陰で助かった。命の恩人だ。ほら、もう疲れたろう? コイツを飲んで後はゆっくり休んでいてくれ」
クラウンはポケットディメンションを開くとそこから魔力回復ポーションを取り出してロリーナに渡し、それを受け取ったロリーナの手に自身の手を重ねる。
「君は本当に最高だ……。君が私の側に居てくれて、私は幸せ者だよ」
「……私は……」
「ん?」
「私はクラウンさんの、役に立てましたか?」
「ああ勿論だ。君が居てくれたから、私はこうしてまた戦える。ありがとうロリーナ」
クラウンのその言葉にロリーナは目を見開くと、顔に滴る雨粒に紛れ涙が一つ
ロリーナはその事に気が付くとすぐさま見上げていた顔を伏せてしまい、込み上げてくる感情が顔に出ないように必死に堪える。
(あぁ……、もう。こんな顔見せたらクラウンさんに心配掛けちゃう……。今はそれどころじゃないのに……)
「……ロリーナ?」
「いえ、大丈夫です……。それよりクラウンさん、今は……」
「……ああ、そうだな」
ロリーナの言葉でクラウンが振り返ると、そこには両腕を無くし、吹き飛ばされた自分の腕に握られていた剣を口に咥えながらなんとか立ち上がろうとするアンネローゼが地面を這うように
「呪いがある以上時間は掛けられん。次で仕留める」
クラウンは
「アンデッドながら凄まじい執念だ。いや、アンデッドだからか?まあ、どちらでも構わんが、そろそろ終わらせるぞ」
一定距離まで近付いたクラウンは鞘にしまった
「これは前の魔王戦の時に姉さんが使っていた技を私なりにアレンジした物だ。姉さん程の技量も剣術由来のスキルも無い私にどこまで出来るかは分からんが、一つ実験台になってもらう」
魔力を大量に流し込み続けた
次第に刀身は元々の血のようだった赤を蒼く染め上げ、更に白色へと至らせる。
鞘口からは刀身から漏れ出た火炎が噴き出すように唸りを上げ、力の解放を今か今かと威容を放っていた。
クラウンの周りの空間はそんな
そんなクラウンの変化に反応したアンネローゼは身の危険を感じ取ったのか、口に咥えた剣を器用に構えるとすぐさま駆け出し、クラウンの首を飛ばさんと襲い掛かる。
『確認しました。技術系エクストラスキル《白灼一閃》を習得しました』
「もう遅い」
小さくそう呟き、アンネローゼがクラウンの有効範囲内に到達したその刹那、鞘から刀身が抜き放たれ、純白の残光を描きながらアンネローゼの胴体を焼き斬り裂く。
「《白灼一閃》」
まるで空気を斬ったかのようになんの抵抗もなくアンネローゼに走った一閃は、一瞬の間を置いた瞬間一気に燃え上がり、胴体と腰を切り離されたアンネローゼは火炎にもまれながら地面に転がり苦しそうに踠く。
「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
「……」
クラウンは
「私の勝ちだ」
「あ゛あぁぁぁぁっ」
「良かったじゃないか。これで漸く安らかに眠れる。もうこの場に縛られずに済む」
「あ゛あ……ぁぁぁ……」
アンネローゼはそうクラウンに言われると、先程まで踠いていたのを止め、力無くクラウンに身を委ねる。
「だが炎で焼けるのも辛いだろう?言う事を聞けば、私が一思いに葬ってやろう」
「あ゛あ゛ぁぁ?」
「ふふふっ。さあ選べ、私に全てのスキルを明け渡し、安らかに葬られるか、それともこのまま苦痛を感じながら最後を迎えるか、お前次第だ」
「あ゛あ……」
「安心しろ。ついでにお前の無念と執着も、私が貰ってやる。だからお前は、後は好きなだけ歌って、逝けばいい」
「……」
クラウンがそう言葉を掛けると、アンネローゼは小さく頷き、そして二人の間に、魔力の糸が繋がった。
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