第二章:嬉々として連戦-31

 

 一人の女剣士の命の危機を救った一つの黒い影。それは魔物からの一撃を軽々受け止めるとそのまま簡単に弾き返し、返す刀で一振りでその魔物の命を刈り取って見せた。


 救われた彼女はそんな光景に目を剥いていると、振り返った影だった男に手を差し伸べられる。


 そして同時に彼は彼女にしか聞こえない声量で一言だけ告げた。


『君のような子が生き急ぐものじゃない。人生を粗末にするな』


 この時、彼女の中に今まで体験した事の無い感情が芽吹き、心臓の鼓動が経験した事の無い速さで加速した。


 彼女を救ったのは帝国騎士団のトップにして若くして〝竜〟を討伐した経緯を持つという歴代で三人目の〝英雄〟の称号を得た男だった。


 別の任務の帰り道に彼女達が別の任務に就いている事を耳に挟んだ彼が、きまぐれに様子を見に来てくれたと聞いた彼女は、自分の幸運に感謝した。


 その後彼女は彼の一団と共に帝都への帰路に就き、無事任務の報告を済ませた後に解散となった。


 それからというもの、彼女の様子に変化が訪れた。


 以前までは生き急ぐように自身の体を苛め抜いていた彼女だったが、今はそれを抑え、危険な行動を取らないようになった。


 そしてそれによって生じた空いた時間を利用し、自分を救ってくれた英雄の元へちょくちょく顔を出すようになった。


 時には食事を笑って共にし、時には余暇を歌って共にし、時には訓練を楽し気に共にし、時には任務を支え合って共にした。


 それからの彼女は更に笑顔が増えていき、最早以前まで囚われていた母を殺した者に対する怒りや憎しみが薄れていき、彼女自身そんな自分に嫌気が差しながらも、英雄との日々で感じてしまう幸福感に思考を止めていた。


 帝国一の腕前を持つ英雄と行動を共にする機会が増えていくのと並行し、彼女の腕も以前より更に磨きが掛かっていき、遂には国から遺跡から発掘されたという一本の剣を賜るほどにまで上り詰めた。


 そうして己を研鑽しながら仲睦まじくなっていった二人はやがて恋人となり、一つ屋根の下で共に暮らし始めた。


 最初は英雄の相手に彼女は相応しくない、と至る所から苦言が飛んで来たりしたが、英雄本人も望んでいるという揺るがない事実が、そんな言葉を跳ね返した。


 こうして幸せな家庭を築いていこうと誓い合った二人だったが、幸せの最中に居る二人の毎日も全てが上手くいくワケではなかった。


 数年の月日が経つ中で、彼等二人の間に子供が出来る事は無かったのだ。


 原因は彼女の方にあった。幼少期に経験していた厳し過ぎる貧困生活の影響で彼女の身体の一部が機能不全を起こしており、その一部に彼女の子宮が含まれていたのだ。


 二人の子供が望めない。そんな現実に彼女は自身を呪いそうになったが、傍らに寄り添う英雄は、それでも彼女の側を離れたりはしなかった。


 そうやって献身的に尽くそうとしてくれる英雄に、彼女の中に渦巻いた感情が鳴りを潜め、子供については養子を迎える事で一応の解決を見せた。


 そんなある日、養子として引き取った子供が一匹の子犬を抱えて家に帰って来た。


 子供は全身泥だらけで、肌が露出していた場所には所々小さな擦り傷を作り、半ベソをかいていた。どうやら森に迷い込んで泣いていた所に、同じように逸れた狼の子が鉢合わせ、不思議と意気投合した後にやっとの思いで帰って来たという。一人と一匹のそんな似たような出会いと泥だらけの風体に、一応叱りはしたものの、思わず二人は笑ってしまった。


 そんな三人と一匹の生活がまた数年と続いたある日。幸福が一転する出来事が起こる。


 英雄に一つの任務が課された。


 それはかなり遠方まで行かなくてはならない長期の任務であり、下手をすれば数年は掛かるという。


 オマケに殆ど地理や文化の情報が無く、少数種族が存在しているという事と、その種族が暮らす付近で巨大な魔物の姿が目撃されたという事の二点のみしか情報が手元には無かった。


 今回英雄に課された任務は、そんな未踏の地の踏破及び魔物の撃退、討伐が目的となっていた。


 この任務に女剣士と子供は任務を受ける事に反対した。危険過ぎると。


 しかし英雄はその称号に見合うだけの実績と重責を背負った身。難易度の高い任務を任されてしまった以上、受ける以外に選択肢など無かった。


 もしこれを断れば英雄というブランドはすぐさまその価値を無くし、今の三人と一匹が何不自由無く暮らせる家庭を支えられなくなってしまう。


 それに彼は情報にあった少数種族の事も気掛かりになっていた。


 生来のお人好しである英雄にとって、少数種族が巨大な魔物に襲われる可能性を知ってしまった以上、見捨てるなど出来なかったのだ。


 女剣士と子供はそれでもと更に抗議したが、彼は頷かず、ありったけの愛情を二人と一匹から貰った英雄は、振り返る事なく帝国を発った。


 それから数年。あの任務以降英雄は彼女達の元には帰って来ていない。


 彼が居ない間、彼女は子供を必死で育て、どうしても寂しい時は彼と歌った思い出の歌を子供と二人で口遊くちずさみ、気持ちを紛らわした。


 それでも一向に帰って来ない伴侶に業を煮やした女剣士は帝都の騎士団上層部へ何度も何度も掛け合った。


 任務はどうなったのか、どんな状況なのか、英雄からの連絡は無いのか、無事なのか。


 何百回と問い詰めても、返ってくるのは「調査中」の一文にも満たない一言だけ。


 これではらちがあかない、これではいつまた三人と一匹で暮らせるか分からない。


 自分が捜しに行きたいが、任務に向かった具体的な場所も、遠方とはどれ程の距離なのかも分からない。そして何より子供と狼だけを残して自分一人が旅に出るなど出来よう筈もない。


 女剣士は途方に暮れ、どうすればいいかと頭を抱えていた。


 するとそこに、彼女の様子を心配した恩師が彼女の悩みを聞くと言って呼び出した。


 自分一人では何も出来なくとも、二人……しかも恩師であり剣術顧問の彼に相談すれば何か解決策があるかもしれないし、なんなら彼が上に掛け合ってくれるかもしれない。


 そう考えた女剣士は早速恩師に事のあらましを説明し、英雄を捜しに行きたい旨を説明した。


 話を聞いた恩師は頭を悩ませるが、一つ、可能性があると彼女に示した。


 それは至極単純。彼女が新たな〝英雄〟になればいい。


 帝国は帝国で〝英雄〟の居ない現状を楽観視はしていなかった。


 何度となく英雄捜索に人員を割き、それらを尽く失っていたし、また新たな〝英雄〟候補を全力で鍛えようともしていた。


 しかし今現在英雄は見付かっておらず、また新たな〝英雄〟育成も難航していた。


 恩師が言うには今いる騎士、剣士の中で最も可能性があるのが彼女だという。


 〝英雄〟になれば上層部とも話が通じ易くなるし、何より〝英雄〟級の任務……彼女の伴侶が任された任務を再度任されるかもしれない。


 それを聞いた女剣士は恩師に礼を言うとその足で騎士団詰所へ駆け込み、〝英雄〟の資格を得る方法である〝竜〟に関連する任務が無いかを探した。


 しかし〝竜〟などそうそう見掛けるものではなく、今は〝竜〟が目撃されたという地域の任務に向かうのが限界だった。


 女剣士は焦る気持ちを抑え、そんな任務をただひたすらに熟し続けた。


 そんなある日、任務を終えた帰り道の出来事。


 彼女は空を優雅に飛ぶ一つの巨大な影を見た。


 数十メートルはあろう城砦を思わせる体躯にはしなやかな筋肉が隆起し、体を覆う真紅の鱗はまるで宝石のように光り輝いていた。


 四肢から伸びる鋭い爪はどんな鉱石さえも容易に切り裂けそうであり、頭部から伸びる二本の角は下手な武器などより凶悪に天を仰ぐ。


 背から生える一対の翼は雄大で、その一煽ぎで並の木々なら根から吹き飛ぶんじゃないかと思わせる。


 そしてその鋭い眼光に宿るのは絶対的強者にのみ許された傲慢さと気高さが溢れ、一睨みでもされようものなら強者とて逃げ出すだろう。


 そんな絶対的な存在である竜が空を覆い、太陽の光を遮ったのを見た彼女は、内に恐怖や畏怖、感動や憧憬などの感情が湧き上がる中、それらを置いて行くかのように駆け出した。


 アレを倒せば私も〝英雄〟になれる。


 〝英雄〟になれば夫を捜しに行けるっ!!


 夫を捜して、捜し出して、また三人と一匹で暮らせるっ!!


 彼が好きだった歌を唄って、美味しい物を食べて。


 息子の好きだった子守歌を唄って、寝かし付けて。


 ロルフと散歩する時の唄を唄って、一緒に遊んで……。


 またあの時間を過ごすんだッ!!


 女剣士、アンネローゼ・ナイトイェーガーは走り出す。


 夫、アインハード・ナイトイェーガーを救う為。


 息子、ハンツ・ナイトイェーガーと笑い合う為。


 愛狼、ロルフとまた遊ぶ為。


 彼女は竜に挑み掛かる。


 その命を賭して……。


 __

 ____

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『確認しました。技術系エクストラスキル《剣術・極》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《騎乗術・熟》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《歌唱術・初》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《四連斬撃クアトロスラッシュ》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《双瞬連斬ソニックツインブラスト》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《飛墜昇閃アッパーダイブスラッシュ》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《背影斬シャドウスラッシュ》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《猛毒斬撃ポイズンスラッシュ》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《顎襲崩斬フルバイトブレイド》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《斬衝崩撃ショックブレイク》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《旋襲連舞サークルダンス》を獲得しました』


『確認しました。技術系エクストラスキル《炎牙崩昇斬バーニングコラプス》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《無心化イノセント》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《緊急処置》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《花舞の足運》を獲得しました』


『確認しました。技術系エクストラスキル《歴戦の直感》を獲得しました』


『確認しました。技術系エクストラスキル《剣戟の明晰》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《筋力補正・III》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《集中補正・III》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《筋力強化》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《握力強化》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《集中力強化》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《骨格強化》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《歌唱力強化》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《炎熱弱化》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《陽光弱化》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《腐食弱化》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《生命感知》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《不屈》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《不動》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《眷族召喚》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《戦力看破》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《恐怖》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《呪怨》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《魔炎》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《痛覚耐性・大》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《恐慌耐性・中》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《呪怨耐性・小》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《呪怨耐性・中》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《死者の微睡》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《死者の気配》を獲得しました』


『重複したスキルを熟練度として加算しました』


 アンネローゼから、記憶とスキルが流れ込んだ。


 記憶は耐性を貫いて頭痛を呼び起こし、スキルが魂に定着して高揚感が湧き上がるのを感じる。


 今までに無い程の記憶の流入に少々湧く高揚感に水を刺されてしまったが……。まあ、記憶の内容が案外使えそうな物だったのは意外だった。


 英雄に竜……。私がいずれ目指すべき存在の事を少しでも知れたのは割と良い収穫だった。記憶も馬鹿に出来ないな……。


 ……さて。


 アンネローゼに纏わりついていた火炎を鎮火させ、私に掴み上げられている焼け焦げた彼女の上半身は力無くぶら下がる。


 私はそんな彼女を最初に座っていた中央の岩に寝かせてやる。


 黒焦げになった彼女に、もう動ける術は無いだろう。後は魔力溜まりを回収して──


「……君がぁ……遠くへぇ……」


 私はその声に、歌に、振り返る。


「……聞こえぬ程ぉ……遠くへぇ……伝えられぬぅ……想いをぉ……」


 弱くなり始めた雨に打たれる彼女の身体が、徐々に崩れ始める。


「……この微風そよかぜにぃ……乗せてぇ……伝えぇ……られたらぁ……」


 それでも彼女は歌う事を止めず、しわがれた声で、必死に絞り出す。


 あの日家族で歌った、恋の歌を。


「……私はぁ……きっとぉ……幸せぇ……でぇ……しょ……」


「……まったく」


 私はポケットディメンションを開き、花を取り出し、彼女の前に置く。


「良いコンサートだった。チケット代は君と──」


 そして立ち上がり、《収縮結晶化》を発動させた。


「いつか君の夫に払おう」






 雨が止み、もうすぐ魔力溜まりが回収し終わりそうだというタイミングで色々と落ち着いたロリーナが私の隣に並び立つ。


「……サルビア、ですか」


「ん?」


「供えたお花です」


「ああ……。ポーションの材料として幾つか持っていた物を分けただけだ。他にやれる物なんて無いしな」


「サルビアの花言葉は「家族愛」……。スキルを取る時に記憶が見えたんですか?」


「……さあな」


「……そうですか」


 ロリーナはそれだけ呟くとほんの少しだけ微笑んでから後ろで座り込んでいるユウナとティールの元へ戻って行く。


 ユウナとティールは勿論、ロリーナだって今夜だけでかなり疲労が溜まっただろう。そもそも昼間にエロズィオンエールバウム相手に一戦戦っているんだ。長めに休憩は取ったが、初日以来の二連戦は三人には酷だろう。


 かく言う私も、ここ一週間以上睡眠していない。


 耐性があるとはいえ、ただ過ごすだけでなく五連戦すると流石に堪える。


 明日森での用事が全て済んだら、私も久々に睡眠でも……、ん?


 色々と考えていた最中、私の掌に浮く正八面体の結晶が今までに無い光を放ち始める。


 そして結晶が高速で回転を始めると、パキンッ!!と何かが割れたような甲高い音が響き、それが勢いよく宙に放り出されると私の手元に何かが落下して来る。


「……なんだ?」


 降って来たのは体感で十キロ以上はあろうかという金属の様な塊。それが紫や水色、金や濃紺などのマジョーラに輝き、美しさと毒々しさが折り重なって不思議と惹き付けられる。


 私はそれを《究明の導き》や《物品鑑定》を使ってその正体を調べる。


 その結果……。



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 アイテム名:魔力鉱ミスリル(暴食)

 種別:金属鉱石

 分類:レガシーアイテム

 スキル:《魔力増幅》《魔力操作補助》《食魔の加護》

 希少価値:★★★★★★★

 概要:純粋な魔力のみが固化し、結晶化した超貴重金属鉱石。


 通常、魔力のみが結晶として固化するにはかなり限られた環境が必要。自然現象で生成されるのは世界中でも十箇所と無く、また採取量も微量であり、採取するには特殊な技法と技術、道具が必要となる。


 この魔力鉱ミスリルは通常の物と違い「暴食の魔王」から滲み出た魔力が固化した物である為、一部性質が変質している。


 魔力伝導率が並外れて高く、他の金属武器に流した場合に多少減衰する魔力量をほぼそのまま純粋に流し込む事が出来る。


 更に内包されているエクストラスキル《魔力増幅》、スキル《魔力操作補助》により流入された魔力が増幅され、通常の金属武器より高出力で攻撃防御が可能となり、更にその操作も容易になる。


 また、《食魔の加護》によりこの魔力鉱ミスリルで製作した武器防具には「暴食の魔王」の加護が宿り、ダメージを与えた対象の体力及び魔力の一部を与えた量に応じて持ち主に還元する事が出来る。

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 これは……またエライもんが出来上がったな……。

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