第三章:欲望の赴くまま-2
全身が痛い。打たれ、突かれ、殴られ、蹴られ、頭から下全てが痛い。
「ホラホラっ!! 修練はまだまだ終わっていないぞっ?」
……別にイジメられている訳ではない。木剣を引っ下げて仁王立ちして大口を開けて笑っている人が居るが、決して私をコテンパンに
まるで濃厚な鮮血の様に深い赤色の長髪をハーフアップにまとめた我が愛おしい姉、ガーベラはそんな趣味の悪い女ではないのだ。
じゃあ何故こんな事になっているのか?答えは単純。誰もが一度は振り返る見目麗しい少女である姉さんに、私は剣術の指南を受けている真っ最中なのだ。
事の発端は一ヶ月程前の事。家族で夕食を食べ終え、自室にて簡単に人生設計を練っていた所に、姉さんは突風の様に飛び込んで来た。
『我が愛しい弟よっ!! さあ、誕生日プレゼントは何が良いっ!?』
あの時は驚いた。姉さんは弱冠十二歳という若さで我が家の剣術指南役であるホータンを追い詰め、入学している剣術学校では同学年どころか上級生の一部ですら圧倒する様な剣術の天才であり努力の天才だ。
そんな彼女に本気で技術系スキル《
心底驚いた私に、姉さんはその場で大笑いし、気が済んだ後に私ににじり寄って再度同じ質問をして来た。
『さあ、誕生日プレゼント、何が良い?』
『そんな、急に言われても……』
一ヶ月後の誕生日プレゼントの事など当然一切考えていなかった。いや、父上にねだる物は既に決めているのだが、姉さんからというのは頭に無かったな……。欲しい物は山程あるのだが、それを姉さんが叶えられるかと言うと金銭的に……待てよ?
そう閃き私が提案したのが現状である。
私は姉さんに剣の修行を付けてくれと頼んだのだ。それも普通の修行ではない。技術系スキルの習得を目指した修行だ。
魔法系、技術系、補助系の三種類あるスキルは基本、修業や修練にて意図的に習得する事が可能だ。
今回はその技術系スキルの習得を目指しているわけだが……。
最初こそ『いくら私でも一カ月で習得まで教えられるか分からん』と、自信なさ気に悩んでいたが『私の自慢の姉さんになら出来る』と言った途端、姉さんは目を輝かせながら『まかせろっ!!』と力強く頷いてくれた。
そして早速とばかりに翌日から修行を開始。修行内容は非常にシンプルで、特定の箇所目掛けて特定の角度で特定の力加減で相手を突く事だが……。
……正直出来る気がしない。五歳児に課して良い修行内容じゃないぞ、これは……。
そう思い、その疑問をそのまま姉さんにぶつけてみたのだが、すると姉さんは──
『まあ、確かに厳しいかもしれない。だがこの内容で習得出来る技術系スキル《
と、そんな説明をされたのだ。姉さんを馬鹿にする訳ではないのだが、そこまで考えているとは思ってもみなかった。私の中で姉さんの評価が上がった瞬間でもある。
そこで私はその《
『技術系スキル《
そんな私に姉さんは──
『いやいやっ!《
と、なんとも的確な返答が来た。
実の所姉さんは剣術以外はからっきしなのだが、やはり剣術に関しては無類の才を誇っている。自慢の姉だ。
それよりも……成る程、それはかなり使えるな、と私は深く納得したわけである。これを習得出来れば非力な子供の身で臨機応変な対応が可能になる。上手く立ち回れば大人すら相手取れるとなると俄然欲しくなる。そうと決まれば早速──
と意気込んだ果てに、私は青い空を眺めているのだ。まあ、そう甘くはないと思ってはいたが、この一カ月成果という成果を上げられていないのが紛れもない現状。心も折れそうになるというものである。
だが姉さんが言うには──
『流石は我が弟っ!! その歳でここまでやれるとは素晴らしいなっ!! 同学年の有象無象とは比ぶべくもない成長速度だっ!!』
と、同学年を貶しながら何故か太鼓判を押されてしまった。
いやいや、いくら剣術の天才であり七つ歳が離れているとはいえ男が女に剣で一撃も加えられない現状でそんな事言われても慰めにすらならない。
さて、どうしたものか……。
「……どうした? もう諦めるか?」
ああもう……。そんな悲しそうな寂しそうな声を出さないでくれ。
女性に有るまじき苛烈で豪快な性格故に時々忘れそうになるが、その見た目と声音は私の前世からの記憶から思い起こしても比類なき見目麗しさなのだ。
そんな彼女にそんな声でこう言われたら、例え実の姉であろうと良いところを見せなければと躍起になってしまうというもの。
何より漢が廃る。
「……諦めませんよ。ここまでやっておいて今更止めるだなんて、ただ虚しいだけです」
「うむっ! では続きといこうっ!! 私の勘ではお前は本当に後少しで習得出来るっ!! もう一踏ん張りだっ!!」
そう言って姉さんは再び木剣を構える。その様は堂に入っており十二歳とは到底思えない程に洗練されていてとても魅力的だ。
「はあ……。姉さんが美人で、私は果報者だ」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ何もっ! ではもう少し、ご指南お願い致しますっ!!」
その後数時間、日が暮れても修行は続いた。
何度も何度も特定の箇所を特有の角度で特有の力加減で突いて突いて突き、外した。
手が潰れた血まめで真っ赤に染っても御構い無しに突く、突く、突く。ひたすらに突く。
そして夕暮れが夜を通り越し、使用人や両親が止めに入るのも無視しても更に修練を続け、遂に翌朝にまで差し掛かった頃。
まともに動かなくなっていく身体に反し、神経は極限まで研ぎ澄まされていく中で、私は最後の力を振り絞る勢いで木刀を構え、振り上げる。
そしてその瞬間、私の木刀の切っ先が、姉さんの身体に僅かに触れたのだ。
それに目を見開いた姉さんは動きを止めてその場でわなわなと震え出した。
「おお……おおっ!! やったっ!! よくやったなクラウンっ!! そう、それだっ!! それがスキル《
汗だくになり、頰を紅潮させながら満面の笑みでそう告げる姉さんは昇り始めた朝陽を背中に一身に浴びて、より一層綺麗に見えた。
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