第三章:欲望の赴くまま-1

 ──五年後。


 嗚呼……。空が青い。雲一つない。


 今私は自宅である屋敷の一部、野外修練場にて空を見上げている。優しく吹く風がなんとも心地いい。


 この世界に産まれ落ちてから既に五年もの月日が経った。私が初めてスキル《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》を使ったあの時からだ。五年も前の事だが、未だにハッキリ覚えている。


 私の人生一発目の失態だ。






 私はあの後、《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》を終了させ現実世界に意識を戻したのだが、そこで待っていたのは人だかりだった。


 私は何事か辺りをじっくり見回すと、それを見た人だかりが一気に騒ぎ出した。


 人だかりは一様に皆喜んでおり、その中には小さな女の子が渋い男性に抱き付いてピョンピョン飛び跳ねているのが確認出来た。


 私は意味が分からず困惑していると、私の母親が私を抱き上げ、そのまま強く抱きしめた。


 母親は真っ赤に腫れた目元から大粒の涙を流しており、そのままその場に座り込んでしまった。


 これは確実に何かがあったと、まだ整い切らない脳内を回転させながら改めて辺りを見回す。今度は細かい所を見逃さない様に注意深くだ。


 まずは人だかり。先程説明した女の子と男、母親以外に数人のメイドと教会で見るような神父の服──キャソックを着た初老の男とシスターらしき人が二人。更には神官服を着た杖と分厚い本を持った若い男が一人。


 面子は割と大袈裟だ。何やら儀式めいている気もするが、私は何かされたのだろうか? 体調不良は自覚出来ないが……。イカン。まだ情報が足りないな。


 そう思い今度は窓を見る。ふむ、朝だな。まだまだ朝陽が眩し……。


 ……ちょっと待て。


 そこで私は気が付いた。私が《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》を使い心象世界で結構な時間を過ごした。体感で数時間、といった所だろう。


 なのに、だ。現在〝朝〟なのだ。


 私が《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》を発動したのも朝だった筈だが、心象世界で過ごしたのは少なく見積もって数時間が経過した筈なのに未だに朝のまま……。


 つまり私は少なくとも二十四時間以上もの間、心象世界で過ごしたという事になる。はたから見たら産まれたばかりの赤ん坊が〝丸々一日以上〟意識不明だった訳だ。


 それは……大騒ぎもするわけだ……。これは確実に私が悪い。


 しかしまさか心象世界で過ごした時間と現在世界の時間にここまで差が生じてしまうとは……。


 普通は逆だと思うんだが、これは所謂いわゆる〝時間を忘れる〟というやつの凄まじいヤツだ。好きな事をしていると、あっという間に時間が過ぎるアレ。


 だがこの場合、忘れていた時間というのが桁違いに大きい。これは異常だ。赤ん坊故の結果なのか、はたまた《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》の所為なのか……。


 どちらにしろ……うーむ。これは大誤算だ。これでは《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》を普段使いは出来ない。


 使う度に何十時間も時間が経過してしまうなど、正直言って現状使えない。これは対策を考えなければ……。


 ……と、それよりも今はこの状況だ。私が目を覚まして一応は事態の収拾に向かっているが、ここは私が一つ、お詫びの念を込めて更なる安心感を演出した方が更に好転するだろう。多少の恥も……今は我慢だ。


 そう言って私は未だに私を痛いほど抱きしめる母親に向かって、出来うる限りの笑顔を見せた。






 そんな事があったわけだ。いやはや、あの時は本当に大変だった。


 あの後母親──カーネリアは数日間私に付きっ切りになったし、私が目覚めた時に喜び抱き合っていた小さな女の子と渋い男──後に私の七つ上の姉ガーベラと父親ジェイドだったと知った──にもかなり溺愛された。


 特に姉のガーベラなど、事ある毎に私に構う。私に幼児向けの絵本を読み聞かせたり、私にお土産だと言って変わった形の石を見せて来たりと色々な話題を引っ下げて私に構ってくれた。


 そのお陰で思っていた以上に言葉を早く覚える事が出来たし、言葉を覚えてからは私に様々な情報をもたらしてくれた。


 例えばここが、ティリーザラ王国と隣のエルフの国の国境沿いに存在する貿易都市「カーネリア」であり、私の家がそのカーネリアの領主である事。そのティリーザラ王国が魔法技術に秀でた国家である事等々、かなりの情報を提供してくれた。


 因みに母上の名前と街の名前が一緒なのには理由があるらしいのだが、それを訊ねても母上は照れるばかりで答えが引き出せないし、父上は変にはぐらかすばかり。姉さんにも訊いたが、知らないと言われてしまった。


 まあ、そこまで重要ではないだろう。あの二人の雰囲気から察するに、きっと惚気の類だ。


 ついでに言えば私は「クラウン」と皆から呼ばれている。略したりもせずにそのままでだ。


 名前の由来はこの地に原産する高山植物の中でもかなり打たれ強く、花弁の形やその雄々しい凛とした様から王冠になぞらえて「クラウン」と名付けられた花の名前から取ったとか。


 その花言葉が「折れぬ心」であったりな話も姉さんにドヤ顔で説明された。名付けてくれたのは母上なのだがな。


 クラウン……折れぬ心。


 全く良い名前を付けて貰ったものだと私は嬉しく思い、誇りにすら感じたのだが……。


 今、そんな尊大な花言葉を持つ花の名を付けてくれた母上に申し訳なさを一杯に抱いている。


 ……さて、では私が一体何故青い空などまじまじと眺め、風なんてものを感じ現実逃避しているのか……。


 昼寝、ならまだ良かったんだがなぁ……。


「こらこらクラウンっ!! 我が愛しい弟よっ!! まさかもう限界などと言うんじゃないだろうなぁっ?!」


 嗚呼……本当、心が折れそうだ……。

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