幕間:救恤の誕生

 

 この世界には、人族の国家が三つある。それぞれが独自の発展を遂げ、他種族の国家に脅かされぬよう互助関係を築き、既に数百年が経とうとしていた。


 その内の一つであるティリーザラ王国は三国の中でも特に魔法技術に長けた国である。


 自国民から身分に隔たりなく魔法に長けた若者を勧誘し、国家最高峰の魔法技術を磨くことが出来る学院「ティリーザラ王立ピオニー魔法教育魔術学院」にて研鑽を積ませ、優秀な成績を残し卒業した者にはそれに相応しい役職を与えられる。


 ティリーザラ王国民にとって、この学園に入学する事は〝一生食うに困らなくなる〟とまで言わしめる程の安定した就業率を誇り、この学園の卒業生の殆どが国の重要な仕事に就く事が出来ている。


 それ程までに魔法、魔術に対して秀でたティリーザラ王国。その謁見の間にて、現国王である「カイゼン・セルブ・キャロル・ティリーザラ」が玉座に肘を突いて溜め息を吐いた。


 カイゼンはその昔、この魔法を主体にした国家にて〝剣術〟を究めた。


 彼の父であった先王はその事を嘆き、長男であった彼ではなく、次男であり魔法の才があった「ルーブス・セルブ・ルイス・ティリーザラ」にその王位を継承する腹積もりでいた。


 しかし、ある日の事。王城内にて大臣によるクーデターが勃発した。


 城内は既に大臣による策略で人払いされており、瞬く間に制圧されると、とうとう先王の前に複数人の刺客が現れた。


 もう駄目かと思われたその時、先王の前にカイゼンが飛び出して来たのである。


 カイゼンはそのまま自慢の剣術にて魔法を使いこなす刺客供を一蹴に臥し、その足でクーデターを鎮圧せしめたのである。


 先王はその雄姿に感激した。そのクーデターにて次男が暗殺された事もあり、先王はそのままカイゼンを王位に就かせたのである。


 その後国王を継承したカイゼンだったが、カイゼンは自身が剣術で秀でていた経緯に関係なくそのまま先王の魔法主体の国家を引き継ぎ、今に至るのである。


 カイゼンはその後も鍛錬を欠かす事なく鍛え続け、国王という立場にありながらその体躯は筋骨隆々であり、元々の彫りの深い顔と特徴的なカイゼル髭も相まってその容姿は国王というよりは歴戦の英雄の様であった。


 そんなカイゼンは今、この謁見の間にてとある人物を待っていた。本来国王を待たせるなど不敬にあたる大罪であるが、今回の件に関してはカイゼンは不問とするつもりでいた。


 何故ならばカイゼン自身が待ち切れずに謁見の間に先に着いてしまったのである。


 それだけカイゼンは此度こたびの来訪者、というより来訪者がもたらす〝情報〟を心待ちにしていたのだ。


(流石に早過ぎたか? まったく年甲斐も無いな……)


 自身の焦燥ぶりに自嘲すると、足早に駆け付けた臣下がカイゼンに耳打ちで来訪者の到着を告げる。


 それを聞いたカイゼンは一つ咳払いをするとその姿勢を正し、王としての威容を整え、来訪者の謁見を待つ。


 すると謁見の間にそびえる巨大な門が低い音を響かせながら開き、来訪者が王の前に跪く。


「御初に御目に掛かります。私、名を「ヒーダン・テンプン」と申します。カイゼン・セルブ・キャロル・ティリーザラ国王陛下、此度は謁見を許可して頂き有り難う御座います。並びに長らく御待たせしてしまった事、深く御詫び申し上げます」


「面を上げよヒーダンとやら。此度の件は私が事を急いたのが原因故不問と致そう。それよりもだヒーダンよ。此度は〝琥珀〟の傘下情報収集専門ギルドである「飴蜥蜴の尻尾」に極秘裏に調査させていた件についてだ」


「はっ!! まず結果から御報告致します。兼ねてより依頼されていた調査にて、国王陛下が待ち望んでいた人物を発見致しましたっ!!」


「おお!! それは誠か!?」


 カイゼンは先程までの渋い表情を崩し、少しだけ前のめりになる。直後カイゼンはそんな自身の行動を自覚し、それとなく居住まいを正すと改めて威容を放つ。


「はいっ!! つい先日、幸神教の教皇猊下に御子が誕生したのは御存知の事と思います」


 幸神教。他二国の内一つに本拠点を置き、ティリーザラ国王やもう一国だけでなく、他種族の国家の一部にすらその権勢を誇るこの世界最大の宗教団体である。


 この世界に数多く知られている神々の中で「幸神」を最高神と奉っており、「全ての知恵ある者は皆悉く幸福になる定めである」という教義を掲げている。


「勿論だとも。とても可愛らしい女子が産まれたと報せを聞いているが……まさかっ!?」


「はい、その通りで御座いますっ!! 私の部下の一人が幸神教総本山に潜入調査し、御子に鑑定書の使用に成功。そしてその時、鑑定書に記されていた所持スキルの中にユニークスキル《救恤きゅうじゅつ》の文字を確認したと報告が上がりましたっ!!」


「なんと……。漸く我等人族に再び美徳の権能が戻ったかっ!!しかしだとすれば──」


「はい。《救恤》と対を成す大罪強欲も現れたと考えるべきでしょう」


 側に控えていた大臣がそう呟くと、カイゼンは明るい表情を一変させ渋い表情となる。


「まあ、ればかりは致し方ない。美徳の権能と大罪の権能は表裏一体。片方の覚醒はもう片方の覚醒も表している。しかし、対策はせねばな……」


「その通りで御座いますな。そこでなのですが陛下、実はこの様な場合に備えある秘策を用意して御座います」


 カイゼンは目を見開く。このカイゼンの側に控える大臣は王族の血が流れる大公でもあり、カイゼンが信頼を置いている数少ない国を代表する大貴族の一人。王位継承以前から知る気の置ける人物であった。


「おおっ!! 流石は大公よなぁ……。して、その秘策とは?」


「ほっほっほっ、そう焦りませぬよう……。ここには部外者も居ります。その秘策はまた後日御前会議にて」


「むっ?! そ、そうだな、少し事を急いたな。いやはや、この性分だけはどうにも……。と、いかんいかん。してヒーダンよ、この場で貴殿に追加で調査を頼みたい」


 暫く放置されていたヒーダンはそんなカイゼンの声に肩を微かにビクつかせながらも冷静に返事をする。


「はっ!! 何なりと御申し付け下さいっ!!」


「うむ。貴殿には引き続き幸神教に潜入し教皇の御子を見張っていて欲しいのだ。教団内には御子を利用しようとする輩が現れぬとも限らんからな。今回の報告は大変有意義なものであった故、約束していた褒美に少し上乗せさせよう」


「はっ!! 国王陛下の御厚意、感謝の念に絶えませんっ!! 追加の御依頼、謹んで御受け致しますっ!!」


「うむ。期待しているぞ」


 こうして王国は《救恤》の保護と《強欲》の調査に乗り出したのである。


 そして後に、この二つの権能が王国に混乱を招くなど、この時は誰も想像していなかったのである。

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