第五章:何人たりとも許しはしない-16
これは……確か……。
いつかリリーの家でリリーに披露した魔物の血を材料に使ったポーション……。鼠に使ったら魔物化したから魔物化ポーションと命名した物騒なポーションだったな。
あの時リリーには即刻処分するよう言われていたのだが……。失念していたな。普通にその存在を忘れていた。
だが、これは不幸中の幸いかもしれないな。
リリーにも言われたが、このポーションに魔物化以外の副作用が無ければ他では類を見ない程に魔力が回復出来る可能性があるのだ。
人間、延いては知性がある種族は魔物の肉や内臓を食しても魔物化する事は無い。故にこのポーションを飲んでも私が魔物化するなんて事は無い筈だが……。問題はそれ以外の副作用だ。
生体実験では鼠にしか使っていない。それでは魔物化以外の効果は確認していないが……。
ああクソ……。迷ってる暇はもう無いか……。
私はポーションの蓋を開け、中の赤い液体を飲み干す。
うぅっ……味が酷いな……。自分が飲む事など想定していなかったから仕方無いが……さて……。
液体が胃に流れ込み、その効果が徐々に体に浸透して行く。すると枯渇寸前だった私の魔力は驚く程の速度で回復していく。
ものの数秒で魔力は私の限界値まで達し、枝に持って行かれる端からも回復する。
期待していたもの以上の効果に内心で喜ぶのも束の間、頭に天声のアナウンスが響く。
『警告。高濃度の魔物の因子を検知しました。現在のクラウン様の処理能力では処理不可能です。速やかな対処が必要です』
速やかな対処だと? そんな暇があるわけないだろうっ! というか魔物の因子の対処など知らんぞっ!?
『この状態に変更が無い場合、運動機能の著しい低下、内臓機能の恒久的な不全、脳機能の一部──』
おいおいおいッ!! 冗談じゃないぞッ!? そんな不具合があってたまるかッ!!
クソッ……、どうするッ!? どうすればッ……。
『魔物の因子定着率……0.1──』
『ほう……これはこれは……。ちょっと貰おうか』
なッ!? お前……。
『………………《強欲》による魔物の因子の熟練度変換を開始。《強欲》による因子の熟練度変換に成功しました』
『ふむ。やや足らなかったみたいだな。まあいい。後は任せよう、私よ』
……助かったようだが、アレだな。
スキルのクセによくまぁ出しゃ張るな。これもアレか? 私の左腕が無くなっているからその影響で枷的な物が緩くなって出て来るのか?
……わからんが、まあ《強欲》は私自身だからな。それにそれが原因なら腕さえ治ればまた鎮まるだろう
何はともあれ……。
気が付けば左肩口から魔力を吸い続けていた枝からの吸収が止まり、枝はまるで脈打つように躍動している。
「大丈夫ですか? クラウン様……」
「……ああ、大丈夫だ」
実はあんまり大丈夫では無かったのだが……。無駄に心配させる必要も無いだろう。
「良かったです……。よしっ! それじゃあ後は仕上げですっ!!」
アーリシアはそう言うと、腰のホルダーにぶら下げていた杖を取り出して枝に構える。
針のような柄に杖頭には皿に乗った金色の球体が乗った杖はアーリシアが念じるように目を閉じると淡い光を放ち始める。
「我等が召します幸神様……。どうか我等に安寧たる幸福をお与えくださいませ……。《神聖魔法》〝
そう唱えたアーリシアの杖は更にその光を強め、その光が徐々に肩口の枝に帯び、枝自身も光り始める。
これは……《神聖魔法》か……。
《神聖魔法》は《精霊魔法》と同じく《炎魔法》等の基礎魔法とは全く別系統の魔法系エクストラスキルである。
その習得条件は〝神〟に対する絶対的信仰。
この世界で信仰されている数ある〝神〟に対し常人ならざる信仰心を抱き、その信仰心が崇める〝神〟に認められた時、信仰者に与えられる……と、されている。
されている、という曖昧な言い方なのは私が調べ上げた内容が全て抽象的な表現でしか書かれておらず、またハッキリしない点が多いからである。
習得出来た者も大半がその宗教の教父や教皇、法王などのその宗派でも最高位に属する者ばかりが習得していたのが災いし、しっかり市井に習得方法が広まっていないのだ。
しかもその権能も書物や文献によってまちまち。信仰する〝神〟によっても違うし、何故か同じ〝神〟でも違ったものが見て取れる。正直意味が分からない。
そんな《神聖魔法》を私が習得しようと思うと習得した者から奪うか貰う、または教えを乞う必要が出てくるわけだったのだが、アーリシアが習得してくれたのは嬉しい誤算だ。
いつかアーリシアに教えてもらうとしよう。
さて。それはいいのだが、アーリシアが使っている《神聖魔法》の権能はなんだ?
幸神……。幸福と繁栄を司るとされている神だが、具体的にそれが権能として機能すると考えるとすると……、
と、そこまで思考が逸れた辺りで、枝に帯びていた強い光はそのまま幾重にも重なるように体積を増していき、枝を軸に徐々に腕の形へと成形されて行く。
そうして光は完全な腕の形へと整うと、少しずつその光を弱める。
……ああ、漸くか……。
短い間ではあったが、腕を失くして、なんだかエラい長い時間が経ったように錯覚する。あまり自覚は無いが、それだけ腕が失くなった事に対し、私は私なりに絶望していたのだろう。
だがこれで今まで通りの生活が出来る。両手で本を読み、料理を作り、食べ、剣を振るい、魔法を放てる。
そんな当たり前が、漸くまた味わえる。なんだか内から活力が湧いて来るようだ。
さあ、さっさと光が収まって元の……とは多少違うかもしれないが、私の左腕を使わせてくれ。
…………。
……それから暫く待つものの、腕から発せられる淡い光は治らず、常に微光を放ち続けている。
「……アーリシア、これは?」
「え、ええと……。……わかりません……」
「……ほう」
「ほ、本当ですっ! お父様にもこんな風になるだなんて聞いていませんっ! 私が聞いたのは綺麗に元の腕が生えるって……」
しかし、現に私の腕の発光は治る気配が無い。
「……取り敢えず動かし……、ん?」
何はともあれ動かしてみようと力を入れてみたその時、丁度肩口と新しい腕との境目から、黒い線が伸び始める。
黒い線はまるで蛇が腕に巻き付く様に伸び続け、最後は手の甲に辿り着いて五角形の様な模様を作る。次に巻き付いたような線からは宝石の様な模様が五つ不規則に浮かび上がり、さながらトライバルタトゥーのような仕上がりになる。
そして更に腕の発光は赤みを帯び始め、非常に目に優しくない強さに変わる。
「……おい」
「わかりませんわかりませんッ!! なんなんですかそれはッ!! ちょっとカッコイイじゃないですかっ!!」
何を呑気な事を……。
と、混乱して変な事を口走るアーリシアを訝しんでいた時、天声から再びアナウンスが入る。
『アイテム名「セフィロトの枝端(古木)」による左腕の再生に成功しました』
『外部からの神性を帯びた魔力の流入及び勇者の魔力の流入を確認しました』
『アイテム名「セフィロトの枝端(古木)」に上記二種の魔力が共鳴反応を示しました』
『アイテム名「セフィロトの枝端(古木)」は「
『確認しました。補助系エクストラスキル《峻厳》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《救わざる手》を獲得しました』
……頭が追いつかん。
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