第五章:何人たりとも許しはしない-15

「と、そういうわけですっ!!」


 意気揚々と胸を張ってそう言うアーリシア。


 まあ長々と事細かに説明してくれたのは良いがいくつか言いたい事がある。まず……。


「アーリシア」


「は、はいっ……!」


 何もそんな怯えた表情をしなくとも……。まあ色々勝手に動いた事について怒られる自覚があるのは成長と取れるか……。まあ今はいいとしてだ。


「……ありがとう。私の為に随分無茶をさせてしまったな」


 私は立ち上がってアーリシアの頭を撫でる。今回くらいは素直に褒めてやろう。それくらいアーリシアは頑張ってくれた。


 正直教皇に謁見するなんて御免被りたいのだが、それで腕が元に戻るならば許容しよう。


 そんな事を思いながら頭を撫でていると、


「……うっ……、うぐっ……ひぐっ……うぅぅ……」


「……そんな泣く程か?」


「だ、だって……私……私ぃ……。ひぐっ……」


 顔を見てみれば童顔の可愛らしい顔は涙でぐしゃぐしゃになり、拭っても拭っても溢れて来て止まらないようだ。


「わた、私の……せい、なのにぃ……ひぐっ……」


「……確かにお前が来なければ、腕はまだ残っていたかもな」


「や、やっぱりぃ……」


「だがそんな事言っても詮無い事だろう? タラレバなんて話すだけ無駄だ。それに代わりはお前が持って来てくれたんだ。それで充分にチャラだ」


「うぅぅ……、うぅぅ……」


「はあ……まったく。暫く泣いてなさい」


 それから数分もの間アーリシアは泣きじゃくり、落ち着くまで待った。


 私としては内心、早いとこ腕を復活させて欲しい所ではあるのだが……。流石の私もそれを言う程無粋ではない。


 数分掛けてたっぷり泣いた後、漸く落ち着いたアーリシアは何度かの深呼吸を繰り返し、パチンと一度自分の顔を叩いて気合いを入れた。


「……もう大丈夫そうだな」


「はいっ!! もう大丈夫ですっ!!」


「よし。なら早速私の腕を治そう。使い方は──」


「あ、大丈夫ですっ!! お父様から使い方は聞いて来たのでっ!!」


 そう言うとアーリシアは立ち上がっていた私に座るようジェスチャーをし、促されて座ると同じくアーリシアも座る。


「……この場で大丈夫なのですか?」


 すると背後で趨勢すうせいを見守っていたロリーナがそう訊ねて来る。


 ふむ、確かにここは外ではある。だがロリーナと二人で辿り着いたこの木陰は朝食を摂る間に人通りが無いから丁度良いと私は思うが──


「あんまり長く掛かるようなら場所を移すが……」


「あ、それも大丈夫ですっ! 一時間も掛かりませんっ!」


 ほう。腕を一本復活させるのに一時間掛からないのか……。それもセフィロトが成せる力なのだろうな。


「それくらいなら……大丈夫ですね」


 そう言いながらわざわざ私の隣に座り直すロリーナ。


 セフィロトでの治療に興味があるのか、私を心配してくれているのか……。まあ何にせよ……うん、可愛い。


「むぅ……。まあいいでしょう。今は腕の治療です。さあクラウン様、左肩の包帯を取って下さい」


 少しだけ拗ねながらも私の治療を優先させるアーリシアにちょっとだけ成長を感じながら私は上着を脱ぎ、シャツの袖を捲り左肩を出す。


 左肩には包帯がぐるぐるに巻かれそれを解いていくと、痛々しい縫い目が生々しい傷口が露出する。


 それを見たアーリシアは多少顔を引き吊らせるも、すぐさま意識を切り替えるように頭を左右に振る。


「そ、それじゃあ、始めますね……」


 そう言ってセフィロトの枝端を手に取るアーリシア。


 ……うん。信じていないわけではないが、私の左腕が掛かっているからな。私の方からも念の為使い方を調べて見るとしよう。


 私は何やら振り被っているアーリシアの手に握られたセフィロトの枝端に《究明の導き》を発動し、その用途を調べる。すると──


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 アイテム名:セフィロトの枝端(古木)


 種別:聖遺物


 概要:生命の樹で知られている奇跡の大樹、その枝端。採取されてから五百年以上が経過している古木。


 使用用途:

 1・磨り潰した枝端を聖水に混ぜて飲めば重病を癒せる。

 2・部位欠損部に突き刺し、神聖な魔力を注ぎ込む事で部位欠損を修復出来る。

 3・枝端に火を焚き、その煙を吸えば内臓疾患を治療出来る。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ほうほう。流石は奇跡の大樹と呼ばれているだけはある。古木だから劣化している筈なのに使い方次第でとんでもない効力を発揮する。


 ……さて、私の見間違い、読み間違いで無ければだが……部位欠損を治すのに枝を部位欠損部に突き刺す。と、あるな。うむ。


 成る程成る程、だからアーリシアは振り被って──


「アーリシアちょっと待てッ!! 流石に多少の気合いなり覚悟なりをさせ──」


「せいっ!!」


 瞬間、左肩に何か異物が侵入して来る違和感が体に走る。


 違和感は次第に痺れるような、鋭いような痛みが冷や汗と共にジワリジワリと波の様に押し寄せ、蓄積していく様に痛みは重なり、激痛となって頭を貫く。


「──っっっっっっ!?!?!!!!」


 痛っっ…………てぇぇ…………っ。


「クラウンさんっ!?」


 ……ああ、あのロリーナが思わぬ事態に珍しく狼狽している……。


 だが悪い……、流石にそれにリアクションしている余裕は……今の私には無い……。


 歯を食いしばり尚も押し寄せて来る余りにも激しい痛みに堪える。


 思わず叫ばなかった自分を褒めたい……。


「大丈夫、ですか?」


「あ、ああ……。途轍とてつもなく痛いが……」


 視線を左肩に向けて見ると、そこには肩口に見事に真っ直ぐ突き刺さるセフィロトの枝端。至極シュールな光景だ。


 しかし不思議な事に、枝が傷口に深々突き刺さっている筈なのに、血は一滴と垂れてはいない。


「よし、上手くいきましたっ! 後数分、そのまま馴染むまで待って下さいっ!」


「……お前、せめて突き刺すなら事前に言え……」


「すみません……。ですがお父様が説明してからやれば怖気てしまっていざという時失敗するかもしれないから、と教えて頂いたので……」


 つまりはアレか。ビビって思わず身を引いて変な所や角度で刺さらないようにする為か? まあ分からんでも無いが、それにしたってこれは……。


 それから激痛に耐える事三分程。


 あれだけ激しかった痛みは嘘だったかのように治る。


 しかし今度は左肩に刺さったままの枝に向かって魔力がどんどん流れ始めたのを感じる。しかも結構な早さで……。


「……魔力が吸われて行くんだが……」


「流石早いですねっ! それは枝が腕を再生する為にクラウン様の情報とエネルギーを使っているんですっ! お父様に聞きましたっ!」


 私の情報とエネルギー……。成る程、納得だがこのままでは……。


「ああもう……。これは全部使い切るハメになるか」


 私は吸われ続ける魔力に気を使いながらポケットディメンションを開き、予め買っておいた魔力回復ポーションを全て放出する。


 魔力がギリギリになる度にポーションを呷り回復をはかるが最後の一本を飲み干してもなお魔力は持って行かれ続ける。


「チッ……。これでも追い付かないのか」


「おかしいですね……。片腕の再生にそこまでは使わないと聞いていたのですが……」


 これはアレか? 私が前世からの転生者だからその分か? それとも魔王だからか? それか単純にスキルが多い分か? ……全部かもな。


 いや、そんな事よりマズイ。


 そろそろ魔力が枯渇する……。ポケットディメンションの中に……まだポーションないか? ……ん?


 意識が持って行かれそうになる中、ポケットディメンションを必死に弄っていると、何やら指に小瓶の様な形状の物が当たる。


 だが私の記憶が確かならさっき飲み切ったので全部な筈だが……。まあ何でもいい、あるならば早く飲まなければ……。


 そう思い薄れ行く意識の中取り出したのは──


 血の様に赤いポーションであった。

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