第五章:何人たりとも許しはしない-17

「……何か、ありましたか?」


 そう語り掛けてくるのは静観していたロリーナ。先程から何度も心配させてしまっているが……。正直、自分でも大丈夫なのかは分からない。が、何かあったのかと聞かれたらば……。


「……ああ、色々あった。何やらスキルを獲得したし、何故こうなったのか大まかには分かった」


 なんでそうなったかは分からんが、何があったかは天声が色々言っていたから分かる。その主な原因は……。


「アーリシア。どうやらお前が勇者だったからこうなったらしい」


「えッ!? わた、私のせいですかッ!?」


「〝せい〟というべきか、〝お陰〟というべきか……。まあ新しい──それも中々にレアそうなスキルを手に入れられたのは運が良かったからな。一応お前のお手柄だ」


 私の言葉を受けむず痒そうにしながらはにかんだ笑顔を見せるアーリシア。


 今回は本当、アーリシア様様だ。


 腕を持って行かれた原因こそ彼女になってしまうかもしれないが、今日の事でお釣りが来るぐらいには活躍してくれたと言っても過言ではない。


 まあ、予定ではこの後も存分に活躍してもらうつもりだ。無理はさせたくないが……、私がなんとかするしかないな。


 さて。この腕について色々調べたい事、やりたい事が出来たわけだが、差し当たり……。


「取り敢えずリハビリしてみるか。生えたばかりで動かし辛くなっていてもおかしく無いからな」


 今の所さしたる違和感は無い。腕があった頃の感覚そのまんまに動かしたり出来るし、感触もしっかりある。


「ロリーナ、ちょっと手を貸してくれ。文字通りの意味で」


「はい」


 ロリーナは素直に私に言われた通り手を差し出す。


 白魚の様に白く細い指に以前貸し与えた指輪が嵌っているのを見てなんとも言えない気持ちになりながらも、私は左手でそんなロリーナの手に触れる。


 手からはしっかりと優しい温度が伝わり、その滑らかな肌の感触は、ずっと触れ続けていたくなるような心地良さがある。


「クラウンさん。少しくすぐったいです」


「ああ、すまん……。ロリーナは大丈夫か?私の左手に触れて何ともないか?」


 何せ微光ではあるが赤く発光しているのだ。イメージ的には触れただけで火傷するとか熱いとか感じても不思議じゃないが……。


「いえ、何とも。寧ろ以前に比べて何というか……。優しい感じがします」


 優しい……。ふむ、私自身はよく分からんが……。コレも生命の樹たるセフィロトの影響なのだろう。それ以外に原因が分からん。


 まあ何にせよ後は細かな動きを見て──


「むぅ……。ロリーナちゃんだけズルイですっ! 私も触ってみたいですっ!!」


 ……私の腕は可愛らしい小動物では無いのだがな。


 まあアーリシアは今日の功労者だ。その程度の事なら構わんだろう。


 私はロリーナから手を離し、ウキウキで手を差し出すアーリシアの手に触れる。


 アーリシアの手はロリーナと似て滑らかだが、ロリーナが細く淑やかな印象だとするならば、アーリシアの手は柔らかく可愛らしい印象だろう。


 ……まあ微妙な違いだが、うん。女性の手に触れるのは、なんだか気分が良いな。ん?


 アーリシアの手に触れていると、意識もしていないのにアーリシアと私の魔力が繋がろうとし始める。


 慌てた私は咄嗟に魔力を力づくで押さえ込むと、魔力はそのまま大人しくなり、それからは勝手に繋がろうとはしなかった。


 ……なんだ今のは……。なんで勝手に繋がろうするんだ?


 通常、スキルである《継承》などの特殊な事例を除いて生きている者同士での自然な魔力の接続は起こらない。


 故意にやるにしても魔力の性質や大きさ、微妙な強弱が関係して余程の技術を持っている、または相応のスキルを持っていない限りはとてもじゃないが起こり得ない。


 これも恐らくアーリシアの魔力を使って腕を治した事に起因するのだろうが……。


 仮に繋がってしまった場合、下手をすれば私が《結晶習得》などでスキルを得た際のようにそこから互いの記憶が見えてしまう可能性がある。


 この場でアーリシアに私が魔王であるなどと知られるワケにはいかない。今後左手でアーリシアに触れないようにしなければな……。


「どうかなさいましたか?」


「……いや、なんでもない。それよりもうそろそろ離してくれ。これから他に試したい事があるんだ」


「むぅ……分かりました」


 残念そうに唸りながら左手をアーリシアが離すと、左腕の発光が若干弱まったように見えた。


 ……なんなんだまったく……。


 まあ今は時間も惜しい。ロリーナに諭されたから焦りは無いが、それでもノンビリ構えていられる程余裕は無いからな。左腕の試運転を兼ねて、次は剣やら魔法やらを試してみるか。


「さて。そろそろ休憩も終わらせよう。私はこのまま訓練場で色々試すが……。二人はどうする?」


「はいっ! 私、お付き合いしますっ!」


「そうか、分かった」


「えっ!? 凄いアッサリ……。い、良いんですか?」


 なんだ、断られると思ったのか。


 ……まあ今まではアーリシアを戦闘に参加させるなんて考えてもいなかったからな。訓練に付き合わせる意味も無かったが、今回は違う。


「問題無い。後で話すが、お前にはこの後も色々やって貰いたいからな」


「く、クラウン様が……。私を、頼ってくれているっ!?」


「ああ、頼りにしている」


 そこまで言うと、アーリシアはパァっと顔を明るくし、「ふへへっ」と笑いながら落ち着きなくウロウロしだす。


 何をしてるんだこの子は……。


「私も」


「ん?」


 振り返るとロリーナが思っていたより近くに寄って来ていて一瞬戸惑う。


 そういえば感知系スキルを切ったままだったな。と思い至り取り敢えず有用な切っていたスキルを改めて入れ直す。


 と、それはいいとして。


「手伝ってくれるのか?」


「はい。それとまた無理をしないように見ています」


「ふふっ、それはいい。それじゃあ頼もうか」


「マルガレンさんはどうします?」


「アイツならいい頃合に呼ばなくても来るだろう。だからこのまま訓練場に向かうつもりだ」


「分かりました。では少し準備をしたいのでお先に向かっていてもらえますか?」


「ああ、それならアーリシアも一回連れて行ってくれ。多分アイツ、あの格好のままやりそうだろうからな」


 せめてあの小綺麗な神官服はなんとかして欲しい。アーリシアは気にしないだろうが、あんな見るからに仕立ての良い服が泥やら埃やらで汚れていくのを見るのは居心地が悪い。


「分かりました。ではまた後で」


「ああ、後でな」


 私が返事をするとロリーナは立ち上がってから未だにウロウロしているアーリシアに歩み寄り、一言二言会話をしてからその場を後にした。


 ……さて、場が落ち着いたところでさっき手に入れたスキルを確認しようか。差し当たり先ずは……。


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 スキル名:《峻厳》

 系統:補助系

 種別:エクストラスキル

 概要:激烈な火力を生み出すセフィラのスキル。自身が戦闘行動をとる際、一定時間自身の攻撃、敏捷に大きな補正が掛かる。尚連続使用は出来ず、最大で二十四時間のクールタイムが必要となる。

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 おおっ、これは……。


 有用なんてもんじゃないぞ、かなり使える。連続使用が出来ない点を考えるとここぞという時に使うのがベストだろう。魔王戦前の強力な切り札になる。


 それじゃあ次は……、


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 スキル名:《救わざる手》

 系統:補助系

 種別:スキル

 概要:命を繋ぎ止めるスキル。触れた対象が致命的な身体損傷を負っている場合、損傷具合に関わらず一定時間の延命が出来る。

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 命を繋ぎ止めるか……。私が近くにいさえすれば、どんな傷や病でも一時的に繋ぎ止められる。まあ、治すわけじゃないからそこは楽観視出来ないが、治療するまでの延命処置には十分役に立ってくれそうだな。


 魔王戦を控えたこの土壇場。私に運が向いて来た。


 片腕を失くし、魔法がまともに扱えなくなった時は肝を冷やしたが、うん。良い調子だ。禍福は糾える縄の如しとはよく言ったものだな。


 まあ、だからと言って油断しては足元を掬われる。魔王に対してもそうだが、この学院内に蔓延っているエルフにも注意を払わねばならない。


 それに対抗するのに必要なのは更なる情報収集手段。もっと広範囲且つ、深く潜り込めるようなモノが望ましい。


 情報面で大きく遅れを取っている今、短時間に且つ正確で多くの情報を集めなくてはならない。ハードルはかなり高いだろう。


 その為にも魔王を確実に、そして迅速に討伐しなくてはな。私の糧とする為にも。

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