第五章:何人たりとも許しはしない-18

 ポツポツと訓練場に人が集まり始めたそんな頃、訓練場の空いているスペースに着いた私が最初に試すのは《闇魔法》以外の魔法である。


 使い慣れた《炎魔法》から始まり、地、水、風、空間と順々に試す予定だ。


 まずは《炎魔法》。手の平に火球を作り出し、それを操り自身の周囲でぐるぐる回す。それからもう複数火球を作り、人差し指だけでそれら複数の火球をお手玉する。


 最後に少し距離を置いた地面にそれら火球を放り込み、大きめの火柱を上げさせる。


 ふむ。《炎魔法》は問題無いな。ちょっとだけいつもより魔力が乱れ気味だが、いっぺんに使える魔力量や操作性は微量だが寧ろ前より増している気がする。


 左腕が復活しただけで魔力が上がるわけも無し……。なら原因はやはりこの「峻厳の左腕ゲブラー」という名前になった私の腕か。


 そもそもなんなんだ? スキルは得たが腕に依存するようなものではないし、かと言って見た目だけなのかと言われればアーリシアと魔力が繋がりそうになるし……。


 ……ああ、左腕に《解析鑑定》を使えばいいのか。同時多発的に色々あったせいで抜けていたな。


 ならば早速調べてみよう。念の為他の鑑定出来るスキルを併用して発動……。


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 アイテム名:峻厳の左腕ゲブラー


 種別:セフィラの祝福


 概要:セフィロトの祝福を受けた左腕。第五のセフィラ「ゲブラー」の力を宿し、魔力を代償にその腕で振るう攻撃は絶大な力を発揮する。

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 ……ふむ、よく分からん。セフィロトの祝福? アレは命に対して万能な樹であって、そんなそれ以外の権能なんてあるのか?


 今まで手当たり次第に本を読み漁って来たが、セフィロトなんかの聖遺物関連は名前だけはあっても細かい解釈や詳しい情報は殆ど無かったからな。はあ……。また調べる事が増えた。今私は一体いくつ調べる物があるんだ?


 ……いや、今は取り敢えず自身の事だ。《炎魔法》以外の魔法も念の為使ってみるか。


 それから私は残り四属性の魔法を先程の《炎魔法》の様に色々と弄りながら魔法を使って行く。


 《地魔法》《水魔法》《風魔法》と操って行き、感じていたちょっとした魔力の乱れも操作難度が上がるにつれ強くなるが、これらはまだ問題無い。問題なのは最後、《空間魔法》である。


 数メートル単位の短いテレポーテーションやポケットディメンションは座標の乱れが少ない為演算に対する影響が少なかったのだが、隔離空間や長距離テレポーテーションはその乱れが激しくて中々上手くいかない。


 演算関係のスキルをフル活用してこれなのだ。この乱れが残り続けるなら厄介なのだが、天声が言うには……。


『現在発生している魔力の乱れは、現在のクラウン様の肉体及び魂が新たに生成された左腕との親和性による不具合です』


『この親和性による不具合は一時的なものです。時間経過と共に肉体及び魂が順応して行き、最終的には正常な状態に戻ります』


『正常な状態に戻るのに、約一週間の時間を要します』


『左腕を使用した訓練を重ねれば、その分だけ肉体及び魂に順応し易くなるでしょう』


 一時的な不具合ねぇ……。つまりこの腕に体と魂が慣れないといけないわけか。まあ、いきなりこんな腕が生えちゃ体やら魂はいきなりは受け入れられないだろうしな。


 だが一週間か……。ギリギリ間に合うかもしれないが、微妙だな。なんとか訓練を重ねて一刻も早く慣れさせる必要があるだろう。


 面倒な話だが、片腕のまま魔王戦に挑むより何倍もマシだ。贅沢を言うのが強欲の真骨頂だが、今は控えよう。


 さてさて……。


 結果としては若干魔力に乱れを感じ取れはしたが、概ね以前のように扱う事が出来た。


 左腕の影響が思っていたより小さくて安心した。天声によればこのまま訓練を重ねさえすれば数日で安定するらしいし。


 後は鬼門となる……《闇魔法》か。


 隔離空間ですら使うのが難しい今、周りに被害を及ぼしかねない《闇魔法》の訓練は流石に厳しいか……。


 まずは《空間魔法》を徹底的に訓練していくしかないな。仕方ない。


 と、そこまで考えた所で──


「クラウン様ぁーーーっ! お待たせしましたぁーーーっ!!」


 少し離れた場所からアーリシアの声が響く。その声に周りで私同様訓練を重ねている学生達が振り返って感嘆の息を漏らす。


 満面の笑みでこちらに手を振るアーリシアの格好は、学院が支給している魔法訓練時に着用する動き易い訓練服だ。


 芋虫のエンブレムの生徒用である白を基調とした線の細い訓練服は、アーリシアの天真爛漫な笑顔と明るい髪、晴天の様な青い瞳の彼女の魅力を引き立てて周りの目を惹きつける。


 その隣にいるロリーナにも幾つか視線が行っている。


 アーリシアと同じ訓練服だが、こちらは蛹のエンブレムの生徒が着用する落ち着いたグレーの訓練服。色合いが地味で白、グレー、黒と三色に分かれる訓練服の色の中で一番人気が無い服だが、ロリーナが着ていると、それも違って見える。


 ロリーナの白黄金プラチナゴールドの落ち着いた金色の髪色と、同色の瞳。日の光の下で輝く白い肌が地味と評されるグレーの訓練服を清楚でシックな雰囲気へ昇華し、彼女を引き立てている。


 そしてそんな二人の後ろには、いつもの使用人服を着たマルガレンが続く。


 背も余り伸びず、童顔である事で実年齢よりも若く見えるマルガレンは、見ようによっては男装する少女のように見えなくも無い。


 前者二人が男性陣の視線を集めているのに対し、そんなマルガレンには女性陣の視線が多く刺さっている。余り居心地は良くないようだが。


 ふむ、しかし。


 マルガレンは兎も角として、アーリシアとロリーナという屈指の美女と仲が良い私は、今更ながらかなり役得だなと思う。


 次第に私に近付いてくる二人に向けられていた視線が私に向き、羨望やら嫉妬やら怒りやらがぜになった感情を向けられるが、知った事ではない。


 コイツらがどれだけ私を嫉妬しようが現実は変わらないのだ。アーリシアとロリーナと仲が良いという事実は、そんな矮小な感情如きに潰されるほどヤワではない。


 ……まあ、それが引き金で彼女達や私に実害を及ぼそうものなら徹底的に叩き潰してハンバーグの挽肉にでもしてやるのだがな。


 スキル《威圧》を使ってそんな視線を向けて来る輩を脅かした頃、三人は私の元へ辿り着く。


「お待たせしました。……何かありましたか?」


「いや、なんでもないよ」


 ふむ。視線にちょっとイラついたのをなるべく顔には出さないようにしていたが、ロリーナには分かってしまうか。本当、よく見ている。


「なら良いのですが……」


「さあクラウン様っ! 早速訓練を致しましょうっ! 何をするんですかっ?」


 アーリシアは本当に元気だな。それに比べ……。


「落ち着け。後で説明してやるから。それよりマルガレン。何を落ち込んでいる?」


 二人の後を付いてきていたマルガレンが先程から俯向き気味で元気が無い。顔色が悪いわけでは無さそうだから病気の類では無いだろうが……。


「いえ……いいんです……。僕の事は放っておいて皆さんで訓練に勤しんで下さい……」


「いいって、お前なぁ……」


 私がそこまで言うと、アーリシアが私に駆け寄って耳を貸してくれと簡単なジェスチャーを使って来たので耳を貸す。するとアーリシアは小声で──


「マルガレン君、クラウン様の左腕が治った瞬間に立ち会えなくてちょっといじけているんです。普通に治っただけならまだ良かったのですが……、そうなってしまったじゃないですか?」


 ……ふむ。成る程。まあそう言われればなんとなく理由は分かるが……、そんな落ち込む程か?


「「主人の決定的瞬間に立ち会えない自分なんて……」と嘆いてましたし……。なんとかフォローしてあげて下さいっ」


 フォロー、と言われてもな……。ふむ。


「マルガレン」


「はい……」


「そのまま辛気臭い顔のままで居るつもりなら部屋へ帰りなさい。そんな不貞腐れた顔で側に居られても気分が悪い」


 マルガレンは私のその言葉に目を丸くする。まさか自分がそんな事を言われるとは思っていなかったのだろう。まあ、敢えてキツく言っているんだが。


「ちょ、ちょっとクラウン様っ、流石に言い過ぎじゃあ……」


「お前は黙っていなさい」


 私はなんだが今にも泣きそうな顔になっているマルガレンに歩み寄り、顔を覗き込む。本当、コイツに関しては十年前から顔が殆ど変わってないな。男として若干心配になるが……。今は違うな。


「マルガレン。お前の仕事はなんだ?」


「え……。ぼ、坊ちゃんを、全力でサポートし、見守り続ける事……です」


「そうだな。そしてその仕事は、私かお前が死ぬまで続くわけだが……。だからと言って全ての時間を共に過ごさなければならないわけじゃない」


「し、しかしっ!!」


「ならお前はアレか? 私が仮に結婚して家庭を築いた時、二人きりで私が過ごしたいと言っても近くに侍るつもりか?」


「それ……は……」


「逆にだ。仮にお前が結婚したとして、私がお前の奥さんと暫くゆっくり休めと諭しても断るつもりか?」


「……」


「……いいかマルガレン。私達は主従関係だ。だがだからと言ってずっと一緒に居なければならないわけじゃない。それに私達の関係はそこら辺の貴族とその従者とは比べるべくもない絆で結ばれた固い主従関係だ。違うか?」


 絆とか自分で口にしていてなんだがむず痒くて気持ちが悪いが……。まあ、マルガレンとの間なら構わないだろう。


 ……余り使いたいと思わないが。


「ち、違わないですっ!!」


「そうだな。だが私は、それが原因で依存関係にはなりたくないんだよ」


「依存……ですか?」


「ああ。ニュアンスは似ているが、依存は信頼の対義語みたいなものだ。信頼と違って、依存には成長が無いし己を蝕む。私達はそんな呆れる生々しい関係にはなりたくはない」


 マルガレンは十年前に、私が孤児となったのを引き取って以来の関係だ。


 その時のマルガレンには寄る辺はなく、引き取った私に対して信仰にも似た感情を抱いていたりする。


 そしてそれは小さな依存に似たものに少しずつ変わり、自身の〝生きる意味〟にすり替わりつつある。私はそれが気に入らない。


「私はなマルガレン。私が私の好きに人生を生きるように、お前にもお前の好きに生きて欲しいのだ」


「それは……僕は坊ちゃんと共に生きてこそで……」


「……まあ、今はそれでいい。だが考えるのだけは止めるな。お前はお前がしたい事を常に探し続けろ。今回私の左腕に関われなかった事程度で一々「従者として……」なんて悩まれては敵わん」


「……はい」


「ほら、シャキッとしなさい。お前にも手伝って貰うんだからな」


 まったく……。主題が逸れたな。今は魔法の訓練を……と、その前にだ。


「アーリシア。お前に伝えておく事がある」


「えっ? えっ? なんですかなんですかっ?」


「今回の魔王戦についてなんだがな」


「フッフッフッ……。分かっていますよクラウン様っ! 私はお留守番していろと言うのでしょう? 大丈夫ですっ! 私は学院にてクラウン様がいつ帰って来ても良いように──」


「いや、今回は違う」


「……ふぇっ?」


「お前の力が必要だアーリシア。私と一緒に戦ってくれ」


「……え、えーーーーーーーーっ!?」


 ……まあ、そりゃあ驚くか。今まで繊細なガラス細工の様な扱いをしていた私からのお願いだ。本人としては何故、と思うだろうな。


「取り敢えず落ち着け。まずは一から説明を──」


「なりませんッ!!」


 その言葉と共に、アーリシアの側の何も無い空間から、白装束の麗人が出現した。

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