第五章:何人たりとも許しはしない-19

 アーリシアの横に突如として出現した白装束の麗人は、私とアーリシアの間に無理矢理割って入り、胡乱うろんな視線を私に向ける。


「ちょ、ちょっとラービッツっ!」


「お嬢様はお控え下さい。……まったく。これまで見逃していれば調子に乗りおって」


 ラービッツと呼ばれた麗人は私ににじり寄るとその視線をそのままに溜息を吐く。


「今までは貴様がお嬢様を我々同様丁重に扱っていたから見逃していた。だが先程の発言はどういう事だ? 魔王との戦いに参戦させるつもりか?」


 怒気を孕んだラービッツの感情剥き出しの言葉が私にぶつけられる。


 ……というか、話を聞いていたのか?


 私の感知系スキルでは確認出来なかった事からその場で身を隠していたワケではないだろう。出現のしかたから恐らくは《空間魔法》で移動して来たのだろうが……。盗聴? でもしたのか。


「人様の会話を無遠慮に盗み聞くなんて随分と過保護なんだな? 巫女様の侍従は大変にお忙しいらしい」


「お嬢様の状態を管理するのは私の役目だ。貴様には関係無い」


「関係無い? なら何故私に突っ掛かる。無関係なら私に構う必要は無いだろう?」


「チッ……揚げ足取りが……。質問に答えろ。私の聞き間違いで無ければ貴様はお嬢様を魔王と戦わせると宣った。違うか?」


 今〝聞き間違い〟と言ったな?


 ……はあ……。アーリシアの監視役か。今まで見逃していたと言っていたが、もしかしてこの十年間私を含めたアーリシア周りの人間をずっと監視していたのか? 私に感知されないような術……スキルで。


 成る程。アーリシアは自由奔放に動き回る割に従者やらが周りに一切居ないのはコイツが常に監視していたからなのか。


 仕方ないとはいえ……一方的に盗み見られるのは気分が悪いな。


 ……まあいい。


「……そうだ。アーリシアを魔王戦に参戦させる。安心しろ、お前の幻聴じゃあない。良かったな、医者に行かずに済んで」


「貴様よくもそんな事を飄々とっ……!!」


「冗談だ。アーリシアの身は全身全霊を掛けて守る。絶対に傷つけさせやしない」


 私はラービッツにそう断言するが、ラービッツの目は未だに私に疑念を抱く訝しんだもののままだ。


 ま、こんな口先だけの言葉で納得する程甘ったるくはないだろうな。期待しちゃいない。


「ふん。詭弁だな。第一貴様の実力で魔王と戦いながらお嬢様を守るなんて事が出来るとは思えん」


「ほう。まるで私の実力の底を知っているような口振りだな」


「確かに貴様は他の者より才気があるのかもしれん。だがそれは貴様と同年代を比べてという話だ。貴様以上の実力者などこの世にごまんと居る。自惚れるな」


「ふむ。成る程。ならばその実力者を今から連れて来てくれ。そいつにアーリシアを守って貰えれば私は魔王に集中出来る。これで解決だな?」


「……何?」


「勘違いしているかもしれないが、別に私は一人──アーリシアを含めて二人で魔王に臨む気なぞ最初から無い。私が信頼している実力者で固めた少数精鋭で挑むつもりだ。故にアーリシアを守ってくれるような者が居るなら連れて来てくれ。私は拒まん」


 私はあの化け物を目の当たりにして一騎打ちを敢行するなどぶっ飛んだ思考はしていない。それに確実に倒したい相手なのだ。投入出来る戦力があるならば是非ともお願いしたい。


「……何を言い出すのかと思えば……。貴様、怖気ているのか? お嬢様の力に頼る程、貴様は怯えているのか?」


 そう私を睨んだまま煽って見せるラービッツの口元が若干だが吊り上がったように見える。


 ……何なんだその下手な挑発は。私も見縊みくびられたものだな。


「誰になんと言われようと私は私が考える作戦を実行する。それがお前に怖気に見えようが怯えとそしられようがな」


 勝たなければならない相手を倒すのにプライドを持ち出す程、私は楽観的ではないつもりだ。


 そんな私の言葉にラービッツは何か感心したように「ほぉう」と一言唸る。


「大層な物言いだな」


「それほどでも」


 睨み合う私とラービッツ。


 側ではアーリシアが私達の様子を慌てふためくしか出来ずにおり、ロリーナは私に心配そうな視線を向ける。


 まったく……。面倒な事だ。


 多少余裕が出て来たとはいえ時間が惜しい事には変わりはない。故に時間を無駄にはしたくないのだが、このままじゃあ訓練をする時間が……、


 ……あ、そうだ。ならば一層の事。


「そんなに心配なら私を試してみたらいい」


「何?」


「お前は私にアーリシアを守れるだけの力があるかを疑っているんだろう? なら納得がいくように私を試したらいい。どうだ?」


 アーリシアの護衛を務める奴だ。それなりに能力は高いとみていいだろう。これだけ私を過小評価するんだ。口にしている本人が、それなりの実力者でなければ話にならない。


 それにこの左腕を試すいい機会だ。訓練の相手として不足は無いだろう。


「……私は構わないが……」


 ラービッツはそう口にしながらアーリシアに目線を移す。一応主人の許可は要るようで、多少困ったような表情を浮かべる。


 それを受けたアーリシアはいつの間にやら落ち着いたようでラービッツを手招きして小声で会話を始める。


 ……本来なら聞き流すが……。散々盗聴されていたみたいだしな。私もちょっと盗み聞いてみるか。


 私は《聴覚強化》と《明哲の遠耳》を併用して二人の会話内容を盗み聞く。


「大丈夫なのラービッツ? クラウン様、結構強いのよ? ちゃんとは見た事無いけれど……」


「……そうですね。お嬢様が目にしていない故、私もその実力は知らぬ所ですが……。この魔法魔術学院で最優秀の成績を修めて入学したのは存じ上げています」


「そうよっ! だから余りナメて掛からない方が……」


「ご安心下さい。確かに優秀であるのは確かですし、トーチキングリザードを撃破しているのも知っています。ナメて掛かるつもりはありませんが……」


「ありませんが?」


「私だって幸神教が総本山、聖幸神教会の人間です。多少才能がある若造に遅れは取りませんよ」


「そう? ……なら、分かった」


「畏まりました」


 おっと。話が済んだようだ。話を聞く限りじゃ私に負ける気は無いようだが。ふふっ、楽しみだな。


「話は終わったみたいだな」


「ああ。このまま始めるか?」


「そうだな。このままで良いだろう。ルールはぁ……。先に負けを認めた方が負けだ」


「ふん。シンプルだな。良かろう」


 私とラービッツが距離を開ける。


 別にこの学院に決闘なり試合なりの厳密なルールは存在しない。強いて言うならこういった広い屋外で怪我の無いように……的な一般常識的なものがあるくらいだ。


 学院の授業が軒並み休講になっている今、暇潰しなのかこの訓練場では普段よりも血気盛んにそういった模擬戦じみたものが多いのが目に留まる。


 まあ周りで目に入る決闘はお遊びみたいなものが大半だが、これから私達がやるであろう決闘は……その範疇を超えるだろうな。なんせ──


 ラービッツの背後から金属がぶつかるような音が鳴る。


 目線をそちらに向けて見れば、どこから出したのか分からないような大きさの鉤爪を取り出して両手に嵌めていた。


 全体が銀色に輝く金属で出来ており、甲の部分には鳥の羽のような意匠が施されている。爪の本数はそれぞれ三本で長さは八十センチはあるだろう。


 ラービッツはそんな鉤爪を装着した瞬間、その眼光は先程より一層鋭くなり、私を見据える。


 こんな目線を向けて来る相手とお遊びで戦うなど出来ないだろう。私も訓練がてらと油断しては足元を掬われるだろうな。


 さて……ならそれに敬意を払って。


 私は眼前に両の手の平を合わせ、そのまま手の平から引き抜くように燈狼とうろうを出現させる。


「それは……」


「どうせならしっかりやろう。お互いスッキリするような……有無を挟ませないような決闘を」


「ふんっ! 望むところだっ!」

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