第五章:何人たりとも許しはしない-20

 鉤爪を構えるラービッツ。


 まるで虎が獲物に飛び掛かる直前のような構えでもって私に対面するラービッツの目は、最早先程の私に対する胡乱うろんな目線ではない。


 それは所謂いわゆる戦闘態勢というか、それこそ獲物を仕留めんとする肉食獣のような獰猛さと静粛性が兼ね備えられた猛者のする目だ。


 私はラービッツに応えるよう、燈狼とうろうを鞘から引き抜く。刀身が露わになった瞬間、その刃からは莫大な熱が発せられ周囲の温度を急激に上昇させていく。


 そんな威容を放つ燈狼とうろうに顔を強張らせたラービッツは、私に対しての警戒心を更に跳ね上げたようで、その雰囲気を直前よりも増して険しいものにしていく。


 そう、この決闘は真剣も真剣。多少の怪我どころか下手をしたら大怪我ですら覚悟が必要な殺し合い一歩手前の勝負だ。


 そんな真剣勝負。油断や躊躇をしてはここまで本気になってくれるラービッツに申し訳が立たない。私が持てる最大限をラービッツにぶつけよう。


 まずはラービッツの能力を確かめる。その為に私は躊躇せずに《解析鑑定》をラービッツに発動させる。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 人物名:ラービッツ・ホワイトウォッチ

 種族:人間

 年齢:二十六歳

 状態:強力化、高速化、集中化

 役職:聖幸神教会高位神官

 所持スキル

 魔法系:《風魔法》《空間魔法》


 技術系:《剣術・初》《爪術・初》《爪術・熟》《小盾術・初》《隠密術・初》《調合術・初》《裁縫術・初》《騎乗術・初》《変装術・初》《二斬撃ダブルスラッシュ》《六爪撃ヘキサクロー》《毒爪撃ポイズンクロー》《回転爪サークルクロー》《連回爪撃スパイラルクラッシュ》《強力化パワー》《高速化ハイスピード》《集中化コンセントレーション》《消音化サイレント》《見切り》《緊急回避》《脱力法》《暗視》


 補助系:《体力補正・I》《筋力補正・I》《敏捷補正・I》《敏捷補正・II》《集中補正・I》《斬撃強化》《瞬発力強化》《剣速強化》《跳躍強化》《柔軟性強化》《反射神経強化》《動体視力強化》《体幹強化》《思考加速》《演算処理効率化》《気配感知》《空間感知》《遠視》《千里眼》《遠話》《遠聴》《威圧》《痛覚耐性・小》《睡眠耐性・小》《気絶耐性・小》《風魔法適性》《空間魔法適性》


 概要:幸神教総本山、聖幸神教会に所属する高位神官の一人。幼少期よりアーリシア・サンクチュアリスの世話係兼護衛兼監視を任されている。得意とする鉤爪を使用した戦闘スタイルは今は亡き歴史的爪術家である祖母「シュンガイ・ホワイトウォッチ」より叩き込まれたもの。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ……ほうほう。これは……これは……。間違いなく今までで一番の強敵だ。勿論師匠や「暴食の魔王」を除いての話だが、今まで直接ぶつかって来た相手の中じゃ最強だろう。


 だが今の私にとってはいい腕慣らしになるだろう。


 別に侮っているわけではなく、魔王戦前に戦う相手と考えれば良い強さの指針になるだろう。勿論、奴との戦いに備えられるという意味でだ。


 ラービッツに勝てないようでは魔王になど勝てない。そんな心持ちでなければ……。故に出し惜しみはしない。


 私は燈狼とうろうを構える。加えて《強力化パワー》《防壁化ガード》《高速化ハイスピード》《集中化コンセントレーション》《消音化サイレント》を発動。自身の能力を底上げし、更に《脱力法》で以って身体の無駄な力を抜く。


 そして感知系スキルをラービッツ一人に総動員する形に発動させる。


 燈狼とうろうに魔力を流し刀身に炎を纏わせ準備完了。ラービッツを見据えその動きを一挙手一投足見逃さないよう努める。


 まずは相手の出方を伺う。あの鉤爪の攻撃範囲は近距離から中距離でそれが両手にある。しかも以前にやり合ったトーチキングリザードと違ってその両手の鉤爪を自由自在に操れるだろう。同じ爪術といっても質がかなり違うのは明白。下手に私が先手を打つより相手の初撃を受け流した方が対処がし易い。


 呼吸を浅くし、目線を一切逸らさず、僅かな動作も見逃さぬよう構えていると、それは突然起こった。


 ラービッツが中腰状態だった姿勢を一層深く沈めたかと思った瞬間、強化された瞬発力で以って一気に鉤爪の有効範囲まで詰めると、右手鉤爪を獣の様に振りおろして来る。


 私はそれになんとか反応し、燈狼とうろうでそれを受け止めようとするが、目端に入った左手鉤爪の横薙ぎの気配を察知し、受け止めるのではなく迫る爪の横っ腹を叩く様に弾き、その勢いを利用して翻り左手鉤爪を弾く。


 両爪の攻撃を弾かれたラービッツは一瞬体勢を崩すも、その強化された柔軟性と反射神経、瞬発力を生かして咄嗟に後方へ跳び、地面に着地すると間髪入れず第二撃目を叩き込むべく再び姿勢を低くする。


 しかし私はそれを許すつもりはない。


 ラービッツが姿勢を低くした一瞬の時間を見逃さず今度は私が敏捷性を利用して一気に距離を詰める。


 姿勢を低くしているラービッツに袈裟懸けにするよう燈狼とうろうを振り下ろす。


 するとラービッツは両爪でその一撃を受け止める……のではなく何かを察したラービッツは身体を無理矢理横転させその白装束を砂に塗れさせながら滑る様に私の一撃を避ける。


 恐らくだが私の燈狼とうろうの発する熱を警戒したのだろう。最低でも《炎熱耐性・小》を所持していなければ常人ならばその熱だけで火傷を負いかねない。それを持っていないラービッツにとって、私の燈狼とうろうを受け止める事自体がダメージソースになりえるのだ。


 こうなるとラービッツは容易に私に近付けなくなる。


 故に横転した後体勢を整えたラービッツは両爪を構えはするも初撃の様に距離を詰めては来ない。


 さて次はどうする、とラービッツを観察していると、私の周囲……厳密には背後に微細な魔力の乱れを感知する。


 次の瞬間、ラービッツの姿と気配はその場から掻き消え殺気と共に私の背後に突如として出現し、ラービッツの両爪が獣の顎の様に私に迫る。


 距離や間合いなどを考えどう身を翻そうと避けられないと察した私は目線の先……三メートル程前方の座標を直ぐ様演算し、《空間魔法》で以って転移しその一撃を回避する。


 転移した瞬間、私はその身を翻して私の背後へと回ったラービッツに再び視線を向ける。


「……今のを避けたか」


「魔力の乱れを感じたのでな。それにお前が《空間魔法》を使えるのは知っていた」


「成る程」


 短い会話を終えた後、私達は再びお互いを睨み合いながらそれぞれ武器を構える。


 が、このままラービッツに一々空間魔法を使われていたら正直面倒だ。私よりも少し演算は遅いようだが、それでも間合いを詰めるまでには転移されてしまうだろう。ならば……。


 私は《精霊魔法》を使いラービッツの前面以外の周囲に土の壁を出現させ逃げ道を塞ぐ。それにラービッツは舌打ちを打つと仕方無しとばかりに私に鉤爪を構え直し正面突破を敢行する。


 しかしそんなラービッツも一筋縄ではないようで私との距離を詰めながら《空間魔法》の準備を始めている。


 それは今からラービッツの視界内の何処かに転移するという事。問題は何処に転移するかだが、それは私の感知系スキルが教えてくれる。


 転移先は再び私の背後……ではなく、その上空。ラービッツが私との距離を詰めながら演算出来るギリギリの距離だ。


 これを魔法……同じ《空間魔法》で回避したりカウンターを狙う事も出来るが……今はアレを試してみよう。


 私はラービッツが転移する直前、最近習得したエクストラスキル《峻厳》を発動させる。


 瞬間、身体の底から力が漲るのを感じる。全身の筋肉が限界を無視して躍動し、自身の体重が半減した様に軽く感じる。


 脳から筋肉に伝わる電気信号の僅かな齟齬は無くなり、あらゆる感覚が鋭敏になったように感じた。


 私はその限界を超えた身体で以って背後に振り向きながら足に力を入れ一気に跳躍する。


 魔力の乱れが発生していた場所より若干高い位置まで飛び上がった私は、燈狼を振り上げる。


 刹那、ラービッツを私が見下す位置に転移して来たのを確認し、一気に振り下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る