第五章:何人たりとも許しはしない-21

 振り下ろされた燈狼とうろうはそのまま吸い込まれるようにラービッツの肩口に向かった。が、しかし、そう上手くはいかない。


 ラービッツは私の攻撃を読んでいたのか、肩口を庇うように鉤爪がガードしており、振り下ろされた燈狼は鉤爪にぶつかり激しい金属音を響かせる。


 そしてラービッツと私は燈狼の一撃の勢いのまま、二人で地面に落下した。


 私は《減重》や《重力軽減》を駆使しながら受け身を取り、落下した衝撃で砂煙が舞った。


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(チッ、強い……)


 舞い上がった砂煙の中、ラービッツはなんとか受け身を取りながら舌打ちしてそう内心で呟き、武器である鉤爪に目を移す。


 両の鉤爪は先程のクラウンの凄まじい一撃により一部が破損し、内の一本は完全に折れ曲がってしまっている。


(くそ……。パス合金製の爪がへし折れたか……。いくらしたと思ってるんだ)


 ラービッツの鉤爪による爪術は、文句の付けようの無い熟達した技術である。


 幼少より歴史に名を残す爪術家である祖母により鍛え上げられた彼女の爪術は他の追随を許さず、人族の中でもトップクラスだろう。


 だがそれは、あくまで爪術家として見るならである。


 仮にラービッツがクラウンとのこの決闘で剣術対爪術、といった戦闘術限定でのルールを定めていた場合、ラービッツに軍配が上がるだろう。


 クラウンも幼い頃より天才剣士である姉ガーベラの下修行していたが、それでもラービッツの方が教わっていた相手が相手なだけあり技術的に経験値がある分今のクラウンでは太刀打ち出来ない。


 故に上空に先回りされた時にクラウンの行動を読み、《空間感知》を駆使してあの一撃を辛くも防ぐ事ができたのだ。


 しかし今回、そういった限定的なルールの決闘は行なってはいないのが現実。


 クラウンは自分の発展途上な技術とラービッツの爪術との間にある溝を、その他のスキルや武器を駆使して完全に埋めて来た。


 爪術の近距離から中距離という間合いをその特殊な剣の特性により封じ、長年鍛えて来た敏捷性を自分を上回るスキルの効果で越えてくる。


 周りから重宝されて来た《空間魔法》による奇襲に関しては直ぐに勘付かれる挙句、そもそも魔法に至ってはクラウンの方が圧倒的に熟達しており、尚且つ他の魔法まで駆使してくる始末。


 下手に近付けず背後からの攻撃もアッサリ防がれ、頼みの《空間魔法》では敵わない。


 くなる上は……。


(火傷を負いながらでも技を叩き込むしかない)


 今ラービッツに残されている手段は唯一クラウンより優れている戦闘術での近接戦闘でのゴリ押し。ラービッツが先に火傷に蝕まれるか、クラウンに致命的な一撃を加えられるかのチキンレースだ。


 そう決意し、ラービッツは砂煙の向こう。クラウンが居るであろう位置に鉤爪を構え、《気配感知》を使いその動きを見逃さぬよう努める。


 が、しかし。次の瞬間、ラービッツに予想だにしない事態が降り掛かる。


(なっ!? 消えたっ!?)


 瞬きを一切せず、極限にまで高まっていた集中の中警戒していた前方に居る筈のクラウンの気配が忽然と消えたのだ。


 自身の目とスキルを疑ったラービッツであったが、どれだけ目を凝らし注視しようとクラウンの気配は依然掴めず、ラービッツは顔をしかめる。


(《空間魔法》で遠くに飛んだか?)


 そう思い至り彼女の最大の持ち味である《千里眼》で砂煙の向こうを短い時間で探し回る。しかしそれでも見つからない。


 闇雲に探してしまっているのもあるが、それ以上にその痕跡の一切すら確認出来ない事に、ラービッツは一筋の汗を額から流す。


(これ……一体……。っ!?)


 困惑が極まるラービッツの喉元に、静かに、けれども確かな殺意を帯びた鋭い切っ先が突如として突き付けられる。


「なっ……」


「勝負アリだ。ラービッツ」


 背後から冷たく聞こえたクラウンの声と共に、周りを舞い続けていた砂煙は突如として晴れて行き、自身の置かれている状況が露わになる。


 それは紛れも無く、クラウンがラービッツの背後からまるで獣の牙のような歪曲したナイフを首元に添えているという完全に詰みの状態。仮にここから逃げるには《空間魔法》を使うしかないが……。


「《空間魔法》の転移は諦めろ。私はお前の構築する魔力を霧散させる術を持っているし、今の私ならお前が演算している間に首を搔き切るなんて造作も無い」


「……負けを認めろと?」


「逆に聞くがどう挽回するつもりだ? そんな手段があるならやってみろ。それが出来るなら私はお前を尊敬する」


「……」


「因みにこのナイフは毒武器でな。強力な腐食性の毒が滲み出る仕組みだ。多少の傷を負おうともなんて考えも、捨てた方がいい」


「……チッ、クソッ」


 ラービッツはそのままゆっくり両手を上げる。


「私の負けだ。降参する」


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 ふう……。勝てたか。


 最初から毛頭負けるつもりなど無かったが、〝全力を出す〟という形式での決闘にして正解だった。


 純粋な技勝負をしていたら、正直かなり厳しかったと思う。《解析鑑定》での診断で中々の使い手なのが分かっていたから搦め手を利用してこうして勝利にこぎつけられたが……ふむ……。


 私はラービッツの喉元から障蜘蛛さわりぐもを退かし、ラービッツの前に周って振り返る。


「……反応が──」


「ん?」


「反応が突然消えた。何をしたんだ?」


 成る程。《気配感知》で私の居場所を把握したかったのか。だが、


「教えるわけないだろう」


「……そうか」


 まあタネを明かせばなんて事はない。《気配遮断》で私の気配を感知されないようにしていたというだけなんだがな。


 更に言えばあの砂煙も私の仕業だったりする。


 いい具合にラービッツの周りに高めの砂煙が舞ってくれたので《精霊魔法》でその砂煙が晴れないようブラインドになって貰っていた。


 視線が通らなければ感知系に頼るからな。それで私の姿を確認出来なければ《千里眼》を使うだろうから、奴がちょっと混乱している間に隠密系スキルで砂煙に隠れ奇襲した。


 スキルという大きなアドバンテージのお陰で技術的に格上の相手にもこうして勝てるようになった。それ自体は素晴らしい事だが……。


 ……ふむ。私はやはり、スキルに頼り切りになっているようだ。相手は……まあ年上だし、学んだ環境が環境だったからラービッツ並みは高望みになってしまうかもしれないが、それでももう少しまともに戦って、真正面から倒せるようにはなりたい。


 今のままでは、技関係のスキルが完全に死んでしまっているからな。上手く使えなければ……。


 さて、まあそれは私の中にしまっておいて……。


「これで私が戦える人間だと証明出来た、と思っていいのか?」


「……不服だが、そうなるな」


「……お前」


 私はラービッツに詰め寄り、その胸倉を掴んで眼前に引き寄せる。


 そんな私に私達を見守っていたアーリシアとロリーナ、そしてマルガレンが焦って駆け寄ってくるが、今は構っている気分じゃない。


 当のラービッツは突然の事で困惑しているようだが、私としてはこれでも穏便に済ませている方だ。


「な、なんだ急に……」


「いい加減にしないと私だって怒るぞ? なんなんだ初対面からその態度は? 恩着せがましく言いたくは無いがアーリシアを魔王から守ったのは私だぞ? 多少の感謝こそすれそんな態度を取られる覚えは微塵もない」


「それは貴様がお嬢様を魔王戦に連れて行くと戯言を宣ったからで──」


「ほう。魔王の魔の手から自分の主人を守れもせず、代わりに守ってくれた男に決闘で負けておいて意見が出来る立場か? 不甲斐ない人間のお前が? ふふっ。笑いを取りたいならもっと分かり易くした方がいいぞ」


「なっ!? それは関係ないだろうっ!! 私がお嬢様を守り切れなかった事と、お前が魔王戦にお嬢様を連れ出すのは……」


「話を聞いていなかったのか? 私が守り通すと言っているんだ。無様にもアーリシアを守れていないお前でなく、お前に勝った私が守り通すと」


「……信用出来るかっ!!」


 ラービッツはそう言って私の掴む胸倉を無理矢理引き剥がし、背後で様子を伺っていたアーリシアの側に控える。


「お嬢様は幸神教の神子になられるお方だっ! 将来幸神教を背負って立たれる貴きお方なんだぞっ!? それを魔王などと戦わせられるかっ!!」


 ……まあ、言いたい事は理解出来る。


 アーリシアは確かに慎重に扱うべき存在だ。幸神教の後継者として、僅かなトラブルも避けるべきだろう。だが、今回はそうもいかない。


「……魔王を打倒するのは勇者の役目だ。そして人族の勇者はアーリシアしかいない。だがアーリシアの勇者としての力は仲間が居てこその力だ。だから私が守り通す」


「……お嬢様は勇者である前に、幸神教の……」


「「暴食の魔王」を止められなければ被害は他国にまで及ぶぞ。際限ない食欲に身を任せ、人族を食い荒らす。それを、幸神教は放っておくのか?」


「……それは。だがしかしっ!!」


 まだゴネるか……。


 ……なら、一つ面白い提案をしてやろう。


「そこまで言うなら……手がないわけじゃない」


「何?……それは、なんだ?」


「……アーリシアの勇者の力……《救恤》を、私が貰う」

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