第五章:何人たりとも許しはしない-22

 少し冷たい言い方になるが、魔王戦に必要なのは勇者の力である《救恤》であり、アーリシア本人というわけではない。


 私自身、アーリシアが幸神教の後継者でなければ連れて歩いたのに、と考えたのは一度や二度じゃないしな。


 今の勇者としてのアーリシアの足を引っ張っているのは確実にその幸神教の立場だろう。


 故に魔王戦でアーリシアを連れていけないが《救恤》を使いたいのならば、そのスキルだけがあればいい。という話だ。


「《救恤》を貰う? どういう事だ?」


「どういう事なんですかっ!?」


 困惑を表情に表すラービッツと狼狽する当人アーリシア。


 まあ、スキルの譲渡は一般的じゃないからな。まずはその説明だ。


「私には相手のスキルを貰い受ける事が可能なスキルが備わっている。そいつを使えばアーリシアの許可次第では私が《救恤》を受け取る事が出来る。というわけだ」


 私の説明に目を丸くし、最初に口を開いたのはラービッツだった。


「そんなスキルがあったのか……。それがあれば、お嬢様は……」


「そうだな。アーリシアは勇者ではなくなり、その役目からは解放される。純粋な幸神教の後継者になれるだろう」


 何も足を引っ張っているのはアーリシアの幸神教の立場だけではない。逆も然りで、その後継者という立場からしても、勇者の役目は足枷になっている。


 〝幸神教教皇の娘にして人族の勇者〟というその境遇の外聞自体はかなり良い。その看板だけで平民は安心し、幸神教の入信者は増え、勇者の人格も信用が出来る。


 理想的は理想的だが、それは外面だけの話。


 実際には勇者という立場上、魔王や危険な魔物相手にはその力を使う責任を問われ、幸神教の後継者としてはそぐわない。


 そんなアーリシアの状況が、アーリシアを含め幸神教関係者の頭を悩ませているだろう事は想像に難くない。


 大きな権力は、複数同時に持つべきではないのだ。


 と、私がそんな話をすると、ラービッツはアーリシアへ振り向き、跪いてから彼女の両肩を掴む。そして彼女の顔を覗き、真剣な眼差しを向ける。


「お嬢様。彼に《救恤》を……お渡し下さい」


「ラービッツ……何を言って──」


「貴女様は我々の希望なのですっ! そのお歳で《神聖魔法》を習得なされる程に信仰心があり、人心を穏やかなお言葉で癒せる才を持つ貴女様は、今後の幸神教において大きな柱になるでしょう……。そんなお方が、勇者なんて危険な責務まで負う必要なんてないのですっ!!」


「ですが……私が《救恤》を持って産まれた時、皆が喜んで……」


「アレはっ……! ……アレは我々の考えが浅はかだったのです……。幸神教の後継者が勇者……。その事実は、不幸を背負う者達にとって強い希望になると、浮かれてしまったのです。その先にある貴女様に降り掛かる重責を考えなかった我々が軽率だったのです……」


 ラービッツは深く肩を落とし、俯く。


 その背中は、まるで後悔が積載しているように沈み、僅かに震えているように見える。


 ……私には、何故ラービッツがあそこまで項垂れているのか、正直分からない。


 アーリシアの勇者としての資格である《救恤》を宿して産まれたのはあくまで偶然であり、それを知って喜ぶ事に罪を感じる必要は無いはずだ。


 なのにラービッツは、アーリシアが勇者である事に喜んだ自身、そして同胞に罪悪感を覚えているように聞こえる。


 ……これは、何かあるのか? アーリシアが勇者である。その事実に、何か……。


「ラービッツっ? 何故そんなに自分を責める言い方をするのですかっ?」


「……ああ、申し訳ありません……。話が逸れてしまいました……。……改めましてお嬢様。どうか彼に《救恤》を……。そうすれば貴女様は純粋な神子として、魔王などと戦わなくて済みます」


「……それは……」


 アーリシアはそう呟くと、自身の肩からラービッツの手を退け、真っ直ぐ私の元へ歩み寄って来る。そして私の右手を取り、目を見詰める。


「私は……魔王と戦います。《救恤》は手放しません」


「お嬢様ッ!!」


 ラービッツは目を見開きながらアーリシアに駆け寄ろうとするが、アーリシアがそれを手で制して止める。


「周りの皆や世間が私をどう思っているのか……正直、私には関係無いの。ちょっと、冷たく聞こえるかもしれないけれどね。私は十分やりたい事やらせて貰ってるし、それを感謝こそすれ、後悔なんてしてないわ」


「お嬢様……何を……」


「貴女達が何をもって私に罪悪感を抱いているのか分からないけど、当の本人である私はこの十五年間で一度も後悔してないわ。それは、きっとこれからもそうよ」


「……」


「自分が幸神教教皇の娘である事、《救恤》の勇者である事。二つともあるから今の私だし、今の……この場所なの。だからねラービッツ。その延長線上に魔王戦があるなら、私は迷わずやるわ」


「お嬢様……」


「それにクラウン様が言ってくれているじゃないっ!! 私を守ってくれるってっ!! クラウン様は嘘はっ……まあ、割と吐くけど……」


 おいっ。


「それでも……約束は守ってくれる人よ。私を守る為に色々尽くしてくれる……。これまでだってずっとそうだったんだから。私は、それを信じる」


 と、アーリシアが若干頰を赤らめながら私に目を潤ませて見詰めて来る。


 ……いや、うん。守るは守るが、その目に私は応えられないぞ。


「……分かりました」


 ラービッツは小さく呟いて立ち上がり、背中を向ける。そんなラービッツに向き直り、不思議そうに首を傾げる。


「ラービッツ?」


「少し……頭を冷やして来ます。少々、お待ち下さい」


 そう言うとラービッツはそのまま念じ、《空間魔法》のテレポーテーションで何処かに転移して行った。


「……行っちゃいましたね」


「行っちゃいましたね、じゃない。お前の従者だろ」


「はい……。でも、ラービッツは常に私を見守ってくれていますから。それに彼女は強い人です。暫くすれば元に戻ります」


 ふむ。まあ一番付き合いが長いアーリシアがそう言うなら何も言いはしないが……。それより。


「……所でいつまで手を繋いでいるつもりだ?」


 先程から手を握られっぱなしだ。アーリシアは構わないんだろうが、私は気にする。特にロリーナの目の前だとな。


「あっ! すみません……つい……」


 アーリシアはおずおずと手を離すも、その顔はまだ若干赤みを帯びている。


 ……はあ、なんだかえらく話の腰を折られた気がするが、本人からは一応、言質を取れたかな。確認してみるか。


「アーリシア。さっきラービッツに魔王戦に参加するみたいな事言ってたが、本気か?」


「えっ!? あ……はいっ。参加しますっ!」


「……さっきも言ったし、私が言うのも何だがな。お前の《救恤》を私に渡せば、わざわざお前が魔王戦に出る必要は無いんだぞ?」


「もおーっ! クラウンさんまで言うんですかぁーっ!? 心配してくれるのは嬉しいですけど……」


「……いいんだな?」


「クラウン様が守って下さると言うのなら、私はそれを信じます」


「……分かった。全力を尽くそう」


 正直、アーリシアの《救恤》をなんのしがらみも無く手に入れられるチャンスを逃したのは少々惜しいが、まあ、仕方がないだろう。手に入れる機会は、またいずれ……。


「……終わりました?」


 と、背後からロリーナが確認するように声を掛けて来た。


 だがその声音は心なしかいつもより冷た気で、感情を感じられない。


 振り返ると、いつもと変わらない……いや、なんだかいつもより……険しい……か?


 ……何はともあれ。


「そうだな……。一通りは終わった」


「そうですか」


「あ、ああ……」


「……」


「……」


 な、なんだ……、この、空気感は……。ロリーナのこの無感情な目を見ていると、そこはかとない罪悪感が湧いて来る……。


 ……えーっと。取り敢えず……。


 私はその場の空気を変える為、手を一拍鳴らす。するとアーリシアとロリーナ、ついでにずっと黙り込んでいるマルガレンが目を見開く。


「はい、終わり終わりっ。まだ時間はあるから訓練を再開するぞっ」


「訓練、ですか? 先程の一戦の直後ですが……」


「まあ確かに疲労は多少感じるが、まだ平気だ」


「……本当ですか?」


 私を気遣うよう、ロリーナが問い掛けて来る。


 恐らく今朝方に私が焦りに焦っていた時のように見えたのかもしれないが、いくら私でもそこまで無理はしない。


「大丈夫だ。無理はしていない。ちゃんと疲労が溜まれば休むから安心してくれ」


「……分かりました」


 ロリーナは私の言葉に納得してくれたようで静かに頷いてくれる。


 それじゃあ……。


「さて……。それじゃあ始めるか。まずはアーリシアの《救恤》とその内包スキルの効果を具体的に知りたい。構わないな?」


「は、はいっ! 大丈夫ですっ!!」


「よし。なら始めるぞ。魔王を討つ、その為の訓練だ」

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