第四章:草むしり・後編-1

 

「だ、誰かぁぁぁぁぁぁぁっ! たす、助けてくれぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 ──学院に戻って三日。今は昼過ぎだ。


「お、俺はエルフなんかじゃないっ! 違うんだっ!! 信じてくれぇぇぇっ!!」


 戻ってから三人を取り敢えず自室まで送り、その後直ぐに行動した。勿論、エルフを一掃する計画の準備だ。


「わ、私を誰だと思っているっ! 子爵位である私にこの様な仕打ち……。到底許されるものではないぞっ!!」


 学院内や王国内に無数に潜伏しているエルフを一掃するには正確な情報が必要である。


 しかし変装に長けているであろう潜伏エルフを一人ずつ見付け出しチマチマ雑草を摘む様に処理していては時間がどれだけ掛かるか分かったものではない。


「私には旦那や息子がっ!! どうかお見逃し下さいっ!! どうかっ!!」


 ムスカの能力を使い探し出すのも手だが、闇雲に探し回るのは非効率的だし、先程同様時間が掛かってしまう。


 多少の必要経費ならば許容範囲だが、可能な限り時短出来る術があるならそれに越した事はない。


「僕はただの吟遊詩人だっ! 確かにこの街に居着きはしたが……。エルフなんてなんかの冗談だっ!!」


 そしてその術というのが、かつて──と言ってもそれほど時間は経っていないが──マルガレンを刺し、私の怒りに触れた愚かな愚かなハーティーから情報を得るという手段である。


 ハーティーは今ギルド「禿鷲はげわしの眼光」に存在する特別監房にて拘束されており、特別な許可の無い者の面会は一切遮断されている状態。これならば他のエルフがこっそりハーティーに近付く事はまずないだろう。


 まあ、ギルド内にエルフが潜伏していたら厄介ではあったのだが。そこはこの国が誇る最大最高の収監ギルド。


 職員全員が収監している犯罪者と取引など行わないよう、毎日スキルによる鑑定とボディチェック、それと精神性テストと記憶力テストを欠かさず行うという徹底振りを発揮しており、まずエルフが職員として潜伏はしていないとの話だ。


 建物への侵入も同じように厳重らしく、収監エリアには昼夜問わず二十四時間三百六十五日、必ず三人以上の職員が監視体制を整えており、設置された全ての扉の鍵も形状を変え、スペアキーやマスターキーは存在しない。


 加えてスキルアイテムによる監視や警報まで幾重にも完備されている上、他の業者なども収監エリアのある建物とは隔離された別棟にのみ入る事が出来、以前の私のように特別な許可が無ければ無関係者は絶対に入れない。


 例えエルフがどれだけ諜報に優れていようと、このギルドを突破しハーティーに近付くのは至難の極み。私やムスカくらいのスキルが無ければ間違い無くハーティーに接触は出来ないだろう。


 ここまで徹底して厳重にしているのは、昔大規模な脱獄を許してしまい大惨事になった教訓かららしいのだが、今は割愛。興味もそれほど無いしな。


「テメェらっ!! 俺様をとっ捕まえてどうなるか分かってんのかァッ!? ゼッテェぶっ殺してやるぞゴラァッ!!」


 因みに私がハーティーに負わせた怪我は一通りは治っており喋る事は可能。


 ただ彼女も彼女で頑固だったらしく、エルフの情報収集の為行ったギルド職員による尋問、拷問の類には一切口を割らなかったというのだから筋金入りだ。


 彼等ではハーティーから情報が引き出せない。ならばどうするか?


 ……私が直接出向いて彼女をしかないだろう。


 許可の申請やら少々面倒だが、人伝でなく直接情報を受け取る事が出来ると考えれば信憑性を自分で計れる。効率的と言えば効率的だ。


「わ、ワシはただの浮浪者じゃぞっ!? そ、そんなワシにまだ惨めな思いをせいと言うのかお前らはっ!!」


 そう結論付けた私は、早速師匠にまたあのギルドに入れるよう許可を出して欲しいと願い出に向かったのだが、ここで一つ、予想より早い段階で〝お誘い〟の一報をある人物から預かっていると、師匠から聞かされたのである。


 そう。かの珠玉七貴族にしてこの国を守る大公。ディーボルツ・モンドベルク公、その人からの〝お茶会〟の招待である。


「やめてぇぇぇ……。殺さないでぇぇぇ。お、お、俺、エルフなんかじゃぁぁぁぁぁぁぁ……」


 ……はあ。


 エルフ共の断末魔も、少々聞き飽きてきたな。


 ______

 ____

 __


「モンドベルク公からのお誘い、ですか?」


 それは私がハーティーに直接会って情報を引き摺り出そうと決断し、収監ギルドに入る為の許可を得ようと師匠の元を訪れた際、そんな事を師匠から告げられた。


「ああそうじゃ。帰って来て早々、オヌシも多忙よのぉ……」


 師匠はそんな哀れむような事を口にしているが、その口調は至って愉し気で中々に悪戯っぽい。


「……これ、流石に断るのは──」


「無理じゃろ。かの大公様じゃぞ? そんな御仁がオヌシのようなヒヨッコに直々に〝お茶会〟にご招待……。応えるのが当然じゃし、断ろうものならそれだけで罰になりかねん」


 だろうな。


 ……ふむ。ならばここはちょっと思考を捻ってみるか。


「では会いましょう。私も一度話したかったですし」


「良いのか? 先程オヌシ、収監ギルドに行きたいとか言っておったではないか」


「はい。なのでに片付けてしまうんです」


 予定が詰まっているのなら、縮められる所を縮めてしまえばいい


「片付けてってオヌシ、言い方というものが……。まあよい。で?どういう事じゃ?」


「ハーティーの面会にモンドベルク公も誘うんです。ハーティーはモンドベルク公の元部下ですから、誘い方次第では同行してくれるでしょう。彼にもハーティーに聞きたい事があるでしょうし」


「誘う、か……。そう簡単にいくかの? それにあの方とて多忙じゃ。そんな場所に連れ歩くのは……」


「ハーティーからはエルフの情報を得て、潜入エルフを一掃する算段です。国防を司るモンドベルク公にとっても無視は出来ないでしょう? 仕事の一環と言えば理由は十分です」


「成る程のぉ……。それなら確かにあの方なら……」


「はい。聡明な方ならば、必ず誘いに乗ってくれるでしょうね」


「怖い物知らずじゃのオヌシは……。大公相手にまるで値踏みでもするようじゃ」


「ええ、値踏みですよ? 国防を司る大公とはいえここまでエルフの侵入を許していますからね。その手腕も多少は疑いたくなりますよ」


 そう。元はと言えばモンドベルク公がエルフの潜入を許していなければここまで苦労する必要など無かったのだ。


 ハッキリ言えば今私がしようとしている潜伏エルフ狩りは余計な手間でしかない。


 モンドベルク公がしっかりエルフの潜入を防ぎ、向こうに情報を与えずにいたのであればどれだけマシな状況だった事か……。この時間も自己研鑽に費やしたり国の軍備を整えたりと色々出来ていた。本当に無駄な時間だ。


 完全にエルフの後手に回らされている現状、モンドベルク公の手腕を完全に信用は出来ない。値踏みし、警戒するに越した事はない。


「大言壮語……傲慢に尽きるのぉ、オヌシは……」


「私や私の身内の為ですから。容赦なんて、微塵も挟むつもりはありませんよ」


 そうすると口にしてしまったからな。あの夜に。手は抜けん。


「はあ……。まあよい。さっきも言ったようにあの方も多忙じゃ。〝お茶会〟は明日、早朝からと希望されておるが、どうする?」


「それで構いません」


「了解じゃ。……はあ、このワシがまるで伝書鳩のようじゃのぉ……。ワシ、最高位魔導師なんじゃがのぉ……」






 翌日の早朝。


 学院前に一台の馬車が止まっていた。


 それはとても豪奢だが趣があり、品性と気品さを兼ね備えた超が付くような一級品である事をありありと表している。


 牽引する二頭の馬も、街中で時折目にするような栗毛の馬ではなく、芦毛を通り越して純白にまで到達した白馬。それもガタイが非常に良く引き締まった筋肉が優秀さと健康的な様を堂々と見せ付けている。


 大公が迎えに寄越す馬車ともなると最早このレベル。我が家の馬車とは比べるのも烏滸がましいな。


 しかし──


 私はそんな馬車に向かいながら《視野角拡大》で広くなった視界を使い首を動かさず辺りを見渡す。


 そこには早朝から魔法の訓練に勤しむ学生達が校門前に鎮座した豪奢な馬車と、それに向かって歩いている私を交互に目で追い、「何事だ」と言いたげな困惑した表情を浮かべている。


 今の私は非常に目立っている。学院内の立場も相まってたちまち学院中に話が広がるだろう。


 だが、それで良い。


 当初、私は学院内──いては国内で余り目立った存在にならないよう計画していた。


 目立たない存在として真っ当に成績を残し、真っ当に仕事をこなし、真っ当に評価を受け、真っ当に地位を築く。


 そして地道に築いたそんな立場を利用して世界各地を周りながらスキルを集め、落ち着いた頃に竜を討伐して英雄にでもなろうという。そんなのんびりとした計画だ。


 だが今の私はと言えば──


 この国最高の魔導師を師匠と仰ぎ、学院内最高位成績者の〝蝶〟のエンブレムをあずかり、この手で「暴食の魔王」まで倒してしまった。


 これが目立たない存在と言えるかと問われれば万人が首を横に振るだろう。そう、私は学院内で目立つ存在になってしまっている。


 グレーテルを倒した辺りではその勲功をなるべく受けないよう師匠に計らって貰うなどと多少足掻いてみはしたが、最早無駄な足掻きだろう。


 良い悪いは兎も角、こうして国の大公に目を付けられている時点で目立たない存在になるなど既に不可能。


 ましてやこれから戦争で武勲を立てキャッツ家の再興を図ろうと言うのだ。残念ながら当初ののんびりした計画は既に破綻してしまっている。


 ならば諦めるのか、と言われれば私はそれを全力で否定する。


 今の立場で当初の計画が破綻したのなら、今の立場にあった計画を立てれば良い。


 幸い私の今の立場は世間で見ればかなり恵まれたもの。魔法を最高の師匠から学び、学院内での権力もそこそこ有り、大公と知り合える機会に恵まれた。使える手札は皆豪華なものばかりだ。


 まあ、その立場に見合った代償──例えば権力者故の責任や責務、世間での動き易さや自由度──は支払わねばならないが、それも立ち回り方次第で上手くやれる。


 ならばもう〝目立たない〟という遠慮は必要ない。


 私が出来得る限りを尽くし、立場を利用し、この国で確固たる地位と権力を手中に収める。


 その為には〝目立たない〟ではなく〝目立つ〟活躍を広く知らしめねばな。


 その第一歩が、王都に蔓延る雑草を刈り取るという大仕事。大公が招いた無駄な時間を、最大限有効活用してやろう。


 さあ、待っているんだモンドベルク公。


 私がお前を利用してやる。


 そう内心で嗤いながら、私は燕尾服の老人に招かれるままに馬車に乗り込んだ。

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