第七章:暗中飛躍-6
「……はい、お待たせしました」
私は目を開け、博物館のあった心象世界から現実世界へ戻って来る。
体感的にはそこそこ時間を使ったような感覚ではあったが──
「んあ? 数秒目ぇ閉じてただけだろ。待つほど待っちゃいねぇよ」
どうやらノーマン曰く、私は目を閉じて数秒しか経っていなかったらしい。
昔は《
《思考加速》の熟練度が高まった今の私ならば寧ろ数秒程であれだけの時間を満喫出来るわけだ。
ふふふ。最近は忙しくて《
「で、オメェさんよう。問題は解決したのかよ」
訝しむようにそう問うてきたノーマンに「ええ」とだけ返し、私は自身の内側へと意識を集中させる。
「細かい事は省きますが、一応許可は取れた、と言って差し支えないでしょう」
「はあ? 死人にどうやって許可取んだよ?」
「まあまあ。見ていれば分かりますよ」
そう笑って見せるとノーマンは「ま、いつもの事か……」と何やら諦めたように納得し、
「では、いきますよ……」
再び神経を集中させ、心中に意識を向ける。
私がやるのはそう、アヴァリの魂をシェロブへと宿すという当初の目的。
強者──アヴァリの魂をただでさえ強力な武器であるシェロブに宿せば、
が、専用武器であるシェロブを操るにはまず専用武器の解除が──となっていたわけだ。
しかしよくよく考えてみるとだ。アヴァリの魂次第ではこの両方を同時に解決出来る、と気が付いた。
つまりはアヴァリの魂を説得し協力させ、シェロブに宿らせて内側から専用武器を解除してもらうのだ。
これならばシェロブにアヴァリの魂を宿らせて強化しながらシェロブを私の物に出来る。中々良い落とし所なのではないかと我ながら感心する。
そしてこの方法を使えば今後強者から強力な専用武器を手に入れ使用したい場合には応用が可能。つまり専用武器で四苦八苦する事は事実上無くなったわけである。
まあ、今回のようにその強者の魂を上手く説得する必要があるわけだが、そこは私の腕次第だろう。
今は何にせよ、解決法が分かった事を喜ぶべきだな。
……と、思考が逸れてしまったな。早くせねばアヴァリが焦れてしまう……。
私の中──《
______
____
__
『……ここは……』
アヴァリは気が付くと、真っ白な空間を漂っていた。
先程までいた暗い保管室と呼ばれていた場所とは正反対のその場所は不思議と暖かく感じ、どこまでも広がる白い世界には不安どころか居心地の良さすら感じる。
このまま眠れたならばどれだけ心地良いのだろうか……。
そんな欲求が内から湧き出しそうになる中、彼女の元へ一つの〝音〟が伝わってくる。
『…………ア……リや……』
『……? なんだ?』
『……アヴァ……や……』
『……声?』
音と思われたそれは徐々にハッキリしていき、その正体が声であった事に気付かされる。
そしてその声に、アヴァリは聞き覚えがあった。
『……まさか』
アヴァリは周囲を見回す。
しかし真っ白な空間には前後左右上下の感覚は通用せず、自身が見回す事が出来ているのかすら正しく認識出来ない。
歯痒い思いで小さな苛立ちを覚える中、アヴァリに届いていた声は更にハッキリとしていく。
『……アヴァリや。落ち……な……い』
『どこだ……何処なのですかっ!?』
『……アヴァリや。落ち着き……なさい』
『居るのでしょうっ!? 姿をお見せ下さいっ!!』
『アヴァリや、落ち着きなさい』
『何処ですっ!? 師しょ──』
『落ち着きなさいと言っているだろうがバカ弟子がっ!!』
『──っ!?』
今まで篭っていて聞こえ辛かった声が確かな言葉として聞き取れるようになったかと思えば、それはアヴァリに対する叱責であった。
『はあ……。オマエは相も変わらず落ち着きがないのぅ。そのような
『うっ……それは……』
言い返せず口籠もってしまうアヴァリ。
確かにクラウンとの一戦。自身が落ち着いて一つ一つの動きを見極められていたら結果は違ったのかもしれない。
散々クラウンに煽られ、振り回された結果、あの敗北に至ったのだと改めて実感し奥歯を強く噛み締める。
『まったく……。ワシが病なんぞに侵されなければ、こうはならんかったやもしれん。が、今そんな来なかった未来を語っても詮ない事。既に成るようにしかならぬ』
『面目次第も御座いません……』
『いい。……してアヴァリよ。オマエまでここに来てしまった理由を話しなさい。詳しく、な』
『はい』
言われた通り、アヴァリは自分が死んでからの経緯を説明する。と言っても殆どは先程あった保管室でのクラウンとのやり取りとその内容のみ。
つまりはアヴァリがクラウンに協力するに至った経緯が主である。
『……成る程ね。女皇帝陛下が……』
『あの方は確かに以前から苛烈な方ではありました。幼いながら部下の失敗を許さず、市井の平穏よりも敵対者の駆逐を主眼とした陛下のやり方は、しかし真っ直ぐな道であると信じていた。……ですが──』
『よいアヴァリ、よぉく分かった』
『師匠……』
『ワシはオマエの考えを否定はせんよ。寧ろワシとて同じ判断を下したかもしれぬ。陛下の行いは……決して赦されん』
『はい』
『だがなアヴァリ……。新たなシェロブの所有者となる小僧っ子もまた……信用しちゃあ……ならないよ。人族は狡猾だからねぇ……特にアヤツは……』
『はい。心得ております。故にワタシは、ヤツを監視すると決めたのです』
『そう……かい。なら……頑張り……な』
『……師匠? どうなさったのですかっ!?』
徐々に薄れていく師匠の声にアヴァリは慌てふためくが、そんな彼女を師匠は「カカカっ」と笑う。
『何を……泣きそうな声出してるんだい……』
『師匠……声が薄れて……』
『当然だ……。ワシの魂は既にシェロブと完全に一つと化し……意識すら溶け出している……。こうしてオマエと話せている事だって……結構ムリしているんだよ?』
『そん、な……。ワタシは、これからも師匠と、一緒に……』
『甘ったれた事を言うんじゃないよっ!!』
『──っ!!』
『元々あの小僧っ子の監視は……オマエ一人でやるつもりだったんだろう? なら……それを全うしな……。ワシの弟子だろう? オマエは……』
『……はいっ!!』
『まったく……。世話の……焼け……る……』
『師匠っ!!』
『……?』
アヴァリは魂のままで姿勢を正すと、何処に居るかも判然としない師匠に向かい、凛とした声音で最後の言葉を贈る。
それは生前贈ることの出来なかった言葉。
もう二度と告げられぬと諦めていたその言葉を、アヴァリは全ての感情を乗せて紡ぎ出す。
『アナタと出会い、重ねて来た時間……本当に幸せでした。本当に……ありがとうございましたっ!!』
『……そう……かい……』
声が空間へ溶け、薄れゆく。
もう二度と聞こえぬと理解するには十分な程の静寂が辺りに張り詰め、アヴァリの心を寂寞が襲う。
が、そんな感情を彼女は振り払い、師匠の言葉を思い起こす。
『ワシの弟子だろう?』
(……そう。ワタシは師匠の弟子……。あの「森精の弓英雄」の御内儀、「森精の棍聖」ヴァリノール様の愛弟子だっ!!)
アヴァリは改めて強く意志を固める。師匠に恥じぬ役目を全うし、エルフ族に真なる平和を導く……。それが、今のアヴァリの使命だと。
『見ていて下さい、師匠。ワタシは必ず……』
__
____
______
シェロブにアヴァリの魂が入り数秒、突如としてシェロブは美しく輝きだし、私の手の中で震える。
そして震えるのと同時にシェロブに少しずつ
「お、おいオメェさんっ!? なんだってんだ一体っ!?」
「いえ、私にも……。ですがこれは……」
あの時──
まるで真なる姿に変貌するような……新たな姿に進化するような……。そんな兆しに思わず胸が高鳴り、口角が上がる。
そうして全ての外皮が崩れ落ち、震えが止まったシェロブの新たな姿は、なんとも美しい姿であった。
今までの木をそのまま削り出したかのような平凡な棍の姿からは一変。
まるでアヴァリの魂の輝きがそのまま滲み出たかのような耽美な藍色が全体に波打つような紋様として浮かび上がり、手から伝わる触感は元が木であった事を忘れさせる程に金属質で滑らか。
であるにも関わらずその重量は以前と変わらず軽く、六つの短棍を合わせても軽快に取り回せる事を実感させてくれる。
「……はぁ」
そんな新たな姿となったシェロブを見てノーマンが溜息を吐くと、呆れたように私を見る。
「本当、オメェさんと居ると飽きねぇよまっく……」
「褒め言葉、と受け取っておきます」
「ああそうかい。で、だ。床に落ちた木片見てみな」
彼にそう促され、床に散らばったシェロブの外皮を見てみれば、その内のいくつかに何やら文字のようなモノが刻まれた痕が残る物が散見出来た。
「これは……」
「多分前の持ち主が刻んだ名前じゃねぇか?専用武器にする為のよう」
「ああ成る程……」
「刻んだ名前が消えたりこうやって削れちまう事は普通無いんだがなぁ……。だがこうして落ちてるっつう事は、だ」
「無事に専用武器を解除出来た、と?」
「多分な。ったくよう……。許可取って新しく刻むんじゃなくて前の名前が消えちまったなんて聞いた事もねぇぞ……」
そう言ってノーマンは頭を掻くと、私に向かって手を差し出して来る。
「……やってくれる。という事ですね?」
「皆まで言うな。オメェさんには色々と見た事ねぇ光景見せられてんだ。今更こんな事で尻込みしねぇよ」
「ありがとうございます。で、代金ですが──」
「あぁ、いいよイラねぇ。オメェさんにはかなり稼がせて貰ってる。名前刻むくらいタダでやってやるよ」
「重ね重ねありがとうございます」
「へっ。ほら、そいつ渡しな」
「はい」
私はシェロブをノーマンへ手渡し、名前を刻む為に店の奥へと二人で向かう。
中では相変わらず金床へ鍛錬中の金属を押し付けながら一心不乱に金槌を振り下ろすモーガンの姿があり、私の存在には一切感付いていない。
「今彼女が作っているのは?」
「王都からの依頼品だ。近々必要になるから期限までに可能な限り拵えてくれ、だとよ。まあ何に必要かは知らねぇがな」
「……成る程」
「因みにウチだけじゃなく他の鍛冶屋にも依頼してるらしい。まったく。詳しく聞いちゃいねぇが、物騒な事だ」
恐らくエルフとの戦争に向けた鎧や剣を大量生産させているんだろう。
平和が長らく続いた王国にどれだけ使用可能な武器や防具が常備されていたかは知らないが、十中八九多くはない。
なんなら手入れが行き届かず錆び付いたり腐食したりと悲惨な状態であった可能性すらあり得る。
故にこんな土壇場で装備を大量発注しているのだろう。我が国ながら嘆かわしい。
「でようオメェさん。名前なんにするんだ?」
ああ、そうか名付けをしなければならないんだったな。
名前……名前か……。
「……時間掛かりそうだな。俺は準備してっから、決まった声掛けてくれ」
ノーマンはそう言ってシェロブを机に置き、名付けの為の道具を取りに向かう。
にしても、今までシェロブと呼んでいたから新たに名前を付けるとなると思考が鈍るな……。だからといってシェロブのままは私の趣味に合わない。
何かアイデアがあれば──
『……何を悩んでいる』
いや。シェロブに代わる新たな名前をだな──ん?
私はハッとして辺りを見回してみるが、近くにその声の主らしき人物はいない。というかその声に聞き覚えがある。
思わず疑問を抱かないまま返事をしてしまったが……、まさかアヴァリか?
『なんだ、その歳で痴呆か?ワタシの声を忘れるなど』
そう嘲る彼女の声が私の頭の中に響くが、何となく何処から響いて来るか直ぐに理解出来た。
お前、シェロブから私に話し掛けられるのか?
『らしいな。何故かは分からんが』
ふむ……。私としては監視されるだけだと思っていたんだがな……。まさか話し掛けられるようになるとは……。
砕骨の時はグレーテルの声もナイラーの声も聞こえた事など無いぞ……。
『ワタシは知らん。だがこれは都合が良い。これならば貴様が愚行に及んでもに 直接色々と文句を言える』
……それはそれで煩わしくて仕方がないのだがな。
『知るか。……それはそうとシェロブの新たな名前、だったな』
……はあ、まあいい。そうだ。今までシェロブと呼んでいたせいで中々思い付かんのだ。
『なるほどな。因みにシェロブという名前は我が家──いや、霊樹トールキンの守り神から付けた名だ』
守り神?
『ああ。まあ神と言っても本当の神ではない。トールキンにまつわる伝承に出て来る、多くのエルフの祖先を救ったとされる巨大な蜘蛛の魔物だ。それを崇めたのが始まりというだけの話だ』
……成る程な。
『なんならその蜘蛛を名前に取り入れるか?』
いや、蜘蛛はもう使用済みだ。今回は使わん。
『なんだそうか。ではワタシからは他にアイデアは無いな』
ふむ……。エルフの祖先か……。
『ん?』
因みにお前のアヴァリという名前自体に由来はあるのか? エルフ語には見当たらなかったが……。
『……ああ。アヴァリは古代エルフ語だ。霊樹を奪い合っていた頃に使われていた、な』
ほう。で、意味は?
『……「気の向かないもの」、「消極的」という意味だ』
……また随分と否定的な意味合いのある名前だな。どういう意図で名付けたんだお前の親は。
『昔はよくこの名を侮蔑されていたよ。だが師匠はこの名の意味を「脇目も振らず真っ直ぐ道を見据える」と、解釈してくれてな。それがたまらなく嬉しかったのを良く覚えている』
また飛躍した解釈だ。発想の転換としては素晴らしいと思うが……。
『だろう? 流石は我が自慢の師匠だ』
ふむ……。ならばその両方を取ろうか。
『……何?』
私はアヴァリから意識を逸らし、名付けの準備を丁度終えたノーマンに顔を向ける。
「決まりました」
「おう。で、どうすんだ?」
「この棍は元々、真っ直ぐ道を見定め、ひたすらに突き進む強者の持ち物でした。私はそれを継ぎ、極めて行きたく思うんです」
「ほぉう」
「……この棍の新たな名は「
「へっ。相変わらずキザったらしいなぁオイ。だがその名前俺も気に入ったぜっ!! 道を極める……良いじゃねぇかっ!!」
「じゃあ早速、刻むぜ」
ノーマンに差し出された墨の入った小皿に私の血を垂らし、それを使って名を台紙に書き、棍の一部に当てがって名前を刻んでいく。
少しずつ名前が刻まれていく度、私と新たに
『アイテム種別「棍」個体名「
『これによりアイテム種別「棍」個体名「
『これによりアイテム種別「棍」個体名「
『確認しました。アイテム種別「棍」個体名「
『確認しました。アイテム種別「棍」個体名「
『確認しました。アイテム種別「棍」個体名「
「ホラよっ。持ってみな」
覚醒し、晴れて私の専用武器となった
その美しい藍色が室内で絶え間なく焚かれた炉の光に当てられ反射し、まるで夕陽が沈み空が茜色から濃い藍色に変わる瞬間の風景を思わせる。そんな思わずうっとりしてしまいそうな最高の棍だ。
『──認識しました』
……ん?
『アイテム種別「棍」個体名「
『アイテム種別「棍」個体名「
……そう言えば
どんなスキルか確かめる余裕がなかったが、これは──
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
スキル名:《力》
種別:エクストラスキル
概要:筋力に対する絶大な恩恵を齎すアルカナのスキル。自身が筋力を使う際、筋力とスキルによる権能に大幅な補正を掛ける。尚連続使用は出来ず、最大で十二時間のクールタイムが必要となる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
やはりアルカナ系のスキルか……。このまま
イエスだ。
『了解しました。アイテム種別「棍」個体名「
『確認しました。補助系エクストラスキル《力》を獲得しました』
……ふう。
ふふ、ふふふ。
「なんでい。気味の悪い笑い顔しやがって……」
ノーマンに指摘され自分の世界に入っていた事に気が付き、誤魔化す為に一つ咳払いをする。
「兎に角ありがとうございます、ノーマンさん」
「良いって事よっ!! ……因みに他に預かってる武器はもう少し掛かりそうだ。そっちはもうちょい待ってくれ」
「問題ありませんよ。他の武器同様、素晴らしい出来にして下さいね」
そう言って笑顔を向けると、ノーマンも同じようにニカッと笑い「任せとけっ!!」と堂々と宣言してくれたのだった。
『……おい』
美しい
なんだ?
『…………良い名だ』
ん?
『
……ふふふ。光栄だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます