第七章:暗中飛躍-7

 


「アラ。本当に早かったわね。もっと放っとかれるかと思ってたわよ」


 屋敷まで戻ると、ロリーナ、ヘリアーテ、ロセッティ、グラッド、ディズレーミルトニアの六人が仲良さげにテーブルを囲み紅茶を嗜んでいた。


「で? 結局何しに行ってたわけ?」


「ああ。この武器をちょっとな」


 私は《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》を発動し、そこから先程手にした新たな専用武器、道極どうきょくを取り出して皆に見せる。


「おおっ!!」


「キレイな棒ですねぇ……」


 道極どうきょくのその美しさに全員が感嘆の息を漏らす。まああらかじめ武器だと言われなければ何かの芸術品と見間違えてしまいかねない。そんな風貌ですらあるからな。


「アンタこれ……。もしかしてそれってあのエルフから──」


「ヘリアーテ、それ以上は……」


「ああ……ごめん」


 普段の会話ならば何でもない事だが、今はこの場にミルトニアが居る。


 私としては子供を子供扱いするのは余り好きではないのだがな。だからといって教育に良い話でもない。下手な会話は控えて貰おう。


「……まあ、予想通りだ。あの棍を私の専用武器にしてもらった。その結果がコレだ」


「何がどうしたら木製だった物がそんなビードロみたいに……」


「詳しくは私にも分からん。アイツに聞けば何か分かると思うが……」


「アイツ?」


「……いや、なんでもない」


 私は道極どうきょくに視線を落とす。


 そこからは先程まで聞こえていた筈のアヴァリの声は聞こえて来ない。


 実はカーネリアに戻る直前、アヴァリ自身から「暫く顔を出せない」と告げられていたのだ。


 話を聞くに魂のみでの活動は想像以上に消耗が激しいらしく、あの時の会話だけで凄まじい疲労感を覚えたという。


 肉体の疲労ならば回復も早いだろうが、魂の疲労となると色々と勝手が違う。何かあってはいけないと私からも休むよう言っておいた。


 因みに私に関する監視は継続するから油断するなとも言われた。まあ監視など無くとも約束は果たすつもりだがな。


 何にせよ今は無理をさせられん。有事の時だけ語り掛けてみる事にしよう。


 と、いうかだ──


「そもそもなんだ皆して固まって……。ヘリアーテ達はまだしもグラッドとディズレーまで……」


「はあ? アンタを待ってたんでしょうよっ!」


「……私を?」


 確かに私が居ない事を気にして動けずにいたのは分かるが、だからといってこうして一塊にならんでも……。


「はぁ……。私達ねぇ、このカーネリアの土地勘ないから闇雲に動き回りたくないのよ。それと──」


 ヘリアーテがミルへと視線を向け、つられる様にして私も自慢の妹に目を向ける。


 するとミルの可愛らしい目は何かを期待するように爛々と輝き、私に気付いてくれと言わんばかりな思念を送って来ているのを感じた。


 ……成る程。どうせ出掛けるなら皆んなが良いとミルが言い出したのだろうな。


 まあわざわざバラけて街を見て周る必要は無いし、ミルとは以前一緒に出掛けようと約束もした。今日がその約束を消化する日、という事にしよう。


「すまないな、待たせてしまって」


「まったくよ」


「では皆で街に行こうか。ついでに色々と案内してやる」


「本当ですかお兄様っ!!」


 私からの許可が出た事に喜んだミルが椅子から降りると私の元へ駆け寄り嬉しそうに顔を見上げて来る。


 そんなミルの頭を撫でてやると、私も自然と笑みが溢れた。


「ああ本当だとも。いつもお前には寂しい思いをさせてしまっていたからな。今日はワガママを何でも聞いてやる」


 その言葉を聞くや否や、ミルは踵を返して駆け出しながら「準備して来ますっ!!」と言って部屋を出て行き、その後を慌てて二人のメイドが追いかけて行った。


「んじゃ、私達も軽く準備しちゃいましょうか」


 ヘリアーテの掛け声と共に一同も立ち上がり、各々の荷物が置かれている客室へと向かって行く。そんな中──


「グラッド、ちょっといいか」


「ん? なーに?」


 私はグラッドだけを一旦呼び付け、耳元で誰にも聞こえぬよう耳打ちをする。


「屋敷に帰って来たら二人で話がある。折を見て私の部屋に来なさい」


「え、う、うん」


「割と重要な頼み事だ。くれぐれも忘れたりすっぽかしたりするんじゃないぞ」


「わ、分かった」


「よし。引き止めてすまないな」


 何やら少し不安げなグラッドを見送り、私はその場にあった椅子に適当に腰掛けながら街をどう巡るかを簡単に思案する。


 現状の忙しさを想像すると、本当は街巡りなんぞ行っている暇は無いんだがな……。


 図らずともグラッドに私の隠密系スキルをいくつか強制習得させられたお陰で多少の余裕が生まれた。


 まあグラッドには少し気張って貰う必要があるが、これも経験。いずれ任せる事になる仕事を今から少しでも実感して貰おう。


 と、言っても彼に頼む仕事は、この国の命運を左右すると言っても過言ではなかったりするんだがな。ふふふ。







「……それ、本当にボクがやるの?」


 街巡りを終え帰宅し、風呂と夕食を済ませた私が自室で寛いでいると、約束通りグラッドが部屋を訪れて来た。


 最初にポツポツと適当な雑談をした後に本題へと入り、今後お願いする仕事について諸々伝えた結果、彼の第一声がそれだった。


「なんだ? 自信がないのか?」


「いやっ──うーん……。ぶっちゃけ、あんまり……」


 ふむ。まあ無理もないか。


 緊張感を持って貰う為に今回の仕事の重要性も一緒に伝えたワケだが、それがプレッシャーになっているらしい。


 が、だ。


「それでもやって貰う必要がある。元々は私自身がやるつもりだったが、君でも十分にこなせると私は判断した。だからこうして頼んでいるんだ」


「で、でもさー……。ボク一人ってのは流石に……」


「私は他にやる事が出来てしまったから付いて行ってやれない。だがその代わりにムスカをサポートとして付ける。君なら失敗しないさ」


 難しい仕事ではあるが今のグラッドならば問題ない筈の難易度だ。そう私は信じている。


「……因みにボスが言う他にやる事って?」


「ん? ああ……。ちょっとロセッティの件を解決しようかと思ってな」


「ロセッティの?」


「監視砦で話し合いをしたんだろう?ならば大体の事情は理解しているだろうが、今現在の王都では失業者が増えていてな。その問題を解消したいんだ」


 まったく。潜入エルフ共もよくもまぁ引っ掻き回してくれたものだ。懸念事項を増やしおってからに。


「失業者って……。なんでボスがそんな事まで考えてんの? ボスの仕事じゃあないでしょ?」


 それはそうなんだがな……。


「そうも言ってられんよ。失業者とて国民だ。エルフとの戦争時には徴兵し兵士として戦って貰わなきゃならん。だがこのまま彼等を放っておけばまともに戦力になるかも怪しい」


 戦争は何も私や姉さん、そして部下であるグラッド達だけで済ませられる物では決してない。


 力や能力が弱くとも、国民自らが体を張り戦ってくれなければ敵の物量によって必ず押し負けてしまう。そうなれば個人の戦力が如何に高かろうが意味を成さない。


 故に国民の士気や精神状態は極めて重要なのだ。


 命を張って国を守る……。それが出来るだけのモチベーションを国民に持って貰わねばならない。


 で、あるにも関わらずだ。


「失業して職を失い、明日の飯にもありつけるか分からないような人々がどうして国の為に命を張ってくれる?何も施してくれないと嘆く彼等が果たして国を守りたいと思ってくれるか?」


「そ、それは……。確かに……」


「だから少しでも失業者の問題をどうにかしないとならんのだ。戦争が起こる前にな」


「でも具体的にはどうやって? 聞いた話じゃ何処も失業者を雇ってくれないって……」


「ああ。だから就職させるのは諦めた」


「え?」


 もういつ戦争が起こるかもしれんのに何百何千もの失業者全員の就職先を見付けてやるなど不可能だ。現実的ではない。


 ならばだ。


「要は国を守るというモチベーションさえ湧いてくれれば何とか急拵えにはなる。ならば彼等に当座の暮らしを補償してやるしかない」


「補償っ、て……」


「……ちょっと〝お偉いさん方〟と話し合って失業者に一時給付金を支給して貰う。それしかない」


「……えーっ!?」


 まあ、そうなるわな。


「せ、戦争前なのにそんな事して大丈夫なのっ!? 武器やら装備やら備蓄やらでお金一杯使うでしょっ!? それに戦後の事を考えると余計に……。それに加えて給付金って……」


「貴族共は反対するだろうな」


「だよねっ!?」


「安心しろ。今我が国に残っている貴族共は比較的まともな思考した奴等が多いし、何より聡明な珠玉七貴族が居る。話の分からん人等ではないさ」


 潜入エルフと結託していた愚か者共は皆既に廃爵され国家反逆罪で投獄されている。今の王国ならば話し方や、やり方次第で通る案件だと私は思っている。


 仮にその中にまだ愚か者が居るのであれば私がキッチリ脅かし教えてあげよう。


「でもさ、じゃあ戦後って──」


「戦後の事は大丈夫だ。君には一応最後にそこら辺の私の〝計画〟について詳細に話す。そこでその疑問にも答えてやろう」


「そ、そっか……」


「それよりだグラッド」


「は、はい……」


 私はグラッドの目を真っ直ぐ見据える。


 サングラス越しに写る焦げ茶色の瞳が左右へ逃げるように泳ぐが、私が笑顔を作って見せると観念して見返してくる。


「私はお前を信じている」


「──っ!!」


「今のお前ならば容易い。それはあの盗賊のアジトで私に着いて来た時に実感したろう?」


「……」


「大丈夫だ。君は失敗しない」


「……わ、わかったよ。頑張るよ」


「よしっ」


 諦めたような顔と複雑だが信用していると言われ満更でもない感情が入り混じりくすぐったそうにするグラッド。


 さて、では次だ。


「それじゃあ今から私が戦争の裏でこっそり行う〝計画〟を話す。これは先に伝えた仕事にも深く関わるものだから決して聞き逃すんじゃあないぞ?いいな?」


「う、うんっ!!」


「まず最初に──」






 グラッドに〝計画〟の全容を話し終えそのまま解散した後、私の部屋の扉が数度ノックされる。


 最初はグラッドがまだ何か聞きたい事でもあるのかと思ったのだが、入室の許可を聞いて扉を開けたのはロリーナであった。


「……どうしたロリーナ」


 思わず、見惚れる。


 湯上がりで上気した赤らんだ頬とまだ乾き切っていない髪。そしてほのかに香って来るハーブ入りの石鹸の香りが私の中の様々な欲望を掻き立て騒ぎ出す。


 が、それを何とか押し殺し、平坦な表情を繕いながら何の用事かを彼女へ訊ねた。


「いえ、あの……。少しお話がしたくて」


「ああ良いぞ。……場所を変えようか。バルコニーへ行こう」


 風呂から上がったばかりでまだ暑いだろう。涼んでもらう為に外気を浴びさせてやりたい。


 勿論、湯冷めし過ぎぬようブランケットも持って行く。


「はい」


 ロリーナの返事を聞き、私達はバルコニーへ向かう。


 到着したバルコニーから空を見上げてみれば、そこには以前も二人で眺めた時と同じような星空が広がり、ロリーナは思わず息を漏らす。


「綺麗な夜空ですね」


「いつ見ても飽きんよ。本当に……」


 前世でちゃんとした星空を見たい場合は地方の田舎に行くか、人の手が余り入っていない海外まで行く必要があったからな。


 実家からそんな星空を眺め放題なのは本当に贅沢な話だ。


「……それでロリーナ。話、というのは?」


「ああ、そうでした」


 ロリーナは私に改めて向き直ると、私の服に手を掛けながら少し恥ずかしそうに顔を背ける。


 ……まさか。


「き、傷が無いか確認させて下さい」


 ……まさか本気だったとは。


 あれは彼女なりの冗談だったのだと何とか解釈しようとしたんだがな。それにもう忘れていると思っていた。


 ちょっとこれは……マズいな。


「い、いやロリーナ……。私には《超速再生》があるから傷は完治すると言ったろう? だから大丈夫だ、問題無い」


「いえ。念の為確認するか、と言ったのもクラ

 ウンさんです。ですから……念の為に……」


 クソっ……。完全に私の冗談が裏目に出ている……。だが彼女に素肌を見せるのは……。


「……出来ませんか?」


「いや、それは……」


「……」


「……」


「…………」


「…………ああもう、分かった」


 致し方無い。ここは私の理性を信じよう。


「はい」


「ただし全部は脱がんぞ? 外だしな。上だけだ」


「……はい」


「はあ……」


 思わず嘆息が漏れる中、上半身の服を脱いでいく。


 まあ脱ぐと言っても寝巻きのようなものしか着ていないからな。来ている二枚だけをロリーナに見られながら脱ぎ切る。


「……どうだ? 傷はあるか?」


 一応傷が一つも無いわけではない。古傷なら幾つか付いている。


 《超速再生》を手に入れる以前に負った傷なんかは幾つか消えきってはくれずに傷跡となって残っているが、今はそれではないだろう。


「……」


「……ロリーナ?」


 出来れば早く終わらせて欲しい。でなければ余計な方向に思考が傾いてたがが外れかねない……。


「……」


「……な、なあロリーナ。そう見詰められるのは面映おもはゆくて敵わんのだがな……」


「……ハッ。す、すみませんっ……」


 我に返ったロリーナが真っ赤な顔を背けたのを皮切りに私は再び寝巻きを着込む。


 はあ。まったく……。


「大丈夫だったろう?」


「え、ええ……。古傷はありましたが、あの時の傷は……ありませんでした」


「本当、君は突飛な事を時折り実行するな。正直驚いたぞ」


「す、すみません……」


「いや怒っているわけではないよ。本当に驚いただけだ」


「はい……」


 ロリーナは変わらず顔を赤らめたまま俯いてしまい、そこから顔を上げる事が出来なくなってしまった。


 ふむ。このまま気まずい感じで解散するのもな……。


 無粋かもしれんが、ここは少し真面目な話をして場を落ち着かせよう。タイミングも丁度良いからな。


「なあロリーナ」


「は、はい」


「今から真面目な話をする。よく聞いていてくれないか?」


「真面目な話、ですか?」


 真面目な話と言われ漸く顔を上げて表情を見せてくれるロリーナ。その顔は未だ赤らんでおり、風呂上がりの上気なのか先程の事が由来しているのかイマイチ判然としないが、取り敢えず置いておこう。


「ああ。先程グラッドにも話したんだがな。私が戦争の裏側で進めようとしている一つの〝計画〟についてだ」


「計画……」


「……この案件は以前にもここで言った、私がいつか犯すかもしれない非道に繋がるものだ」


「……」


「どうか最後まで君には聞いていて欲しい。そして選んでくれ。今後も私に付いて来るか、諦めるかを」


「……分かり、ました」


「では話そう。これから私が実行する、私のワガママを」







「──という事だ」


「本当、に……? そんな事を?」


 ロリーナが珍しく目を見開いて狼狽うろたえたように瞳を揺らす。


 まあ、そういうリアクションにもなろう。


 なんせこの計画は必ず犠牲者を生むのだから。


「先に言っておくが、私はこの計画を変えるつもりも止めるつもりもない。君が反対しようが、私は実行する」


「……グラッド君は、なんと?」


「アイツはああ見えで案外現実主義者だ。私の計画で犠牲者は出るものの、それと比較して余りある利益に賛同しない彼ではない」


「そう、ですか……」


 まあ、相も変わらず返事は──


『へー。良いじゃん良いじゃんっ! ボクは乗るよその計画っ!!』


 と、なんとも軽いものではあったがな。


「それでだロリーナ」


「……はい」


「これがどれだけの利益を生み、王国の戦後の問題を解決する術だとはいえ非道には変わりない。事情を理解した他者からしてみれば私は間違いなく大悪人だろう」


「……」


「だがな。それでも私は実行する。この方法が何より効率的で生産性があり、そして何より私や君達が得をする計画だ。まあ勿論、大悪人なんて世間に呼ばれるような下手はしないがな」


「……それが」


「ん?」


「それが本当に、最も犠牲が少ない方法なのですよね?」


「今後の私の努力次第ではな。事前に対策を用意しておけばある程度は緩和される。……だが決してゼロには出来ないだろう」


 そこまで現実は甘くない。


 もしかしたら犠牲者を無くす事も出来るかもしれんが、それは私自身や私の身内が負担して犠牲にならなくてはならない手段だ。そんな物を私は享受しない。


 私は私自身と私の身内の幸福が優先順位第一位だ。その過程で生まれる覆しようのない犠牲にまで気を配る程、私は善人でも偽善者でもない。


 私達の為に死んでくれ。


 そう告げるだけだ。


「……私は」


「……」


「私は必ず出てしまう犠牲者を選べる程偉い人間でもなければ、ましてや全員を救うなんて夢を見る程、能天気でもありません」


「……」


「ですから私はクラウンさんの言う計画以上のものが無い限り、その計画に反対するつもりも、否定するつもりもありません。クラウンさんの言葉を、信じるだけです」


「……そうか」


「ですが──」


 ロリーナは私を見上げ、その白黄金プラチナゴールドの美しく凛とした瞳で真っ直ぐ私の目を見据える。


 そこには強い決意と、そして私にだけ向けられた優しさがハッキリと見て取れた。


「貴方一人にそんな罪を背負わせて平気でいられる程、もう私は他人ではないんですっ!」


「ロリーナ……」


「私は決めたんです。私の為にいつも全力を尽くしてくれる貴方の側に居たい……居るんだとっ! 好きだと……愛してると言ってくれる貴方の、力になりたいとっ!!」


「ああ……ああ……」


「貴方が大悪人になるのなら、私も同じ罪を背負います。貴方と……そして私が幸せになれるのならば、私は迷いながらでも、悩みながらでも貴方に付いて行きま──っ!!」


 ……気が付けば、思わず彼女を抱き締めていた。


 嬉しくて、幸福で、筆舌に尽くし難い感情で胸の中が一杯になって、最早抑えきれなくなっていた。


 欲しくて欲しくて堪らなかった言葉。


 欲しくて欲しくて堪らなかった想い。


 それを確かに感じた瞬間、感情が止めどなく溢れ出して勝手に身体が動いてしまった。


 愛おしくて愛おしくてたまらない……。


 嗚呼……なんと私は幸せな事か……。


「く、クラウンさん……っ」


「ありがとうロリーナ。そしてすまない、驚かせたな。だが許してくれ。君をこうして抱き締めないと、感情の行き場が無くなってしまってな」


「いえ……それほど、でも……」


「本音を言えばな……。怖くて仕方がなかったんだ……。君に拒絶されるのが、死ぬ程に怖かった」


「クラウンさん……」


 ロリーナに好かれるため、あらゆる接し方で彼女に好かれようと画策し、順調であったと理解はしていた。


 だがいざ私を拒絶されたらと想像すると、もうそれ以上先の事を考える余裕が無いほどに心が締め付けられ、不安で動揺してしまう。


 それでも今回やる計画は外す事の出来ないものだった。私や身内の幸福の為には、必ずそうせざるを得なかった。


 故にロリーナには必死になって理解してもらおうと努力を重ねた。だがそれでも心中に根付いた不安は消えてはくれなかったのだ。


「罪ならいくらでも背負う。悪人になどいつだってなってやる。だが君にだけは、嫌われたくなかった。それだけが、怖かったんだ……」


 しかし、今こうして私の想いは彼女に伝わり、賛同し、まだ一緒に居続ける事が出来る……。


 今以上の幸福など今までに無い。


「……私も」


 ロリーナも私の背に手を回し、抱き締め返してくれる。力強く、けれども優しいその温もりに、私の中の高揚感が更に上がった。


「私も、貴方に嫌われる事を想像すると身がすくみます……。嫌で嫌で仕方がありません」


「ああ、そうか……」


「クラウンさん……」


 回していた手を少し緩め、互いの顔が数センチと至近距離にまで近付いた中、ロリーナは潤んだ瞳で、震える唇で、小さく紡いだ。


「私は……クラウンさんが好きです。ずっと、側に居たいです」


 そんな彼女の──ロリーナの言葉に、私も応える。


「私も好きだロリーナ。愛している」


 私達の距離が、徐々に縮まる。


 互いの吐息がうるさく聞こえ、心臓の高鳴る音が何処か遠くへ響いていく。


 永遠にも感じる数秒間。無意識に身体に力を入れながら私達だけの世界は少しずつ少しずつ互いの距離を縮めていく。


 そして私達の唇が触れ合──


「んん……お兄様ぁ、とロリーナお姉ちゃん? そこで何してるの?」


 寝ぼけ眼を擦る愛しのミルトニアによって、私達の世界は一気に冷却された。

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