第二章:嬉々として連戦-26

 

「……止まねぇなあ、雨」


「ですねー……止む気配ありませんねー」


 タープの下。雨音をBGMに皆で椅子に座りながら思い思いの時間を過ごしていた。


 私とロリーナ、ユウナは読書、ティールはひたすらに彫刻造りに没頭し、カーラットは何やら書類を片付けていたのだが、余りにも止む気配が無い雨にティールとユウナが不安の声を漏らした。


「流石に明日まで止まないって事、無いよな?」


「わ、私イヤですよっ! 雨でずぶ濡れになりながら戦うなんてっ!!」


「俺だってイヤだよっ。だけどクラウンは……」


 そう口にして二人で私の方を何かを窺うように目線を向けて来る。


 まあ、私は……。


「私は気にせんな。というか雨は好きなんだ。濡れるのも苦ではない」


「マジかよお前……」


「服とかぐちゃぐちゃびちょびちょになるのイヤじゃないんですかっ!?」


「嫌じゃないな。私は雨のあの清涼感が好きなんだ。心が洗われるようでな。雨音も心地良いし、乾燥が嫌いな私にはこの湿度も落ち着く」


 正直晴より雨の方が好きなんだが、生憎と私は晴れ男なんだよな……。……雨男になれるスキルとかあったりするか?


「なんだよそれ……。じゃあ俺等も雨ん中で──」


「いや、今回はいい」


「へ?」


 私の言葉に素っ頓狂な声を上げ首を捻るティール。それに合わせるようにロリーナ、ユウナ、カーラットが私に視線を向けた。


「今回のアンデッドは私一人で相手をする」


「え。またなんで?」


「相手はアンデッド──人型だ。今までのように十何メートル級の魔物とは違ってせいぜいデカくて二メートル。特殊な変化の仕方をしたものならばその限りではないが、大精霊は何も言っていなかったしな。で、そんな相手に四人で戦ってはかえってやり辛い」


「そう、なのか?」


「考えてもみろ。私が戦っている間に横から高威力の魔術が頻繁に飛んで来るんだぞ? 私もそれなりに強くはなったが、味方の攻撃に曝されながら強敵を相手に出来るほどと自惚れてはいない。事故の元だ」


 まあ、やってやれない事も無いかもしれないが。今までの四体の魔物相手にもある程度は連携がれていたしな。


 だがアンデッドのような相手だと味方の魔術にまで気を配りながら戦闘をしなければならないだろう。ゴリ押しも出来なくはないが、正直厳しい。


 やるとしたら皆の連携がもっと研鑽された状態でなければ……。今の私達では的が大きな魔物を相手するのが限界だ。


「そう、ですね……。正直、私も戦っているクラウンさんを避けながら魔術を当てるのは厳しいと思います……」


「わ、私も……。多分クラウンさんに当てちゃいますね……」


「俺はそもそも戦力外だしな……。異論を挟むつもりは無い」


 三者三様に私の意見に賛成し、私一人で相手をする事が決まったが、ここでもう一つ、全員に提案する事がある。


「もう一つ、君等に提案がある」


「うん? なんだよ」


「戦うのは明日ではなく、今夜にしたい」


「「えっ!?」」


「……」


 この提案にティールとユウナはしっかり驚愕して目を見開き、ロリーナは表情を強張らせて押し黙ってしまう。


「またなんで今夜なんだよっ? 明日じゃ駄目なのかっ?」


「しかもよりにもよってアンデッド相手に……。正気ですか?」


 まあ、言いたい事は分かる。だがこれにはちゃんとした理由が勿論ある。まず第一に──


「私達がこの森に来てどれくらい過ごしてると思う?」


「え?……よ、四日、ですかね?」


「そうだな、今日で四日目だ。四日も居るんだよ、この森に。馬車での移動を踏まえたら二週間強は外出している」


「マジか。もうそんな経つのか……」


「一日が早く感じて全然実感が……」


「正直な話もうそろそろ帰りたいんだよ。旅は旅で良いものだが落ち着かないしな。それに持って来た食料だって減って来ている。風呂だってまともな物に入りたい。ここいらでケリを着けたい」


 特に風呂が恋しい。この四日間近場にある小さめの湖から汲んだ水を魔法で温めて使っていたから不潔ではないが、やはりちゃんとした湯船に浸かって癒されたいのだ。


「ああぁ……確かになぁ」


「流石にそろそろ……ですねぇ」


 これにはティールとユウナも納得したようで、帰った後に待っているであろう安心感を想像しその気になって来ている。


「それとカーラットをこのまま拘束してしまうのもな。父上に申し訳ない」


「私ですか? それならば坊ちゃんがお気になさる事は……」


「いや、気にする。目の前でそうやって仕事されると余計にな」


 そう私がカーラットの手元にある書類に目をやると、カーラットは「申し訳ありません」と頭を下げ謝罪する。


 別に仕事をするなと言っているんじゃないんだがな……。まあいい。


 ところで──


「ロリーナもそれで構わないか?」


「……」


「……ロリーナ?」


「……何故」


 ん?


「何故そんな恐ろしい事を……なさるのですか……」


 恐ろしい?


 ロリーナのその声音は今までに聞いた事がない程に弱々しく、雨音に紛れてしまうのではと思わせる程に覇気が無い。


「ただでさえアンデッドは恐ろしい存在なのですよ……? それなのにわざわざ夜に倒しに行くなんて……。行く……なんて……」


「……ロリーナ、君やっぱり」


「……はい」


 ロリーナは開いていた本を閉じると一つ溜め息を吐いてから立ち上がり、私の袖のを摘んで自分に付いて来るよう目配せしてくる。


 私はその意図を何となく察し、同じく立ち上がってから雨が降る中、馬車の中へ移動した。


 中で衣服に付いた雨粒を軽く叩き落としていると、再びロリーナが大きな溜め息を吐く。


「そんなに嫌なのか。アンデッド」


「アンデット、というか……。そういったたぐいのもの全般が苦手で……」


「ほう。昔何か怖い目にでもあったりしたのか?」


 私は前世で一度、見ていないが足音だけ聞いた事がある。夜中にトイレに入っていた際にゆっくりコチラに近付いて来られた時はしもの私も冷や汗をかいたものだが……。


「いえ。そういったのには遭遇した事はありません。……ただ小さい頃おばあちゃんから色々脅かされて……」


「リリーが? またなんで……」


「私を怖がらせて下手に森や知らない場所なんかに入って行かないようにしたって聞きました。特に夜に抜け出さないように……と」


 ふむ。成る程。


 下手に言付けているだけよりは効果的だろうな。たださっきの怖がり様……。どれだけ脅かしたんだ、リリーは……。


「今も怖いのか? そんなに」


「はい……。よく怖い話を聞かされていたのですが、おばあちゃんの語り口調が迫真で……。オマケに妙にリアリティがあったので今思い出すだけでも少し……」


 そこまで口にするとロリーナは一つ身震いをして両手で自身を抱き締める様に身を竦ませる。


「アンデッドは、まだマシなんです……。一番駄目なのはゴーストとかで……。本当、駄目なんです……」


「……相当だな」


 いつもと違う様子のロリーナに少し新鮮味を覚えてこれはこれで良いな……。なんて事が頭を過るが、ひとまずそれは隅に追いやって目下浮上した問題に頭を使う。


 そう。結局アンデットを今夜に倒すか明日に持ち越すか、だ。


 これだけ怖がっているロリーナを無理矢理夜のアンデッドの前まで連れて行くのは流石に酷だ。しかし、だからといって今夜倒せば明日には帰れるだろう。


 私としてはいい加減さっさと終わらせたいのだが……。ふむ。


「ロリーナ。君はこの野営地に残るというのはどうだ?」


「わ、私だけですか?」


「カーラットが居るから一人では無いぞ? それでも厳しいならユウナも置いていって話し相手にでもなってもらいなさい」


「ですが……。ここまで来て最後に……」


「さっきも言ったが今回は私一人で相手をするつもりだ。ならわざわざ現場まで来ずに野営地で待っている方が気が楽でいいだろう」


「……」


「……それも嫌なのか?」


「……ワガママを言って本当にすみません。ですが、最後の最後にその場に居られないのは……。自分が情けない、です……」


「そうは言ってもなぁ……」


 これは困ったな……。ここは予定をズラしてやはり明日の朝に向かう方針にするか……。だがそうなると時間によっては帰るのが明後日になってしまうな……。


 ふむ、どうするか……。


「……あの」


 私が腕を組んでどうするかと思案していると、ロリーナが何やら決意したように真剣な表情で私の目を真っ直ぐ見据えて来た。


「ん? なんだ?」


「私……少し頑張ってみます」


「……無理してないか?」


「無理は……しています。ですがこのままクラウンさんにご迷惑を掛けるくらいなら、いっその事克服する機会にしよう、と……」


 克服か……。まあ個人的な話、アンデッドを怖がっているロリーナが可愛いから別に克服とかしなくても構わないと思ってはいるのだが……。


 本人がそう希望するのであれば──


「分かった。だが私が無理だと判断したらユウナと一緒にここに送り返すし、君自身が望むならその時もそうしよう。それで問題無いか?」


「……はい」


 ……ふむ。


「……今回の一件が済んだら」


「……?」


「好きな事を叶えてやる。だから頑張れ」


「……はいっ」


 私の励ましに、ロリーナはほんの少しだけ頰を緩めた。






 その日の夜。


 未だ雨は降りしきり、暗闇の森の中で葉に落ちる雨粒の音が何重にも重なり、まるでこの何も居ない森の中で獣が叫んでいるような轟音と化す土砂降りの中。


 私達は大精霊の灯りの元、雨具を身に纏った状態で森の中を歩いていた。


「うおぉ……寒ぃ……」


「まだ残暑だったのに……。今はあの暑さが恋しい……」


 雨具から伝わる雨の温度に体温を奪われ、体感しているよりも低く感じる温度に身震いしながら、ティールとユウナは愚痴をこぼす。


「な、なあクラウン……。一旦止まって温まらないか?」


「大精霊の話だともう少しだ。それまで我慢しろ」


「つってもよぉ……。この雨具、冷たくてよぉ……」


「……それを今のロリーナにも言えるか?」


 私は自分の左側に目線を落とす。


 そこには私の左腕に必死になって抱き付き、ガタガタと震えながら歩くロリーナの姿があった。


 この子の震えに関してはこの妙な寒さというより恐怖から来る悪寒だろう。この時点でもう野営地に帰してやりたいが、それを聞く度に首を横に振るんだよなこの子。


「ロリーナがこんな状態で頑張っているのに、お前は楽がしたいのか?」


「いや俺はただ少し温まりたいだけで……」


「ロリーナの為にも今回はチャッチャと終わらせたい。だからもう少し我慢しろ」


「ぐぬぬ……」


 まあ私としては、こうやってロリーナが抱き付いてくれる事に愉悦しか感じないが、わざと遅らせて楽しむなんて事、流石に可哀想だからな。少し惜しいが今は急ぐ。


「大精霊、後どれくらいだ?」


『もうそろそろです』


「そうか……。ん?」


 そんな簡単なやり取りをしていた中、ふと激しい雨音の中に、それとは全く別の何かを聞き取った。


 その別の何かを確認するべく、《明哲の遠耳》を使い雨音の中に混じる何かの正体を探る。


 すると──


「…………遠ぉ……くへぇ……」


「ん?」


「……伝え…………思……をぉ……」


「……歌?」


「えっ……?」


 ロリーナが不安で真っ青になった顔で私を見上げ、何かの冗談であってくれと言わんばかりに顔を左右に振る。


 しかし、


「……微風そよかぜ…………せてぇ……」


 気のせいなどではなく、確かに聞き取れる。しかもこうして進むにつれそれは僅かづつハッキリしていき、空耳などでない事を確信する。


「死してなお歌い続けるか……。不気味この上ないな」


「……ぅぅ……」


「……帰るか?」


 私の問いに、ほんの少し間があったものの、直ぐまた首を左右に振り、断固として進むという意思を示す。


 ……こんな時に思うのもアレだが、いつもの冷静沈着な印象からのギャップで果てしなく可愛いく見えるな。


 いや勿論いつも凛々しく佇む様に美しさと可愛いさを感じてはいるが、今はそれにも増して可愛さに拍車が……、


「なあクラウン、後どれくらいなんだ? 俺もう寒くて寒くて……」


「……」


「クラウン?」


「……後百メートル程だ」


「そっか。なら心の準備しておかないとな。まあ、俺達戦わねぇけどっ」


「いやはや、最後の最後に楽しちゃってすみませんねっ! ですが安心して下さいっ! ロリーナちゃんは私達が責任持ってお守りしますからっ!」


 戦わなくていい、という事が判明してから露骨にティールとユウナのテンションがウザい感じになっている。ロリーナほどとは言わんが、これからアンデッドに対峙するのだからもう少し怖がっても良いと思うんだがな。散々魔物を相手にしたせいで麻痺しているのか?


 ……まあこの四日間でかなり働いてくれたからな。そのくらいは許容してやろう。


「…………私はぁ…………きっとぉ……」


 大精霊の案内に従うにつれ、例の歌も徐々にハッキリしてくる。


 一般的な聴力でも聞き取れるくらいの距離になった段階で左腕にしがみ付くロリーナがより一層密着するように力を込めて更にしがみ付き、何やら柔らかいものが全力で私の煩悩を掻き立てに来る。


 これから一対一の真剣勝負だというのにこんなんで大丈夫かと理性が溜め息を吐いた気がする中、進んでいた森が唐突に途切れ、ヒルシュフェルスホルンと戦った時の様な何も無い広い場所に出た。


「おいおい、またこんなんかよ」


『はい。ですがここは以前の鹿の子の場所とは違い、あの化け物……「暴食の魔王」の魔力がより濃く蓄積している場所。魔王に食い荒らされてからは、この場所を境に一切植物が芽吹かないのです』


「地面の栄養まで食い尽くされたか……。グレーテルもよくやる……」


『きっとこの場所だけは、魔力溜まりを解決しても手を加えなければこのままでしょう……。元に戻るのに一体何十年掛かるか……』


「そうだな。だが今はそれより……」


 私は真っ直ぐ前を見据える。真っ暗闇で大精霊の発光のみがこの場を照らす中、〝それ〟はただただ、歌っていた。


 《暗視》により捉えたそれは大きめの岩に腰掛け、ボロボロでひびだらけの剣を杖の様に地面に突き立てながら項垂れ、雨に濡れ続けている。


 よく見てみれば被る兜からは長髪が覗き、全体的なフォルムはなんとなく柔らかく華奢だ。


 しわがれて聞き取り辛いその歌の声音も、よくよく聞けば女性的で音程が高い。


 そう、このアンデットは──


「大精霊も〝彼女〟と言っていたが、若い女剣士、か……。勿体無い」


 私はそんな歌い続ける彼女に《解析鑑定》を発動し、その全貌を覗いた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 個体名:アンネローゼ・ナイトイェーガー

 種族:リビングデッド

 状態:死亡、悔恨

 所持スキル

 魔法系:《炎魔法》《水魔法》

 技術系:《剣術・初》《剣術・熟》《剣術・極》《短剣術・初》《短剣術・熟》《小盾術・初》《小盾術・熟》《大盾術・初》《大盾術・熟》《裁縫術・初》《調合術・初》《釣術・初》《騎乗術・初》《騎乗術・熟》《歌唱術・初》《二斬撃ダブルスラッシュ》《四連斬撃クアトロスラッシュ》《瞬斬撃ソニックブラスト》《双瞬連斬ソニックツインブラスト》《飛墜閃ダイビングスラッシュ》《飛墜昇閃アッパーダイブスラッシュ》《背旋斬バックスラッシュ》《背影斬シャドウスラッシュ》《麻痺刺突パラライトラスト》《麻痺斬撃パラライスラッシュ》《猛毒刺突ポイズントラスト》《猛毒斬撃ポイズンスラッシュ》《弱点刺突ウィークトラスト》《唐竹割り》《顎襲崩斬フルバイトブレイド》《斬衝崩撃ショックブレイク》《旋襲連舞サークルダンス》《炎牙崩昇斬バーニングコラプス》《集中防御ピンポイントシールド》《盾打ちシールドバッシュ》《大防御スーパーシールド》《強力化パワー》《剛力化ストレングス》《防御化ガード》《鉄壁化ディフェンス》《高速化ハイスピード》《俊敏化ダッシュ》《集中化コンセントレーション》《無心化イノセント》《狂暴化バーサーク》《見切り》《緊急回避》《緊急処置》《瞑想法》《縮地法》《脱力法》《花舞の足運び》《歴戦の直感》《剣戟の明晰》


 補助系:《体力補正・I》《体力補正・II》《魔力補正・I》《魔力補正・II》《筋力補正・I》《筋力補正・II》《筋力補正・III》《防御補正・I》《防御補正・II》《防御補正・III》《抵抗補正・I》《敏捷補正・I》《敏捷補正・II》《集中補正・I》《集中補正・II》《集中補正・III》《命中補正・I》《斬撃強化》《打撃強化》《刺突強化》《貫通強化》《破壊強化》《剣速強化》《持久力強化》《瞬発力強化》《柔軟性強化》《筋力強化》《握力強化》《脚力強化》《咬合力強化》《聴覚強化》《嗅覚強化》《集中力強化》《反射神経強化》《動体視力強化》《体幹強化》《骨格強化》《歌唱力強化》《炎熱弱化》《陽光弱化》《腐食弱化》《思考加速》《気配感知》《動体感知》《熱源感知》《危機感知》《生命感知》《直感》《挑発》《扇動》《鼓舞》《威圧》《剛体》《不屈》《不動》《眷族召喚》《弱点看破》《戦力看破》《治癒不全》《業火》《侵食》《焼失》《腐敗》《恐怖》《呪怨》《魔炎》《猛毒耐性・小》《猛毒耐性・中》《麻痺耐性・小》《痛覚耐性・小》《痛覚耐性・中》《痛覚耐性・大》《疲労耐性・小》《疲労耐性・中》《睡眠耐性・小》《気絶耐性・小》《気絶耐性・中》《混乱耐性・小》《恐慌耐性・小》《恐慌耐性・中》《呪怨耐性・小》《呪怨耐性・中》《刺突耐性・小》《刺突耐性・中》《死者の微睡》《死者の気配》


 概要:かつてフィリドール帝国の騎士団に所属していた歴戦の女剣士。その剣技は若くして周囲から期待され、女性である事に対する風評を跳ね返す程の戦果を挙げ続けた豪傑。


 しかし任務の帰り道に通りすがりの竜を目撃し、とある理由から竜に挑むも手痛い反撃を喰らい致命傷を負う。


 その際に偶然「暴食の魔王」の魔力溜まりがある場所に突き飛ばされ、そのまま無念の死を遂げる。


 その後「暴食の魔王」の濃い残留魔力に充てられた事と激しい後悔、想い人への執着が作用し、死後思い出に縋るリビングデッドとして再び起き上がった。


 全身に刻まれた傷により動きに制限が掛かっているものの、死者特有の限界を越えた可動域を利用し通常では有り得ない挙動を可能にしている。


 傷を狙う事でその動きを阻害が可能。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……ロリーナ」


「ひぅ……」


「ふふっ、なんて声を出しているんだ。……すまないな、少しだけ待っていてくれ。直ぐ片付ける」


 私は左腕にしがみ付いていたロリーナを優しく離し、ユウナとティールに預けてから彼女に振り向き、歩み寄る。


「悪いがコンサートは終わりだ。連れが怖がっているんでな。その迷惑料とは言わんがさっさと──」


 動き辛い雨具を脱ぎ捨て、《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》から燈狼とうろうを抜き取る。


「私にお前の全てを寄越せ」


 その瞬間、森に揺蕩う歌が止んだ。

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