第二章:嬉々として連戦-25
どういう事だ? 単純に大精霊が世話していなかっただけの個体なのか……。それとも全く関係ない魔物か?
まあいい、聞けば分かる。
「大精霊。五体目の魔物は一体なんなんだ? 知っているなら教えろ」
『五体目は少し特殊なのです。そもそもこの森の生き物ではありません』
「この森の生き物じゃない?」
『はい。昔はその魔力溜まりには魔物は居なかったのです。あの化け物が少し長い時間止まっていた様で、周辺の動植物は根こそぎ食い尽くされてしまいました』
「……成る程。魔力溜まりが出来てもそこで魔物化する生物が居ないのであれば魔物は生まれないからな」
『ですが止まっていた時間が長かった故か、その場所だけ他の四ヶ所よりもより濃度の高い魔力溜まりが生まれてしまいました。それ故に、楽観視はしていなかったのですが……』
「何があった?」
『……ある日、役割の巡回をしていた時でした。……歌が聞こえたのです』
「……歌?」
突然なんの話をし出したのかという言葉が脳裏を過るが、下手に話の腰を折るのは悪手だと割り切り、疑問を他所へやって続きを顎をしゃくって促す。
『それは、とても微かな声でした。声は擦れ、息は絶え絶えで……。ですがそれでも止まないのです。死ぬその直前まで、一度も』
「……それがその魔物だと?」
『正確には魔物に〝なる前〟の者の歌、です……』
「……まさか」
『はい。彼女は人間でした。それも全身を酷く傷付け、打ちのめされた……。当時人間と出会った事の無かったわたくしですら、もう助からないのだろうと思わせる程の重傷を負った、満身創痍の人間でした』
「人間……」
まさかここに来て人間とは……。しかし人間が魔物化した、という事はだ。
「ソイツはアンデッド化したのか」
『仰る通りです』
「だが人間がアンデッドになるには相応に時間が要る筈だ。完全に生命活動が停止し、体内に残された魔力が作用してアンデッドは生まれる。それまでには必ずタイムラグがある筈だ。それまでお前達はその人間の死体を放置したのか?」
『いいえ。勿論、回収しようとしました。わたくし達精霊にも魔物化した人間──アンデッドの知識はありましたから。ですが回収しようとした矢先……魔物化が始まってしまったのです』
「何?」
さっきも言ったように魔物化するには何にしたって多少時間が掛かる筈だ。それなのにそんな速さで……。もしや……。
「これもグレーテルの影響か……」
『グレーテル?』
「その化け物の名だ。まあ個人名、と言った方が正しいがな……。一般的には「暴食の魔王」と呼ばれていた」
『「暴食の魔王」……』
「今はそんな事はいい。恐らくだが通常よりも濃い魔力溜まり──それに加え魔王としての何かしらが影響したのかもしれんな。現場に居たわけではないから何とも言えん推測でしかないが……」
『わたくし──ひいては主精霊様も同意見でした。ですがだからと言って魔物化を止める術はありません。結局は魔物化……アンデッドへ変化してしまったのです』
「ふむ……」
概要は大体把握出来た。成る程、つまり五体目はイレギュラーだったわけだ。しかし、謎だな。
「何故そんな満身創痍の人間がこの森に迷い込んだんだ……? 一体どんな理由があって……」
『そこは分かりません。わたくし達精霊は世俗には疎いので……』
「いや、いい……。考えても埒があかんな。兎に角一旦持ち帰って可能な限りの対策を練ろう。アンデッド戦なんて初めてだからな」
そうやって話を区切り、ポケットディメンションにエロズィオンエールバウムを回収しようとした。すると──
『あのっ!』
私はその声に振り返り、大精霊を見る。
大精霊はその体色を橙色に発光させながら私の周りを力強く漂う。
『わたくしを……
「……何?」
突然の申し出に私が頭を捻ると、大精霊は慌てたように体色を緑色に変化させながらその理由を口にする。
『わ、わたくしは化け物──「暴食の魔王」が許せませんっ……。この森を荒らしただけで無く、わたくしが愛したあの子達を魔物化させ、死なせる要因を作ったその魔王を……。だから魔王を討つべく、わたくしをっ!!』
「……あー……」
「暴食の魔王」を討つべく、か……。
「それは無理だな。諦めろ」
『な、何故ですっ!? 魔物化したあの子達をお仲間と一緒に倒しせしめた貴方様ならば魔王など──』
「無理だと言っている」
『だから何故っ!!』
「もう居ないからだ。奴は死んだ」
『えっ……』
私の言葉に体色を紺色に染め上げる大精霊。困惑しているのか分からんが……まあ、簡単に説明してやるか。
「奴は私が少し前に討ち取った。激戦ではあったが、確実にトドメを刺し、死んだ。もうこの世には居ない」
『そ、そんな……』
「ふむ……」
私は《
『これは……鯉の子に使っていた……』
「このハンマーはその魔王の骨と魂から作られた物だ。触ってみろ。お前なら分かる筈だ」
『……』
大精霊はゆっくり砕骨に近寄り、その体を柄頭に接触させると、少ししてから何かを悟ったように発光を弱々しくさせる。
『……確かに、魔力溜まりの魔力の質と同じ物を感じます……。本当に……』
「ああ。お前が復讐をする相手はもう居ない。残念だったな」
『……』
まあ私としても残念ではある。大精霊を
「……まあ取り敢えず、今日はもう解散だ。また明日同じような手順を踏むからお前もコロニーに戻れ」
『……はい』
そうやってその日は解散となった。
「……は? あ、アンデッド?」
私が野営地に戻り、昼食を摂りながら大精霊との会話を要約して話した際のティールの第一声に、私は「そうだ」と言って頷く。
「アンデッドって、あのアンデッドですか?」
「あのとはなんだ」
「え、ええっと……。確か死んだ人を火葬せずに放置したり土に埋めたりすると、身体の中に残った魔力が作用して魔物化した……でしたっけ?」
「なんだ、詳しいな。正解だ」
「いや、まあ私も本で読んだ知識ってだけですけど……。まさか本当に対峙するとは……」
当たり前の話だが、全世界的に死体は火葬するのが常識だ。先程ユウナが言ったように土葬するデメリットがある以上、火葬するしか対処法が無い。
まあ、それを無視して死体を放置する夜盗や山賊。運悪く魔物に
「つーかなんでこの森にアンデッドが居んだよっ。森に人が居たってのか?」
「どうやら瀕死の状態で迷い込んで来たらしいが….。詳細は分からん。直接対峙してスキルで調べてみはするがな……」
「それにしても不気味ですね……。死ぬ直前まで歌ってたって……」
「不気味とか言うなよな。もしかしたらスゴく思い出深い歌を名残惜しそうに歌ったのかも知れないだろ?」
「だ、だけど死ぬまで歌う? 自分の治療もせずに……」
「諦めてたんだろう。満身創痍だったらしいからな。ならばなるべくより良い死を……そんな所じゃないのか」
「そんな
「……」
「……ロリーナ?」
先程から会話に一切入り込んで来ないロリーナの方を見てみれば、ただひたすらに無言で私が作ったビーフストロガノフを口に運んでいた。
「なんだ、これに夢中だったのか。良かったなクラウン、お気に召したみたいでよ」
「ふむ……」
なんというか、夢中、というより……必死に感じるな。まるで全神経を食べる事に集中してる様な……うん?
よくよくロリーナの手元を見てみれば、そのスプーンを持つ手が震え、顔色も僅かに蒼白掛かって見えた。
これは……。
「ロリーナ。君、まさか」
「……」
ああ駄目だ。完全に聴覚を遮断してる。
まさか苦手なのか? アンデッドとか、そういった類の話が……。
……まあ兎に角。
「食事が終わったら皆んなで対策を考えるぞ。基本的なアンデッドの情報を精査して、可能な限り準備する」
「あ、ああ分かった……ん?」
会話の途中、ティールがふと上を向く。
それを見て同じように空を見上げてみれば、空模様は徐々に雲に
「おいおいマジかよ。降るぞこれ……」
「なんとなく湿度高いかなって思ったら……」
「取り敢えず降り出す前にちゃっちゃと食い切るぞ。それからタープを張るから手伝え」
「わ、分かった」
「ロリーナも良いか?」
「……」
「……ロリーナ?」
「えっ……。あ、はい……」
「雨が降り出しそうだから、それを食べ終わったらタープを立てるのを手伝ってくれ。洗い物とかはその後だ」
「はい。分かりました」
ロリーナの目は何処か遠くを眺め、心此処にあらずといったように生気が宿っていない。
……大丈夫なのか、アンデッド戦……。
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「……君がぁ……遠くへぇ……」
暗い森に、小さく響く。
「……聞こえぬ程ぉ……遠くへぇ……」
「……伝えられぬぅ……想いをぉ……」
地面を濡らす雨音に紛れながら。
「……この
それでも止むことなく。
「……伝えぇ……られたらぁ……」
一つ一つ、紡がれていく。
「……私はぁ……きっとぉ……」
願いの歌。
「……幸せぇ……でしょうぅ……」
拙い恋の歌。
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