第二章:嬉々として連戦-24

 

『……それが、わたくしだと?』


「お、察しが良いじゃないか。というかこの場合お前くらいしか候補がいないんだ」


 その言葉に大精霊は更に濃く紫色に発光し、私の近くにまで漂って来る。


『お聞かせ願いますか? 貴方様がそうお考えになった理由を』


「何、そう難しい話ではない」


 私は時間節約の為に《収縮結晶化》を発動。この場にある魔力溜まりを回収し始める。


「まずお前以外の候補……この場合人族なんかの人種だが、まず無いだろう」


『何故?』


「メリットが無いからだ。討伐して素材を手に入れるのならまだしも、わざわざ強くする意味が無い。何らかの研究目的という可能性もあるが、それにしたってそれぞれ統一性が無いし、第一あんな凶暴な魔物達を手懐けられるとは思えない」


 それに《解析鑑定》じゃあそんな情報は覗けなかったしな。


『では作為的な物などではなく、偶然が重なって起きた事である可能性は?』


 大精霊はそう言いながら目が無いはずのその身体で何やら鋭い視線らしきモノを私に向けて来る。


「あり得んな。一体や二体なら考えなくも無いが、同じ森で四体共にそんな偶然が重なるなんて奇跡以上の何かだ。そしてその二つが候補から消えるという事は……」


『……森に住う知的生命体。つまりはわたくし達精霊しか居ないと?』


「ああ、そうなる」


『……成る程。ですが何故わたくしなのですか? それこそコロニーにはわたくし以外に精霊は数多く存在しています。他の精霊である場合も……』


「お前は確かこの森に存在している五つの魔力溜まりとそこに巣食う魔物を監視する役割を主精霊から賜っていた、という話だったな?」


『──っ!!』


「つまりは他の精霊なんかより余程奴等に接触する機会は多かった筈だ。それこそ何年も何年も……」


『……』


「それにお前は大精霊というコロニーのナンバー2だ。信用があるから監視結果なんて簡単に誤魔化せるし、命令出来る立場でもあるから他の精霊を使って不都合を揉み消せる。これ程候補に相応しい事はないな?」


『…………』


 ふと、手元の結晶の器を見てみれば、タイミング良く《収縮結晶化》での魔力溜まり回収が完了し、手の平にある結晶の器にどれだけ魔力が貯まったのかを確かめる。


 見てみれば後ほんの数ミリ程度しか空きが無く、狙い通り次の五つ目を回収すればいよいよ結晶が完成する所まで来た。その結果に、私の口角は自然と吊り上がる。


『……いつから』


「ん?」


『いつからそうだと……?』


「違和感自体は最初のヒルシュフェルスホルン戦の時だ。野生の魔物が魔法陣を構築するなんて普通にあり得んからな。人為的に教え込まれた可能性を考えてはいた」


『最初から……ですか。疑り深いのですね』


「物事を百パーセント信用する事なんて無いよ、私は。想定し得る事は可能な限り想定して然るべきだと、常に考えている」


 大精霊は私の言葉を聞いた後、その体色を青色に弱々しく明滅させ、頼りなくフヨフヨと私の隣まで漂ってくると、そのまま地面に着地する。


『……魔物も、生き物なんです』


「……」


『彼等だって望んで魔物になったわけではない。ただ環境に必死に適応しようとした……その結果の姿でしかないんです』


「だが奴等はその適応した身体を制御出来ていない。結果、生態系を破壊し、他生物を脅かし、不毛な環境を生む。自然の摂理から逸脱した存在なんだよ、魔物は」


『それ……は……』


「お前だってそれを理解していたから私の魔物討伐を止めなかったんだろ? あのままではいつしか精霊の制御も追い付かなくなる。それが分からん立場ではないだろう」


 大精霊は必ず、私達が魔物を討伐する時姿を見せなかった。最初は単純に自身に被害が来ぬよう隠れているのだと思っていたが……。どうやら違うらしい。


『……あの子、達はですね。魔物になる前から知っていたんですよ』


 大精霊は体色を淡い黄色に変えると再び宙を漂い、思い出に浸りながら語り始める。


『最初の鹿は、母親に見捨てられて弱っていた子で、わたくしが偶然巡回をしていた時に見付けて、看病したんです……。蜘蛛の子は同じ卵から孵った兄弟との生存競争で瀕死になっていた所を助け、鯉の子は他の大型魚に襲われている所を助けました。……木の子は生茂る森の分厚い葉の層に日差しを遮られ大きくなれなかった所を、もっと日が当たる場所に植え替えたんです』


「……随分と世話を焼いたな」


『この森に生きる子達を、わたくしは放ってはおけなかったんです。主精霊様からは『自然の摂理に任せよ』と怒られてしまいました。ですがそれでも、一生懸命生きようとするあの子達に、構わずにはいられなかったのです』


「成る程。……しかし」


『ええ……。そんなある日です。あの醜悪な化け物がこの森を横断したのは』


「暴食の魔王」が〝偶然〟この森を通った。当時起きていた帝国と獣人族との小競り合いを嗅ぎ付け、たまたま。


『幸いコロニーは無事でした。奴がコロニーの何を嫌ったのかは分かりませんが、避けて通ってくれました。しかしその影響で化け物は森を迂回し、ただ真っ直ぐ通るより長い距離、森を徘徊しました……それで……』


「それで魔力溜まりが五つも生まれる事態に発展してしまったワケか。皮肉だな。それでお前は?」


『わたくしは化け物が去った後、主精霊様の制止も聞かずに彼等の安否を確認しに行きました。……奴が通った後は草木の一本もなく、辺りには無残に食い散らかされた動物達で散乱して酷く荒れてはいましたが、彼等は運良く化け物から生き延びていたのです』


「ほう。また運が良い……いや、お前が教えていたのか。万が一の為に身を隠す術を」


『まあ、相手は言葉の通じない動植物ですから、最低限ですが……。それでも、生きていてくれた事は嬉しかった。……本当に、嬉しかったんです』


「……そこからか」


『はい。それから数年後です。彼等に異変が起こり、魔物化してしまったのは……』


 大精霊の体色が徐々に暗いものになっていくと、脳内に響く声に震えが混じり始める。


『なんとか……食い止めようとしました……。しかし何をしてもただの悪足掻きでしかなく……。結局、彼等はあの姿に……』


「……」


『主精霊様はそんな彼等を力が付く前に廃せとわたくしに命じました。わたくしも本能的にそれが正しいと悟り、そうするべく彼等の元へ向かいましたが……』


「……ああ」


『あの子達……魔物になっても、わたくしを見ると嬉しそうにするんです……。鹿の子なんかつがいを蜘蛛の子が産んだ子供達に食べられてしまったのに、健気に元気そうに振る舞うんです……』


 その声音はどこか泣いているようで、そして微かにホッとしているようで……。そんな複雑な感情を思わせる声で続ける。


『わたくしには……そんなあの子達を殺すなんて出来なかった……。だからわたくしは失敗したと主精霊様と精霊達を欺き、あの子達の世話を隠れて始めたんです……。鹿の子には抗う術を、蜘蛛の子には住みやすい棲家を、鯉の子には飢えぬよう餌を、木の子には同種族の木を……』


「……成る程な。だがそれも長くは続かなかった、か」


『……あの子達の食欲は、並ではありませんでした。いつしか森の他の動物は消え、木々が荒廃し、湖は寂れ、森は侵食され……。限界は……もう来ていました……』


 そこまで話し、大精霊は赤紫色に明滅すると私の眼前にまで漂って来て、その弱々しかった光を少し強める。


『そんな時、貴方達が訪れた。この森を救い、あの子達を……この救われない状況から解放してくれる……。そんな貴方達が』


「私はそんな高尚な目的を持ってここに来たわけじゃないんだがな」


『それでもです。わたくしは……貴方達を利用しました』


「……ふむ」


 それは利用というより利害の一致という方が正しい気もするが……。まあいい。


「よし。大体分かった。もう行って良いぞ」


『…………え?』


 大精霊は素っ頓狂な声を上げ、体色を複雑な色彩に染め上げる。


『わ、わたくしを責めないのですか?』


「責める? 理由が無いだろう。私達を害そうとしたわけでは無いし、理由はどうあれ寧ろ協力していた。何を責める所がある?」


『で、ですがわたくしは貴方達を利用……』


「だからそれで私達が被害を被ったのか? 少なくとも私はそんな覚えは無いな」


『では何の為に、こんな……』


「最初に言っただろう?気になって仕方が無い、とな。それだけだ」


『そ、そうなのですか……』


「ああそうだ。ふぅ……しかしこれで頭の隅にあった疑問が解消された。晴れやかな気分だ。それに、丁度いい時間潰しになったしな」


『え?』


 大精霊のその声が私に届いたその瞬間、同時に私の頭の中に天声によるアナウンスが脳内に響き渡る。


『下位種族「エロズィオンエールバウム」との同期が完了しました。これより魔力及びスキルの定着を開始します』


 そのアナウンスの直後、エロズィオンエールバウムに触れている左腕から魔力の糸が繋がり、そこから力の塊が流れ込んで来る。


 それはやがて私の魂に触れて同化し、少しずつ定着して行く。


『確認しました。技術系スキル《棍術・熟》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《投擲術・熟》を獲得しました』


『確認しました。技術系エクストラスキル《隠密術・極》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《栽培術・熟》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《襲槍撃オーバーランス》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《空衝突スカイアッパー》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《麻痺打ちパラライウィップ》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《百烈打ちハンドレッドウィップ》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《狙い澄まし》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《弱体偽装》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《存在隠し》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《土壌理解》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《環境理解》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《無動の静粛》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《外皮強化》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《侵食性強化》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《光合成強化》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《葉緑素強化》を獲得しました』


『確認しました。補助系エクストラスキル《極秘》を獲得しました』


『確認しました。補助系エクストラスキル《人払い》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《空間遮断》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《精神遮断》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《遮音》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《透明化》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《鋭葉》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《堅皮》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《解毒》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《激震》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《崩落》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《麻痺》を獲得しました』 


『確認しました。補助系スキル《打撃耐性・小》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《破壊耐性・小》を獲得しました』


『重複したスキルを熟練度として加算しました』


『アイテム名「峻厳の左腕ゲブラー」に下位種族「エロズィオンエールバウム」の魔力の定着を確認しました』


『これにより新たなスキルが覚醒しました』


『確認しました。補助系エクストラスキル《月》を獲得しました』


 …………ああ……。


「ふふ、ふふふふ……」


『……終わりましたか』


「ああ……」


 ふとエロズィオンエールバウムに触れていた左腕を見てみれば、先程まで伸びていたタトゥーはいつの間にか再び私の左腕に収まっていた。


 しかしその模様は以前の物から若干変化しており、腕にあった五つの宝石のような模様の内一つが花のような模様に変わっている。


 これが何を意味するのか、分からない。


 分からないが今はそんな考えても答えが出ない事などよりだ。


「よし。後はこの木を回収して終わりだ。私も野営地に戻るとするよ」


『あ、はい。ではまた明日、同じように……』


「ああ。明日が最後の五体目だ。今日は早めに寝て──ん?」


 ……待て。待てよ。ちょっと待て。


「おい大精霊。魔物は全部で五体なんだよな?」


『え? ええ、はい……。何を今更?』


「ならお前。世話を焼いていた魔物がもう一体居るんじゃないのか? さっき聞いた限りじゃ四体しか世話してない風な口調だったが……」


『──? いえ、わたくしが世話をしたのは先程話した四体だけ、ですが?』


「……なんだと?」

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