第二章:嬉々として連戦-23

 

「……ふぅ」


 思わず出てしまった溜め息を他所に、私は凍り付いた両手を融かすべく《炎魔法》を発動させながら《超速再生》で凍傷を回復させていく。


 昨日狩ったシュトロームシュッペカルプェンから《寒冷耐性・小》を獲得していたお陰でまだこの程度で済んではいるが、もし無かったら壊死していても不思議ではないだろう。それだけ適性を持たない状態での上位魔法行使は危険を伴う。


「クラウンさんっ」


「待てっ」


 そんな状態の私を心配してくれてか、ロリーナが私の元へ駆け寄ろうとしてくれたのを、私はまだ解凍が不完全な手を突き出して制止させる。


「まだ隔離空間内から出ない方が良い。奴は倒したがまだ毒性花粉が舞っている。耐性の無い君等じゃまだ危険だ。私が言うまで待機していなさい」


 私がそういうと少し残念そうな表情を浮かべながらロリーナはただ頷き、その場で待機する。


 しかし、事前に隔離空間を用意しておいて正解だった。奴め……、私達に気付かれないよう秘匿系スキルで感知出来ないよう毒花粉をばら撒いていたらしい。こうして倒した後になってスキルの効果が切れて露わになったが……。中々どうして木のクセに知恵の回る……。


 その後私はなんとか左手の解凍が終わり動かすのに支障が無い事を確認すると、改めて真っ二つになっているエロズィオンエールバウムに向き直りその根本まで近付く。


「……流石に、これはな……」


 先程まで活発に動いていた木の根はすっかりなりを潜め動く事はなく、切り口からはただ冷気だけが漂っていた。


 私が普段魔物や人間相手に使っている《継承》のスキルは、相手と自分の相互認識があって初めて発動出来る。


 故に木の魔物であるエロズィオンエールバウムには使えないだろうとハナから期待はしていなかった。


 他にも《強奪》なんかは相手の心が折れてなければ使えないし、愛剣である燈狼とうろうに内包されている《劫掠》を使おうにも斬り付けた途端に燃えてしまうだろう。


 つまりは私が持つどのスキルを使おうと、このエロズィオンエールバウムからスキルを獲れる可能性は限りなく低かったワケだ。


 それに真っ二つにしてしまった現状、最早コイツが生きているのかどうか分からない。まあ、少なくとも瀕死ではあるだろうが、何にせよいつもの様な方法は使えない。


 後あるとすれば《暴食》に内包されている《捕食習得》だが……。


「懸念してはいたがやはり木を食べるのはぁ……。いや、今の私なら《暴食》を始めとした内包スキル達の権能で大抵の物は食えるようになっている筈だが……」


 そもそも木に対して食欲が湧いた事がないし今だって湧かない。当たり前だが今まで木をそんな風に意識した事など一度だってない。


 それにその《捕食習得》の効果を確かめる一環で一昨日に丸焦げになった子蜘蛛を肴に酒を飲んだが、その習得率の低さときたらもう溜め息が出る。


 子蜘蛛の持っていたスキル自体が既に習得済みだった故新しい物は獲得してないのだが、その習得済みのスキルすら《強欲》で強引に獲得しなければまともに獲得出来ない。何十匹分の内半分を一晩掛けて胃に収めたが、数個熟練度が上がっただけだ。


 食べた物を魔力に変換出来る《暴食》の権能で魔力自体は《強欲》を使っても大体差し引きゼロなのだが、満足いったかと言われればうなずけない。


 まあ、そんな具合で《捕食習得》に関しては期待値が薄いのだが、このエロズィオンエールバウムは私が持っていないスキルが幾つかあったからまだ新たなスキルを獲得出来る可能性はある。何もしないよりは遥かにマシだろう。


「何事も経験だ。それに蜘蛛が食えて木が食えない……なんて話にならんしな」


 そう結論を出し、私はまずは外皮でも摘んでみようと左手でエロズィオンエールバウムに触れた。


 が、その瞬間。


「なっ……」


 エロズィオンエールバウムに触れた左手……正確には左腕全体が赤く光を放ち始めた。


 私の左腕はかつての「暴食の魔王」に食い千切られ、それをセフィロトの古木の枝端で復活させた物。


 しかし「救恤の勇者」であるアーリシアの《神聖魔法》による影響で理由は分からないが私の左腕は普通の物ではなく「峻厳の左腕ゲブラー」というトライバルタトゥーの様な物が入った赤く発光する奇怪な腕へと変化を遂げている。


 これが一体なんなのかは分からないが、その見た目とスキルを獲得した事、それとアーリシアと魔力で繋がりそうになった事以外に何ら変化が無いために、普段は《変色》のスキルで人肌色に変えて放置していた。のだが……。


 今、私のそんな左腕である「峻厳の左腕ゲブラー」はその《変色》の権能を貫通して光を放っている。


「何がどうなって……」


『条件を満たしました』


「ん?」


 困惑する私に、天声が唐突にアナウンスを始める。


『アイテム名「峻厳の左腕ゲブラー」による魔力を宿した樹木──下位種族「エロズィオンエールバウム」との接触を確認。これより同期を開始します』


 何?


 次の瞬間、「峻厳の左腕ゲブラー」に巻き付く様に刻まれているタトゥーがそのまま伸び始め、接触しているエロズィオンエールバウムに侵食し始める。


「おいなんなんだっ!?」


『アイテム名「峻厳の左腕ゲブラー」による同期です。種別名「セフィラの祝福」の効果により、下位種族である種族名「エロズィオンエールバウム」と同期。魔力及びスキルを接収します』


 魔力とスキルを接収?


 いや待て、なんだそれは、いくらなんでも都合が良過ぎないか? そもそも勝手に始めるんじゃない。


『クラウン様のこれまでの思考パターン及び行動理念に基き、今回の種別名「セフィラの祝福」による同期作業に同意するものと推測。実行しました。不都合がある場合、同期を停止する事が可能です。停止されますか?』


 その声と同時に侵食しようとしていたタトゥーがその場で侵攻を停める。


 ……何かデメリットはあるのか?


『約十分程時間を要する事。及び軽度の身体的、精神的負担、疲労が予想されます。停止されますか?』


 メリットは魔力とスキルを得るだけなのか?


『接収した魔力を一定量貯める事でアイテム名「峻厳の左腕ゲブラー」に新たな「セフィラの祝福」を目覚めさせる事が可能です』


 新たな「セフィラの祝福」……。それはこの峻厳の左腕ゲブラーを得た時の様な恩恵をまた得られるという事か?


『性質は異なりますが、魔力量次第では獲得が可能です。停止されますか?』


 ……そこまで聞いて止めるわけにはイカンだろう。そのまま続けろ。


『了解しました。種族名「エロズィオンエールバウム」との同期を再開します』


 静止していたタトゥーは再びエロズィオンエールバウムへの侵食を開始し、まるでつるのように全体に絡まっていく。


 そして全体にほぼ満遍なく絡み付いたタトゥーは淡い赤い光を放ち始める。


『内包魔力量から時間を算出……算出完了。残り三十五分』


「三十五分か……。まあいい取り敢えず」


 私はその場で振り返り、隔離空間内で待機しているロリーナ達に自分の元に来るよう呼び掛け、到着し次第事のあらましを説明する。


「なんだそれ……」


「何がどうしたらそうなるんですかねぇ……」


「苦労が無駄にならず幸いです」


 三者三様のリアクションを聞いた所で「兎に角」と言って一旦話を区切る。


「私はこの場を暫くは動けん。まあ、もっとも魔力溜まりを回収しなきゃならんし、この木も素材として持ち帰るつもりだしな。何にせよ時間が掛かる」


「はい。ならまた昨日一昨日と同じように?」


「ああ。君等は一旦野営地に戻って休むなり昼食の準備なりしておいてくれ。後は自由で構わない」


「……まさかまた俺を雑用させたりは……」


「いや。今回は素材になりそうな物が限られてるからな。蜘蛛の外骨格や魚の鱗を集めるみたいな事はさせんよ」


「マジかっ!? いよっしゃぁ、早く帰れるっ!!」


 ……まるで久々に定時で上がれる会社員みたいなセリフだな。……ふむ。まあいい。


「その代わりお前は彫刻作りに専念しろ。いいな?」


「言われるまでもねぇっ!! うっし、今日は彫刻三昧だ……」


 目に見えて瞳を爛々と輝かせるティールの彫刻に期待しつつ、私は三人に触れテレポーテーションで野営地へと飛ばす。


 すると今度はどこかで見守っていた大精霊がゆっくりと私の元へ漂ってくる。


『お疲れ様でした。それではわたくしはいつもの様にコロニーに一旦帰らせて──』


「待て大精霊」


 そのまま帰ろうとした大精霊を引き留める。大精霊はそんな私の言葉にその場で止まると、様々な色に明滅する。


『なんでしょう?』


「いやな。違和感はずっと感じていたんだ。この数日間で出会った魔物達にな」


『……そうなんですか?』


「ああ。鹿が魔法陣を使えたり、蜘蛛が棲みやすそうなねぐらを構えていたり、鯉が餌も無いのに探し回っていたり、木が好都合な特性を得ていたり……」


『……』


「私はな大精霊。気になって気になって仕方が無いんだよ。この作為的な状況を、一体誰が仕組んだのか……」


『…………』


 その時、大精霊の身体が紫色に激しく明滅した。

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